『マスカレード・ゲーム』とは
本書『マスカレード・ゲーム』は『マスカレード・シリーズ』の第四弾で、2022年4月に刊行された、369頁の長編の推理小説です。
刑罰について考えさせられる切なさに満ちた、しかし東野圭吾本来の面白さが戻ってきた印象があるとても面白い作品でした。
『マスカレード・ゲーム』の簡単なあらすじ
解決の糸口すらつかめない3つの殺人事件。
共通点はその殺害方法と、被害者はみな過去に人を死なせた者であることだった。
捜査を進めると、その被害者たちを憎む過去の事件における遺族らが、ホテル・コルテシア東京に宿泊することが判明。
警部となった新田浩介は、複雑な思いを抱えながら再び潜入捜査を開始する――。
累計495万部突破シリーズ、総決算!(内容紹介(出版社より))
三件の殺人事件が起きた。ところが、その三件の事件は手口が似ており、殺された三人の被害者それぞれが加害者となり起こした過去の事件のために人が死んでいたのだ。
そのうえ過去の三件の事件の被害者家族が、クリスマスイブに揃ってコルテシア東京に宿泊するという事実が判明する。
そこで、警察はコルテシア東京で更なる事件が起きる可能性があるとして、ホテル内の各所に捜査官を配置し、当然、新田浩介はまたフロントに配置された。
ただ、捜査官の一人の女性警部の梓真尋は優秀ではあるが暴走しかねない危うさをもっており、ホテルマンとしての経験豊かな新田と何かと衝突する。
そこに、ロスアンゼルスのホテルへ転任していたはずの山岸尚美が登場するのだった。
『マスカレード・ゲーム』の感想
本書『マスカレード・ゲーム』は、これまでと同じくホテル・コルテシア東京を舞台に、起きるかもしれない事件を未然に防ぐために新田たちが活躍する物語です。
冒頭で「東野圭吾本来の面白さが戻ってきた」と書いたのは、先に読んだ東野圭吾の『透明な螺旋』や『白鳥とコウモリ』といった作品が、同じ社会派のミステリーではあっても特別な面白さを感じなかったからです。
それが、本書では読み始めは不安があったものの、途中からは新しい梓捜査官の存在もあって、惹き込まれていきました。
本書の登場人物は多数に上ります。
物語の中心人物はこれまで通りに新田浩介ですが、今では警部に昇格し捜査一課の係長になっています。
警察側の人間としては、以前は先輩刑事として同じ班でこき使われた本宮警部、それに新しく加わった同じ係長の梓真尋警部がいて、梓の部下として昔から気心の知れている能勢警部補も定年間近の刑事として登場します。
ほかにかつての捜査一課係長だった稲垣が、管理官として登場しています。
ホテル側の人間としては、まずは山岸尚美をあげるべきでしょう。前巻の『マスカレード・ナイト』でロスアンゼルスのホテルへ栄転しましたが、今回の事件のために呼び戻されたものです。
また、ホテル・コルテシア東京の総支配人の藤木、フロントオフィス・マネージャーの久我は今では宿泊部長として登場しています。
それ以外では三件の殺人事件の関係者、その事件の被害者の過去の事件で死んだ被害者とその親族と、多数の人物が登場します。
そこで、殺人事件の被害者とその過去の事件の関係者とを名前だけ挙げておきます。
最初の被害者は入江悠斗と言い、17年前に神谷文和という少年に暴行を振るい、その後亡くなっています。この少年の母親が神谷良美という女性です。
次の被害者が高坂義広であり、20年ほど前に強盗殺人を犯し、森元俊恵を殺しています。その俊恵の息子が森元雅司です。
三番目が村山慎二で、元恋人の前島唯花は村山からリベンジポルノの被害に遭い、彼女は自殺しています。唯花の父親が前島隆明です。
その他に沢崎弓江、新田の大学時代の同期である三輪葉月などの関係者が登場しています。
このように多くの人物たちが今も過去に殺された身内のことを思いながら暮らしており、その人物たちがネットを通じて知り合って話し合い、過去の事件についての情報を交換し、互いにその理不尽さを慰め合っています。
そうした中で、過去の事件の加害者たちが次々と亡くなっていく事実があり、警察は彼ら過去の事件の関係者の関与を疑い、さらにはホテル・コルテシア東京を舞台にした展開へと連なっていきます。
本『マスカレードシリーズ』は、警視庁の敏腕刑事が不慣れなホテルマンに扮して、そのホテルを舞台にした事件を解決するという、二重の面白さが計算されています。
ひとつはそのままに推理小説としての謎解き、真相解明という面白さであり、もうひとつはホテルマンに扮した刑事の奮闘記という面白さです。
本書ではさらに、単なる謎解きの面白さに加え、新しい登場人物のホテル側との確執、また東野圭吾らしい社会派の物語として刑罰についての考察が加わっています。
最初の新しい登場人物とは梓真尋警部のことであり、シリーズ第一作目の『マスカレード・ホテル』での新田警部補とホテル・コルテシア東京のフロントクラーク山岸尚美とのやり取りに似た掛け合いを、今度は新田警部との間で交わしています。
この梓警部がいかなることをしでかし、ホテル側とどのようにけ決着をつけるのか、が一つの焦点になっています。
そして大切なのはもう一点の本書『マスカレード・ゲーム』のテーマである「罪とは」、「刑罰とは」という問題提起の方です。
本書でホテル・コルテシア東京を舞台に繰り広げられる人間模様は過去にその源があり、身内を理不尽に殺されたにもかかわらず、殺した側の人間は今も生きて日々を暮らしているという現実を見せつけられている被害者の家族の視点が取り上げられています。
東野圭吾作品にはSF小説やユーモア小説、そして警察小説などいろいろなジャンルの作品があります。
中でも本書のような警察小説でも社会派と呼ばれる作品では、世の中の理不尽な出来事に翻弄される人が、苦悩の末に犯さざるを得ない犯罪行為を取り上げ、その犯罪行為に至る背景の意味を読者に問いかけています。
自分の愛する人が殺され、しかしその殺した相手は応分の刑罰を受けているとは思えず幸せそうに暮らしている現実にさらに苦しめられる日々。そうした状況をどう思うかと問いかけてきます。
本書の登場人物の一人が、「刑罰には反省が伴わなくてはならない」という場面があります。この言葉が本書の性格を示しているように思えます。
東野圭吾はそうした現実をエンターテイメント小説として練り上げ、ミステリーとして私たちの前に提示してくれているのです。
本書『マスカレード・ゲーム』では、さらに梓真尋という刑事が新しく加わっています。捜査のためには手段を選ばない人物であり、新田や山岸と対立する立場にいます。
この梓捜査官がなかなかに曲者で、読者にとっては感情移入しやすい存在であり、自分こそ正義という思いがあるようで、もしそうであれば近年騒がれているコロナ禍での正義の押し売りに似た構造にも思えてきました。
個人的には捜査第一主義ともいえるこの梓という捜査官と新田、山岸組との対決こそ期待したいと思います。
東野圭吾の作品では、特に社会派の作品では、人物の微妙な心のゆらぎを具体的に示してくれることで、その人物に共感しやすく、また当事者の行動の背景をも明確に示してくれることでさらに感情移入しやすくなっています。
ところが、本書の場合は当事者の内心の描写というよりは、登場人物たちの思いもかけない行動の結果の方に関心がいくように思えます。
つまりは、多くの登場人物の行動を操ることでサスペンス感を増しているように感じます。
そうした点でも本書はシリーズの中でも特異な位置にあるようにも思える、心惹かれる作品だったと言えると思いました。