孤狼の血シリーズ

本『虎狼の血シリーズ』は、広島の暴力団担当の刑事を主人公とした長編の警察小説です。

作者自らが映画「仁義なき戦い」が好きで、「任侠のルールが残っている世界」を描いたという衝撃作です。

 

孤狼の血シリーズ(2020年09月01日現在)

  1. 孤狼の血
  2. 凶犬の眼
  3. 暴虎の牙

 

本『孤狼の血シリーズ』は警察小説、ということになっています。しかし、中身は警察小説というよりは義理人情はどこかへ行ってしまった「極道小説」と言った方が当たっているかのようです。

作者は「任侠小説」を書きたかったそうですが、任侠というよりもやはり暴力団の世界を描いていて、「極道小説」という方が正確だと思えます。

任侠小説と言えばいろいろありますが、まずは古典として尾崎士郎の『人生劇場 残侠篇』(下掲下段は Kindle版)の飛車角の物語を挙げるべきです。飛車角と吉良常の物語は映画化もされています。

 

 

 

先に書いた『仁義なき戦い』という映画は広島ヤクザの抗争を描いた作品でしたが、本書はヤクザの一部を警察に置き換えただけと言っても過言ではありません。

ただ、主役がヤクザまがいとはいっても警察官であり、一般市民生活を守ることを至上命題とし、そのためには何でもする警察官というキャラクターを設け、そのキャラをうまく動かしているところがこの作者のうまいところだと思います。

ヤクザそのものと言われる警察官はありがちの設定です。ただ、その警察官の背景を掘り下げ、ヤクザとの深いつながりを描き、大上という魅力的な人物を作り上げているのです。

 

うまいのは、主に本『孤狼の血シリーズ』第一巻の話ではありますが、その大上に正義感の塊のような日岡という新人を張り付け、大上の暴力や暴力団との癒着の現場を見せることで日岡の正義感と大上の無法ぶりとを対立させているところです。

その上で、第一巻『孤狼の血』で日岡との入れ替わりを示し、第二巻『凶犬の眼』で日岡を独立させています。この第二巻『凶犬の眼』は物語として若干迫力に欠けるところがあったのですが、さらに第三巻『暴虎の牙』で以前の大上と成長した日岡を共に読者の前に見せてくれます。

読み手の一人として、大上の物語ももう少し読みたいと思っていたし、日岡のその後も知りたいと思っていたその欲求を共に満たしてくれたことになります。

 

うまい、という他ないのです。そうした極道の世界を女性が、これだけ迫力をもって描けるのですから見事です。

できることであれば本シリーズをまだ続けてほしいのですが、それは読者の身勝手な希望でしかないのでしょう。これ以上の展開は大上も、日岡も傷つけることになると思われたからこそ最終章とされたのでしょうから。

それでもなお、読みたいと思ってしまう身勝手な読者です。

 

ちなみに、本『孤狼の血シリーズ』の第一巻『孤狼の血』は役所広司が大上を、松坂桃李が日岡を演じ映画化されています。また、第二巻『凶犬の眼』も映画化が決まっているそうです。

 

暴虎の牙

本書『暴虎の牙』は、『虎狼の血シリーズ』第三巻で最終巻でもある長編の警察小説です。

個人的にもう一度読みたいと思っていた大上の話とたくましく成長した日岡の物語を共に読める作品として仕上げられており、おもろく読んだ作品でした。

 

博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、沖と呉原最大の暴力団・五十子会との抗争の匂いを嗅ぎ取り、沖を食い止めようと奔走する。時は移り平成16年、懲役刑を受けて出所した沖がふたたび広島で動き出した。だがすでに暴対法が施行されて久しく、シノギもままならなくなっていた。焦燥感に駆られるように沖が暴走を始めた矢先、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖に接近する…。不滅の警察小説シリーズ、令和でついに完結!(「BOOK」データベースより)

 

本書『暴虎の牙』ではプロローグで三人の若者の殺しの場面が描かれ、続く第一章で昭和五十七年六月との年代表示のもと、ヤクザを相手に借金の取り立てをする三人の若者の姿が描かれています。

読み手がこの年代の指示にあまり意味を見つけられないままに本書を読み進めると、暴力の臭いが満ちた雰囲気の中、突然と大上章吾が登場します。

あの大上章吾は第一巻『暴虎の牙』で消えたはずなのにと思っていると、冒頭の昭和五十七年六月という年代指定が意味を持ってくることに気がつくのです。

 

読者は、この『虎狼の血シリーズ』が暴力に満ちた物語であることは知っているはずですが、冒頭からの残虐な殺しの場面やヤクザと渡り合う若者の姿を見せつけられることで、あらためて本シリーズの性格を思い知らされます。

