ミカエルの鼓動

ミカエルの鼓動』とは

 

本書『ミカエルの鼓動』は、新刊書で467頁の長編の医療サスペンス小説です。

手術支援ロボット「ミカエル」を使用した手術をめぐり各人の思惑が錯綜するなか、医療とは何か、命とは何かを問う柚月裕子らしい作品でした。

 

ミカエルの鼓動』の簡単なあらすじ

 

「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條と、ドイツ帰りの天才医師・真木。難病の少年の治療をめぐり二人は対立。そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。情報を手に入れたジャーナリストは、大学病院の闇に迫る。天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。(「BOOK」データベースより)

 

心臓外科医の西條泰己は北中大病院の十人いる病院長補佐の一人であり、手術支援ロボット「ミカエル」を使用しての心臓手術の第一人者としての地位にいた。

そして、ロボット支援下手術の推進こそが医療の未来を開き、ひいては患者のためにもなると信じ行動していた。

ところが、病院長の曽我部は、真木一義という医師をドイツから招いて循環器第一外科科長にするという。それは、西條を差し置いて真木を北中大病院の顔にするという曽我部の布石ではないかと疑う西條だった。

そこに、白石航という少年の心臓手術を行うことになった。

ミカエルによる手術を主張する西條に対し、真紀はミカエルは使えないと、自分が開胸手術をすることこそ航少年のためだと言い張るのだった。

一方、西條を慕っていた広島総生大学病院循環器外科の布施医師の自殺の知らせを受け、彼の死の背後にある秘密がミカエルの性能に関するものであることを知り、思い悩む西條の姿があった。

 

ミカエルの鼓動』の感想

 

本書『ミカエルの鼓動』という作品は私の好みに合致し、とても面白く読めた作品でした。

西條と真木という対立する二人の関係を軸に、病院内での権力闘争、医療機器メーカーとの関係なども過不足なく描かれており、読みやすいのです。

特に、西條と真木それぞれの主義、主張がそれなりにはっきりと描かれていて、一方当事者の主張だけを正当だと評価するようなこともなく、共に患者のことを第一義とする考えであることを前提に描かれていて、好感が持てました。

 

本書の作者柚月裕子は、例えば『佐方貞人シリーズ』での主人公佐方貞人の「罪はまっとうに裁かれなければいけない」という言葉のように、普遍的に考えられている「正義」を純粋に貫くことをテーマとしているようです。

ベストセラーとなり、映画化もされている『孤狼の血シリーズ』の大上にしても、市民に害を与えるものを許さないという確固とした信念をもって行動しています。

そこでは、ときには「青臭い」と呼ばれる愚直なまでに純粋な「正義」が存在しており、その「青臭い正義」が貫かれるからこそ柚月裕子の作品は皆の支持を得ているのだと思えるのです。

 

 

本書『ミカエルの鼓動』でもその点は同じです。

本書で描かれているのは患者の命の救済であり、その命を救うために医者は自らの信じるところを貫こうとします。

その手段として、西條は心臓外科医として手術支援ロボット「ミカエル」の使用こそが医療のために、つまりは患者のためとなるのだと信じ、そのために自分が北中大病院で力を持つ必要があると信じているのです。

また、曽我部が新たに招へいした真木医師もまた患者のためにと自分の医療技術を磨いてきた医師です。

この両者の医者としての信念に乖離があるのではなく、ともに患者を第一義とする点は同じであり、ただ現時点での立ち位置が異なるというだけだと思われるのです。

 

この二人が一人の少年の命を救うためには自分が執刀することが最善だと信じて行動する姿が描かれているのであり、そこには感動すら覚えます。

こうした点に、前述のように柚月裕子という作者の考える「正義」が現れていると思われ、物語の展開としても感情移入のしやすい描きかたになっていると思われます。

また、作者はよく勉強されていると感じたのが西條と真木とが対立する場面である航の手術の場面であり、西條と真木との対立を機械弁での弁置換術と弁形成術との選択の問題としているところです。

その上で弁形成術の優位性を前提に、小児に対する弁形成術の危険性を挟むことで、西條と真木との対立の図式を作り出しているうまさがあります。

また、航の心臓手術の場面の描写は真に迫っていて、とても医学には素人の作者の描写とは思えない迫力のあるものでした。

 

もちろん、西條の家庭の崩壊を描くことにどんな意味があるのかや、真木の人間性として北中大病院内でのスタッフとの関係性を築くのも医者の技量の一つではないのかなど、本書の物語の運びにも小さな疑問点が無いわけではありません。

しかし、物語の中での対立する二人の医者の性格設定を明確にするという作者の意図があるのでしょから、あまり個人的な好みをもとにしての批判めいたことは言うべきではないでしょう。

 

ちなみに、医療小説と言えばまず思い浮かぶのは山崎豊子の『白い巨塔』でしょう。

幾度も映画やテレビで映像化され、コミック化もなされている、大学病院内での権力争いや医局制度の問題点などを取り上げたまさに問題作でもありました。

 

 

そして現在の医療小説では多くの作品がありますが私は夏川草介の『神様のカルテシリーズ』が一番だと思っています。

人間の悪い側面を斬り捨てて、ユーモア満載で描かれる主人公栗原一止たち登場人物の姿を見ていると、人間は信じていいものだと思えて来ます。

 

