本書『三体Ⅲ 死神永生』は、新刊書で上下巻合わせて880頁近くにもなる『三体シリーズ』第三部の長編のSF小説です。
個人的な好みは別として、第一部、第二部にも勝るSFとしての醍醐味を味わうことができる一冊です。
『三体III 死神永生』の簡単なあらすじ
圧倒的な技術力を持つ異星文明・三体世界の太陽系侵略に対抗すべく立案された地球文明の切り札「面壁計画」。その背後で、極秘の仰天プランが進んでいた。侵略艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送る――奇想天外なこの「階梯計画」を実現に導いたのは、若き航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)。計画の鍵を握るのは、学生時代、彼女の友人だった孤独な男・雲天明(ユン・ティエンミン)。この二人の関係が人類文明の――いや、宇宙全体の――運命を動かすとは、まだ誰も知らなかった……。
一方、三体文明が太陽系に送り込んだ極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)は、たえず人類の監視を続けていた。面壁者・羅輯(ルオ・ジー)の秘策により三体文明の地球侵略が抑止されたあとも、智子は女性型ロボットに姿を変え、二つの世界の橋渡し的な存在となっていたが……。全世界でシリーズ2900万部、日本でも47万部。壮大なスケールで人類の未来を描く《三体》三部作、堂々の完結篇。(上巻 : Amazon 紹介文 )
帰還命令にそむいて逃亡した地球連邦艦隊の宇宙戦艦〈藍色空間〉は、それを追う新造艦の〈万有引力〉とともに太陽系から離脱。茫漠たる宇宙空間で、高次元空間の名残りとおぼしき“四次元のかけら”に遭遇する。〈万有引力〉に乗り組む宇宙論研究者の関一帆は、その体験から、この宇宙の“巨大で暗い秘密”を看破する……。
一方、程心(チェン・シン)は、雲天明(ユン・ティエンミン)にプレゼントされた星から巨額の資産を得ることに。補佐役に志願した艾AA(アイ・エイエイ)のすすめで設立した新会社は、数年のうちに宇宙建設業界の巨大企業に成長。人工冬眠から目覚めた程心は、羅輯(ルオ・ジー)にかわる二代目の執剣者(ソードホルダー)に選出される。それは、地球文明と三体文明、二つの世界の命運をその手に握る立場だった……。SF最大の賞ヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した『三体』に始まり、全世界に旋風を巻き起こした壮大な三部作、ついに完結。(下巻 : Amazon 紹介文 )
『三体シリーズ』第三部『三体Ⅲ 死神永生』の主な主な登場人物
程心(チェン・シン/てい・しん) 航空宇宙エンジニア 執剣者
艾AA(アイ・エイエイ/あい・えいえい) 星間グループCEO
雲天明(ユン・ティエンミン/うん・てんめい) 「階梯計画」の任務執行者
トマス・ウェイド もと国連惑星防衛理事会戦略情報局(PIA)長官
羅輯(ルオ・ジー/ら・しゅう) もと面壁者・執剣者
関一帆(グァン・イーファン/かん・いっぱん) 〈万有引力〉乗員 宇宙論研究者
智子(ヂーヅー/ちし/ともこ) 智子(ソフォン)に制御される女性型ロボット
本書『三体III 死神永生』の冒頭に三頁程を使って簡単に第二部までの流れをまとめてあります。それをさらに簡単に括ると以下のようになります。
葉文潔が発信したメッセージを受信した三体世界は、地球文明へ侵略するために大艦隊を送り出した。
同時に、十一次元の陽子を改造した光速での航行が可能な超小型コンピュータの智子(ソフォン)を送り込む。
智子は、人類科学の基礎研究に入り込み結果を操れるばかりか、量子もつれ効果を利用した即時通信で地球の現状をリアルタイムで三体世界に知らせていた。
三体世界は三体文明に協力的な地球三体協会を組織し、地球文明侵略の準備をしていたが、何とかこの協会を殲滅する。
監視機構として智子が送り込まれていた人類は、智子が認知できない人類の頭の中の考えだけで対応すべく、面壁計画を立案し、四人の面壁者が選定された。
面壁者の中で全く無名の羅輯(ルオ・ジー)は、二百年の人工冬眠から蘇生し、起死回生の“呪文”によって、三体世界からの脅威を取り除くのだった。
以上のように第二部までで面壁者・羅輯の意外な活躍で三体世界の侵略を寸前のところで回避した地球文明だったが、この面壁計画とは全く別にとある計画が進んでいた。
それが三体艦隊へ向けた探査機の発出であり、「人類をひとり敵の心臓に送り込む」ことだった。
『三体III 死神永生』の感想
