ブラック・ショーマンと覚醒する女たち

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』とは

 

本書『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第二弾で、2024年1月に352頁のソフトカバーで光文社から刊行された短編推理小説集です。

あるマジシャンを探偵役とするミステリーで、若干の心残りはあるものの心地よく楽しむことができた短編小説集です。

 

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』の簡単なあらすじ

 

亡き夫から莫大な遺産を相続した女性の前に絶縁したはずの兄が現れ、「あんたは偽者だ」といいだす。女性は一笑に付すが、一部始終を聞いていた元マジシャンのマスターは驚くべき謎解きを披露する。果たして嘘をついているのはどちらなのかー。謎に包まれたバー『トラップハンド』のマスターと、彼の華麗なる魔術によって変貌を遂げていく女性たちの物語。(「BOOK」データベースより)

目次
トラップハンド | リノベの女 | マボロシの女 | 相続人を宿す女 | 続・リノベの女 | 査定する女

 

ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』の感想

 

本書『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第二弾となる、あるマジシャンを探偵役とする、小気味いい短編小説が収納された作品集です。

 

本書の感想を一言で言えば、長編の方が面白いという感想になるのでしょうか。本シリーズ第一弾の『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』のような長編作品の方が東野圭吾の良さを示すことができると思うのです。

また、東野圭吾の社会派の一面が前面に出た作品の方が私の好みには合致しているとも思います。

この点、前作は長編ではあるものの私の好みである社会派作品ではなく普通の謎解きメインの作品であり、その点は少々残念でした。

さらに本書に関して言うと、本書を先に読んだためか探偵役の神尾武史の背景描写や武史と神尾真世との関係性についての叙述が少なく、物語の背景描写が薄いと感じました。

ただ、本書の主役の神尾武史や神尾真世に関してはシリーズ第一弾の前作でその人となりや関係性などについては詳しく述べてあるため、第二弾である本書ではどうしても物語の背景が薄く感じるとは言えるでしょう。

 

とはいえ、さすがに東野作品であり楽しく読ませてもらったというのも事実です

本書が普通の推理小説と異なるところは、提供される謎が殺人などの事件ではないところです。本書で提供される謎解きはあのシャーロックホームズが見せたような、ある人の人となりや行動などからその場でその人の言動の嘘を見抜くことです。

 

本書の冒頭の「トラップハンド」は、ある男の言動からその男の嘘を見抜き、ある女性が毒牙にかかろうとするところを助ける話です。

この話は22頁と実に短く、それでいてこの女性が本書における他の話でも顔を見せたり、物語に関わってきたりとそれなりの役割を担った人物として登場しています。

 

次の「リノベの女」は、夫の財産を相続した上松和美は、生き別れになっていたという和美の兄の上松孝吉から偽者との指摘をうけます。しかし、ことの真相は意外なものでした。

この話は続編があり、それが「続・リノベの女」であって、再び隠された真相が明らかになるとき、そこに意外な事実が隠されていたのです。

 

マボロシの女」は、不慮の事故で亡くなった不倫関係にあった男のことを忘れることができないでいた火野柚希を何とか救いたいと思う親友の山本弥生との話ですが、少々無理があるのではないかと感じる話でもありました。

 

相続人を宿す女」は、ある老夫婦が息子の富永遥人が急死したため遥人が住んでいた部屋のリフォームを計画したのですが、リフォームを請負った真世に突然に工事の停止を言ってきたという話です。

遥人の死の直前に離婚した妻がお腹にいる子が相続する権利があると言ってきたためのことでしたが、一見不合理な主張の裏には読む者の胸を打つ話が隠されていました。

 

査定する女」は、「トラップハンド」やそのほかの話に少しずつ顔を見せていた陣内美奈という女性の話です。

それまで結婚相手の査定を武史に頼んでいたのですが、ついに栗塚正章という理想の男性と巡り合うのでした。しかし、この話も若干無理筋を感じた話でもありました。

 

何となく違和感を感じた話もありましたが、全体的には心地よく楽しむことができた作品集でした。

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』とは

 

本書『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第一弾で、2020年11月に光文社から刊行されて、2023年11月に520頁で光文社文庫から文庫化された、長編の推理小説です。

ミステリーとしての側面はその謎解きの過程をそれなりに楽しめたものの、探偵役のキャラクターは別として、東野作品の中では普通といわざるを得ない作品でした。

 

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の簡単なあらすじ

 

故郷で父が殺害された。仕事と結婚準備を抱えたまま生家に戻った真世は、何年間も音信不通だった叔父・武史と再会する。元マジシャンの武史は警察を頼らず、自らの手で犯人を見つけるという。かつて教師だった父を殺した犯人は、教え子である真世の同級生の中にいるのか。コロナ禍に苦しむ町を舞台に、新たなヒーロー“黒い魔術師”が手品のように華麗に謎を解く長編ミステリー!(「BOOK」データベースより)

 

ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』の感想

 

本書『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は『ブラック・ショーマンシリーズ』の第一弾となる長編の推理小説です。

ミステリーとしては楽しく読みましたが、個人的には東野作品は社会性を持った作品の方が好みであり、この作者の作品としては普通といわざるを得ない作品でした。

ただ、探偵役の神尾武史がなかなかにユニークな人物であって、その点では読みがいのある作品でした。

 

本書の主人公は、マンションのリフォームを手掛ける部門に勤務し、同じ会社の先輩である中条健太という男性との結婚を予定している神尾真世という女性です。

真世は郷里での中学時代の同窓会を間近にしていたのですが、突然、自分が通った中学校の教師でもあった父親の神尾英一が殺されたという連絡が入ります。

急いで郷里へ戻り警察に話を聞いていると、そこに真世の伯父の神尾武史という男が現れるのでした。

 