 

いずれにせよ、本書の面白さはさすがのものであり、『孤狼の血シリーズ』で全く新た強い分野の作品に取り組んだ作者の、また異なる分社への挑戦を試みた作品として成功していると言えます。

月下のサクラ

本書『月下のサクラ』は元事務方の女性刑事を主人公にした、新刊書で380頁の長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なる、分析係という部門でその能力を発揮する主人公の姿が魅力的な、期待に違わない作品でした。

 

月下のサクラ』の簡単なあらすじ

 

事件現場で収集した情報を解析・プロファイリングし、解決へと導く機動分析係。森口泉は機動分析係を志望していたが実技試験に失敗。しかし、係長・黒瀬の強い推薦により、無事配属されることになった。鍛えて習得した優れた記憶力を買われたものだったが、特別扱い「スペカン」だとメンバーからは揶揄されてしまう。自分の能力を最大限に発揮し、事件を解決に導くー。泉は早速当て逃げ事件の捜査を始める。そんな折、会計課の金庫から約一億円が盗まれていることが発覚した。メンバー総出で捜査を開始するが、犯行は内部の者による線が濃厚で、やがて殺人事件へと発展してしまう…。気鋭の作家が贈るノンストップ警察ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

かつては広報課に勤務していた森口泉は念願通りに県警捜査二課に所属する立場になっていた。

そこでの泉は、捜査の最前線で活躍できると県警の捜査支援分析センターの人員募集に応募して機動分析係を希望するものの、最終テストで失敗してしまう。

しかし、何故か分析センターの機動分析係長の黒瀬仁人警部に拾われ、分析係で勤務することになる。

ところが、着任早々会計課の金庫から一億円近くの金が紛失し、内部犯行が疑われる事案が発生するのだった。

 

月下のサクラ』の感想

 

本書『月下のサクラ』での主人公は前巻『朽ちないサクラ』と同じく森口泉という女性です。

前巻では県警広報課という事務方に勤務していたのですが、一念発起して県警を再受験して見事合格し、努力の末に捜査二課に配属され念願の刑事となっています。

さらにそこから捜査支援分析センターの人員募集に応募し、機動分析係への配属されたということになっています。

つまりは、前巻『朽ちないサクラ』での友人の死、そしてその隠された真実を知り、事務方ではなく自分で捜査の第一線に立ちたいとの意思を持ち、刑事になっているのです。

 

 

本書は全く別の人物を主人公に据えて書くことも可能あったと思えるのですが、ただ、物語の核心で『朽ちないサクラ』と共通するものがあるためにシリーズ化としたものと思われます。

こうしたことを読みながら考えていたら、読了後に読んだネット記事で『朽ちないサクラ』は「もともと一冊完結のつもりだった」という作者の言葉がありました。

ただ、そこでは『朽ちないサクラ』の最後で泉が「警察官になる!」と宣言していたことや読者の声もあって続編を書いたと書いてあったのです。

作品が先にあって後に森口泉を主人公にしたのではなく、執筆依頼がまずあって、同じ出版社で森口泉を書いていたこと、さらに現実に警察には捜査支援分析センターという組織があること、また、ある警察署の金庫から現金が盗まれた事件があったことなどから本書を書いたそうです。

 

前巻の『朽ちないサクラ』では、泉と泉の同期の磯川俊一と共に親友だった新聞記者の津村千佳の死の謎を調べていました。

それに対し本書では、事件現場で収集した情報を解析しプロファイリングすることを業務とする機動捜査係というチームでの捜査が主になっています。

この機動捜査係の職務が普通の警察小説の捜査とは異なります。

「自動車ナンバー自動読み取り装置」いわゆるNシステムのデータや防犯カメラの映像などの事件現場で収集された情報を解析しプロファイリングすること解析業務を主な業務としているのです。

その機動捜査係のメンバーは、クールな印象の係長の黒瀬仁人警部を中心に、配属されて八年目の哲こと市場哲也、六年目の真こと日下部真一、四年目の春こと春日敏成、二年目の大こと里見大の五人です。

この機動捜査係に泉が配属されたのですが、この面々のキャラクターがよく描けていて、今野敏の『安積班シリーズ』を思い出させるチームワークの良さが描かれています。

 

 

特に係長の黒瀬のキャラクターが、それなりの過去をもって形成されているという設定は、どこかで聞いたような設定ではあります。

ただ、黒瀬に対し一班員ではあるものの黒瀬と昔からのつながりがありそうな市場哲也の存在が光っています。

 

本書『月下のサクラ』での見どころの一つと言っていいかもしれないのが、泉のデータ分析の場面です。

頭の中で記憶した映像がビデオテープのように再生され、映像の隅には時刻を表す数字が羅列されているというのです。この泉の能力を発揮する場面は読みごたえがあります。

ただ、泉は訓練で記憶力を格段に鍛えたということになっていますが、こうした特殊能力が数年の訓練で獲得できるものなのか、疑問が無いわけではありません。

しかしながら、現実の防犯映像などの調査も結局は似たような地道な捜査の上になり立っているのでしょうから、その作業を少々デフォルメしたと考えていいのでしょう。

 