そして、そこにに大上章吾が登場することになるのです。作者のエンターテイメント小説の書き手としてのうまさを見せつけられたと言っていいのだと思います。

 

そうした「暴力」の物語であるという流れの中、冒頭から沖虎彦という人物が登場します。

暴力団員であった父親からの暴力を日常のものとしていた母親と幼い沖ですが、長じた沖はある日その父親に対して殺意を抱くに至ります。

当初は本書『暴虎の牙』では、大上と日岡という第一巻と第二巻のそれぞれの主人公を再度登場させるために、沖というどうしようもないワルを登場させたのだと思って読み進めていました。

しかし、どうもこの物語の主人公はこちらの沖ではないかと思えてきました。

破滅に向かってまっしぐらに突き進む、しかし素人には決して手を出さない沖の姿は、大上、日岡らを再登場させるためのキャラクターを超えて独り歩きし始めたようにも思えたのです。

でも、物語としては大上というキャラクターと、その跡を継いだ日岡という存在の物語だというべきなのでしょう。そうした二人を背景として、破滅へ向かう若者の姿が描かれている、それが本書『暴虎の牙』という作品なのだろうと今では思えます。

 

破滅に向かって突き進む若者と言えば、映画ではありますが『仁義なき戦い 広島死闘篇』が頭に浮かびました。もしかしたら、作者の柚月裕子本人が『仁義なき戦い』が好きで、これを目指したと言っているほどですから、この『広島死闘篇』が頭にあったのかもしれないなどと思ってしまいました。

この作品は、北大路欣也演じる山中正治という若者の暴走と破滅とを描いていましたが、本作はの沖と映画の山中とがとても重なって見えたのです。

蛇足ですが、この映画では千葉真一が演じた大友勝利という男の印象も強く、役者という意味では千葉真一の方が印象に残ったかもしれません。

 

 

話を元に戻すと、本書『暴虎の牙』においては第一巻で消えた大上の雄姿を再び見ることができたことは非常にうれしいことです。

その上、大上のあとを継いだ日岡がまるで大上が生き返ったかのようなキャラクターになり、戻ってきているのですから喜びも倍増です。

さらに付け加えると、この物語のラストが妙に心に残りました。「えつ!?」というそのラストは微妙な余韻を残し、終わってしまったのでした。

 

本書が最終巻ということなので、これ以上このシリーズはありません。それが非常に残念です。

パレートの誤算

ベテランケースワーカーの山川が殺された。新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが…。生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー! (「BOOK」データベースより)

 

柚月裕子の作品らしい社会派の長編推理小説です。

 

本書の舞台となる「社会福祉課」とは、例えば熊本県のサイト「社会福祉課の業務内容」によると、「生活保護法の施行に関すること。」や「社会福祉法の施行に関すること。」など、県民の福祉に関する事柄を業務内容とする職場です。

本書の主人公らの仕事は、福祉業務の中の「生活保護」に関する業務を担当しています。

ここで「生活保護」とは

資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度です。( 生活保護制度 |厚生労働省 : 参照 )

とされています。

「生活保護の不正受給」問題、なかでも「生活保護ビジネス」「貧困ビジネス」と呼ばれる社会的弱者を食い物にするビジネスがニュースとして取り上げられ、社会問題化したのはまだ記憶に新しいところです。

本書は、そうした「貧困ビジネス」をテーマに据えたミステリーです。

そして、主人公を新人職員として設定し、生活保護制度やケースワーカーという職務を紹介しつつ、生活保護ビジネスなど暴力団の資金源にもなっている生活保護システムの現状を絡めた物語としています。

 

本書のタイトルの「パレートの誤算」のもとになっている「パレートの法則」とは以下の通りです。

組織全体の2割程の要人が大部分の利益をもたらしており、そしてその2割の要人が間引かれると、残り8割の中の2割がまた大部分の利益をもたらすようになるというものである。( ウィキペディア : 参照 )

この言葉は「働きアリの法則」と同じ意味合いで使用されることが多いとも書いてありました。

ここで思い出されるのが、第160回直木賞の候補作となった 垣根涼介の『信長の原理』という作品です。

この物語は信長の生き方を、「パレートの法則」や「働きアリの法則」と呼ばれている現象を通して組み立てているところに特徴がある小説でした。

少々心象描写が細かすぎると感じることもありましたが、視点がユニークで面白い物語だったといえるでしょう。

 

 

本書はいかにも柚月裕子の描く社会派の作品らしく、ある種の理想論を前面に押し出してあります。こうした主張は読む人にとってはいわゆる「青臭い」議論だとして受け入れない人もいるかと思われます。

しかし個人的には、この作者の描く『最後の証人』を第一巻とする『佐方貞人シリーズ』と同様に、こうした作風は嫌いではありません。というよりも好きなタッチです。

「青臭い」という言葉は、裏返すと正論であることに間違いはなく、ただ現実に即していないという攻撃にさらされるだけのことです。

 

