『深紅の碑文』とは
本書『深紅の碑文』は『オーシャンクロニクルシリーズ』の一冊で、2012年11月に刊行された文庫本で上下巻合わせて944頁にもなる長編のSF小説です。
再び起こると予想されている大規模な地殻変動の≪大異変≫を前に生き残りを模索する人々の姿が描かれています。
『深紅の碑文』の簡単なあらすじ
陸地の大部分が水没した25世紀。人類は僅かな土地で暮らす陸上民と、生物船“魚舟”とともに海で生きる海上民に分かれ共存していた。だが地球規模の環境変動“大異変”が迫り、資源をめぐる両者の対立は深刻化。頻発する武力衝突を憂慮した救援団体理事長の青澄誠司は、海の反社会勢力“ラブカ”の指導者ザフィールに和解を持ちかけるが、頑なに拒まれていた―日本SF大賞受賞作『華竜の宮』に続く長篇、待望の文庫化。(上巻:「BOOK」データベースより)
困難な時代においても、深宇宙研究開発協会は人類の記録と生命の種を系外惑星に送り込もうと計画していた。その理念に共感した星川ユイは協会で働き始めるが、大量の資源を必要とする宇宙開発は世間から激しい非難を浴びる。ユイは支援を求めて青澄に会いに行くが…苛烈を極める物資争奪戦、繰り返される殺戮、滅亡を意味する環境変動―いくたびの難事を経てなお信念を貫いて生きる者たちを描破した、比類なきSF巨篇。(下巻:「BOOK」データベースより)
前巻からの主要登場人物の青澄は既に外務省をやめ、救援団体であるパンディオンを設立して、その理事長として民間からの救済活動に身を投じています。
青澄の大切なパートナーであった人工知性体のマキは、外務省時代の記憶を消去され、新たに女性の人格を付与されて青澄の秘書的存在として青澄を支えています。
青澄らが本書での重要な登場人物であることに変わりはありませんが、本書では他に三人の重要な登場人物がいます。
一人はザフィールという男で、新しく現れた≪ラブカ≫と呼ばれる集団の中の一つの団体のリーダーです。ラブカは単なる海賊ではなく、陸上民に対する強い不信感を抱いている反陸上民的存在であって、陸上民による海上民への支援すらも反対してボランティアに対しても容赦はありません。
もう一人は星川ユイという女性です。本書冒頭で少女だったユイが、後にDSRD(深宇宙開発協会)に勤務し、無人宇宙船「アキーリ号」の開発に携わります。
そして三人目は、アニス・C・ウルカという女性です。≪調和の教団≫の祭司を務めていて、民間の救援団体で働いています。
彼ら三人の行動を三人それぞれの視点で描きながら、青澄を中心として物語は展開します。
心の奥底に憎しみを抱きつつ生きているザフィール、宇宙で生き延びる人類の未来を信じるユイ、そして宗教を根底に持ちながら人間を信じようとする宗教人アニス、それぞれの生き方をダイナミックに描き出してあります。
青澄は、民間の支援団体パンディオンの理事長として来るべき≪大異変≫に向けてできるだけのことをするために、人工知性体のマキの力を借りつつ働いていますが、何とかザフィールとの和解を望んでいますが、なかなか心を開いてくれません。
また、NODEという政府連合組織が新たな武器を開発したりと、青澄の努力は報われない場面が多々あるのです。
そんな青澄を始め、来るべき災厄を乗り越える人類の未来を信じ、ただひたすらに努力し、逞しく生活していく人類の姿は感動的ですらあります。
『深紅の碑文』の感想
本書『深紅の碑文』は、第32回日本SF大賞を受賞した著者上田早夕里の『華竜の宮(上・下)』の続編です。
著者上田早夕里の『オーシャンクロニクル・シリーズ』という壮大なシリーズに位置づけられる作品であり、最長でも五十年の後には起こると予測される、再びの大規模な地殻変動≪大異変≫に対し、人類が全力で立ち向かう様を描いている長編小説です。
本書の特徴の一つに、それぞれの立場を十分に考慮した描き方がされていることを挙げるべきでしょう。
憎しみ優先のザフィールや、利己的な利益を追求する組織として敵役的な立場にあるNODEですら、その存在意義を丁寧に示してあり、それぞれの行動を、それぞれの存在意義に基づいた意味のある行動として描かれています。
この世界全体としてのシステムがよく考えられており、各組織がこの世界の中できちんと位置付けてあるからこその意義づけが為されていると思われます。
そうした作者の姿勢がこの物語の世界観の構築にとても役立っていて、読み手が安心して物語の世界に浸れる一因となっていると思うのです。
先に述べた『オーシャンクロニクル・シリーズ』は、まだまだ書かれ始めたばかりのようです。これから先、人類はどうなるのか、大いなる期待をもって続巻を待ちたいシリーズです。
このについては、本書『深紅の碑文』の著者上田早夕里の公式ブログに詳しく紹介してあります。
近年、SF作品をあまり読まなくなったので選択の範囲が狭いのですが、本書のようなスケールを持ったSF作品はあまり無いと思われます。
それでも、近年のSFから選ぶとすると小川一水の『天冥の標』という作品を挙げることができると思います。全十巻という大作で、SFの様々な要素の詰まった作品です。
こうした作品を読むと、日本のSFもなかなか頑張っていると思わざるを得ません。かつて熱中したSF作品を再度読んでみようかとも思っています。