この神尾武史は、真世の父親英一の弟であり、かつてはサムライ・ゼンという名前でアメリカでかなり人気を博したマジシャンだった人物です。

今は「トラップハンド」というバーを営んでいる人物ですが、何故かアメリカでマジシャンとして活躍していた時代のことは語りたがりません。

しかし、彼の手先の器用さと、話術の巧みさはさすがのものがあり、その技を駆使して探偵役を果たしていくのです。

 

登場人物を見ると、中学の同級生としてまず何かと真世と連絡を取っていた池永(旧姓 本間)桃子がいて、歳上ではありますがやはり英一の教え子でもある桃子の夫の池永良輔がいます。

次いで、倒れていた英一の発見者でもある酒屋を営む原口浩平、IT企業経営者の杉下快斗、地方銀行の三つ葉銀行に勤務する牧原悟、漫画「幻脳ラビリンス」の作者針宮克樹、「幻脳ラビリンス」を利用しての町おこしを狙う柏木広大、釘宮のマネージャー的立場で動く九重梨々香他の人物が真世の中学の同級生として登場してきます。

 

謎解き自体は本格派推理小説に対する私の印象と変わらずに特別なものはありませんでしたが、探偵役である神尾武史のキャラクターこそが本シリーズの醍醐味だと思います。

姪っ子の真世にまで自分の飲食代や宿泊代を負担させ、挙句の果てには警察にまで負担させようとするそのキャラは独特です。

それでいてマジシャンとしての腕は超一流であり、スマホを盗み取り履歴を見て元に戻したり、相手がスマホで電話を掛けるその姿を見て押した電話番号を読み取るなど、器用という言葉では足らないほどの能力をも有しているのです。

ここで、主人公神尾真世の父親が殺され、さらに事件の関係者が神尾真世のかつての同級生たち、探偵役が主人公真世の叔父というという舞台が設けられることになります。

 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』の項でも書きましたが、マジシャンが登場するミステリーとして忘れてならないのは泡坂妻夫という作家さんです。

中でも『11枚のとらんぷ』という作品は正直あまり覚えてはいないのですが、マジックを駆使した内容に驚いた記憶が残っている作品です。

 

本シリーズは続編の『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』も出版されています。

本書と異なり短編集ですが、やはりホームズのような活躍を見せる神尾武史がその魅力を発揮しています。

個人的には短編集である続編よりも本書の方が好みではあったかもしれません。

ブラック・ショーマンシリーズ

ブラック・ショーマンシリーズ』とは

 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』は、あるマジシャンを探偵役とするミステリーシリーズで、第一弾作品が2020年11月に光文社から刊行されています。

東野圭吾の作品の中では謎解き重視のシリーズであって、社会性を抑えたタッチのシリーズとなっています。

 

ブラック・ショーマンシリーズ』の作品

 

ブラック・ショーマンシリーズ(2024年7月28日現在)

  1. ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人
  2. ブラック・ショーマンと覚醒する女たち

 

ブラック・ショーマンシリーズ』について

 

ブラック・ショーマンシリーズ』は、かつてサムライ・ゼンという名前でアメリカでかなり人気を博したマジシャンだった神尾武史という人物を探偵役とするミステリー作品です。

謎解き重視のシリーズであって、東野圭吾の作品としては社会性を抑えたタッチのシリーズとなっています。

 

本シリーズの主人公としては、一応は探偵役である神尾武史の姪の神尾真世という女性がいます。

この神尾真世は不動産会社でマンションのリフォームを手掛ける部門に勤務し、同じ会社の先輩である中条健太という男性との結婚を控えている女性です。

先に「一応は」と書いたのは、この女性はいわば狂言回しであり、物語で提起されている謎を解明する探偵役は先に述べた神尾武史というマジシャンだからです。

 

特に第一弾の『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』で発生する事件は、神尾真世の父親神尾英一が殺されるという事件であり、まさに神尾真世が被害者の娘として物語の中心になります。

そこに何年も音信不通だった叔父の神尾武史が現れ、事件の謎をとき、自分の兄を殺した犯人を見つけるという流れになっているのです。

第二弾の『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』は短編集であって、この神尾真世自身が持ってくる話や、神尾武史の店を訪れる客の抱える問題を解決するというのが基本的な流れです。

 

本シリーズのようなマジシャンが登場するミステリーと言えば、少し前の作品になりますが泡坂妻夫の『11枚のとらんぷ』という作品があります。

もう三、四十年も前に読んだ作品なので内容は覚えてはいないのですが、ただそのマジックを駆使した内容に驚いたという記憶だけが残っているほどの作品であり、作家さんです。

この泡坂妻夫という名前は杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』を読んだときにも、献辞の中で挙げられていた名前であって、マジックをテーマにしている作品では避けては通れない名前だと思います。

そこでも挙がっていた作品が『しあわせの書 迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術』という作品で、ミステリーの内容とは別に驚きが待っていた作品でした。


 

本『ブラック・ショーマンシリーズ』は、2024年7月28日現在までは第二弾までしか出版されていませんが、今後続編を期待したいシリーズです。

クスノキの番人

クスノキの番人』とは

本書『クスノキの番人』は、2020年3月に実業之日本社から刊行されて2023年4月に実業之日本社文庫から496頁で文庫化された、長編のエンタメ小説です。

東野作品としてはいつもの社会派のミステリーではなく、ミステリ要素を持ったファンタジーベースのヒューマンドラマというべき作品で、面白く読んだ作品でした。

 

クスノキの番人』の簡単なあらすじ

 

恩人の命令は、思いがけないものだった。不当な理由で職場を解雇され、腹いせに罪を犯して逮捕された玲斗。そこへ弁護士が現れ、依頼人に従うなら釈放すると提案があった。心当たりはないが話に乗り、依頼人の待つ場所へ向かうと伯母だという女性が待っていて玲斗に命令する。「あなたにしてもらいたいこと、それはクスノキの番人です」と…。そのクスノキには不思議な言伝えがあった。(「BOOK」データベースより)