 

勿論、この言葉の指摘するところには考察が足らないという意味の時があり、確かにそうした作品も見受けられます。しかし、本書を含めたこの作者の場合はそうした批判は当たらないと思うのです。

私の好きな作家さんの作品であるためか、かなり甘い感想になっているかとも思いますが、大きく外れてもいないと思っています。

刑事の描写に少々首をひねる場面が無きにしも非ずですが、物語として読みごたえがあることに間違いはないと思っています。

検事の信義

任官5年目の検事・佐方貞人は、認知症だった母親を殺害して逮捕された息子・昌平の裁判を担当することになった。昌平は介護疲れから犯行に及んだと自供、事件は解決するかに見えた。しかし佐方は、遺体発見から逮捕まで「空白の2時間」があることに疑問を抱く。独自に聞き取りを進めると、やがて見えてきたのは昌平の意外な素顔だった…。(「信義を守る」)(「BOOK」データベースより)

 

柚月裕子著の『検事の信義』は、『佐方貞人シリーズ』の第四作目となる短編集です。

 

裁きを望む
窃盗で訴えられた男が途中から証言を翻し貰ったものだと言い始めた。調べると、被告人の証言は正当であり、担当検事の佐方は無罪求刑をするしかないのだった。

途中までは、この作家の描くミステリーとしては普通だと、“一事不再理”はドラマなどではよく耳にする法律用語でありこの点だけでも目新しさは感じない、などと思っていました。

しかし、作者の意図はその一歩先にあったようです。読み終えたときはさすがの柚月裕子だと感心することしきりの自分でした。

恨みを刻む
スナックのママからの情報で一人のヤクザ者が覚せい剤取締法違反で捕まり、佐方の担当となった。しかしその証言には疑義があり、調べるほどに被告人の罪があいまいになってくると同時に、地検には一件の告発状が届いていた。

普通の事件の情報の陰に隠された様々な思惑が交錯する物語です。

単純な覚醒剤事案だったはずが、最終的には思いもかけないところへと影響が広がり、佐方自身の、検察という職務に対する思いにまで至ります。

正義を質す
佐方貞人は、司法修習生時代の同期であり、現在広島地検勤務の木浦亨からの誘いを受けて宮島へとやってきていた。そこに広島高検の上杉義徳次席検事が訪ねてくる。木浦は婚約者に振られたため佐方を誘い、上杉には仲人を頼んでいたのだというのだ。しかし、・・・。

佐方貞人という検察官が職務上知った事実をきっかけに事件の謎を解くミステリー、という基本的な流れとは異なり、社会的存在としての検察という組織が抱える問題まで取り込んだ、社会性の強い物語になっています。

それは、検察の裏金問題であり、暴力団抗争にからむ広島県警の思惑でもあります。この物語には『孤狼の血』や『狂犬の眼』に登場する日岡秀一が少しだけ顔を出します。ファンにとって、こうした仕掛けにはたまらないものがあります。

当たり前のことだけれど、佐方はプライベートで動いていて増田事務官は登場しないので、この物語は普通の第三者の視点で語られています。

 

 

信義を守る
米崎市の西にある大里町で老女の死体が発見された。二時間後に老女の息子である道塚昌平が現場から五キロ離れた江南町で発見され、自分が殺したと自白した。しかし、佐方は昌平が発見されるまでの二時間が気になり、再捜査を願い出るのだった。ただ、この案件は米崎地検の矢口史郎という気難しいと評判のシニア検事が担当しており、必ずひと悶着が起きると思われる事案だった。

この物語は重い。介護の問題が主なテーマである以上は仕方のないところだとは思うのだけれど、それにしても辛い話でした。

作者としては介護の問題だけでは弱いと思い、検察内部の力学を持ち出してきたのでしょう。

個人的にはそちらをもう少し手厚く描いてほしい気もしましたが、そうすれば今度は物語の焦点がぼけるのではないかとも思われ、やはり素人の感想は素人でしかありませんでした。

 

本書の全体を貫いているのは、「罪はまっとうに裁かれなければならない。」という主人公の佐方貞人の信念です。その信念は検察庁としては納得しがたい問題判決という結果になろうとも貫かれます。

そしてその姿は、以前も書いたように、正論でありながらも現実の社会では通らない、“青い”と言われて終わりそうな主張を貫く痛快小説で描かれる姿と同様であり、爽快さを感じるのです。

個人的には『半沢直樹シリーズ』の勧善懲悪の物語と同じ構造だと感じ、更には著者の持つ登場人物の魅力を引き出す力量と合わせて、物語の魅力となっていると思います。

 

 

