本書『奈緒と磐根』は、文庫本で322頁の『居眠り磐音シリーズ』のスピンオフシリーズ第一作です。
磐根と奈緒の幼いころからの関係などが記された、磐根ファンにとってはたまらない一冊です。
『奈緒と磐根』の簡単なあらすじ
全51巻で完結した平成最大の人気シリーズが復活!豊後関前藩中老職の嫡男・磐音の朋輩に妹の奈緒が生まれたその日(「赤子の指」)。四歳の奈緒が磐音の嫁になると口にした日の出来事(「梅雨の花菖蒲」)など、本編では描かれなかった、ふたりの幼き日々からやがて迎える悲劇の直前までの五つの物語を収録。万感胸に迫る一冊。(「BOOK」データベースより)
第一話 赤子の指
九歳になる坂崎磐根、小林琴平、十歳の河出慎之輔はみな豊後関前藩藩士の嫡男であり、身分は異なるものの幼なじみとして仲良く過ごしていた。
二泊の予定で魚島にいた三人のもとに、磐根らよりも九歳年上で諸星道場の子供組を仕切っているという坂出慎太郎が腕試しだと仲間を引き連れてやってきた。
翌日、金平の妹の奈緒が生まれた。
第二話 梅雨の花菖蒲
幼いころから父正睦の家来の市来に稽古をつけてもらっていた磐根は、十二歳のときに中戸道場へと入門が決まった。
中戸道場からの帰りに琴平の母親と奈緒と出会った磐根は、二人と共に磐根の家へと帰るが、そのとき磐根は奈緒と夫婦の約定をするのだった。そこに琴平の小父の永崎平助という男が金を無心に来た。
第三話 秋紅葉の岬
豊後国内には十五の小大名間の十八歳以下の若侍同士で行う「豊後申し合い」なる試合があり、十七歳になった磐根たち三人は中戸道場を代表してこの試合に参加することになった。
一方、琴平の父の助成が病で医者に掛かれないでいることを知った磐根は、父正睦に頼み助成を医者に診せ養生させる。
第四話 寒梅しぐれ
関前城下に積雪があった朝、磐根は道場主の中戸信継に稽古をつけてもらい、さらに雪見酒を飲むこととなった。
信継は二十二歳になった磐根に藩の内情について話し、江戸行きが決まっている磐根に、佐々木玲圓道場の住み込み門弟となるように勧める。
仲居半蔵が江戸行きを命じられ、出立の日に襲われるものの、覆面の磐根に助けられ、磐根もそのまま姿を消した。
第五話 悲劇の予感
二十四歳になった磐根は初めての江戸勤番で、神保小路の佐々木道場に入門し、道場主の佐々木玲圓本人に直接に猛稽古をつけてもらうことになった。
一年後、河出慎之輔とさらに小林琴平までも江戸へと出てきた。
『奈緒と磐根』の感想
『居眠り磐音 スピンオフシリーズ』の項でも書いたように、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』のファンとしては、本編が終わった今、外伝を読めるこの企画は大歓迎です。
ましてや、衝撃的な『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第一巻『陽炎の辻』での衝撃的な始まりに至る、幼馴染の磐根、琴平、慎之介という三人の物語が読めるのですから、これを読まないという手はありません。
ただ、そうして始まった本書は、期待に違わないものでしたが、その話し方やその考え方に違和感を感じました。
つまり、磐根が九歳にしてすでに尚武館佐々木道場が尚武館坂崎道場となったころの磐根であって、とても九歳の子の話し方ではないし、また考え方でもないと思われるのです。
でも、まあその点は物語の展開に支障があるわけでもないし、そう言いがかり的なことを言わないでもいいかもしれません。
単に好みの問題と片づけられてもあまり反論する気にもならないくらいです。
問題はストーリーであり、その点はさすがに佐伯泰英の物語であって堪能できました。磐根と奈緒の将来は読者にはわかっていることではあるため、より感情移入できる物語となっています。
第一話では無人島に行き一夜を過ごす三人の姿を描くことで三人の関係性がよく分かりましたし、関前藩での中戸道場と諸星道場という二つの道場の関係も示してあります。奈緒の名前もここで登場します。
第二話では、奈緒と磐根との関係性を中心に、幼い二人のほほ笑ましい姿が描かれています。また、磐根の将来を垣間見せるエピソードもあります。
第三話では十七歳となった磐根の剣士としての将来を占う、「豊後申し合い」という試合が中心です。また、磐根の坂崎家と琴平の小林家との関係性も見えています。
第四話になると二十二歳になった磐根と師匠の中戸信継との二人の姿が描かれると同時に、国家老の宍戸文六の専横を軸とした関前藩での権力争いに巻き込まれる磐根の姿があります。
最後の第五話では、二十四歳になった磐根の江戸での生活の一端が描かれ、藩の改革を目指す磐根がいます。そして、ここに『陽炎の辻』へと連なる悲劇の萌芽があるのです。
『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』第一巻の『陽炎の辻』を読んだのはもう十数年も前のことになるので内容はあまり覚えてはいませんが、その頃の磐根は関前藩の改革などの意思はなかったと思います。
ただ、友を斬り、想い人を失った浪人として江戸に流れてきたと覚えています。そこらの齟齬も含めて今回の決定版で修正してあるのでしょう。
そういう意味でも新しい『居眠り磐音 決定版 シリーズ』をまた最初から読んでみたいものです。
今後、この『居眠り磐音 スピンオフシリーズ』では、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』に登場する人物たちの若かりし頃が描かれるそうです。楽しみに読みたいと思います。