冲方 丁

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骨灰』とは

 

本書『骨灰』は、2022年12月にKADOKAWAから400頁のハードカバーで刊行された長編のホラー小説です。

第169回直木賞の候補作となった作品ですが、特に序盤は少しの冗長さを感じるなど、全体としても私の好みからは少し外れた作品でした。

 

骨灰』の簡単なあらすじ

 

大手デベロッパーに勤める松永光弘は、自社の現場に関する『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た穴』というツイートの真偽を確かめるため、地下へ調査に向かう。異常な乾燥と嫌な臭いー人が骨まで灰になる臭いを感じながら進み、たどり着いたのは、巨大な穴が掘られた不気味な祭祀場だった。穴の底に繋がれた謎の男を発見し解放するが、それをきっかけに忌まわしい「骨灰」の恐怖が彼の日常を侵食し始める。(「BOOK」データベースより)

 

骨灰』の感想

 

本書『骨灰』は、大手デベロッパーのIR部に勤務するサラリーマンが、自社の開発する現場で見つけた祭祀場に絡んで何かに祟られるホラー小説です。

自社の開発現場で見つけた祭祀場でわけもわからずに為したある行為のあと、異常な出来事が頻発し、家族の命まで危うい状態へとなった男の姿が描かれています。

第169回直木賞の候補作となったほどに評価の高い作品ですが、個人的にホラーがあまり好きではないということもあってか、今一つ感情移入できずに終わってしまった作品でした。

 

ちなみに、蛇足ではありますがIRという言葉がよく分からないために調べてみたところ、IRとはInvestor Relations(インベスター・リレーションズ)のことであり、「企業が株主や投資家向けに経営状態や財務状況、業績の実績、今後の見通しなどを広報するための活動」を意味するそうです( SMBC日興証券 IRとは : 参照 )。

 

主人公は、彼の会社の建築現場で「火が出た」などの悪印象を与えかねないツイートの真偽を確かめるために、その現場の地下へと調査に向かいます。

本書冒頭では、この地下へ向かう様子が語られているのですが、その様子がいかにもホラー小説です。

主人公は、極端に乾燥した空気とともにとてつもない高温で焼かれた後の灰のようなものが降っている穴の階段を、限りなく下りていきます。

やっとたどり着いた空間は、同じく灰のようなものが広がっている二十メートル四方もあろうかという広さで、SNSの画像と同じ数メートル四方の縦坑や注連縄と紙垂の設置された祭壇があったのです。

そしてその縦坑にいた鎖でつながれた男を連れて地上へと戻った主人公は、その後自分のマンションでも異常な出来事に見舞われることになるのでした。

 

登場人物としては、本書の主人公が松永光弘、二人目の子を妊娠している妻は美世子、まだ幼い一人娘の咲恵といいます。

また、地下にあった祭祀場を管理する玉井工務店の社長が玉井芳夫、副社長兼管理長が玉井孝治、もう一人の管理長が荒木奏太、さらに孝治の息子で社員の玉井健一がいます。

そして、主人公の会社の社員で物語上重要な役目を果たしているのが現場所長の菅原研人です。

 

本書『骨灰』では、建築現場の地下に封じられていた「何か」を開放してしまったらしい主人公の松永の苦境が語られているのですが、今一つのめり込めませんでした。

それは多分、私のホラー作品に対する好みに由来しているのでしょう。

今まで面白いけれど本当に怖いと思った作品が貴志祐介の『黒い家』という作品であり、リアルすぎて現実的な恐怖を感じ、その後はあまりこの手の作品は読まなくなったように思います。

一方、スティーブン・キングの『IT』(文春文庫 全四巻)のような作品はホラーとはいっても単なる即物的な驚きであり、和製の心理的恐怖を描いた作品とは異なりエンターテイメント小説として面白く読んだものです。

結局は、エンターテイメント小説としての面白さを持っているか、ということであって、日本の心理的恐怖を描いた作品は個人的には楽しめないのです。

 

 

本書『骨灰』の場合は、日本的な心理的恐怖ではなく、地下から解放された「何か」を、どちらかというと西洋の怪物を扱ったホラーのように即物的なクリーチャーのような存在として捉えていると感じたのです。

本来であれば、日本的な土着の禍つ神のもたらす恐怖としてそれなりに恐い作品になるかと思えたのですが、描き方がクリーチャー的だったのです。

ネットを見る限りは、そう感じた人はあまりいないようです。

 

ただ、そうであれば本来は私の好みとしてもっと好感を持ってもいい筈です。

冲方丁の作品であれば、もっとエンタメ性の高い作品の筈だと思うのですが、残念ながら本書はそうは感じなかったということです。

[投稿日]2023年08月28日  [最終更新日]2023年8月28日
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