特に本書の場合、ミステリーとしての構成にうまくあてはまり、さらなる魅力となっています。

それにしてもこのシリーズは、いやこの作者の作品は私の波長と合う作品が多いと言えます。

狂犬の眼

本書『狂犬の眼』は、『孤狼の血シリーズ』の第二巻目であり、大上亡きあとの日岡の姿を描く長編の警察小説です。

大上に育てられた日岡のその後の様子を描いてありますが、第一巻『』に比して若干迫力に欠けます。しかし、それなりの大白さは持った小説です。

 

所轄署から田舎の駐在所に異動となった日岡秀一は、穏やかな毎日に虚しさを感じていた。そんななか、懇意のヤクザから建設会社の社長だと紹介された男が、敵対する組長を暗殺して指名手配中の国光寛郎だと確信する。彼の身柄を拘束すれば、刑事として現場に戻れるかもしれない。日岡が目論むなか、国光は自分が手配犯であることを認め「もう少し時間がほしい」と直訴した。男気あふれる国光と接するにつれて、日岡のなかに思いもよらない考えが浮かんでいく…。警察VSヤクザの意地と誇りを賭けた、狂熱の物語。日本推理作家協会賞『孤狼の血』シリーズ最新刊! (「BOOK」データベースより)

 

日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞の候補作ともなった『孤狼の血』の続編です。

前作『孤狼の血』の終わりで、駐在所に飛ばされたあと復帰した日岡は、マル暴担当の刑事として、まるで大上がそこにいるかのような姿で後輩を導いている場面で終わっていたと覚えています。

二年も前に読んだ作品なのでもしかしたら間違っているかもしれませんが、でもあまりは外れてはいない筈です。

 

県北部の町の駐在所に飛ばされている日岡秀一は、久しぶりに訪れた「小料理や 志の」で、対立する組の組長を殺し、指名手配を受けている国光寛郎と出会い、その人生が変わってしまいます。

「暴力団は所詮、社会の糞だ。しかし、同じ糞でも、社会の汚物でしかない糞もあれば、堆肥になる糞もある。」という日岡は、国光寛郎が「堆肥になる」ものかどうか見極めようとし、国光を見かけたことを上司にも報告しないのです。

 

日岡の眼を通した大上章吾という強烈なキャラクターと、その周りの極道の、男同志の付き合いの姿を描いた前作と比べると、本書『狂犬の眼』は、は全くと言っていいほどに異なります。本書で描かれているのは日岡と国光の二人だけと言ってもいいかもしれません。

孤狼の血』で描かれていたのが菅原文太の映画『仁義なき戦い』であるとするならば、本作は高倉健の映画『日本侠客伝』と言えるかもしれません。バイタリティーに満ち溢れた前者と、様式美の後者と言うと言い過ぎでしょうか。

ただ、疑問点もあります。例えば、冒頭の場面で、国光が初対面の日岡に心を許す理由は不明です。日岡との間にかつて大上と懇意にしていた瀧井や一之瀬といった男たちがいたにしても、やるべきことをやったら日岡に手錠をかけさせる、と言うまでに日岡を認めた理由はよく分かりません。

それ以前に、「志の」の晶子が日岡を引きとめる理由もよく分かりません。日岡に会わせたくない客がいるのなら、日岡を追い返さないまでも、早めに帰ると言う日岡を引きとめるべきではないでしょう。

他にも細かな疑問点はありますが、そうした点は覆い隠すほどの迫力を持っている作品です。本作『狂犬の眼』で、警察という組織よりは個人と個人との繋がりを選んだ日岡は、大上章吾の跡継ぎとして成長していると言うべきかもしれません。

いずれにしろ、日岡というキャラクターの成長、そして国光という極道との交流は、読み手の「漢」または「侠(おとこ)」に対するある種の憧れを体現するものであり、心をつかんで離さないのです。

 

極道ものの走りといえば、尾崎士郎が自分自身をモデルとした青成瓢吉を主人公とした『人生劇場』という長編小説の中の「残侠篇」から作られた映画「人生劇場 飛車角」があります。任侠、ヤクザ映画の大本になった作品とも言えるでしょうか。

また、火野葦平の『花と竜』も繰り返し映画化された作品です。北九州を舞台にした玉井金五郎という港で荷物の積み下ろし作業を行う沖仲士の物語であり、作者火野葦平の父親をモデルとした作品だそうです。

ついでに言えば、筑豊の炭坑を舞台にした五木寛之の『青春の門』の「筑豊篇」でも、主人公の父親伊吹重蔵と塙竜五郎というヤクザを描いた作品もありました。

話はそれましたが、何よりも『仁義なき闘い』こそが前作のイメージであり、本作品もその流れに乗ってはいますが、どちらかと言うと高倉健の演じた日本任侠伝に出てくる男たちの印象の方が近いと思います。バイタリティに満ち溢れた前作から、男の美学を中心に描いた本作へと変化しているように思います。

いずれにしろ、できれば、本作後の日岡という、大上とは異なる出来上がった日岡の物語を読んでみたいものです。

それにしても、改めて柚月裕子という作者の極道の描き方のうまさには関心させられました。

 

この文章を書いたあとでネットを調べていたら、既に岩手日報で『暴挙の牙』という作品を連載中だという記事を見つけました。

映画【孤狼の血】原作ネタバレと続編がある理由!松坂桃李の決断が鍵?