 

クスノキの番人』の感想

 

本書『クスノキの番人』は、ミステリ要素のあるヒューマンファンタジー小説です。

東野圭吾の作品群の一つであるファンタジー系統の作品で、東京郊外の月郷神社にあるという願い事を叶えてくれるクスノキをめぐる人間模様が描かれています。

 

玲斗が管理人を務める月郷神社には、クスノキに願い事をするとその願いが叶うという噂があり、昼間からクスノキに願いをしに訪れる人が絶えませんでした。

しかし、クスノキへの願いは単純にお願いすればいいというものではなく、月のうちの特定の日の夜に祈念するしかなかったのです。

 

主人公直井玲斗は天涯孤独の身だと思っていましたが、とあることから母親の美千恵の異母姉だという柳澤千舟という女性が現れ、とある神社にあるクスノキの番人となることになります。

何の説明も受けないままに神社の、そしてクスノキの番人を続ける玲斗の前に、今クスノキに祈念をしに来た佐治寿明という男の娘の佐治優美と名乗る女性が現れます。

クスノキの祈念に関することについては何も話せないという玲斗ですが、娘はしつこく父親の秘密を探ろうとし、玲斗をその探索に引き込もうとするのでした。

そのうちに、玲斗にもクスノキに祈念することの意味がわかってくるのでした。

 

主人公の直井玲斗は、女一人で幼い玲斗を育てていた母親が夜の仕事をしていたため、きちんとした躾も受けたわけではありません。そこで、千舟は玲斗を管理人として育てるについて、敬語の使い方から教えることになります。

玲斗は千舟の期待に少しずつではありますが応え、次第にクスノキの管理人として成長していく姿がありました。

その管理人としての仕事の中で佐治寿明の祈念と、大場壮貴という青年の祈念を中心に物語は進みます。

さらに物語は、千舟が中心となって運営してきた柳澤グループにも関係してくることになり、更なる感動の展開に結びついて行くのです。

 

とはいえ、物語の中心となるのはクスノキへの祈念とは何か、佐治寿明や大場壮貴の祈念はどのように解決するのか、といった疑問の解明です。

また、疑問の解明に加え、玲斗が管理人として、また人間として成長していく姿を読ませるのはさすがに東野作品です。

 

著者東野圭吾のファンタジー系統の作品としては、まずは『ナミヤ雑貨店の奇蹟』が思い出されました。

ほかに、辻村深月の『ツナグシリーズ』や川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』なども同系列の作品だということができると思います。


ともあれ、東野圭吾の作品として惹き込まれて読んだ作品であることに間違いはありません。

 

ちなみに、本書の続編として 2024年5月には『クスノキの女神』が実業之日本社からソフトカバーで発売されています。

あなたが誰かを殺した

あなたが誰かを殺した』とは

 

本書『あなたが誰かを殺した』は『加賀恭一郎シリーズ』の第十一弾で、2023年9月に講談社からソフトカバーで刊行された、長編の推理小説です。

本書の大半が犯人探しの「検証会」の描写に費やされている、いわゆる本格派の推理小説にも似た構成の作品です。

 

あなたが誰かを殺した』の簡単なあらすじ

 

★★★ミステリ、ど真ん中。★★★
最初から最後までずっと「面白い!」至高のミステリー体験。

閑静な別荘地で起きた連続殺人事件。
愛する家族が奪われたのは偶然か、必然か。
残された人々は真相を知るため「検証会」に集う。
そこに現れたのは、長期休暇中の刑事・加賀恭一郎。
ーー私たちを待ち受けていたのは、想像もしない運命だった。(内容紹介(出版社より))

 

あなたが誰かを殺した』の感想

 

本書『あなたが誰かを殺した』は、社会派の作家と分類されると思っていた東野圭吾による、本格派の推理小説とでも言えそうな推理小説です。

物語は、終盤にいたってそれまで貼られていた伏線が次々と回収されていくのはもちろんのこと、犯人像も逆転に次ぐ逆転で意外性に富んでいて飽きることがありません。

誤解を恐れずに言うと、こうしたどんでん返しは物語の終盤だけに展開されるものではなく、探偵の加賀恭一郎が参加してからは常に意外性に満ちた展開をしているとも言えるかもしれません。

それほどに、惹かれる展開が待っているというとでもあります。

 

本書の特異な点は、そのほとんど全編が序盤で起きた殺人事件の解決編だけで成り立っている構成であることです。

本書全体が300頁強の作品であって、冒頭から30頁半ばあたりで事件が起きます。そして50頁になる前で探偵役の加賀恭一郎が登場して、70頁を越えたあたりからは「検証会」に参加する人たちとの会話が始まっています。

そして、その「検証会」の中での加賀恭一郎の考察は他の登場人物たちにとって新たな視点をもたらすものとなっていくのです。

 

本書『あなたが誰かを殺した』での物語の舞台は、序盤で鷲尾春奈と加賀恭一郎とが初めて会った場面などの数場面を除いて櫻木家山之内家飯倉家(グリーンゲーブルズ)高塚家栗原家の五軒の別荘がある別荘地の中だけです。

この舞台に個性豊かな人物たちが集まって恒例のパーティーを行うところから始まりますが、このパーティに集まる人物が櫻木家、山之内家、高塚家、栗原家の四軒の別荘の関係者達です。

個別にみると、まず櫻木家関係者としては、櫻木病院の院長である櫻木洋一、洋一の妻の櫻木千鶴、そして櫻木夫妻の娘で櫻木病院で事務員として働く櫻木理恵、理恵の婚約者で櫻木病院の内科医である的場雅也です。