本書『月下のサクラ』で一番気になったのが、捜査二課に配属された泉が機動分析係を志望した動機、意味が今一つよく分からないということです。

本文では単に捜査の最前線で活躍できるからとあったのですが、そもそも捜査第二課という知能犯係は捜査の最前線ではないということになりかねず、疑問に思ってしまいました。

 

とはいえ、本書の面白さは間違いのないところです。

柚月裕子の新しいシリーズの誕生であり、続巻が待たれるシリーズが増えたことになります。

森口泉シリーズ

森口泉シリーズ』とは

 

本『森口泉シリーズ』は、警察の事務方やデータ分析班といった、通常の警察小説とは異なった職域を舞台とし、単なる犯人探しを越えたテーマを掲げたシリーズです。

つまり、本シリーズの主人公である森口泉は、シリーズ第一弾の『朽ちないサクラ』では県警広報課という事務方にいたのですが、第二弾の『月下のサクラ』では事務職を辞め、あらためて県警を受験し直して女性刑事となっています。

この『森口泉シリーズ』はまだ二巻しか出ておらず、そのうえ物語の舞台が移行しているので明言できませんが、基本的には一人の警察官が思う「正義」と、国家が抱える「正義」との相克を描いた作品だと思っています。

 

森口泉シリーズ』の作品

 

森口泉シリーズ(2021年08月26日現在)

  1. 朽ちないサクラ
  2. 月下のサクラ

 

森口泉シリーズ』について

 

本『森口泉シリーズ』は、各巻のタイトルからも分かるように、公安警察とのからみを軸に据えた警察小説です。

本当はここで「公安」という言葉を出すこと自体、ネタバレになるのではないかという危惧がありました。

しかし、ほとんどの読者は「サクラ」と「公安」との関連は知っているだろうということ、また、あこちのレビューで「公安」のことは既にさらされていることなどから書くことにしました。

 

作者の柚月裕子は、当初は第一弾の『朽ちないサクラ』だけで終わるつもりだったそうです。

そこに徳間書房から新作の声がかかったときに過去に徳間書房から出ていた『朽ちないサクラ』の森口泉を思い出し、森口泉を主人公とする第二弾として『月下のサクラ』を書いたとのことでした。

第一巻での森口泉は県警広報課に所属していたのですが、第二巻からは警察官となり、捜査支援分析センターの機動分析係に勤務する立場になっています。

事務方の無力を味わい「警察官になる」と宣言して終わった第一巻の終わりの言葉通りに、警察官になって戻ってきたことになります。

 

ここで、泉は受験からやり直して警察学校に入り直して警察官として採用されてとありましたが、しかし第一巻  でも警察学校へ行っていたはず、と思い調べてみました。

本シリーズのように事務方から警察官への転身について直接は書いてありませんでしたが、警察学校での期間や内容が異なるとありましたので、警察官用の試験をうけ、学校へ行き直す必要があると思われます。

 

あらためて柚月裕子という作家の作品をみると、その根底に「正義」という観念が常に存在しているように思えます。

特に『佐方貞人シリーズ』ではそれが顕著であり、柚月裕子という作家が思う「正義」を正面に掲げて物語が紡がれているように感じられます。

それはあの『孤狼の血シリーズ』でも同じで、ただ正面から掲げていないだけで主人公の大上章吾の信念に反映されているようです。

 

 

この『森口泉シリーズ』では、個々の警察官が普通に思う正義と、もう一方にある国家としての正義、個々人の生命・財産を犠牲にしても守られるべき国家存立のための正義との衝突を考えざるを得ません。

つまり、作者の柚月裕子は、その「正義」とは何かを常に追い求めていると思われるのです。

このシリーズが今後どのように展開していくものか、期待して待ちたいと思います。

佐方貞人シリーズ

佐方貞人シリーズ』とは

 

第一巻『最後の証人』こそ、ヤメ検である弁護士佐方貞人が活躍しますが、現時点(2021年8月29日)では第一巻以外は過去に戻り、未だ検事時代の佐方貞人を主人公とするミステリーです。

 

佐方貞人シリーズ』の作品

 

佐方貞人シリーズ(2021年08月29日現在)

  1. 最後の証人
  2. 検事の本懐
  3. 検事の死命
  1. 検事の信義

 

佐方貞人シリーズ』について

 

本『佐方貞人シリーズ』は、作者の柚月裕子の作品でもそうであるように、「正義」という言葉の持つ意味の多様性を前提としつつ、法曹界での「正義」を考察しているようです。

法曹界での「正義」とは言ってもそれはまた立場により異なるもので、本シリーズでは弁護士、そして検事それぞれの立場に立つ主人公がいます。

貞人は常に「罪はまっとうに裁かれなければいけない」という信念のもと行動しているのです。

 

それとは別に、主人公の佐方貞人は弁護士であった父親の佐方陽世が預かり金を横領したとして懲役二年の実刑判決を受け収監され、獄死するという過去を持っています。

この父親の存在が貞人の成長に大きな影響を与えているようです。

この父親のことについては『検事の本懐』と『検事の死命』という短編集の中で語られています。

 