第一部『三体』も第二部『黒暗森林』も、実にSF小説らしいアイデアに満ちていて非常に面白く読んだ作品でした。
ところが本書第三部『死神永生』は、その第一部、第二部以上に驚きのアイデアが示されているSF小説らしい小説だったと言えます。
簡単にみても、宇宙船の速度を光速の一%まで上げるための方法や、宇宙戦艦〈藍色空間〉や〈万有引力〉が遭遇した四次元空間、そして兵器としての二次元カードなどがあります。
また、時間と空間の外にあるキューブと悠久の時の流れを扱っているのですが、こうしたアイデアの紹介はネタバレになりかねないので詳しくは書けないのがもどかしく感じるほどです。
このように、第三部『死神永生』は第一部や第二部にも増したアイデアが詰まっています。
この点については本書のあとがきで訳者の大森望氏も書いていますが、作者の劉慈欣自身が第三部はSF小説のファン、またハードコアファンである自分自身のために書いた、と言っているようなハードコアSF小説です。
例えば、スケールの大きい名作SF小説と言えば必ず例にあがるのがアーサー・C・クラークの『都市と星』や、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』だと思うのですが、それらの作品を超えたスケールで展開します。
このように、思いもかけないアイデアで物語が壮大に展開するのはいいのですが、本書のSF的なアイデアを十分に使ったクライマックスは、私の好みとはまた異なる終わり方でした。
個人的にはこれまでの第一部、第二部で進められてきた物語の終わりかたとしては中途半端であり、それまでの物語の運びに整理がついていません。
結末にいたるまでに進んできた個々の登場人物のその後の成り行きなどが不明なのです。
また、本書『三体Ⅲ 死神永生』では冒頭から意味深な過去の挿話があります。また三体のゲーム内での話かと思っていたらそういう示唆は全くありません。
結局、そのまま現代の話へと移行して本編が始まったのはいいのですが、その挿話の持つ意味や、本編と前巻での話とつながらず、どのように読むべきなのか戸惑いがありました。
後で考えれば、前巻での話との直接のつながりはなかったので、私の戸惑いも当然ではあったのですが、もう少し読み手にやさしく書いてあれば、との思いは抱きました。
ただ、そうは言っても、良く読みこんでいけば本書と第二巻での話との直接的なつながりはないことは書いてあったのですから、私の難癖に近いのかもしれません。
この点は、本書が大長編である上に、前巻を読んでから半年以上が経っているために内容をよく覚えていないのですから、冒頭にこれまでのあらすじが載っているのは助かりました。
念のために書いておきますが、本書『三体Ⅲ 死神永生』の結末はそれはそれとして実にSF的であって満足できる出来栄えです。
また、本書が物語として筋が通っていないなどというのでもありません。本書は本書としてきちんと理屈は通っています。
ある場面での状況を書くことは即ちネタバレになるので例としても殆ど書けませんが、ただ、結末のつけ方が私の好みではないのです。
話は変わりますが、『三体』三部作では年代表記として、共通紀元(西暦)から危機紀元へと紀年法を改めたことになっています。その後大きな事件ごとに元号が変わり、以下抑止紀元、送信紀元などと変化していきます。
ちょっと考えると、西暦のままに通した方が分かり易いのに何故わざわざ元号制をとったのか疑問でした。
しかし、本三部作では歴史の重大事件ごとに物語が綴られ、それ以外の時間は冷凍睡眠状態でいます。
とすれば、事件ごとの年代で十分であり、西暦での年代表記はそれほど意味がないのです。特に本書に至ってはその感を強くした次第です。
また、物語の主な登場人物が中国人であり、若干名前などで混乱することもありましたが、それは中国人の書いた小説ですからあたり前のことであり、その点を言う方がおかしいことになります。
そしてもう一点、本書『三体Ⅲ 死神永生』では物語の途中である登場人物が作った童話、そしてその解釈が重要な意味を持ってきます。
ここでの解釈の仕方が、ある種思考ゲームにも似て盛り上がります。そういう意味でも本書は魅力的で、様々な顔を見せてくれると思います。
結局、本書『三体Ⅲ 死神永生』はあまりに壮大な物語であり、ストーリーも決して単純ではないこと、描かれている内容がかなりコアな内容であり、SF小説に慣れていない人たちにとっては読みにくいのではないか、との危惧もありました。
しかし、現実にベストセラーになっているのですから、私の危惧の方がおかしいことになります。
それほどに魅力的な物語だということができるのでしょう。
是非の一読を勧める作品でした。