次いで山之内家の関係者は、この別荘に一人で住んでいる山之内静枝という40歳すぎの女性と、静江のもとに遊びに来ている静江の姪である看護師の鷲尾春那と夫で薬剤師の鷲尾英輔で、共にパーティへと参加しています。

グリーンゲーブルズと呼ばれている飯倉家の別荘は静江が管理をしており、現在は誰も住んでいません。

次の高塚家関係者は、ある会社の会長職である高塚俊作とその妻の桂子、それに俊作の部下の小坂均七海夫妻とその息子で小学六年生の小坂海斗です。

パーティへの参加者は以上の人達ですが、そこに事件が発生し新たな人物が登場します。

それが、事件の犯人として自首をしてきた桧川大志であり、鷲尾春奈の依頼を受け「検証会」に同行することになった加賀恭一郎、それにパーティが行われた地元の刑事課長であるです。

 

事件の後、自首してきた桧川が何も話さないところから検察が未だ事件の詳細をつかめていないとして、事件の関係者たちで事件について話し合いたいという高塚俊作の提案で「検証会」が開かれることになったのです。

先に述べたように本書『あなたが誰かを殺した』は通常の推理小説とは異なり、そのほとんどが加賀という探偵役による事件解決のための事実の確定と犯人探しに費やされています。

そして、この犯人探しの場となったのが「検証会」であり、この場で当事者たちの証言により何があったのかが次第に明らかにされていくのです。

最後に明かされる意外な事実は読み手の推測をも裏切り、繰り返されるどんでん返しは驚きの連続です。

そうした意外性は本書の特徴の最大の魅力と言っていいと思われます。

 

著者の東野圭吾の魅力の一つは犯罪動機の解明を通して示される社会的な問題提起にもあると思うのですが、本書の場合はどちらかと言うとかつての本格派の推理小説にも似た謎解きに重きが置かれた作品です。

特に本『加賀恭一郎シリーズ』は東野圭吾の作品の中でも社会性が強いと言われているシリーズであって、謎解きよりも犯罪動機やストーリー自体の魅力が売りだと思っていたので一つの驚きではありました。

ただ、『加賀恭一郎シリーズ』の中には『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』などの本格派的な作品もありますから、本シリーズを社会派のシリーズだと思うのは私の早とちりというべきなのかもしれません。

どちらにしろ、本書『あなたが誰かを殺した』が魅力的であり面白い作品だというのは異論のないところでしょう。

東野圭吾作品の中でも一番好きなシリーズであり『加賀恭一郎シリーズ』の最新作である本書は十分に楽しめるひとときを過ごすことのできる作品だと言えます。

希望の糸

希望の糸』とは

 

本書『希望の糸』は『加賀恭一郎シリーズ』の第十一弾で、2019年7月に刊行されて2022年7月に400頁で文庫化された、長編の推理小説です。

一旦終了したものと思っていた本シリーズですが、意外な形での再登場となった本書はさすがの面白さを持った作品でした。

 

希望の糸』の簡単なあらすじ

 

小さな喫茶店を営む女性が殺された。加賀と松宮が捜査しても被害者に関する手がかりは善人というだけ。彼女の不可解な行動を調べると、ある少女の存在が浮上する。一方、金沢で一人の男性が息を引き取ろうとしていた。彼の遺言書には意外な人物の名前があった。彼女や彼が追い求めた希望とは何だったのか。(「BOOK」データベースより)

 

希望の糸』の感想

 

本書『希望の糸』は、引き起こされた殺人事件の動機に焦点があてられた、悲しく、せつなさにあふれた物語です。

本書ではシリーズのこれまでの主人公である加賀恭一郎ではなく、恭一郎の従妹である松宮脩平が物語の中心となっています。

加賀恭一郎は、松宮が属する本部のまとめ役として登場し、要となる場面で重要な役割を果たすのです。

 

登場人物としては、まずは殺人事件の被害者である花塚弥生という五十一歳の女性がいます。「弥生茶屋」というカフェの経営者であり、誰に聞いても「いい人」という評判しか聞こえてこない、殺されるべき理由も見当たらない人物です。

この花塚弥生の関係者として弥生の元夫の綿貫哲彦がおり、現在の彼の内縁の妻として中屋多由子という女性がいます。

次いで、殺された花塚弥生の店をよく訪ねていて本事件の重要容疑者となったのが汐見行伸であり、その家族が娘の萌奈で、妻の怜子は早くに亡くなったため信之が萌奈を男で一つで育てているのです。

そしてもう一組、物語に重要な役割を果たす家族がいますが、それが金沢の高級旅館の女将である芳原亜矢子と死を目前にした亜矢子の父親の芳原真次であり、そこに関係してくるのが松宮脩平です。

芳原亜矢子が自分の父の芳原真次が松宮脩平の父親だと突然に松宮の前に表れ、読者に「家族」というものあらためて考えさせることになるのです。

 

本書『希望の糸』は犯人探しとその意外性というミステリーの王道の面ももちろんあり、それはそれで物語として面白く読んだ作品です。

ただ、本書の主眼はその犯人探しではなく、犯行の動機にあります。本書での殺人事件の犯人が判明してからが本書の主要なテーマが明らかになっていくのです。

もちろん、そこの詳細をここに書くわけにはいきませんが、心を打つ、悲しみに満ちた物語が展開されていきます。

「家族」というもののあり方、さらには親子の関係など、読んでいくうちに自然と問いかけられ、自分なりに考え、答えを探していることに気付きます。

すぐに明確な答えが出る筈のものではありませんが、それでも「家族」について考えるそのきっかけにはなるのではないでしょうか。

 

東野圭吾の作品だけでなく、ミステリーの形式を借りて語られる胸を打つ物語は少なからず存在します。

そのほとんどは犯行の動機に斟酌すべき側面があるというものであり、そのほとんどは利他的な側面を持つ行動の結果、犯罪行為に至るというものでしょう。

例えば近年の作家ですぐに思い出す作品といえば、柚月裕子の『佐方貞人シリーズ』などがあります。

 