三部作の完結編だそうです。

期待して待ちたいと思います。

盤上の向日葵

埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ。世紀の対局の先に待っていた、壮絶な結末とは―!?(「BOOK」データベースより)

2018年本屋大賞候補作となった、将棋の世界を舞台にした長編の社会派ミステリー小説です。

 

埼玉県天木山山中で白骨死体が発見され、死体と共に初代菊水月が七組しか作らなかった六百万円もの価値がある将棋の駒が見つかります。元奨励会員であった佐野巡査が、埼玉県警捜査一課の石破剛志警部補と組んで、確認済の二組を除いた五組の駒の所在を探すことになります。

時は戻り、教師をやめたばかりの唐沢光一郎夫妻は、父親から虐待を受けているらしい上条桂介という少年の世話をするうちに少年の将棋の才能を見抜き、なんとかその才能を伸ばすことを考えます。年月を経て、東大に合格し、父を捨て上京した桂介は、ひょんなことから真剣師の東明重慶と知り合います。この男こそ、桂介を命掛けの将棋の持つ魅力に引きずり込んでいくのです。

 

近年、羽生永世七冠やひふみん、藤井聡太氏の連勝記録や六段昇進などと、何かと話題にのぼる将棋の世界ですが、本書で描かれているのは賭け将棋の世界です。

本書では主人公ではありませんが、それに劣らない重要な役割を担っている人物が登場します。それが真剣師の東明重慶という人物です。

主人公の上条桂介に「人生を賭けた死闘」である、賭け将棋という真剣勝負の世界の魅力を教え、桂介の人生を振りまわす役目を担う人物です。この強烈な存在感を持つ人物には、実はモデルとなる実在の人物がいます。それが小池重明という実在の真剣師です。

本書を読む前に小池重明という人物を先に調べておいた方がいい、という焼酎太郎さんのお勧めに従い見つけた、団鬼六の『真剣師 小池重明』という作品を読んでいたので、本書の面白さが倍化したように思います。この点は、著者の柚月裕子自身が「『聖の青春』と賭け将棋の世界を描いた『真剣師 小池重明』を読んだのがきっかけ」でこの作品を書いたと言っているのですから、まさに当たりでした。

将棋というゲームに人生を賭けて勝負を行う、何とも馬鹿げているとしか言えない生き方に、私には決してできないけれど、しかしどこかで憧れを持つ部分があることも否定できないのです。

だからこそ、学生であった私ですが、先の柚月裕子氏も読んだという阿佐田哲也の『麻雀放浪記』などの作品にも惹かれ、何度も読んだものです。賭け麻雀の世界を描いたこの作品は、強烈な個性を持った登場人物らの魅力もあって、かなり人気を博した作品でした。真田博之主演で映画化もされました。その時の監督がイラストレーターの和田誠だということでも話題になった映画です。

本書の主人公上条桂介は、「本物の将棋」を見たいがために、東明重慶という真剣師の言葉から逃げることができず、唐沢から贈られた菊水月作の駒を提供することになります。

ここで、唐沢が桂介に将棋の駒を贈った理由、それが桂介が育ってきた環境にありました。母親を亡くし、酒とギャンブルに身を持ち崩し、子供のことを顧みないどころか、虐待すら行っていそうな父親のもとにいる桂介を見て、優しく手を差し伸べた唐沢だったのです。

 

この柚月裕子という女性作家のおっさんの描き方のうまさは、この作家の『孤狼の血』でも見られるように定評のあるところですが、本書でもそのうまさは十分に表現されています。

将棋をうてば天才的なのに人との交わり方を知らず、無頼な生き方しかできない東明重慶というキャラもそうですが、佐野と共に駒の行方を捜査する石破剛志警部補もまた同様です。「外部への気配りはするが、身内への配慮は一切な」い人物なのです。

こうした個性豊かなおじさんが現代において駒を追いかけ、もう一人は過去の物語の中で賭け将棋にのめり込んでいきます。

著者自身が「将棋界を舞台にした『砂の器』」と言うように、本書を読み始めるとすぐに『砂の器』を思いだす物語の運びになっています。現代の捜査官、過去の少年。二つの物語が交互に語られ、桂介と、重慶の人生が交錯する物語が展開されるこの物語は読み応えのある作品でした。

