『アンリアル』とは
本書『アンリアル』は、2023年6月に400頁のハードカバーで講談社から刊行された長編のスパイ小説です。
この作者のこれまでの作品とは異なり、特殊能力を有し、状況分析能力に優れた新人諜報員の戸惑いに満ちた姿が描かれており、やはり読みごたえのある作品でした。
『アンリアル』の簡単なあらすじ
両親の死の真相を探るため、警察官となった19歳の沖野修也。警察学校在校中、二件の未解決事件を解決に導いたが、推理遊び扱いされ組織からは嫌悪の目を向けられていた。その目は、暗がりの中で身構える猫のように赤く光って見えるー。それが、沖野の持つ「特質」だった。ある日、「内閣府国際平和協力本部事務局分室 国際交流課二係」という聞きなれない部署への出向を命じられた。そこは人知れず、諜報、防諜を行う、スパイ組織であったー。最注目作家がおくるスパイ小説の技術的特異点。(「BOOK」データベースより)
『アンリアル』の感想
本書『アンリアル』は、未だ研修期間である新人諜報員の姿を描く長編の冒険小説です。
未だ半人前の警察官ではあるものの、状況分析能力に優れ、さらに特殊能力をも有することからリクルートされた新人諜報員の若者らしい姿が描かれていて、読みごたえのある作品でした。
本書の時代設定は「東京オリンピックの六年後」とありましたから、2023年の現在からすると4年後後の近未来であって、登場する科学的技術も全くの絵空事ではないということになります。
事実、作者自身も「作中に出てくる近未来的な兵器、防諜機器など」は「すべて実在するもの」だと言っておられます( 長浦京氏インタビュー : 参照 )。
主人公は沖野修也といい、警察学校での初任補修科の後の最後の実践実習期間をあと二ヶ月残している半人前の警察官です。
この主人公が洞察力と危機感知能力は素晴らしく高く、運動能力も中学の陸上短距離ではオリンピックを狙えるほどに将来を有望視されていました。
特に「危険が迫ると気配を感じ、殺意や敵意、憎悪を抱いている人間と対峙すると、その両目が光って見える
」という特殊能力を有していたことから、諜報員としての適性を認められたのです。
彼が配属されたのが内閣府国際平和協力本部事務局分室の国際交流課二係であり、諜報や防諜のどちらもやるし、さらに警護を担当することもある、ようするに極秘行動の何でも屋のスパイ機関です。
この国際交流課の課長が天城亮介であり、二係の責任者が国枝達郎係長です。
そして二係の係員としてデスク担当でトルコ人との混血のブロンドの髪をドレッドにした白い肌の女ヒロ・エルビルバン、沖野の直属の上司でしばらくは沖野との相棒となるのが水瀬響子主任です。
また、本書冒頭で沖野を叩きのめした外事三課の笹路などがいます。
ほかに、水瀬主任の昔の相棒である神津や、鴻明薬品工業の呉智偉と藩依林の夫妻、それにインターネットショッピングサイト「ベリーグッズ・マーケット」を出発点にしたグループの代表者の津久井遼一などが重要人物として登場しています。
本書『アンリアル』の魅力と言えば、まずはそのリアリティーを挙げるべきでしょう。
一般に歴史小説がそうであるように、本書でも歴史的事実の隙間に著者の創造した虚構を挟みながら架空の物語が紡がれて行きます。
本書の時代は近未来ではありますが、現実に存在する組織や、科学的な技術を前提としてストーリーが構築されています。
そのため、読者は現実の持つ真実の世界の中にいながらいつの間にか著者の作り出した虚構の世界に連れていかれています。
本書では、さらに2021年開催の東京オリンピックから6年後という時代背景のもと、作中に出てくる近未来的な兵器、防諜機器などはすべて実在するものだという作者の言葉にあるように、その圧倒的なリアリティーのもとに物語が展開されるのです。
また、長浦京の作品は今綾瀬はるか主演で映画化され話題になっている『リボルバー・リリー』がそうであるように、アクション場面に定評があります。
本書でももちろん主人公のアクション場面はあります。しかし、これまでの作品と異なり、本書での主人公はほとんどの場合誰かに助けられる存在です。
つまりは、主人公はまだまだ若く、スパイとしても初心者に過ぎません。ただ、彼は、人の悪意を知ることができるという能力を有していて、その優位性をもとに現状の分析能力を生かすことができ、危機を回避するのです。
こうした主人公の戦い方はこれまでにない描き方であり、スパイ初心者という設定が生かされた、それでいて読みごたえがあった一因でもあると思います。
さらにいえば、本書『アンリアル』に関して著者自身が「青春小説」だと言っておられるように、たしかに主人公が19歳という年齢だからこその真っ直ぐな視点、疑問がその口から発せられ、それがスパイ小説でありつつも新しい視点を見せているようです。
いまだ悩みつつも、したたかな先輩諜報員たちに守られ、育てられていく主人公の沖野は読者が感情移入しやすい設定でもあります。
「沖野は何が正しいことなのか葛藤しながら平和を守るためにもがき奮闘してい」るというインタビュアーの言葉に、「そのあたりは本作ではあえて書かずに、これから発表する第2部で解き明かしていきます。ぜひお楽しみに。」( 長浦京氏インタビュー : 参照 )との著者の言葉もあります。
近く書かれるであろう続巻を期待をもって待ちたいと思います。