上田 早夕里

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日本SF大賞受賞作家、上田早夕里の真骨頂!妖しくも宝石のごとく魅力を放つ珠玉の傑作短編集!!人工知性、地下都市、パラレルワールド、人の夢―あなたの想像を超える全10編を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

人間の体に対する改変を中心に、「異形のもの」という存在を見据えて、ホラーから恋愛小説までを描いた全十編からなる短編集です。

目次

夢みる葦笛 / 眼神 / 完全なる脳髄 / 石繭 / 氷波 / 滑車の地 / プテロス / 楽園 / 上海フランス租界祁斉路320号 / アステロイド・ツリーの彼方

 
「夢みる葦笛」では、心に染み入る音楽を聞かせてくれる、頭がイソギンチャクのようにになった人たちが登場するホラー作品で、「眼神」は、幼なじみに憑依した何者かを落とそうとする主人公の話であり、ホラーではありませんがホラーチックな、しかし哀しみを帯びた作品です。

「石繭」は電柱の先端にはりついた白い繭について描くショートショート、そして「プテロス」は主人公の生物学者が片利共生する異星の飛翔体生物との共生の様子が描かれています。

また「滑車の地」は、泥の海に立つ幾本もの塔で生きる人々の暮らしを、イマジネーション豊かに描き出す、私の好きな作品の一つです。

 

そして人体の改変をテーマにした作品群があります。

人間の体を改変するとは言っても、例えばJ・ヴァーリイの『へびつかい座ホットライン』で描かれているような遺伝子レベルからの人体の改造という側面も否定できないものの、それよりは人間の意識面に焦点を当てていると思われます。

 

 

「完全なる脳髄」という短編は、人工の身体に生体脳に加えて機械脳をも持つ合成人間が、生体脳を複数個つなげれば普通の人間になれるのではないかと考え実行する話ですが、この話などは直接的な人体改造と共に、人間という存在を象徴する「意識」を獲得しようとする話です。

生体脳の獲得という言わばアナログな考えの先には、脳の中身、即ち“人間の情報”をとりこむという話になるのは必然です。それは、「楽園」という話で描かれるような、メモリアル・アバターという仮想人格に死んだ恋人の情報を注ぎ込むと、それはもはや一個の人格と言えるのではないか、という話になってきます。

そして、人工の身体を与えられ、代替現実システム(SR)などの技術を用いて人間の感覚をも備えた人工知性体についてはどのように評価すべきなのか、という問いにたどりつき、「氷波」「アステロイド・ツリーの彼方」のような短編が登場しているのです。

 

人間と人工知性体との話は、上田早夕里の抱えている大きなテーマでもあるらしく、この作者の日本SF大賞とセンス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞している大作『華竜の宮』にも人工知能が重要な存在として登場しています。

そこでの人工知性体は人間の極限の道具のような位置づけでありながら、その存在は殆ど人間に近いものを感じます。

 

 

こうした問題意識の先にあると思われるのが、アン・レッキーの『叛逆航路』というSF作品です。この作品には、戦艦搭載のAI人格が、捕虜となった人間の脳に上書きされた存在が登場してくるのですが、ここでの「AI人格」という言葉が曲者です。

もう「人間」の定義の問題に帰着しますが、「人格」を持ったAIは、最早、肉体こそ持たないものの、人間と同等の存在のような気がするのです。

こうなると、肉体は人間でありながら頭脳は人格を有したAIという存在は人間なのかという設問自体意味を為さないような気もしてきます。
 

 

数年前にジョニー・デップ主演で『トランセンデンス』という映画が公開されました。この映画は、テロリストに撃たれた科学者の意識を人工知能に移し替え、人工知能の中で生き返った科学者とその行いを描いた作品でした。

 

 

こうした問題提起を抱えた本書ですが、人間の「意識」の問題とは離れた作品もあります。例えば「上海フランス租界祁斉路320号」は、並行世界(パラレルワールド)ものであり、かつ歴史改変ものと言える作品で、人間の改変とはちょっと異なります。

蛇足ながら、この作品は、後に書かれる『破滅の王』と同じ「上海自然科学研究所」を舞台にしていて、『破滅の王』誕生のきっかけになった作品ではないかと思われます。

 

この作家も今後の作品からは目が離せない作家と言えそうです。

[投稿日]2018年09月30日  [最終更新日]2022年8月25日
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