赤坂宿で土地のやくざの抗争に駆り出されそうになるもなんとか逃げ出した巳之吉は、赤坂から遠ざかるべく先を急ぐが、橋の袂で下りた河原でお峰という女と知り合い、岡崎宿まで同道することに。奉公の年季が明けて生まれ在所に帰る途中だというお峰だが、思わぬ事実を打ち明け、巳之吉にある願いを託してくる―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る人気シリーズ第三弾!!(「BOOK」データベースより)
若旦那道中双六シリーズの第三巻目の長編人情小説です。
前巻で「人斬りの磯吉」と間違われ逃げ出した巳之吉は、藤川宿を過ぎ岡崎宿へとやってきました。そこで、足抜けをしたらしいお峰という女と知り合い、矢作川上流にあるお峰の里の様子を見てきてほしいと頼まれるのでした(第一話)。
池鮒鯉宿の問屋で難儀していた娘を助けた巳之吉は、次の鳴海宿の手前で駕籠かきにからまれている先ほどの娘を助けようと声を掛けますが、逆にやられてしまいます。そこを弥三郎という旅人に助けられるのでした(第二話)。
熱田神宮を擁する宮宿の七里の渡しで船に乗り損ねた巳之吉は、満員の宿に泊まれず芝居小屋の道具置場に潜り込む羽目になります。そこで芝居の台本を書くことになるのでした(第三話)。
第三話での芝居小屋で、見知らぬ女三人に自分を捨てるのかと押しかけられた巳之吉は、何とか七里の渡しを越え四日市にある「高倉屋」へと挨拶にやってきます。そこで気になったのが、巳之吉の世話をしてくれる綱七という男とお勢という幼馴染みの仲でした(第四話)。
本シリーズの前巻までの印象として、人情小説でもなくかといって痛快小説とも言えなくて、今一つ焦点が定まっていない印象だと書きました。
しかし、第三巻となる本巻では、伊左蔵の正体も明らかになるなどの事情もあってか、前巻ほどの中途半端さはないように思えます。
というのも、人当たりがよく、家業以外では思いもかけない能力を発揮している巳之吉の姿が次第にはっきりとしてきたからでしょうか、それなりの魅力を持った人物に思えてきたからでしょう。
もともとは能力はあるもの「渡海屋」の跡継ぎとしての意欲も自覚も見せなかった巳之吉の性根を叩き直すためにと考えられた京都行きの話でした。
それが、巳之吉の旅姿を眺めているうちに、いい加減で口八丁なところはあるものの、座付き作家としての能力を発揮したり、妙なところでの人の良さを見せたり、おとこ気のあるところを示したりと意外な魅力を見せ始めます。
加えて、巳之吉のいない江戸での儀右衛門のもとを訪れる巳之吉の遊び仲間である丑寅や岩松、右女助らから聞く巳之吉の姿に意外なものもあったりしたからだと思われます。
つまりは、はっきりしないと思われていたこの物語の色が、その漠然とした色こそが持ち味だと感じてきたというところでしょうか。
しかしながら、時代小説に明確な人情話や痛快な剣戟の場面などを求める向きにはやはり向かない物語かもしれません。
こうした文章を書いている私自身が本巻は読むのをやめようかと思ったほどですから、そうした考えも無理はないと思うほどの物語です。
ただ、ここまで読み進めてくるとそれなりの味わいのある物語であり、以降の展開が気になる物語でもあります。
いますこし付き合ってみようと思います。