合理的にあり得ない 上水流涼子の解明

「殺し」と「傷害」以外、引き受けます。美貌の元弁護士が、あり得ない依頼に知略をめぐらす鮮烈ミステリー!(「BOOK」データベースより)

もと弁護士の上水流涼子と、その助手貴山の知的ゲームを楽しむ六編の短編からなるミステリー小説集です。

第一話の「確率的にあり得ない」は、この物語の中心人物だろう上水流涼子とその助手の貴山の人物紹介を兼ねた物語です。

ボートレースの全結果を当てた男とコンサルタント契約を結ぼうとしていた二代目社長の眼を覚ますべく一計を案じる上水流涼子です。

上水流涼子が弁護士資格を剥奪されたことがあり、助手の貴山が劇団員だった過去を持つ優秀な男であること、などが明かされます。その上でこの作品がこの作者のいつもの作風とは異なり、かなり気楽に読める作品集であることが読みとれます。

第二話「合理的にあり得ない」では、霊能力者を自称する女から高額な皿や壺を買わされている妻に気付き、その霊能力者に直談判しようとする神崎恭一郎という資産家の男の物語です。

上水流涼子の取った方法が、法律家らしい方法でユニークと言えそうかもしれませんが、謎ときとしては特別なものがあるわけではありません。

第三話「戦術的にあり得ない」は、関東幸甚一家総長の日野照治からの一億円のかかった将棋で、手段は問わないので必ず勝ちたいという依頼です。

貴山の将棋の実力がアマチュア五段だということが判ったことが収穫と言えそうな物語です。

第四話「心情的にあり得ない」は、上水流涼子のかつての顧問会社の社長からの家出をした孫娘の捜索依頼があります。

この会社こそが上水流涼子の弁護士資格はく奪の原因となった会社であり、貴山の反対を押し切ってその依頼を受けるのでした。また、助手貴山と知り合った経緯も語られます。更には、新宿署組織犯罪対策課の薬物銃器対策係の主任である丹波勝利という刑事が登場するのでした。

第五話「心理的にあり得ない」は、野球賭博で自殺した父親の無念を晴らしたいという娘の、父親を騙した男への復讐依頼の話です。

この物語では野球賭博の仕組みが詳しく語られています。この物語も人間ドラマに目が行くものでした。

全体として、本書はミステリーとしての面白さと言うよりは、主人公の上水流涼子と貴山という助手のキャラクターの面白さ、そしてコンゲームとしての駆け引きに重点が置かれた物語で、非常に軽く読める、この作家の新しい一面を見せた小説です。

同じ女性探偵が主人公の小説として、 深町秋生が書いた『探偵は女手ひとつ』と言う短編小説集があります。この小説は、元刑事の椎名留美というシングルマザーの探偵を主人公としたハードボイルドタッチのミステリーで、全編が山形を舞台とし、会話も山形弁で貫かれているローカル色豊かな物語です。裏社会に取り込まれそうな弱者をテーマとした物語ですが、とても読みやすい作品となっています。

本書『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』は、いつもの柚月裕子作品とは異なりそれほどの社会性を持っているとは言えないでしょうが、読みやすく面白小説と言う点では両者は一致します。ただ、本書はコンゲームであり、『探偵は女手ひとつ』はハードボイルドと言え、その差は明確にあります。

でも、私には共に続編を期待したいと思うほどに、気楽に読めて面白いと感じた物語でした。

慈雨

警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件に酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に―。元警察官が真実を追う、慟哭のミステリー。 (「BOOK」データベースより)

柚月裕子著の『慈雨』は、警察を定年退職した神場智則という男を主人公とした長編の警察小説です。

著者である柚月裕子氏は、本書について「過去に過ちを犯し、大きな後悔を抱えてきた人間が、どう生き直すのか」を書きたかったと書いておられましたが、そのとおりに、この物語の主人公は神場智則という警察官を退職した人物であり、ずっと引きずってきた過去の出来事に決着をつけようとする物語となっています。

自分の人生を見直すために歩き遍路の旅に出た主人公は、新たに発生した幼女殺害事件の発生を知り、現場の刑事から捜査の進捗状況を聞いて、自分の経験が捜査に役立つならばと意見を述べることになります。

しかし、その事件は自らが捜査に加わった幼女殺害事件と酷似する事案であり、神場智則は自らの過去との対峙を余儀なくされるのです。

物語自体は、この作家らしく重い問題提起を持った社会性の強い物語であり、登場人物の内心に深く切り込んで捜査員としての苦悩をあぶり出していて、読んでいて物語にどんどん引き込まれます。