 

また、利他的行為という意味とは少し異なりますが、近年私が注目している青山文平砂原浩太朗という時代小説の作家さんも、ミステリーの手法を借りた胸を打つ作品を書かれています。

例えば前者では『やっと訪れた春に 』を、後者では『黛家の兄弟』などをその例として挙げることができると思います。

共に、私欲ではなく侍としての生きざまを貫く生き方を描いた読みやすい、しかし読みごたえのある作品です。

 

 

繰り返しになりますが、本書『希望の糸』は、事件のきっかけのある言葉が物語の序盤から示されていて、最後の最後に犯罪の実際が明かされてはじめて伏線だったことが分かるなど、ミステリーとしての面白さも十分にある物語です。

その上で家族や親子、そして人間としての生き方も含め、読者に考えることを強いる物語だとも言えそうです。

東野圭吾らしく視覚的で分かり易い文章で加賀恭一郎や松宮脩平といった探偵役の刑事たちの姿を浮かび上がらせ、この犯罪で振り回される人たちの様子を描き出してあります。

 

本書『希望の糸』では、主人公が加賀恭一郎から松宮脩平へと移っているからでしょうか、『加賀恭一郎シリーズ』のスピンオフ作品だと紹介してあるサイトもあるようです。

しかし、加賀恭一郎も登場しそれなりの活躍も見せていますので、ここでは『加賀恭一郎シリーズ』の一冊として紹介しています。

 

やはり東野圭吾の作品は面白い、そう思わせられる作品でした。

マスカレード・ゲーム

マスカレード・ゲーム』とは

 

本書『マスカレード・ゲーム』は『マスカレード・シリーズ』の第四弾で、2022年4月に刊行された、369頁の長編の推理小説です。

刑罰について考えさせられる切なさに満ちた、しかし東野圭吾本来の面白さが戻ってきた印象があるとても面白い作品でした。

 

マスカレード・ゲーム』の簡単なあらすじ

 

解決の糸口すらつかめない3つの殺人事件。
共通点はその殺害方法と、被害者はみな過去に人を死なせた者であることだった。
捜査を進めると、その被害者たちを憎む過去の事件における遺族らが、ホテル・コルテシア東京に宿泊することが判明。
警部となった新田浩介は、複雑な思いを抱えながら再び潜入捜査を開始する――。
累計495万部突破シリーズ、総決算!(内容紹介(出版社より))

 

三件の殺人事件が起きた。ところが、その三件の事件は手口が似ており、殺された三人の被害者それぞれが加害者となり起こした過去の事件のために人が死んでいたのだ。

そのうえ過去の三件の事件の被害者家族が、クリスマスイブに揃ってコルテシア東京に宿泊するという事実が判明する。

そこで、警察はコルテシア東京で更なる事件が起きる可能性があるとして、ホテル内の各所に捜査官を配置し、当然、新田浩介はまたフロントに配置された。

ただ、捜査官の一人の女性警部の梓真尋は優秀ではあるが暴走しかねない危うさをもっており、ホテルマンとしての経験豊かな新田と何かと衝突する。

そこに、ロスアンゼルスのホテルへ転任していたはずの山岸尚美が登場するのだった。

 

マスカレード・ゲーム』の感想

 

本書『マスカレード・ゲーム』は、これまでと同じくホテル・コルテシア東京を舞台に、起きるかもしれない事件を未然に防ぐために新田たちが活躍する物語です。

冒頭で「東野圭吾本来の面白さが戻ってきた」と書いたのは、先に読んだ東野圭吾の『透明な螺旋』や『白鳥とコウモリ』といった作品が、同じ社会派のミステリーではあっても特別な面白さを感じなかったからです。

それが、本書では読み始めは不安があったものの、途中からは新しい梓捜査官の存在もあって、惹き込まれていきました。

 

本書の登場人物は多数に上ります。

物語の中心人物はこれまで通りに新田浩介ですが、今では警部に昇格し捜査一課の係長になっています。

警察側の人間としては、以前は先輩刑事として同じ班でこき使われた本宮警部、それに新しく加わった同じ係長の梓真尋警部がいて、梓の部下として昔から気心の知れている能勢警部補も定年間近の刑事として登場します。

ほかにかつての捜査一課係長だった稲垣が、管理官として登場しています。

ホテル側の人間としては、まずは山岸尚美をあげるべきでしょう。前巻の『マスカレード・ナイト』でロスアンゼルスのホテルへ栄転しましたが、今回の事件のために呼び戻されたものです。

また、ホテル・コルテシア東京の総支配人の藤木、フロントオフィス・マネージャーの久我は今では宿泊部長として登場しています。

 

それ以外では三件の殺人事件の関係者、その事件の被害者の過去の事件で死んだ被害者とその親族と、多数の人物が登場します。

そこで、殺人事件の被害者とその過去の事件の関係者とを名前だけ挙げておきます。

最初の被害者は入江悠斗と言い、17年前に神谷文和という少年に暴行を振るい、その後亡くなっています。この少年の母親が神谷良美という女性です。

次の被害者が高坂義広であり、20年ほど前に強盗殺人を犯し、森元俊恵を殺しています。その俊恵の息子が森元雅司です。

三番目が村山慎二で、元恋人の前島唯花は村山からリベンジポルノの被害に遭い、彼女は自殺しています。唯花の父親が前島隆明です。

その他に沢崎弓江、新田の大学時代の同期である三輪葉月などの関係者が登場しています。

 

このように多くの人物たちが今も過去に殺された身内のことを思いながら暮らしており、その人物たちがネットを通じて知り合って話し合い、過去の事件についての情報を交換し、互いにその理不尽さを慰め合っています。

