本書『火のないところに煙は』は、新刊書で221頁の2019年本屋大賞の候補作となった全部で六編の短編からなるミステリーホラー短編小説集です。
と、思って読んでいくとこれが・・・。いろいろな、思いもよらない仕掛けのある作品です。
『火のないところに煙は』の簡単なあらすじ
「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」突然の依頼に、作家の「私」は、かつての凄惨な体験を振り返る。解けない謎、救えなかった友人、そこから逃げ出した自分。「私」は、事件を小説として発表することで情報を集めようとするが―。予測不可能な展開とどんでん返しの波状攻撃にあなたも必ず騙される。一気読み不可避、寝不足必至!!読み始めたら引き返せない、戦慄の暗黒ミステリ!(「BOOK」データベースより)
第一話 染み
芦沢央自身が友人から依頼を受け、別れるならば死ぬという恋人の不思議な死のあとに訪れた奇妙な現象。
第二話 お祓いを頼む女
作者の知人が、ある女性から、自分は祟られているからお祓いをしてくれと一方的に言い寄られる話。
第三話 妄言
榊桔平から聞いた、新築の家を購入したものの、ある事無いことを言いつける困った隣人の話。
第四話 助けてって言ったのに
新潮社の編集者から聞いた、義理の母親とまったく同じ夢を見るある女性の話。
第五話 誰かの怪異
著者が聞いた、新しく借りたアパートで起きる怪奇現象の話を聞いた住人の知人が為した失敗した除霊の話。
最終話 禁忌
これまでの話に隠されたある秘密の話。
『火のないところに煙は』の感想
本書『火のないところに煙は』は、芦沢央、つまり本書の作者を語り手としており、映画などで言う“ドキュメンタリー風表現手法”を意味する「モキュメンタリー」の手法で書かれた作品です。
そのドキュメンタリー風にもっていく仕掛けが大掛かりになっていることに驚きました。勿論、本書を読んでいるときはそのようなことは知りません。
まずは読後すぐに、目の前にあった本書の裏表紙に描かれた染みに目がいき、第一話で言われていた「染み」を思い出しました。この点に関しての説明は本書を読んでもらうしかありません。
次いで、本書を読み終えた後に本書について調べているときに「榊桔平」という人物が記したエッセイを見つけたことで新たな疑問が浮かびました。
それは、「榊桔平」という人物は本書『火のないところに煙は』にも探偵役として登場する重要人物ですが、その同姓同名の「榊桔平」という人物が現実にエッセイを書いているのはどういう意味かということです。
そこで、「榊桔平」という人物について調べてみると、新潮社のサイト「榊桔平 | 著者プロフィール | 新潮社」という頁に、榊桔平なる人物のプロフィールが掲載されていました。
しかし、そのプロフィール内容は事実上何も書いて無く、その実在は疑わしいのです。
もしこの人物が架空の人物だとすれば、その仕掛けは出版会社まで取り込んだ大仕掛けということになります。
そしてまた、各話の構成がいかにもの書き方をしてあるのです。
そうした内容、仕掛けが功を奏したのでしょう、本書『火のないところに煙は』について「実話ですか? 呪われませんか?」という問い合わせが来たというほどのリアリティを持った小説として仕上がっています。
たしかに、読み進むにつれて何となくの不気味さが募ってくる小説でした。
個人的にはホラー小説はあまり好きな分野ではありません。しかしながら、本書はホラーとしての面白さに加え、怪奇現象の裏を探るミステリーとしての面白さが控えています。
そのミステリーとしての面白さゆえに次の話へと読み進めていくことになったのですが、最後に再度のミステリーとしての仕掛けが待ち構えていました。
二段構えの構成自体は珍しいものではないにしても、本書の場合はちょっと異なりました。ネタバレになりますので、具体的には実際に本書を読んでいただくしかありません。
本書の持つミステリーとしての面白さは、例えば米澤穂信の『真実の10メートル手前』という作品の持つ、太刀洗万智という主人公の行う小気味いい推理に通じるものがあります。
また、長岡弘樹の描く切れ味の鋭い心理的トリックが光る日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した作品である『傍聞き』という作品をもまた思い出していました。
先に述べたように、本書『火のないところに煙は』には幾重にも読者を待ち構えた仕掛けがあります。
それも普通の仕掛けとは異なるものでした。そうした点で本屋大賞にノミネートされるのも納得の面白さがあったのです。
あらためて、この作者の他のミステリー作品も読んでみたいと思わせられる作品でした。