しかしながら、物語の終わりで、主人公を含めた登場人物たちが下した結論についてはどうしても諸手を挙げての賛成ということはできません。

自分の決断はその人の決断であり、自身は納得できるものであっても、その決断により他者の人生をも傷つける恐れがある場合は、やはり躊躇するものでしょう。この物語の主人公もかなり悩みつつ、一つの結論に至ります。

この作者は、その『最後の証人』を第一巻目とする『佐方貞人シリーズ』においてもそうであるように、青臭いと言われる議論を、そのまま主人公の生き方に反映させることにためらいがないようです。でも、それこそがこの作者の個性であり、面白さの原点ではないかと思うのです。



ただ、本書の場合、個人的には他者の人生をも左右する決断をそのまま認めることはできません。主人公の決断こそが作者が最も言いたかったことでしょうが、どうにも納得できないのです。

ところで、誘拐事案をテーマとした警察小説はかなりの数になると思いますが、まず思い出すのは 横山秀夫の『64(ロクヨン)』という小説です。広報官という珍しい部署に勤務する三上義信を主人公とした、従来の警察小説とは視点を異にした作品で、D県警管轄内で昭和64年に起きた誘拐殺害事件を巡る刑事部と警務部との衝突の様を、人間模様を交え見事に描き出している警察小説です。

これらの社会性の強い警察小説ではなく、軽く読める痛快小説からあげるならば吉川英梨の『アゲハ』という作品があります。警視庁鑑識課に勤める原麻希は、麻希かつての上司の戸倉加奈子と共に、それぞれの子供を誘拐され、誘拐犯の指示に従うようにと指示されます。調べていくと、そこにはかつて彼女らがかつて追いかけて敗北したテロ集団「背望会」の影が見えるのでした。この作品を第一弾とする『女性秘匿捜査官・原麻希』シリーズほか、シリーズ名を若干変えながら現在までに9冊が刊行されています。

あしたの君へ

家庭裁判所調査官の仕事は、少年事件や離婚問題の背景を調査し、解決に導くこと。見習いの家裁調査官補は、先輩から、親しみを込めて「カンポちゃん」と呼ばれる。「カンポちゃん」の望月大地は、少年少女との面接、事件の調査、離婚調停の立ち会いと、実際に案件を担当するが、思い通りにいかずに自信を失うことばかり。それでも日々、葛藤を繰り返しながら、一人前の家裁調査官を目指す― (「BOOK」データベースより)

本書は、『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞した著者の受賞後第一作だそうで、望月大地という家庭裁判所調査官補を主人公にした全五編の連作短編小説集です。

これまでの柚木裕子の作品とは少しだけ印象が異なります。社会性を帯びているという点では同じですが、主人公が未来がある若者であるということからか、登場人物に対する目線が少しだけ優しい感じがするのです。青春小説としての一面を持っているからかもしれません。

「背負う者」(十七歳 友里)
窃盗で送致されてきた友里は、家裁での大地の質問には応じようとはしない。そして、事件の背景調査で訪ねた友里の家はネットカフェであり、母の言いつけを守る友里ではあったのだった。
「抱かれる者」(十六歳 潤)
ストーカー行為に加え、カッターナイフをちらつかせていた十六歳の潤は、家裁での面接では優等生としての顔しか見せない。しかし、面接に応じようとしない父親からは、思いもかけない事実が明らかにされるのだった。
「縋る者」(二十三歳 理沙)
久しぶりに故郷に帰り、同級生の飲み会に参加する大地だったが、ほのかに恋心を抱いていた同級生の理沙に愚痴をこぼすと、理沙からは意外な言葉が返ってきた。
「責める者」(三十五歳 可南子)
この三月から家事事件へと担当が変わった調査官補である大地は、精神的な虐待を理由に妻が離婚を訴えている調停事件を受け持つことになった。しかし、夫も義理の両親への聴取でも虐待をうかがわせるものは無かった。しかし、可南子の通う病院で話を聞くと事情は全く異なる様相を見せるのだった。
「迷う者」(十歳 悠真)
大地は離婚に伴う親権を争う事件を担当することになる。十歳になる悠馬に話を聞いてもはっきりした返事を得ることはできない。ふた親の生活環境を調べると、母親である片岡朋美に男の影があった。

人間ドラマを描こうとすれば、「裁判」は格好の舞台となりえます。しかし、裁判所に行って民事でも刑事でもいいので、そこで行われている裁判を傍聴してみれば、証人尋問の場面などを除けば、テレビドラマなどで行われている裁判劇との違いに驚くことでしょう。

いっぽう、家庭裁判所は扱う事件が少年事案や家庭内の問題であり、推理小説の題材となるような派手さはありません。また、その性質上非公開で審理が行われることもあって、小説の題材とはなってこなかったのではないでしょうか。


