『風に立つ』とは
本書『風に立つ』は、2024年1月に416頁のハードカバーで中央公論新社から刊行された長編の家族小説です。
なんとも感動的な作品であることは間違いないのですが、どこか作品としてのあざとさを感じてしまう部分がある、微妙な印象の作品でもありました。
『風に立つ』の簡単なあらすじ
問題を起こし家庭裁判所に送られてきた少年を一定期間預かる制度ー補導委託の引受を突然申し出た父・孝雄。南部鉄器の職人としては一目置いているが、仕事一筋で決して良い親とは言えなかった父の思いもよらない行動に戸惑う悟。納得いかぬまま迎え入れることになった少年と工房で共に働き、同じ屋根の下で暮らすうちに、悟の心にも少しずつ変化が訪れて…。(「BOOK」データベースより)
『風に立つ』の感想
本書『風に立つ』は、著者柚月裕子の故郷山形の南部鉄器職人の家族の姿を中心にを描いた作品です。
補導委託という制度を通して、二組の家族の物語が語られていますが、この作者の作品にしては妙に感情移入がしにくい作品でした。
主人公は父の小原孝雄が営む岩手県盛岡市の南部鉄器工房「清嘉(きよか)」で職人として働いている小原悟という男です。
この孝雄がある日突然に補導委託を引き受けると言い出します。お前らには迷惑はかけないという孝雄ですが、悟は非行少年を家庭に入れるなんてとんでもないと反対するのでした。
ここで、補導委託とは、「問題を起こし、家裁に送られてきた少年を、一定期間預かる制度
」と書いてありました。「罪を犯した少年にどのような最終処分が適正か判断するために、一定の期間、様子を見るもの」だそうです。
詳しく知りたい方は下記を参照してください。
本書『風に立つ』では孝雄、悟の他に、夫の里館太郎と共に居酒屋「蔵太郎」を営みながらたまに清嘉を手伝っている悟の妹である由美がいます。
また、悟が生まれる前から「清嘉」に勤めていた職人の林健司やアルバイトの八重樫、それに盛岡家庭裁判所調査官の田中友広などが脇を固めています。
そして補導委託制度により小原家に預けられたのが庄司春斗であり、その両親の庄司達也と緑夫妻です。春斗は万引きや自転車窃盗などを繰り返し、停学処分の後もそれが止まないために退学処分となったというものでした。
小原孝雄が補導委託を受ける気になったのは何故か、また春斗が非行を繰り返した理由は何なのか、という点が次第に明らかにされていくのです。
著者柚月裕子初の家族小説という触れ込みの作品でしたが、『佐方貞人シリーズ』の主人公の親子の関係、また『あしたの君へ』収納の作品も家族を描いてあると言えると思います。
両作品ともに短編集ですが、『佐方貞人シリーズ』では、主人公の佐方貞人とその父親である弁護士の佐方陽世との関係性があり、『あしたの君へ』は主人公の家庭裁判所調査官補の目線での家庭の姿があります。
ただ、前者は主人公の人生の背景にある父親の姿が描かれており、後者は主人公の目を通してみた様々な事案の中に家族の問題を描いた作品もあるという程度です。
そういう意味では、本書のように正面から家族の関係性を描いているとまではいえず、やはり本書が初の家族小説と言えるのかもしれません。
冒頭に書いたように、本書に対しては、何故かその設定を素直に受け入れることができず、感情移入することが困難に感じていました。
というのも、悟の父孝雄に対する思いや態度の描き方が少々型にはまりすぎている印象があったのです。
著者の柚木裕子の作品でこのように感じたのは初めてのことです。
それはもしかしたら本書を読むに際して「家族小説」だという刷り込みが先にあったためかもしれません。
つまり私の本書の読み方が、補導委託制度という物語の背景設定に対して、勝手に話を進める父親と普段から会話の無い息子との確執という形があって、そこに絡む非行少年の親子関係というフィルターを介しての確執の解消、という自分なりのストーリーを作り挙げての読書だったのです。
その私の思いに対してそのままに物語が展開していくため、一段と型にはまっていると感じたのだと思います。
加えて、途中で株式会社盛祥の会長清水直之助が悟に対して語りかける場面があります。
本書に対して違和感を感じていたために穿った見方をしているのかもしれませんが、この場面が唐突過ぎて不自然に感じてしまったのです。
本書『風に立つ』に対してはネット上の意見を見ても高評価ばかりで、私のような印象は一つもありません。
確かに、柚木裕子の作品らしく、固定的に捉えられていたある人物の内心が外部の出来事の展開から推し量ることができるようになり、主要登場人物の関係性が変化していくことで感動的な展開が待っているのです。
そこでは単純に物語を楽しめばいいのですが、素直に読み込めなかった私の読書方法がおかしかったのだと思われるのです。