また『佐方貞人シリーズ』の別の楽しみ方として、主人公が勤務する東京都内から北へ新幹線で2時間程のところにあるとされる米崎市はまた、『森口泉シリーズ』の舞台でもあるということが挙げられます。

いつの日にか佐方貞人と森口泉が、検事もしくは弁護士と刑事として同じ事件を担当することになるかもしれません。

その物語を待ちたいと思います。

孤狼の血シリーズ

本『孤狼の血シリーズ』は、広島の暴力団担当の刑事を主人公とした長編の警察小説です。

作者自らが映画「仁義なき戦い」が好きで、「任侠のルールが残っている世界」を描いたという衝撃作です。

 

孤狼の血シリーズ(2020年09月01日現在)

  1. 孤狼の血
  2. 凶犬の眼
  3. 暴虎の牙

 

本『孤狼の血シリーズ』は警察小説、ということになっています。しかし、中身は警察小説というよりは義理人情はどこかへ行ってしまった「極道小説」と言った方が当たっているかのようです。

作者は「任侠小説」を書きたかったそうですが、任侠というよりもやはり暴力団の世界を描いていて、「極道小説」という方が正確だと思えます。

任侠小説と言えばいろいろありますが、まずは古典として尾崎士郎の『人生劇場 残侠篇』(下掲下段は Kindle版)の飛車角の物語を挙げるべきです。飛車角と吉良常の物語は映画化もされています。

 

 

先に書いた『仁義なき戦い』という映画は広島ヤクザの抗争を描いた作品でしたが、本書はヤクザの一部を警察に置き換えただけと言っても過言ではありません。

ただ、主役がヤクザまがいとはいっても警察官であり、一般市民生活を守ることを至上命題とし、そのためには何でもする警察官というキャラクターを設け、そのキャラをうまく動かしているところがこの作者のうまいところだと思います。

ヤクザそのものと言われる警察官はありがちの設定です。ただ、その警察官の背景を掘り下げ、ヤクザとの深いつながりを描き、大上という魅力的な人物を作り上げているのです。

 

うまいのは、主に本『孤狼の血シリーズ』第一巻の話ではありますが、その大上に正義感の塊のような日岡という新人を張り付け、大上の暴力や暴力団との癒着の現場を見せることで日岡の正義感と大上の無法ぶりとを対立させているところです。

その上で、第一巻『孤狼の血』で日岡との入れ替わりを示し、第二巻『凶犬の眼』で日岡を独立させています。この第二巻『凶犬の眼』は物語として若干迫力に欠けるところがあったのですが、さらに第三巻『暴虎の牙』で以前の大上と成長した日岡を共に読者の前に見せてくれます。

読み手の一人として、大上の物語ももう少し読みたいと思っていたし、日岡のその後も知りたいと思っていたその欲求を共に満たしてくれたことになります。

 

うまい、という他ないのです。そうした極道の世界を女性が、これだけ迫力をもって描けるのですから見事です。

できることであれば本シリーズをまだ続けてほしいのですが、それは読者の身勝手な希望でしかないのでしょう。これ以上の展開は大上も、日岡も傷つけることになると思われたからこそ最終章とされたのでしょうから。

それでもなお、読みたいと思ってしまう身勝手な読者です。

 

ちなみに、本『孤狼の血シリーズ』の第一巻『孤狼の血』は役所広司が大上を、松坂桃李が日岡を演じ映画化されています。また、第二巻『凶犬の眼』も「孤狼の血 LEVEL2」というタイトルで映画化されています。

 

 

『孤狼の血シリーズ』の、第二巻『凶犬の眼』も映画化が決まっている、と書いたのですが、シリーズ第二弾の映画は完成したものの、『凶犬の眼』を原作とした作品ではなく、完全オリジナルストーリーの映画だそうです。

詳しくは下記サイトを参照してください。

暴虎の牙

本書『暴虎の牙』は、新刊書で504頁の『孤狼の血シリーズ』第三巻で最終巻でもある長編の警察小説です。

個人的にもう一度読みたいと思っていた大上の話とたくましく成長した日岡の物語を共に読める作品として仕上げられており、おもろく読んだ作品でした。

 

暴虎の牙』の簡単なあらすじ

 

博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、沖と呉原最大の暴力団・五十子会との抗争の匂いを嗅ぎ取り、沖を食い止めようと奔走する。時は移り平成16年、懲役刑を受けて出所した沖がふたたび広島で動き出した。だがすでに暴対法が施行されて久しく、シノギもままならなくなっていた。焦燥感に駆られるように沖が暴走を始めた矢先、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖に接近する…。不滅の警察小説シリーズ、令和でついに完結!(「BOOK」データベースより)

 

暴虎の牙』の感想

 

本書『暴虎の牙』ではプロローグで三人の若者の殺しの場面が描かれ、続く第一章で昭和五十七年六月との年代表示のもと、ヤクザを相手に借金の取り立てをする三人の若者の姿が描かれています。

読み手がこの年代の指示にあまり意味を見つけられないままに本書を読み進めると、暴力の臭いが満ちた雰囲気の中、突然と大上章吾が登場します。

あの大上章吾は第一巻『孤狼の血』で消えたはずなのにと思っていると、冒頭の昭和五十七年六月という年代指定が意味を持ってくることに気がつくのです。

 

