本書『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の第二巻で、文庫本で275頁の長編の時代小説です。
二巻目となった本書では薫風堂の内外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれていて、また作者野口卓の博識ぶりが健在な、爽やかな青春小説です。
『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ
初午の時期を迎え、「薫風堂」に新しい手習子がやってきた。四カ所の寺子屋に断られたほどの悪童を、師匠の雁野直春は、引き受ける決心をする。一方、端午の節句が過ぎてほどなく、二人の武家娘が直春を訪ねてきた。ノブと菜実は、幼馴染の美雪が想いを寄せる直春を、ひと目見ようとやってきたのだ。だが菜実は、誠実な直春に只ならぬ関心を寄せるのだった―。静かな感動が心に広がる、著者の新たな代表シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)
思いがけないことから直春が手習所を引き受けて一年が経ち、年が明けて初午ともなると手習所「薫風堂」でも新しい手習子たちが入ってきました。
乱暴やいたずらのために他で四度も断られたことのある儀助という子供もそうですが、今のところなんとかやっているようです。
そんな直春の元を、美雪の親友だという共に旗本の娘だというノブと菜実という二人が訪ねてきますが、そのうちの菜実という十六歳の娘が女を武器に初心な直春を翻弄してきます。
そうしたその菜実の振る舞いを知った美雪はふさぎ込んでしまい、食事ものどを通らない状態になってしまうのです。
そんな美雪を見て侍女の久が直春に相談して一応の落ち着きを見せますが、その後さらなる行動に出る奈美に皆振り回されてしまいます。
一方、薫風堂にもいる三人娘、つまりひふみ、美代子、文代の三人は、直春を訪ねてくる三人のお姫様は何者なのかを問い詰めてくるのでした。
『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の感想
薫風堂の内外の、とくに外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれています。
女という存在を全く知らない、若干二十歳の本シリーズの主人公雁野直春という男が初めて知り合ったと言える石川美雪という女性でしたが、彼女には二人の女友達がいました。
それが菜実とノブという娘でしたが、このうちの菜実が直春に惹かれてしまったらしく、一人で直春の元に来るようになって、美雪をそして直春を振り回すことになります。
ここらの経緯は、全くの青春物語であり、それも今どきの青春小説ではあり得ないような設定です。
もちろん、本書は時代小説であり、青春小説と言っても手習所師匠としての雁野直春が主人公ですから、現代の青春小説と比べること自体が意味がないことです。
しかしながら、江戸時代という時代背景を思うとこのような青春ものもありかと思ってしまいます。
同時に、後に語られる忠兵衛夫婦による直春らへのいわゆるおせっかいの話では、その中で忠兵衛と梅の馴れ初めが語られていて読ませます。
この馴れ初めの部分は少々ご都合主義的かと思わないこともありませんが、本書のような娯楽エンターテイメント小説では改めて苦情を言うことでもないでしょう。
そうしたことよりも、本書では様々な豆知識の方が関心がありました。
例えば、本書では手習所に通い始めることを「初登山」と表現していますが、何故「登山」と山に例えるているのか疑問でした。
それは、上野のお山のお寺のことを正式には東叡山寛永寺というような、山号と寺号と関係する事柄です。
またそれに関連してかつては「寺子屋」と呼ばれた由来や、それが手習所とか手蹟指南書とか呼ばれるようになった理由なども記してあります。
また、本の行事として七月に入ると大店では大瓜形の白張提灯を吊るして本を迎える話や、七夕の短冊に書くと習字の腕前が上がるといい、それを励みに手習所の師匠たちは子供たちに習わせていたなどの表現もありました。
こうした江戸の豆知識が随所に書かれているのです。
一方、薫風堂の手習子のことでは、四か所もの手習所から追い出された新しい手習子の儀助を受け入れることとします。
さらに、太一が顔を見せなくなります。稼ぎ手だった祖父が倒れ、束脩は払えず、奉公に出すという話です。
そこで、暮しに困った手習子の太一のために、新入りの手習子の世話をさせ、代わりに賃金は払えないものの小遣い程度のものを払ったりと便宜を図るのです。
正直なところ、のめり込んで読み進むというほどの物語ではありませんが、江戸の町での暮らしのありようや、子供たちとの掛け合いなどはかなり面白く読んでいます。
ただ、美雪という娘とのやり取りに関しては個人的には好みではないと言わざるを得ません。
しかし、続編は期待したいものです。