『流浪地球』とは
本書『流浪地球』は、大森実氏の訳者あとがきまで入れて312頁のハードカバーで2022年9月に刊行された、短編のSF小説集です。
大人気の『三体』の作者である著者劉慈欣の、『老神介護』と同時に出版された硬軟取り混ぜた短編集であり、そのアイディアのユニークさに驚かされた一冊でした。
『流浪地球』の簡単なあらすじ
●ぼくが生まれた時、地球の自転はストップしていた。人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築し、地球を太陽系から脱出させる計画を立案、実行に移す。こうして、悠久の旅が始まった。それがどんな結末を迎えるのか、ぼくには知る由もなかった。「流浪地球」
●惑星探査に旅立った宇宙飛行士は先駆者と呼ばれた。帰還した先駆者が目にしたのは、死に絶えた地球と文明の消滅だった。「ミクロ紀元」
●世代宇宙船「呑食者」が、太陽系に迫っている。国連に現れた宇宙船の使者は、人類にこう告げた。「偉大なる呑食帝国は、地球を捕食する。この未来は不可避だ」。「呑食者」
●歴史上もっとも成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」はバージョンを変え、進化を遂げた。酔っ払った作家がパラメータを書き換えた「呪い」は、またたく間に市民の運命を変えてしまうーー。「呪い5・0」
●高層ビルの窓ガラス清掃員と、固体物理学の博士号を持ち、ナノミラーフィルムを独自開発した男。二人はともに「中国太陽プロジェクト」に従事するが。「中国太陽」
●異星船の接近で突如隆起した海面、その高さ9100メートル。かつての登山家は、単身水の山に挑むことを決意。頂上で、異星船とコミュニケーションを始めるが。「山」(内容紹介(出版社より))
目次
『流浪地球』の感想
本書『流浪地球』は全部で六編の短編小説が収納されたSF作品集です。
大森実氏による訳者あとがきには、著者劉慈欣自身による海外出版用に編まれた代表作選集と考えても、そう的はずれではないだろう、とありました。
代表作選集という意味では、正確には本書と同時出版された『老神介護』という五編からなる短編集と合わせて十一編が選ばれているということです。
作者の劉慈欣と言えば、アジアから初のヒューゴー賞受賞作品としても知られている『三体』(全六巻)の著者として一気に名が知られるようになりました。
ただ、本書所収の作品の中にはその三体』のハードSFぶりからすると意外という他ない「呑食者」のような驚きの作品もあります。
その流れは姉妹作品の『老神介護』ではさらに明確に表れていて、表題作の「老神介護」などは哀しみにあふれた喜劇というべき内容です。
つまりは劉慈欣という作家の多方面にわたる能力が発揮されたSF的アイディアに満ちた作品集だということができるのです。
とはいえ、やはり劉慈欣の本領が発揮されていると言えるのはハードSFの側面だと思われ、その代表的な作品として表題作となっている第一作「流浪地球」が挙げられると思います。
その発想自体が迫りくる地球の危機に際し、地球そのものを宇宙船と見立て、太陽系から移動させるというものです。
ただ、地球そのものを異動させるというアイディアはこの作品が最初ではなく、私が子供の頃に見た映画ですでに地球を異動させる作品があったのを思い出していました。
その作品のタイトルは覚えてはいなかったのですが、本書『流浪地球』の解説でその映画にも触れてありました。
それは「妖星ゴラス」という映画であり、地球に衝突するコースで迫りくるゴラスと名付けられた惑星(?)から地球自体に北極だか南極だかにエンジンを装備して回避するというものだったと思います。
子供ながらに特撮技術の稚拙さを感じたように覚えていますが、それでもなおSF好きだったこどもの心を騒がせたものでした。
本書の「流浪地球」は、太陽が実際地球を動かすとしたら考えられる事象を取り上げ、四十年以上をかけて地球の自転を止めたりと、まさに劉慈欣ならではのハードSFとして読みごたえのある作品として仕上がっています。
第二話の「ミクロ紀元」にしても同様で、そのアイディアの突飛さは類を見ません。ただ、
その突飛さはハードSFというよりはコメディと言っても通りそうなレベルであり、単純に描かれている状況を楽しめばいい作品だと思います。
前出の第三話「呑食者」も半分冗談のような設定です。
地球をすっぽりと囲むほどに巨大な宇宙船で地球の資源の全てを食い尽くす宇宙人が現れ、地球の運命は風前の灯火となっています。
その先触れ役は身長が十メートルにもなる大きなトカゲとも言えそうで、その外見から大牙と呼ばれるようになった存在は自分たちの歴史を説いて聞かせるのでした。
この話も前の第二話と同様にラストにほんの少しだけの未来をのぞかせています。
第四話「呪い5・0」は、まさにコメディ作品です。
ハードSF作家としての劉慈欣の別な側面を見せてくれる作品で、人間の愚かさをユーモアに包んで示してくれます。
最初は“チャビ”という特定の人間に対して書かれた「くたばっちまえ、チャビ!!!!!!」という一行を一回だけ表示するウィルスだったのですが、それが、次第にバージョンアップされていきます。
第四話「中国太陽」は、宇宙で活躍する高層ビルの窓拭きたちの話で、再び劉慈欣らしいハードSFになっています。
第五話「山」もまた、とんでもないアイディアをもとにした宇宙人来襲を描いた作品です。
宇宙人と話すことになるのが一人の登山家でありその対話の場所設定も突拍子もないのですが、そこで語られる宇宙人の話がこれまで聞いたこともないようなアイディアの話になっています。
ここでのアイディアは、先にも書いた『老神介護』の「彼女の眼を連れて」や「地球大砲」の発想と少しだけ似ている、と言えるかもしれません。
本書全編を通して、そのアイディアの自在さからどことなく小松左京の作品集を思い出していましたが、読み終えてみるとやはり異なるようです。
劉慈欣の発想はある意味小松左京以上と言えるかもしれず、ただ、小松左京のほうが社会的な視点が加味されているように思えます。
優劣の話ではなく個性の話であって共に素晴らしいSF作家であり、叶わない願ではありますが両作家の対談を聞いてみたいと思いました。