本書『おれたちの歌を歌え』は、新刊書で殆ど六百頁にもなる長編の推理小説です。
昭和、平成、令和の三つの時代を交互に描きながら五人の仲間の挫折に満ちた人生を中心に描き、第165回直木賞の候補となった作品です。
『おれたちの歌を歌え』の簡単なあらすじ
「あんた、ゴミサトシって知ってるか?」
元刑事の河辺のもとに、ある日かかってきた電話。その瞬間、封印していた記憶があふれ出す。真っ白な雪と、死体――。あの日、本当は何があったのか?
友が遺した暗号に導かれ、40年前の事件を洗いはじめた河辺とチンピラの茂田はやがて、隠されてきた真実へとたどり着く。
『スワン』で日本推理作家協会賞、吉川英治文学新人賞を受賞。圧倒的実力を誇る著者が、迸る想いで書き上げた大人のための大河ミステリー。(Amazon「商品説明」より)
元後輩の海老沼の経営するデリヘルで運転手を務める河辺久則のもとに、突然、幼馴染の五味佐登志の死を告げる電話がかかってきた。
電話をかけてきた茂田というチンピラは、佐登志から渡された永井荷風の『来訪者』の新潮文庫を示し、最後の頁に詩が書いてあり、佐登志のM資金絡みの隠し財産のありかを示してあるというのだった。
佐登志は他殺殺された可能性が高いこともあって、生前の佐登志の様子を知るためにも川辺は茂田に自分と佐登志の過去を話しはじめる。
昭和五十年代の始め、長野県の上田市真田町でいつも一緒にいた五人の高校生たちがいた。彼らは、彼らは竹内風花の父親のキョージュこと竹内三起彦から「栄光の五人組」と名付けられていた。
『おれたちの歌を歌え』の感想
本書『おれたちの歌を歌え』の主要登場人物は最初にまとめてありますが、名前だけ列挙しておきます。
河辺久則(ヒー坊)、五味佐登志(サトシ)、外山高翔(コーショー)、石塚欣太(キンタ)、竹内風花(フーカ)という五人が中心となっています。
それに、フーカの父のキョージュこと竹内三紀彦、フーカの姉の千百合、そしてセイさんこと岩村清隆が重要な位置を占めています。
また、五人組の友達の崔(岩村)文男やその妹の春子の存在も重要です。
ほかにも河辺にサトシの死を知らせて来た茂田などもいますが、本書の最初に書いてある「主要登場人物」を見てください。
本書『おれたちの歌を歌え』は作者の呉勝浩が編集者の提案を受けて自分なりの藤原伊織の『テロリストのパラソル』を書こうとしたものだそうです( 好書好日 : 参照 )。
この作品はアルコールに溺れている主人公が自らの過去に立ち向かう姿を描いたハードボイルドミステリー作品で、第114回の直木賞を受賞している作品でもあります。
挫折した人生を送っている主人公が、ある日自分の過去に直面せざるを得ない事態に陥り、その過去をを乗り越えるために奮闘する姿が描かれていて、私が最も好きな小説の中の一冊でもあります。
本書『おれたちの歌を歌え』も同様です。
今ではデリヘルの運転手をしている主人公の川辺久則は、幼馴染のサトシの死が他殺であることを知り、過去に起きたある事件に思いを馳せるのです。
その後、物語は昭和、平成、令和を交互に描きながら、過去と現在の殺人事件やそれに伴う謎を解明する過程を描き出しているのです。
本書『おれたちの歌を歌え』は、「第二章 すべての若き野郎ども」まではかなりの面白さを感じながら読んでいました。
しかしながら、「第三章 追憶のハイウェイ」あたりからどうも印象が変わってきます。
一つには物語が複雑に感じられてきたことと、もう一つは佐登志の死を知らせて来た茂田という男のキャラクターがよくつかめなくなってきたことが原因だと思われます。
茂田という男は坂東という半ヤクザの使い走りで、短絡的、暴力的な男である筈ですが、川辺がサトシが残したという暗号を解く過程に絡む姿がどうにも中途半端なのです。
本書では永井荷風や中原中也、太宰治などが鍵として登場し、茂田が太宰らの同人誌「青い花」や太宰作品の『ダス・ゲマイネ』を読み込んだり、川辺と共に過去の事件の推理もしています。
これらの行為やその後の行動からはかなりの知性が感じられ、当初感じた茂田の粗暴な印象とは異なっていて、なんともその人物像があいまいで、違和感を感じてしまいました。
もう一点はストーリーが分かりにくい点です。
過去の事件自体が複雑な構成になっていて理解しにくいのですが、加えて仲間が過去が現在へとつながり、また分かりにくく、再読してもストーリの全体像がつかめかと疑問になるほどです。
犯人像はそれなりに判明し、逆算して物語の流れがつかめた気にはなりますが、それは読了後の錯覚であり、細かな点を問われると応えられない点が多い程度の理解でしかありません。
さらに付け加えるならば、河辺久則の現在につながる状況を示すためでしょうか、刑事時代の川辺が上司の阿南から理不尽な仕打ちを受ける場面があります。
河辺を追い出す口実を作ろうとしているのでしょうが、個人的にはストーリーの流れを遮断しているようで不要としか思えませんでした。
また、セイさんというキャラクターが最終的に理解できずに終わりました。というか、そのキャラクターの説明が詳しくは書けませんが微妙に納得いかなかったのです。
ただ、本書『おれたちの歌を歌え』は直木賞候補作であり、以上述べたことは読み手である私の読解能力が不足していたにすぎないというしかないでしょう。
以上、いろいろと不満点は書きましたが、大河小説として昭和の雰囲気を表現するために『限りなく透明に近いブルー』や『邪宗門』などの文学作品、また「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」といったテレビドラマなどを取り上げているのは、その時代を生き、熱中した私としては非常に嬉しいものがありました。
また、当時の学生運動の様子が描かれていますが、先鋭化した一部の学生はまさに本書『おれたちの歌を歌え』で書かれているような状態だったのです。
本書『おれたちの歌を歌え』は、総じて非常に興味深い内容を持った作品であり、また面白く読んだ作品でもあったのですが、冒頭に述べたように少々複雑に作り過ぎたのではないか、そう思えて仕方ありません。
ただ、直木賞の候補となった作品であり、それだけの内容を持った作品であることは否定できません。
ただ、個人的な好みと少しだけずれていたということです。