家庭裁判所を舞台にした小説は私が読んだ範囲では思い出せません。ただ、漫画では『家栽の人』という作品がありました。本書とは異なり、主人公は家庭裁判所の裁判官です。「植物を愛するように人を育てる異色の家庭裁判所判事」として、杓子定規な法律の適用だけではない判断を下すのです。これも良い作品でした。

私は未読ですが、伊坂幸太郎氏の作品で『チルドレン』という作品が、家庭裁判所調査官を主人公とした小説だとのことでした。近いうちに読んでみようと思います。

繰り返しになりますが、家庭裁判所は推理小説の題材となるような新聞に載るような事件性のある事案こそありません。しかし、事案が事案だけに人間ドラマとして見た場合は、言葉は妥当ではないかもしれませんが、さまざまな人間模様を観察できる場所ではあります。

その点に目をつけ家庭裁判所調査官を主人公として書かれたのが本書です。

家庭裁判所調査官とは、「裁判官の指示で、少年事件や離婚問題などを調査し、裁判官が判断の参考にする資料を作成する仕事」( 著者は語る : 参照 )です。

個々の事件ごとに、対象となった事案の陰に隠された真実を探り当てるというミステリーとしての興味もありながら、隠された事実からうかがえる人間ドラマこそ、作者が描きたかったことでしょう。また、当初は家庭裁判所調査官補であった主人公望月大地が、「補」がとれ、一人前の調査官として成長していく姿が描かれています。

まさにこの作者が得意とする、また描きたい分野の物語だと思われます。シリーズ化されるかと思っていましたが、今のところ(2017年7月現在)続編は書かれていないようです。

朽ちないサクラ

米崎県警平井中央署生活安全課が被害届の受理を引き延ばし、慰安旅行に出かけた末に、ストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされた。県警広報広聴課で働いて4年、森口泉は、嫌な予感が頭から離れない。親友の新聞記者、千佳が漏らしたのか?「お願い、信じて」そして、千佳は殺された。大藪春彦賞作家、異色の警察小説。(「BOOK」データベースより)

2012年4月に千葉県警の慰安旅行を理由とする被害届の受理を先延ばしにし、結果としてストーカー殺人事件が起きたという事件がありました。本書のその事件を元に書かれたものと考えられます。とはいえ、相談を受けた警察による被害届の受理の先延ばしという設定だけが同じであり、あとは関係ない内容です。

米崎県警平井中央署では、生活安全課が慰安旅行のために被害届の受理を先延ばしにしたことでストーカー殺人事件を防げなかったとのスクープが出ます。

県警広報広聴課に勤務する森口泉は、そのスクープ情報の流出元が、慰安旅行の事実を親友の新聞記者の津村千佳に漏らした自分にあるのではないかと思っていました。

ところが、自分は漏らしていない、「信じて」との言葉を残した後、その千佳が殺されてしまいます。千佳から「この件には、なにか裏があるような気がする」と聞いていた泉は、平井中央署生活安全課所属の警察官、磯川俊一の力を借りて親友の死の謎を解き明かそうとするのです

柚月裕子という作家は今一番面白いと思う作家の中の一人なのですが、この作品に関しては、それなりの面白さはあったものの、若干の不満点がありました。

それは、一つには主人公の森口泉を県警広報広聴課という事務方に設定する必然性があまり感じられなかった、ということです。泉が物語の終わりに為したある決心には関わってきますが、それも大したことではありません。

そしてもう一点。これが大きいのですが、この物語の結末が納得のいくものではないということです。本書のタイトルの「朽ちないサクラ」という言葉に結末を暗示するものがあったわけですが、それにしては若干書き込みが浅く、物足りなさを通り越した浅薄さを感じてしまいました。

本書自体リアリティーを持ったミステリーとして書かれているのですから、物語の深みを見据えて欲しかったと思います。最初の不満点は私の個人的な感想にすぎないので無視できるのですが、二番目の本書の処理の仕方に関しては、同様の感想を持った方が多かったようです。

エンタテインメント小説の書き手として一番期待している作家さんでもあり、本書自体も物語として面白くないわけではないので、残念ではありました。せっかくの物語が腰砕けになった印象を持ってしまいました。

本書同様の構造をもった小説として 笹本稜平の『破断 越境捜査』がありました。越境捜査シリーズの第三弾であり、少々現実味を欠く物語との印象を持つ小説でした。

この小説も本書『朽ちないサクラ』と同様に、敵役をあまりにも簡単に悪役として取り扱ってあり、それなりのリアリティーをもって進んできた物語が一気に現実感を失った印象を持ったのでした。

とはいえ、この『破断 越境捜査』も本書『朽ちないサクラ』と同様に物語としての面白さはあるのですから、以上の印象をもたない人には面白い作品として読み進めることができると思います。