読者は、この『孤狼の血シリーズ』が暴力に満ちた物語であることは知っているはずですが、冒頭からの残虐な殺しの場面やヤクザと渡り合う若者の姿を見せつけられることで、あらためて本シリーズの性格を思い知らされます。

そして、そこにに大上章吾が登場することになるのです。作者のエンターテイメント小説の書き手としてのうまさを見せつけられたと言っていいのだと思います。

 

そうした「暴力」の物語であるという流れの中、冒頭から沖虎彦という人物が登場します。

暴力団員であった父親からの暴力を日常のものとしていた母親と幼い沖ですが、長じた沖はある日その父親に対して殺意を抱くに至ります。

当初は本書『暴虎の牙』では、大上と日岡という第一巻と第二巻のそれぞれの主人公を再度登場させるために、沖というどうしようもないワルを登場させたのだと思って読み進めていました。

しかし、どうもこの物語の主人公はこちらの沖ではないかと思えてきました。

破滅に向かってまっしぐらに突き進む、しかし素人には決して手を出さない沖の姿は、大上、日岡らを再登場させるためのキャラクターを超えて独り歩きし始めたようにも思えたのです。

でも、物語としては大上というキャラクターと、その跡を継いだ日岡という存在の物語だというべきなのでしょう。そうした二人を背景として、破滅へ向かう若者の姿が描かれている、それが本書『暴虎の牙』という作品なのだろうと今では思えます。

 

破滅に向かって突き進む若者と言えば、映画ではありますが『仁義なき戦い 広島死闘篇』が頭に浮かびました。もしかしたら、作者の柚月裕子本人が『仁義なき戦い』が好きで、これを目指したと言っているほどですから、この『広島死闘篇』が頭にあったのかもしれないなどと思ってしまいました。

この作品は、北大路欣也演じる山中正治という若者の暴走と破滅とを描いていましたが、本作はの沖と映画の山中とがとても重なって見えたのです。

蛇足ですが、この映画では千葉真一が演じた大友勝利という男の印象も強く、役者という意味では千葉真一の方が印象に残ったかもしれません。

 

 

話を元に戻すと、本書『暴虎の牙』においては第一巻で消えた大上の雄姿を再び見ることができたことは非常にうれしいことです。

その上、大上のあとを継いだ日岡がまるで大上が生き返ったかのようなキャラクターになり、戻ってきているのですから喜びも倍増です。

さらに付け加えると、この物語のラストが妙に心に残りました。「えつ!?」というそのラストは微妙な余韻を残し、終わってしまったのでした。

 

本書が最終巻ということなので、これ以上この『孤狼の血シリーズ』はありません。それが非常に残念です。

パレートの誤算

本書『パレートの誤算』は、文庫本で432頁の社会派の長編推理小説です。

いわゆる「貧困ビジネス」に焦点を当てた物語で、柚月裕子作品の中では特に面白いというほどではありませんでした。

 

パレートの誤算』の簡単なあらすじ

 

ベテランケースワーカーの山川が殺された。新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが…。生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー! (「BOOK」データベースより)

 

パレートの誤算』の感想

 

本書の舞台となる「社会福祉課」とは、例えば熊本県のサイト「社会福祉課の業務内容」によると、「生活保護法の施行に関すること。」や「社会福祉法の施行に関すること。」など、県民の福祉に関する事柄を業務内容とする職場です。

本書の主人公らの仕事は、福祉業務の中の「生活保護」に関する業務を担当しています。

ここで「生活保護」とは

資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度です。( 生活保護制度 |厚生労働省 : 参照 )

とされています。

「生活保護の不正受給」問題、なかでも「生活保護ビジネス」「貧困ビジネス」と呼ばれる社会的弱者を食い物にするビジネスがニュースとして取り上げられ、社会問題化したのはまだ記憶に新しいところです。

本書『パレートの誤算』は、そうした「貧困ビジネス」をテーマに据えたミステリーです。

そして、主人公を新人職員として設定し、生活保護制度やケースワーカーという職務を紹介しつつ、生活保護ビジネスなど暴力団の資金源にもなっている生活保護システムの現状を絡めた物語としています。

 

本書『パレートの誤算』のタイトルのもとになっている「パレートの法則」とは以下の通りです。

組織全体の2割程の要人が大部分の利益をもたらしており、そしてその2割の要人が間引かれると、残り8割の中の2割がまた大部分の利益をもたらすようになるというものである。( ウィキペディア : 参照 )

この言葉は「働きアリの法則」と同じ意味合いで使用されることが多いとも書いてありました。

ここで思い出されるのが、第160回直木賞の候補作となった垣根涼介の『信長の原理』という作品です。

この物語は信長の生き方を、「パレートの法則」や「働きアリの法則」と呼ばれている現象を通して組み立てているところに特徴がある小説でした。

少々心象描写が細かすぎると感じることもありましたが、視点がユニークで面白い物語だったといえるでしょう。

 

 

本書『パレートの誤算』はいかにも柚月裕子の描く社会派の作品らしく、ある種の理想論を前面に押し出してあります。こうした主張は読む人にとってはいわゆる「青臭い」議論だとして受け入れない人もいるかと思われます。