そうした中で、過去の事件の加害者たちが次々と亡くなっていく事実があり、警察は彼ら過去の事件の関係者の関与を疑い、さらにはホテル・コルテシア東京を舞台にした展開へと連なっていきます。

 

本『マスカレードシリーズ』は、警視庁の敏腕刑事が不慣れなホテルマンに扮して、そのホテルを舞台にした事件を解決するという、二重の面白さが計算されています。

ひとつはそのままに推理小説としての謎解き、真相解明という面白さであり、もうひとつはホテルマンに扮した刑事の奮闘記という面白さです。

本書ではさらに、単なる謎解きの面白さに加え、新しい登場人物のホテル側との確執、また東野圭吾らしい社会派の物語として刑罰についての考察が加わっています。

最初の新しい登場人物とは梓真尋警部のことであり、シリーズ第一作目の『マスカレード・ホテル』での新田警部補とホテル・コルテシア東京のフロントクラーク山岸尚美とのやり取りに似た掛け合いを、今度は新田警部との間で交わしています。

この梓警部がいかなることをしでかし、ホテル側とどのようにけ決着をつけるのか、が一つの焦点になっています。

 

そして大切なのはもう一点の本書『マスカレード・ゲーム』のテーマである「罪とは」、「刑罰とは」という問題提起の方です。

本書でホテル・コルテシア東京を舞台に繰り広げられる人間模様は過去にその源があり、身内を理不尽に殺されたにもかかわらず、殺した側の人間は今も生きて日々を暮らしているという現実を見せつけられている被害者の家族の視点が取り上げられています。

東野圭吾作品にはSF小説やユーモア小説、そして警察小説などいろいろなジャンルの作品があります。

中でも本書のような警察小説でも社会派と呼ばれる作品では、世の中の理不尽な出来事に翻弄される人が、苦悩の末に犯さざるを得ない犯罪行為を取り上げ、その犯罪行為に至る背景の意味を読者に問いかけています。

自分の愛する人が殺され、しかしその殺した相手は応分の刑罰を受けているとは思えず幸せそうに暮らしている現実にさらに苦しめられる日々。そうした状況をどう思うかと問いかけてきます。

本書の登場人物の一人が、「刑罰には反省が伴わなくてはならない」という場面があります。この言葉が本書の性格を示しているように思えます。

東野圭吾はそうした現実をエンターテイメント小説として練り上げ、ミステリーとして私たちの前に提示してくれているのです。

 

本書『マスカレード・ゲーム』では、さらに梓真尋という刑事が新しく加わっています。捜査のためには手段を選ばない人物であり、新田や山岸と対立する立場にいます。

この梓捜査官がなかなかに曲者で、読者にとっては感情移入しやすい存在であり、自分こそ正義という思いがあるようで、もしそうであれば近年騒がれているコロナ禍での正義の押し売りに似た構造にも思えてきました。

個人的には捜査第一主義ともいえるこの梓という捜査官と新田、山岸組との対決こそ期待したいと思います。

 

東野圭吾の作品では、特に社会派の作品では、人物の微妙な心のゆらぎを具体的に示してくれることで、その人物に共感しやすく、また当事者の行動の背景をも明確に示してくれることでさらに感情移入しやすくなっています。

ところが、本書の場合は当事者の内心の描写というよりは、登場人物たちの思いもかけない行動の結果の方に関心がいくように思えます。

つまりは、多くの登場人物の行動を操ることでサスペンス感を増しているように感じます。

そうした点でも本書はシリーズの中でも特異な位置にあるようにも思える、心惹かれる作品だったと言えると思いました。

マスカレードシリーズ

マスカレードシリーズ』とは

 

『マスカレードシリーズ』は、高級ホテルの「ホテル・コルテシア東京」で起きる事件の捜査のためにホテルマンとして潜入した刑事が、教育掛である優秀なホテルマンの女性と共に事件を解決していく推理小説です。

推理小説としての面白さに加え、ホテルという特殊な状況に放り込まれた刑事の振る舞いや、その教育掛である女性との掛け合いなどの面白さをも持った物語でした。

 

マスカレードシリーズ』の作品

 

マスカレードシリーズ(2022年10月31日現在)

  1. マスカレード・ホテル
  2. マスカレード・イブ
  1. マスカレード・ナイト
  2. マスカレード・ゲーム

 

マスカレードシリーズ』について

 

本シリーズの主人公は、警視庁捜査一課の刑事の新田浩介です。その新田は帰国子女であって英語を自在に話せるところから、管轄内で起きた殺人事件の捜査のためにホテル・コルテシア東京に潜入捜査することになります。

そのホテル・コルテシア東京にいたのが本シリーズのもう一人の主人公である山岸尚美です。彼女はホテル・コルテシア東京のフロントクラークであり、ホテルマンとした高い能力を有していました。

そこに新田が潜入捜査官としてホテル・コルテシア東京のフロントクラークとしてやってきたときに、山岸が新田の教育係を務めることになります。

本『マスカレードシリーズ』は、この二人を中心として、ホテル・コルテシア東京を舞台に繰り広げられる数々の事件を解決する姿を描き出すシリーズです。

 

マスカレードシリーズ』第一巻の『マスカレード・ホテル』は、「ホテル・コルテシア東京」を舞台に展開される長編のミステリー小説です。

都内で起きた三件の連続殺人事件の現場に残された暗号を解くと次の事件は「ホテル・コルテシア東京」で起きることが予測され、英語が堪能な新田がホテルのフロントクラークとして送り込まれたのです。

シリーズ第二巻の『マスカレード・イブ』は、四つの短編から構成される、前作『マスカレード・ホテル』の前日憚となる連作短編集です。

まだ新米フロントクラーク時代の山岸尚美が、知人から受けた相談事を解決する「それぞれの仮面」他の三篇が収納されています。

シリーズ第三巻の『マスカレード・ナイト』は、再び「ホテル・コルテシア東京」を舞台に展開される長編のミステリー小説です。

警視庁に、都内で起きた若い女性が殺された事件の犯人が「ホテル・コルテシア東京」のカウントダウン・パーティに現れるという密告状が届き、再び潜入することとなった新田が、今ではコンシェルジュとなっている山岸尚美と共に解決します。

