『真夏の雷管』とは
本書『真夏の雷管』は『北海道警察シリーズ』の第八弾で、2017年7月に刊行されて2019年7月に419頁で文庫化された、長編の警察小説です。
若干冗長な印象はあったものの、サスペンス感満載のストーリー展開はやはり読みごたえのある作品でした。
『真夏の雷管』の簡単なあらすじ
夏休み。鉄道好きで“スーパーおおぞら”に憧れる僕は、ある日出会った男性に小樽の鉄道博物館へ連れて行ってもらえることに。最高の夏になると信じていたのに、こんな大ごとになるなんてー。生活安全課の小島百合は、老舗店で万引きした男子小学生を補導した。署に連れて行くも少年に逃げられてしまう。一方、刑事課の佐伯宏一は園芸店窃盗犯を追っていた。盗まれたのは爆薬の材料にもなる化学肥料の袋。二つの事件は交錯し、思わぬ方向へ動き出す。北海道警察シリーズ第八弾。(「BOOK」データベースより)
生活安全課少年係の小島は、模型の専門店で工具を万引きした少年を補導しますが、連れて行った警察署でちょっとした隙に逃げられてしまう。
その少年の身元はすぐに判明するものの、母親は育児放棄ともいえる態度であり、少年の保護もままならずにいた。
一方、佐伯と新宮は通報で藻岩山の麓にある園芸店へとやってきていた。話を聞くと、どうも硝酸アンモニウムが無くなっているらしい。
硝安は爆弾の原料ともなる薬品であり、普通の窃盗事件とは異なる感触を得、周辺の地取りを行う佐伯たちだったが、その結果一台の不審な車の情報を得るのだった。
『真夏の雷管』の感想
本書『真夏の雷管』は、『北海道警察シリーズ』の第八弾となる長編作品です。
北海道警察札幌方面大通署刑事三課所属警部補の佐伯宏一と同巡査新宮昌樹のコンビが担当する硝安(硝酸アンモニウム)窃盗事件と、同生活安全課巡査部長の小島百合が担当した少年による万引き事件とがしまいには一つの事件へとまとまっていきます。
今回は北海道警察本部機動捜査隊の巡査部長津久井卓の出番はほとんどないと言ってもいいかもしれません。
本書『真夏の雷管』のシリーズ内の物語の構造としては第三話『警官の紋章』のストーリー展開と似ているという印象を持ちました。
『警官の紋章』でも、全く無関係と思われていた事件が一つの事件に纏まっていき、四人の活躍により終盤のイベントでの事件を阻止するという構造を持っているのです。
といっても、『北海道警察シリーズ』では、まずは無関係と思われていた複数の事件が一つの事件へと収斂するなかで、佐伯宏一と新宮昌樹、小島百合、それに津久井卓というシリーズ中心メンバーの活躍が語られるという構造が基本です
つまりこの構造は本シリーズを通しての構成でもありますから、この点だけでは類似点は言えないでしょう。
ただ、加えてクライマックスでのイベントでのより大きな事件の発生を阻止するという構造まであるところからの印象です。
基本的に本『北海道警察シリーズ』ではサスペンス感がうまく醸成されていて飽きることはありません。
ただ本書『真夏の雷管』においては、佐伯たちの序盤の捜査状況など、若干ですが冗長な印象がありました。
佐伯たちが臨場した現場で盗まれた硝安という肥料が簡単に爆薬をつくることができる材料であり、現在爆弾犯の模倣犯と思われる人物が逮捕されていないところからこの窃盗事件の危険性を感じ取ります。
この窃盗事件の捜査の過程で現場付近の聞き込みや、浮かび上がってきた不審な車の捜索など、実際の捜査もこうだろうと思わせるほどに緻密に描き出されるその様子が少々長く感じられたのです。
ただ、この緻密な捜査の描写は少年係の小島の活動でも同じであり、その描写を冗長に感じても良さそうです。
小島は部下の吉村と共にその店名にも拘らず模型の専門店である「溝口煙管店」で工具を万引きした水野大樹という少年を補導しますが、警察署まで連れて行ったもののちょっとした隙に逃げられてしまいます。
少年の行方を捜すなか、小島が少年の保護観察官の尊大な態度に接したときに瞬時に質問の中身を変えるなどの描写は、いかにも有能な捜査員ならばそうしそうな態度であり、このような描写こそが物語の真実味を増すのだと思ったものです。
つまり、佐伯の捜査を描くなかでの緻密な描写を冗長と感じたことは、読み手の気分、体調などによりそうした細かな描写の受け取り方が違ってくるのではないかと思えたことでした。
そうした観点であらためて小島についての描写を見ると、育児放棄が疑われかねない母親の態度が描かれていて、どのようにも取れそうな母親の態度は作者の意図ではないかとも思えてきました。
話は変わりますが、本書の『真夏の雷管』というタイトルが良い、と最初にこのタイトルを見たときから感じていました。
「雷管」という普段の生活に馴染みのない単語が、「真夏」というありふれた日常の言葉と結ばれることで、何となくの郷愁、詩情を感じるのは私だけでしょうか。
本書の続編である『雪に撃つ』という言葉も興味をそそりますが、『真夏の雷管』というタイトルはそれだけで本を手に取りたくなります。
こう書いていたら、ネット上に「佐々木譲の新作はタイトルだけで読みたくなる」という題の一文がありましたが、タイトルについての言及は殆どありませんでした( デイリーBOOKウォッチ : 参照 )。
結局、本書『真夏の雷管』は、佐々木譲の作品らしくサスペンス感はやはり満載であって、その中でのストーリー展開が読みごたえのあるものでした。