しかし個人的には、この作者の描く『最後の証人』を第一巻とする『佐方貞人シリーズ』と同様に、こうした作風は嫌いではありません。というよりも好きなタッチです。

「青臭い」という言葉は、裏返すと正論であることに間違いはなく、ただ現実に即していないという攻撃にさらされるだけのことです。

 

 

勿論、この言葉の指摘するところには考察が足らないという意味の時があり、確かにそうした作品も見受けられます。しかし、本書を含めたこの作者の場合はそうした批判は当たらないと思うのです。

私の好きな作家さんの作品であるためか、かなり甘い感想になっているかとも思いますが、大きく外れてもいないと思っています。

本書『パレートの誤算』は刑事の描写に少々首をひねる場面が無きにしも非ずですが、物語として読みごたえがあることに間違いはないと思っています。

検事の信義

検事の信義』とは

 

本書『検事の信義』は『佐方貞人シリーズ』の第四巻目で、文庫本で320頁の連作の短編小説集です。

柚月裕子らしい「正義」を貫いている社会性の強い作品集で、読後には爽快感さえ覚える物語集です。

 

検事の信義』の簡単なあらすじ

 

検事・佐方貞人は、亡くなった実業家の書斎から高級腕時計を盗んだ罪で起訴された男の裁判を担当していた。被告人は実業家の非嫡出子で腕時計は形見に貰ったと主張、それを裏付ける証拠も出てきて、佐方は異例の無罪論告をせざるを得なくなってしまう。なぜ被告人は決定的な証拠について黙っていたのか、佐方が辿り着いた驚愕の真相とは(「裁きを望む」)。孤高の検事の気概と執念を描いた。心ふるわすリーガル・ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 

裁きを望む
窃盗で訴えられた男が途中から証言を翻し貰ったものだと言い始めた。調べると、被告人の証言は正当であり、担当検事の佐方は無罪求刑をするしかないのだった。

恨みを刻む
スナックのママからの情報で一人のヤクザ者が覚せい剤取締法違反で捕まり、佐方の担当となった。しかしその証言には疑義があり、調べるほどに被告人の罪があいまいになってくると同時に、地検には一件の告発状が届いていた。

正義を質す
佐方貞人は、司法修習生時代の同期であり、現在広島地検勤務の木浦亨からの誘いを受けて宮島へとやってきていた。そこに広島高検の上杉義徳次席検事が訪ねてくる。木浦は婚約者に振られたため佐方を誘い、上杉には仲人を頼んでいたのだというのだ。しかし、・・・。

信義を守る
米崎市の西にある大里町で老女の死体が発見された。二時間後に老女の息子である道塚昌平が現場から五キロ離れた江南町で発見され、自分が殺したと自白した。しかし、佐方は昌平が発見されるまでの二時間が気になり、再捜査を願い出るのだった。

 

検事の信義』の感想

 

第一話「裁きを望む」の途中までは、この作家の描くミステリーとしては普通だと、“一事不再理”はドラマなどではよく耳にする法律用語でありこの点だけでも目新しさは感じない、などと思っていました。

しかし、作者の意図はその一歩先にあったようです。読み終えたときはさすがの柚月裕子だと感心することしきりの自分でした。

第二話「恨みを刻む」は、普通の事件の情報の陰に隠された様々な思惑が交錯する物語です。

単純な覚醒剤事案だったはずが、最終的には思いもかけないところへと影響が広がり、佐方自身の、検察という職務に対する思いにまで至ります。

第三話「正義を質す」は、佐方貞人という検察官が職務上知った事実をきっかけに事件の謎を解くミステリー、という基本的な流れとは異なり、検察という組織が抱える問題まで取り込んだ、社会性の強い物語になっています。

それは、検察の裏金問題であり、暴力団抗争にからむ広島県警の思惑でもあります。この物語には『孤狼の血シリーズ』に登場する日岡秀一が少しだけ顔を出します。ファンにとって、こうした仕掛けにはたまらないものがあります。

当たり前のことだけれど、佐方はプライベートで動いていて増田事務官は登場しないので、この物語は普通の第三者の視点で語られています。

 

 

第四話「信義を守る」は、介護の問題が主なテーマである以上は仕方のないところだとは思うのだけれど、それにしても辛い話でした。

作者としては介護の問題だけでは弱いと思い、検察内部の力学を持ち出してきたのでしょう。

個人的にはそちらをもう少し手厚く描いてほしい気もしましたが、そうすれば今度は物語の焦点がぼけるのではないかとも思われ、やはり素人の感想は素人でしかありませんでした。

 

本書の全体を貫いているのは、「罪はまっとうに裁かれなければならない。」という主人公の佐方貞人の信念です。その信念は、検察庁としては納得しがたい問題判決という結果になろうとも貫かれます。

そしてその姿は、以前も書いたように、正論でありながらも現実の社会では通らない、“青い”と言われて終わりそうな主張を貫く痛快小説で描かれる姿と同様であり、爽快さを感じるのです。

個人的には『半沢直樹シリーズ』の勧善懲悪の物語と同じ構造だと感じ、更には著者の持つ登場人物の魅力を引き出す力量と合わせて、物語の魅力となっていると思います。

 

