現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書下ろし中編を含む全六編を収録する。(「BOOK」データベースより)
ホラー作品とは言えないでしょうが、ホラー風味満載の短編五編と、本書の半分を占める中編一編が収められたSFの作品集です。
SF評論家の山岸真氏による本書の解説によると、最初からの「真朱の街」までの四作品は、「異形コレクション」という光文社文庫から刊行されているアンソロジー・シリーズで既出の作品を著者の短編集として組みなおしたものだそうです。
そう言えば、上田早夕里の『夢みる葦笛』という短編集の四話目までの「夢みる葦笛」「眼神」「完全なる脳髄」「石繭」という四作品も、同じく「異形コレクション」に位置づけられる短編だとありました。
この作品集の表題作となっている「魚舟・獣舟」は、後に第32回日本SF大賞を受賞する『華竜の宮』や、その続編である『深紅の碑文』の原点とも言うべき重要な作品だと思われます。
地殻の大異変により地球上の大部分が水没してしまった二十五世紀を舞台とする話です。海を生活圏とする海上民と呼ばれる人たちは、「魚舟」と呼ばれる生物の体内で暮らしています。この「魚舟」の変形として海上民にも、また陸上民にも害を為す存在となっている「獣舟」が存在するなど、アイデアに満ちた物語です。
この物語は、そうした世界で、今では陸上民として暮らしている「私」と、「私」の海上民時代の幼なじみである美緒との、美緒の「朋」である獣舟をめぐる物語であり、その舞台設定を最大限に生かした悲哀に満ちた物語です。
また、後に「オーシャンクロニクル・シリーズ」と名付けられる作品群の世界観が構築されている作品であって、『華竜の宮』や『深紅の碑文』と共に、そのシリーズ内の作品として位置付けられています。
そして、「幽霊の考察」というお題に対して書かれた作品が「くさびらの道」です。「くさびら」とは茸のことであり、この寄生茸に家族を取り込まれた男は、実家で、いる筈の無い家族と出会います。
次の「饗応」では、普通のサラリーマンの話かと思いきや、風呂で身体のパーツを少しずつ外していき、リラックスする男の姿が描かれています。SFらしい、ひねりの効いたショートショートです。
「真朱の街」で登場する捜し屋の「百目」は、妖怪探偵百目シリーズとしてシリーズ化されている百目と同じ人物なのでしょう。本書での百目は五歳の娘が攫われてしまった邦雄の依頼で妖怪たちと対峙します。
良く意味が分からなかったのが、「ブルーグラス」です。恋人との想い出に満ちたブルーグラスというオブジェを海に沈めたものの、その海域が立ち入り禁止となるという話を聞いた伸雄の話です。
「ダイビングをフィーチャーした海洋SFでもある」と解説にはありましたが、首をひねるしかありませんでした。感傷以上のものを読み取れなかったのです。
一番最後に載っている本書の半分くらいを占める中編の「小鳥の墓」という作品は、上田早百合のデビュー長編の『火星のダーク・バラード』に登場する重要な脇役の前日譚だそうです。この物語単体としても違和感無く読み進めることがでいます。
この作者の個性が強烈に出ている、読みやすい短編集です。ホラー作品が嫌いな人にはあまりお勧めできないかもしれませんが、『夢みる葦笛』という短編集と同様、上田早百合という作家を知る上では避けては通れない作品集だと思います。