シリーズ第四巻の『マスカレード・ゲーム』は、三たび「ホテル・コルテシア東京」を舞台に展開される長編のミステリー小説です。

過去に被害者が理不尽な殺され方をした三件の事件の加害者が立て続けに殺されます。過去の三件の事件の関係者が「ホテル・コルテシア東京」に同じ日に宿泊するという事実が判明します。

新田らは更なる事件の発生を防ぐために「ホテル・コルテシア東京」へと潜入することになります。

この第四巻の『マスカレード・ゲーム』では、新田は警部補から警部になり、山岸もコンシェルジェになっていて、転任先だったロスアンゼルスから急遽帰国して捜査の手助けをします。

 

このように本『マスカレードシリーズ』は、新田と山岸というコンビの、ホテルという特殊な環境での捜査の模様を描き出してあるシリーズです。

それは、お客様のプライバシーを最大限尊重しようとするホテル側すなわち山岸と、事件の解決を第一義に考える警察側すなわち新田との衝突の場面を一つの目玉としながらのミステリーです。

その関係も、第四弾になるとホテル側の立場も理解している新田と警察側の新しい登場人物の梓警部という新しい登場人物とのやり取り、へと変化するなど、ときの経過も反映しながらのシリーズとなっています。

第四弾の最後の場面での驚きの展開を見ると、今後さらに第五弾へと続くものかはわかりませんが、できれば続いてほしいものです。

 

ちなみに、『マスカレードホテル』と『マスカレードナイト』とそれぞれ原作として、木村拓哉、長澤まさみを主役に据えて映画化されています。

『マスカレードホテル』

 
『マスカレードナイト』

沈黙のパレード

沈黙のパレード』とは

 

本書『沈黙のパレード』は『ガリレオシリーズ』の第九弾で、2018年10月に刊行され、2021年9月に496頁のペーパーバック(文庫)判が出版された長編の推理小説です。

近頃読んだ東野圭吾の作品の中では、ひと昔前の東野圭吾作品のように物語として一番しっくりとし、面白く感じた作品でした。

 

沈黙のパレード』の簡単なあらすじ

 

静岡のゴミ屋敷の焼け跡から、3年前に東京で失踪した若い女性の遺体が見つかった。逮捕されたのは、23年前の少女殺害事件で草薙が逮捕し、無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。町のパレード当日、その男が殺されたー容疑者は、女性を愛した普通の人々。彼らの“沈黙”に、天才物理学者・湯川が挑む!(「BOOK」データベースより)

 

菊野商店街にある食堂「なみきや」を営む並木夫妻の娘佐織が、遠く離れた町の火災現場から遺体で発見された。

火災で焼失した家は、かつて殺人罪の容疑者として逮捕されたが完全黙秘を貫いて無罪となったことがある蓮沼寛一という男の実家だった。

今回も蓮沼は現場で見つかった作業着から佐織の血痕が検出されたために逮捕されるものの、再び完全黙秘により釈放されてしまう。

そして菊野市の名物の仮装パレードが行われたその日、蓮沼は死体となって発見される。

しかし蓮沼は殺害されたものと思われ、またその現場は密室と言っても良さそうな現場だったのだ。

今では係長となっている草薙俊平は部下の内海と共に事件の解決のために「なみきや」の常連客の一人となっている湯川を引っ張り出すのだった。

 

沈黙のパレード』の感想

 

本書『沈黙のパレード』は、人間の復讐心をきっかけに、平凡な人の心の奥に隠された本当の心情を白日の下に暴き出す東野圭吾らしいミステリーです。

皆から可愛がられ、愛されて育った娘が殺され、両親は勿論、恋人も、また幼いころから彼女の成長を見守ってきた店の常連さんも娘を殺した犯人に対し憎悪を抱くしかありませんでした。

その犯人と思われる蓮沼は、かつて幼子を殺した疑いで逮捕されたものの完全黙秘を通し、自らの罪を認めなかったために裁判を勝ち抜き、国家賠償の金をも手に入れた過去があったのです。

今回も同じように完全黙秘を貫く蓮沼を、両親たちはなんとか罪を認めさせようと策を練るのでした。

 

本書『沈黙のパレード』ではあらためて言うまでもなく、主人公の天才物理学者である湯川学と今では係長となっている草薙俊平、草薙の部下の内海薫が登場します。

今回の事件の被害者は並木祐太郎真知子夫婦の娘の並木沙織というデビューを目指していた女子学生です。

並木夫妻の営む食堂「なみきや」の関連の登場人物としては、佐織の妹の夏美、佐織の恋人だった高垣智也、歌手を目指していた沙織の歌唱を指導していた新倉直紀留美夫妻、並木祐太郎の親友の戸島修作、パレードの実行委員長の宮沢摩耶らがいます。

それに被害者が蓮沼寛一で、この蓮沼の元の同僚で現在のねぐらを貸していた増村栄治。それに、二十数年前に蓮沼に殺されたであろう被害者が当時十二歳の本橋優奈です。

 

本書『沈黙のパレード』の見どころとしては、まず、佐織の両親やその仲間たちの復讐心に基づく犯行のトリック、さらには湯川による伏線の回収、どんでん返しの妙があります。

この密室に関してのトリックについては、さすがに理系の作者だと感心するばかりです。

また、それに伴う運搬の仕掛けなどについては、若干分かりにくいこともあってあまり言うことはないと言うしかありません。

ただ、この運搬の点に関しては物語の流れに組み込まれているところや、人間関係のありかたに絡んでくるところもあって、さすがなものとは思います。

 