 

特に本書の場合、ミステリーとしての構成にうまくあてはまり、さらなる魅力となっています。

それにしてもこのシリーズは、いやこの作者の作品は私の波長と合う作品が多いと言えます。

狂犬の眼

本書『狂犬の眼』は、『孤狼の血シリーズ』の第二巻目であり、文庫本で384頁の長編の警察小説です。

大上に育てられた日岡のその後の様子を描いてありますが、第一巻『孤狼の血』に比して若干迫力に欠けますが、それなりの面白さを持った小説です。

 

狂犬の眼』の簡単なあらすじ

 

広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む凄絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠と恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは?不滅の警察小説『孤狼の血』続編!(「BOOK」データベースより)

 

狂犬の眼』の感想

 

日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞の候補作ともなった『孤狼の血』の続編です。

前作『孤狼の血』の終わりで、駐在所に飛ばされたあと復帰した日岡は、マル暴担当の刑事として、まるで大上がそこにいるかのような姿で後輩を導いている場面で終わっていたと覚えています。

二年も前に読んだ作品なのでもしかしたら間違っているかもしれませんが、でもあまりは外れてはいない筈です。

 

県北部の町の駐在所に飛ばされている日岡秀一は、久しぶりに訪れた「小料理や 志の」で、対立する組の組長を殺し、指名手配を受けている国光寛郎と出会い、その人生が変わってしまいます。

「暴力団は所詮、社会の糞だ。しかし、同じ糞でも、社会の汚物でしかない糞もあれば、堆肥になる糞もある。」という日岡は、国光寛郎が「堆肥になる」ものかどうか見極めようとし、国光を見かけたことを上司にも報告しないのです。

 

日岡の眼を通した大上章吾という強烈なキャラクターとその周りの極道の男同志の付き合いの姿を描いた前作と比べると、本書『狂犬の眼』は、は全くと言っていいほどに異なります。

本書で描かれているのは日岡と国光の二人だけと言ってもいいかもしれません。

孤狼の血』で描かれていたのが菅原文太の映画『仁義なき戦い』であるとするならば、本作は高倉健の映画『日本侠客伝』と言えるかもしれません。

バイタリティーに満ち溢れた前者と、様式美の後者と言うと言い過ぎでしょうか。

ただ、疑問点もあります。例えば、冒頭の場面で、国光が初対面の日岡に心を許す理由は不明です。

日岡との間にかつて大上と懇意にしていた瀧井や一之瀬といった男たちがいたにしても、やるべきことをやったら日岡に手錠をかけさせる、と言うまでに日岡を認めた理由はよく分かりません。

それ以前に、「志の」の晶子が日岡を引きとめる理由もよく分かりません。日岡に会わせたくない客がいるのなら、日岡を追い返さないまでも、早めに帰ると言う日岡を引きとめるべきではないでしょう。

他にも細かな疑問点はありますが、そうした点は覆い隠すほどの迫力を持っている作品です。本作『狂犬の眼』で、警察という組織よりは個人と個人との繋がりを選んだ日岡は、大上章吾の跡継ぎとして成長していると言うべきかもしれません。

いずれにしろ、日岡というキャラクターの成長、そして国光という極道との交流は、読み手の「漢」または「侠(おとこ)」に対するある種の憧れを体現するものであり、心をつかんで離さないのです。

 

極道ものの走りといえば、尾崎士郎が自分自身をモデルとした青成瓢吉を主人公とした『人生劇場』という長編小説の中の「残侠篇」から作られた映画「人生劇場 飛車角」があります。任侠、ヤクザ映画の大本になった作品とも言えるでしょうか。

また、火野葦平の『花と竜』も繰り返し映画化された作品です。北九州を舞台にした玉井金五郎という港で荷物の積み下ろし作業を行う沖仲士の物語であり、作者火野葦平の父親をモデルとした作品だそうです。

ついでに言えば、筑豊の炭坑を舞台にした五木寛之の『青春の門』の「筑豊篇」でも、主人公の父親伊吹重蔵と塙竜五郎というヤクザを描いた作品もありました。

話はそれましたが、何よりも『仁義なき闘い』こそが前作のイメージです。

本書『狂犬の眼』もその流れに乗ってはいますが、どちらかと言うと前述のように高倉健の演じた日本任侠伝に出てくる男たちの印象の方が近いと思います。

バイタリティに満ち溢れた前作から、男の美学を中心に描いた本作へと変化しているように思えるのです。

いずれにしろ、本作後の日岡という大上とは異なる出来上がった日岡の物語を読んでみたいものです。

それにしても、改めて柚月裕子という作者の極道の描き方のうまさには関心させられました。

 

また、映画も続編が作られており、その内容は全くのオリジナルだそうです。

配役を見ると鈴木亮平が敵役を演じていて評判も悪くはないのですが、どうも印象が「悪役」ではないのが気にかかります。

 

ちなみに、本書『狂犬の眼』の続編として『暴虎の牙』が出版されています。そこでは本書以後の日岡の姿が描かれています。

 

盤上の向日葵

盤上の向日葵』とは

 

