組織捜査を逸脱する行動が問題視され、所轄署の警務課に異動になったクロハ。内勤中心の日々は単調だが、ようやく慣れ始めた。しかし、身元不明で傷だらけの少女が保護され、未成年の不審死が連続するなか、クロハのもとにも、存在しないはずの少年に関する、「奇妙な噂」がもたらされる。独自調査をはじめるクロハだったが、彼女は常に誰かに監視されているような気がしてならなかった―。(「BOOK」データベースより)
第12回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した『プラ・バロック』、『エコイック・メモリ』に続く、クロハシリーズの長編第三作です。他に第63回日本推理作家協会賞候補にもなった「雨が降る頃」を収納している『衛星を使い、私に』という短編集があります。
これまでの短編集も含めた三冊は、警察小説とは言っても、今人気の今野敏や佐々木 譲といった王道の警察小説とは異なったSFチックな独特な世界観を持った作品で、それなりの面白さを感じていました。
しかし、シリーズ前巻を読んでから本書を読むまでに間を置いたためか、どうも世界観に入り込みにくい。
シリーズものですから、これまでの主人公の背景が当然のこととして描いてあるため、主人公の性格、来歴を思い出すのに手間取ったことに加え、主人公のクロハの冗長なまでの心象の描き方に違和感を感じてしまったことが理由だと思われます。
前作においての捜査活動が原因でクロハは神奈川県警の機動捜査隊から所轄署の警務課へと移動させられていました。そうした中、その所轄署管内で未成年の不審な死が続き、所轄署内にに捜査本部が立つことになります。
その事件が気にはなりつつも、虐待が疑われる少年の保護に立ち合って欲しいとの区役所子供支援室からの依頼を受けるクロハでしたが、この電話はその後の無戸籍児童の問題へと繋がっていきます。
また、本部の電脳犯罪対策課のシイナからは、仮想空間上での陣取りゲームの中で、ユーザーが登録する柱の位置が、未成年の連続した不審死という現実の事件の発生場所と一致しているという情報がもたらされるのでした。
そうした舞台背景のもと、主人公クロハは姉の子アイを慈しんでいたのですが、クロハの仕事上の暴走が原因で引き離されています。また、捜査の一線から排除されていることもあり、常に内向きに生きているクロハです。それゆえだと思うのですが、前述のように本書ではクロハの心象描写が繰り返されます。
これまでのシリーズ各巻でもこのように心象が語られていたのかは忘れてしまっているのですが、多分本書のようではなかった、と思うのです。
登場人物の心象に深く入り込んだ作品と言えば、あさのあつこの『弥勒シリーズ』がありますが、本書は『弥勒シリーズ』での心象の描き方とは異なり、抒情性はあまりありません。本書の文章はずっと乾いています。
それは、このシリーズの持つ世界観が、バーチャルな世界を背景にしていることと無関係ではないとも思われるのですが、それにしてももう少し人間味があってもよさそうに思ってしまいました。
本書の登場人物はすべてカタカナで表記されていて、それも本書の雰囲気に一役買っていると思われるのですが、何よりも物語の中でバーチャル世界が展開され、その中でとある登場人物との会話が為されたりします。その世界感はやはりSFなのです。