また、本書『沈黙のパレード』のもう一つのテーマである現代の「裁判」という制度に対する問いかけの点は、黙秘権という権利のありように関するものです。

しかし、この点に関しては本書の主張(?)に同調するものではありませんでした。

黙秘権という権利は犯罪者を擁護するようでありながら、人間の内心を守るという点で日本国民全般に通用する権利だと思うからです。

本書での、黙秘権を行使されたために犯人に罪を課すことができなかった、という事実は、それは黙秘権が行使されたためではなく、警察ないしは検察が被疑者の犯罪行為を立証するだけの証拠を提示することができなかった、ということにほかなりません。

ただ、本書の物語を成立のためには証拠不十分という点を取り上げることはしなくてもいいかとは思います。

 

もちろん、上記に述べたことも本書の面白さを削ぐものではありません。

ガリレオシリーズらしい湯川の謎解きもいつもどおり感動的ですらあり、終盤のどんでん返しはまさに東野圭吾で、そのどんでん返しにも人間ドラマが展開されているのであって、読み応えのある作品でした。

 

ちなみに、本書『沈黙のパレード』はいつもの通り福山雅治が湯川を演じ、北村一輝が草薙俊平を、柴咲コウが内海薫を演じて映画化され、2022年9月16日に公開されるそうです。

 

透明な螺旋

透明な螺旋』とは

 

本書『透明な螺旋』は『ガリレオシリーズ』10作目となる、新刊書で301頁の長編の推理小説です。

レビューを見ると評価は高いようですが、個人的には東野圭吾の作品としては普通としか思えない作品でした。

 

透明な螺旋』の簡単なあらすじ

 

シリーズ第10弾。今、明かされる「ガリレオの真実」。殺人事件の関係者として、ガリレオの名が浮上。草薙は両親のもとに滞在する湯川学を訪ねる。シリーズ最大の秘密が明かされる衝撃作。(「BOOK」データベースより)

 

南房総沖で背中に射創のある漂流している遺体が見つかった。照会の結果、東京都足立区に住んでいて、行方不明者届が出ている上辻涼太という人物の疑いが強くなった。

ところが、行方不明者届を出した同居人の島内園香という女性が届出の三日後には休職願を出して仕事を休んでおり、連絡が取れない状態にあるというのだった。

この事件は警視庁捜査一課の草薙俊平の係が担当することとなり、千葉県警との合同捜査本部が設けられることとなった。

同居人である島内園香の身辺を調べていくと、園香の母親が親しくしていたらしい松永奈江という絵本作家の名前が浮かんできた。

ところが、松永奈江が書いた絵本の参考文献の中に湯川学の名前が出てきたのだった。

 

透明な螺旋』の感想

 

本書『透明な螺旋』は、二組の女性の人間ドラマを描いたミステリーです。

最初はかつて子を産んだものの夫が急死し、自分で育てることができなくなりその子を児童養護施設の前に置き去りにせざるを得なかった母の話です。

もう一人は島内園香という女性であり、母親の千鶴子をクモ膜下出血で亡くして一人になってしまいます。

そこで園香は、千鶴子が親しくさせてもらっていたナエさんという女性に助けてもらうのです。

 

この物語の中心になるのはこの園香という女性です。

花屋で働いていた園香に眼をつけたのが客として来たことのある上辻涼太であり、母を亡くした園香は上辻とともに暮し始めます。

ところがこの上辻涼太はたちの悪い男で、園香に手をあげ、ホステスとして働かせようとまでするのです。

こうした経緯の末に起きた殺人事件であり、湯川の名前も関係者として挙がり、事件の解決に半分当事者としてかかわることになります。

 

主要な登場人物としては、上記の赤ちゃんを捨てた女性とこの物語の中心となる島内園香とその母親の千鶴子、そして殺された上辻涼太、それにナエという女性です。

探偵役としては湯川以外はこれまたシリーズの馴染みの視庁捜査一課の草薙俊平、草薙の部下の内海薫などがいます。

 

そして、本書『透明な螺旋』の最大の売りは惹句にある「ガリレオシリーズ最大の秘密が明かされる。」という点にあるようです。

でもそれはシリーズを読み続けている人を対象にしか当てはまらない言葉であり、シリーズ冒頭の数冊しか読んでいない私にとってはどちらかというと意味不明の言葉でした。

湯川の私的な日常の一端が明かされていることが珍しいということもあるようですが、その点もよく分かっていませんでした。

やはり、シリーズ物は順番に読み続けていないと物語のニュアンスも上手く読み取れないと思われます。

結局、シリーズを読み込んでいない私にとってはそれほどインパクトのある「秘密」ではなかったのです。

 

本書『透明な螺旋』の終盤までは東野圭吾らしい物語ではあるもののわりと先が読めやすく、その思いのとおりに進行していきます。

ここで「東野圭吾らしい話」というのは、前著『白鳥とコウモリ』もそうであったように、利他的行為という人間の情に起因する物語のことです。

もちろん、そこにはストーリーや文章力と言った要素も絡んでのことではあるのですが、人間の情を根底に置いたうえで論理を展開させる読ませ方のうまさを意味します。

そうした東野圭吾らしい面白さを持った作品という意味で普通だということです。

 

 

しかし、クライマックスに至り、ちょっとした驚きが仕掛けてありました。

こうした裏切りが用意されているからこそ東野圭吾の物語は面白く、辞められない、と言いたくなるのです。

ただ、それまでの展開が東野圭吾にしては普通であったために、冒頭で述べた「普通」という表現になってしまいました。

もう少し、クライマックスに至るまでにインパクトの強い展開を欲していたと言ってもいいかもしれません。

ただ、いちファンとしての過剰な要求と言われれば反論はできず、そういう点では本書『透明な螺旋』は面白い作品だったというべきかもしれません。