本書『盤上の向日葵』は、文庫本上下二巻で670頁近くにもなる、将棋の世界を舞台にした長編の社会派ミステリー小説です。

将棋の世界を舞台にした作品ですが、将棋をしない私にも面白く読むことができた、2018年本屋大賞候補作となった作品です。

 

盤上の向日葵』の簡単なあらすじ

 

平成六年、夏。埼玉県の山中で身元不明の白骨死体が発見された。遺留品は、名匠の将棋駒。叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志した新米刑事の佐野は、駒の足取りを追って日本各地に飛ぶ。折しも将棋界では、実業界から転身した異端の天才棋士・上条桂介が、世紀の一瞬に挑もうとしていた。重厚な人間ドラマを描いた傑作ミステリー。( 上巻 :「BOOK」データベースより)

昭和五十五年、春。棋士への夢を断った上条桂介だったが、駒打つ音に誘われて将棋道場に足を踏み入れる。そこで出会ったのは、自身の運命を大きく狂わせる伝説の真剣師・東明重慶だった―。死体遺棄事件の捜査線上に浮かび上がる、桂介と東明の壮絶すぎる歩み。誰が、誰を、なぜ殺したのか。物語は衝撃の結末を迎える!( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

埼玉県天木山山中で白骨死体が発見され、死体と共に初代菊水月が七組しか作らなかった六百万円もの価値がある将棋の駒が見つかる。

元奨励会員であった佐野巡査が、埼玉県警捜査一課の石破剛志警部補と組んで、確認済の二組を除いた五組の駒の所在を探すことになった。

時は戻り、教師をやめたばかりの唐沢光一郎夫妻は、父親から虐待を受けているらしい上条桂介という少年の世話をするうちに少年の将棋の才能を見抜き、なんとかその才能を伸ばすことを考えるようになった。

年月を経て、東大に合格し、父を捨て上京した桂介は、ひょんなことから真剣師の東明重慶と知り合う。この男こそ、桂介を命掛けの将棋の持つ魅力に引きずり込んでいくのだった。

 

盤上の向日葵』の感想

 

近年、羽生永世七冠やひふみん、藤井聡太氏の連勝記録や六段昇進などと、何かと話題にのぼることの多い将棋の世界ですが、本書で描かれているのは賭け将棋の世界です。

本書では、主人公ではないもののそれに劣らない重要な役割を担っている人物が登場します。それが真剣師の東明重慶という人物です。

主人公の上条桂介に「人生を賭けた死闘」である賭け将棋という真剣勝負の世界の魅力を教え、桂介の人生を振りまわす役目を担う人物です。

この強烈な存在感を持つ人物には、実はモデルとなる実在の人物がいます。それが小池重明という真剣師です。

本書を読む前に小池重明という人物を先に調べておいた方がいい、という焼酎太郎さんのお勧めに従い見つけた、団鬼六の『真剣師 小池重明』という作品を読んでいたので、本書の面白さが倍化したように思います。

この点は、著者の柚月裕子自身が「『聖の青春』と賭け将棋の世界を描いた『真剣師 小池重明』を読んだのがきっかけ」でこの作品を書いたと言っているのですから、まさに当たりでした。

将棋というゲームに人生を賭けて勝負を行う、何とも馬鹿げているとしか言えない生き方に、私には決してできないけれど、しかしどこかで憧れを持つ部分があることも否定できません。

だからこそ、学生であった私ですが、先の柚月裕子も読んだという阿佐田哲也の『麻雀放浪記』などの作品にも惹かれ、何度も読んだものです。

賭け麻雀の世界を描いた『麻雀放浪記』という作品は、強烈な個性を持った登場人物らの魅力もあってかなり人気を博した作品でした。真田博之主演で映画化もされました。その時の監督がイラストレーターの和田誠だということでも話題になった映画です。

本書の主人公上条桂介は、「本物の将棋」を見たいがために、東明重慶という真剣師の言葉から逃げることができず、唐沢から贈られた菊水月作の駒を提供することになります。

ここで、唐沢が桂介に将棋の駒を贈った理由、それが桂介が育ってきた環境にありました。

母親を亡くし、酒とギャンブルに身を持ち崩し、子供のことを顧みないどころか、虐待すら行っていそうな父親のもとにいる桂介を見て、優しく手を差し伸べた唐沢だったのです。

 

この柚月裕子という女性作家のおっさんの描き方のうまさは、この作家の『孤狼の血』でも見られるように定評のあるところですが、本書でもそのうまさは十分に表現されています。

将棋をうてば天才的なのに人との交わり方を知らず、無頼な生き方しかできない東明重慶というキャラもそうですが、佐野と共に駒の行方を捜査する石破剛志警部補もまた同様です。「外部への気配りはするが、身内への配慮は一切な」い人物なのです。

こうした個性豊かなおじさんが現代において駒を追いかけ、もう一人は過去の物語の中で賭け将棋にのめり込んでいきます。

著者自身が「将棋界を舞台にした『砂の器』」と言うように、本書を読み始めるとすぐに『砂の器』を思いだす物語の運びになっています。

現代の捜査官、過去の少年。二つの物語が交互に語られ、桂介と、重慶の人生が交錯する物語が展開されるこの物語は読み応えのある作品でした。