本『脱藩さむらいシリーズ』は、『付き添い屋六平太シリーズ』で人気を博した金子成人の新しいシリーズです。
一巻しか読まないうちに気付いたら第四巻まで出ており、その上「最終巻」との表示がありました。できるだけ早めに読みたいと思います。
登場人物
- 香坂又十郎 三十歳 浜岡藩奉行所町廻りの同心頭
- 香坂万寿栄 又十郎の妻二十七歳
- 香坂与一郎・いよ 又十郎の義父母
- 戸川弥五郎 又十郎の兄で実家の戸川家当主
- 兵藤数馬 万寿栄の弟で藩の勘定役
- 山中小一郎 数馬の幼馴染で藩の祐筆
- 山中小菊 小一郎の妹
- 嶋尾久作 浜岡藩江戸屋敷目付
- 伊庭精吾 浜岡藩江戸屋敷横目頭
- 本田織部 浜岡藩国元筆頭家老
- 都築彦衛門 浜岡藩勘定奉行
- 垣内勘斎 浜岡藩船奉行
- 平岩佐内 浜岡藩大目付
- 滝井伝七郎 浜岡藩組目付頭
- 万次 大坂の廻船問屋備中屋手代
- 東華堂 日本橋岩倉町の蝋燭問屋
- 和助 東華堂手代
- 茂吉 源七店の大家
- 友三 源七店の店子
- お由 源七店の店子
本『脱藩さむらいシリーズ』は、脱藩浪人が江戸で浪々の身を過ごすという典型的なパターンですが、よく見るとかなり設定を異にしています。
まずは、主人公の香坂又十郎が禄を食んでいたのは石見の国の浜岡藩です。
この浜岡藩は実在した石見国の浜田藩をモデルにしていると思われますが、その位置は現代でいうと島根県浜田市だそうですから、殆ど広島市の真北であり、山口県にも近い位置になります。
本シリーズの主人公の香坂又十郎は浜岡藩で田宮神剣流鏑木道場師範代もしていたほどの剣の達人です。
又十郎の妻は万寿栄といい二十七歳です。その万寿栄の弟に兵藤数馬が居ますが、この数馬が藩内の抗争の中心人物と目され、脱藩し江戸へと向かいます。
そこで、又十郎に数馬討伐の命が下ったのです。
妻の弟で、普段から又十郎が可愛がっている兵藤数馬を斬らねば万寿栄や又十郎の実家である戸川家にも類が及ぶというどうにもならない状況に追い込まれてしまう又十郎でした。
『付き添い屋六平太シリーズ』は、江戸の市井で気ままに暮らす六平太の日常が描かれている、気楽に読める痛快人情小説でした。
しかし、本『脱藩さむらいシリーズ』は、はその雰囲気とはかなり異なります。
自分の意志を通すこともかなわない状況に置かれた又十郎が、強制的に脱藩の形をとらされた上で江戸での暮らしを強いられます。
つまりはその意にそわない又十郎の日常が描かれているのであり、六平太シリーズに比べるとかなりシリアスな状況ではあります。
文章のタッチも『六平太シリーズ』の場合とは異なり、それなりに落ち着いた雰囲気で推移していて、読みごたえがあります。
主人公の心情としては、主持ちの武士としての矜持を持ったままでの仮の浪人暮らしのつもりでいます。そこに気楽さはなく、緊張感をもって生きているのです。
物語の内容は全然異なるのですが、何となく野口卓の『軍鶏侍シリーズ』を思い出していました。
本シリーズは『軍鶏侍シリーズ』の主人公軍兵衛ほどに気楽ではありませんし、また、文章も『軍鶏侍シリーズ』での野口卓の文章のように、園瀬の里を情感豊かに描きだすような詩情に満ちた文章でもありません。
ただ、共に文章が落ち着いていて、主人公のたたずまいが常に侍としての矜持を持った存在としてある、その一点において似たものを感じたと思います。
まだ始まったばかりの本『脱藩さむらいシリーズ』です。
主人公が藩内の抗争に巻き込まれ過酷な運命に翻弄されそうな行く末が思われるものの、どのように展開するものか全く不明です。
編集者としては「不安はありました」と書いてありましたが、個人的にはなかなかに読みごたえがありそうなシリーズとなりそうで、また楽しみができたと思っています。