劉 慈欣

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本書『三体Ⅱ 黒暗森林』(上・下)は、中国発のSF小説『三体シリーズ』の第二部にあたる長編小説です。

当初、上巻の読み始めでは、第一部『三体』に比して物語世界の構築が普通であり、SFらしい小道具もあまりなく面白味に欠けるなどの印象を持っていました。

しかし、上巻を読み終えるときには下巻を読むのが待ち遠しいほどになっており、そして下巻を読み終えた今では久しぶりのSFらしいSFを読んだ感動に浸っています。

 

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理”を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは? 中国で三部作合計2100万部を突破。日本でも第一部だけで13万部を売り上げた超話題作〈三体〉の第二部、ついに刊行!(上巻 : Amazon 紹介文 )

三体世界の巨大艦隊は、刻一刻と太陽系に迫りつつあった。地球文明をはるかに超える技術力を持つ侵略者に対抗する最後の希望は、四人の面壁者(ウォールフェイサー)。人類を救うための秘策は、智子(ソフォン)にも覗き見ることができない、彼らの頭の中だけにある。面壁者の中でただひとり無名の男、羅輯(ルオ・ジー)が考え出した起死回生の“呪文”とは&? lt; br&/gt; 二百年後、人工冬眠から蘇生した羅輯は、かつて自分の警護を担当していた史強(シー・チアン)と再会し、激変した未来社会に驚嘆する。二千隻余から成る太陽系艦隊に、いよいよ出撃の時が近づいていた。< br&/gt; 一方、かつて宇宙軍創設に関わった章北海(ジャン・ベイハイ)も、同じく人工冬眠から目醒め、ある決意を胸に、最新鋭の宇宙戦艦に乗り組むが……。< br&/gt; アジアで初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた現代中国最大のヒット作『三体』待望の第二部、衝撃の終幕!(下巻 : Amazon 紹介文 )

 

 
『三体シリーズ』第二部『三体Ⅱ 黒暗森林』の主な主な登場人物
 
羅輯(ルオ・ジー/よう・ぶんけつ) もと天文学者 社会学の大学教授
荘顔(ジュアン・イエン/そう・がん) 中国画専攻の学生

史強(シー・チアン/し・きょう) 羅輯の警護担当。元警察官。通称・大史(ダーシー)
章北海(ジャン・ベイハイ/しょう・ほっかい) 中国海軍空母艦長
常偉思(チャン・ウェイスー/じょう・いし)  宇宙軍司令官

フレデリック・タイラー 元米国国防長杏 面壁者
レイ・ディアス     前ベネズエラ大統領 面壁者
ビル・ハインズ     科学者、元欧州委員会委員長 面壁者

 

本書『三体Ⅱ黒暗森林』は、前巻『三体』にも増して読者を興奮の坩堝に放り込んでくれる作品でした。

つまり、本書は基本的にハードSF小説として分類される多様な未来の技術に関する描写をも詳細に織り込んでいる小説です。

でありながら、ある面ではスペースオペラタッチの派手な活劇場面があり、また未来社会の様子を描くユートピア小説の一面も見せています。また、そこから一転、ディストピア小説へ変移しながら、小松左京の作品ような未来社会の体制までをも織り込んだ、非常に多面的な内容となっているのです。

 

シリーズ第二部の本書『黒暗森林』の中でもまた第一部から第三部まであります。

その第一部「面壁者」では、人間の脳内だけが「智子(ソフォン)」にも探知不可だとして人類の運命を四人の面壁者(ウォールフェイサー)に託すこととします。

第二部「呪文」に入ると、四人の面壁者の行動が描かれますが、良くも悪くも羅輯の呪文だけが不明のまま残されます。

第三部「黒暗森林」に入るとこの物語の様相が一変し、この壮大な物語が一応の結末を見ます。

こうして『三体Ⅱ 黒暗森林』は七百頁近くのボリュームを有する上下二巻の作品でありながら、だれることもなく読者の関心を維持させたまま、より興味を掻き立てながら進行していくのです。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』でもSF小説の魅力の一つであるガジェットが満載です。

その一つとして、まるでエヴァンゲリオン搭乗員の乗るエントリープラグのような液体呼吸の仕組みがあります。この技術自体は現在既に開発されていて、「液体呼吸」という名で調べるとすぐに見つかります( Discovery : 参照 )。

また、第一巻から登場している「智子」のようなテクノロジーの粋の一つとしてある「人工星間雲」というものも登場します。恒星型水素爆弾の爆発により拡散された油膜物質から形成される星間雲であり、太陽の直系よりも大きなナノ粒子として展開されるのです。

気になった言葉(訳語)として「大峡谷」という言葉が出てきます。羅輯が冬眠している間に訪れた、とてつもない経済危機を指す言葉として訳者が選んだそうです。ちょっとわかりにくかったので書いておきます。

 

本書『三体Ⅱ 黒暗森林』という物語の中で最も重要な位置を占めるのが、羅輯によって示される宇宙文明における二つの公理です。

それは「その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。」というものです。

この公理は現在の私たちの世界を示しているようでもあって、どうにも心の底から納得できる公理だとは思えず、その論理的な必然として本書の展開に結びつくものなのかは疑問があります。

本書『黒暗森林』の「解説」で日本在住の中華人民共和国の推理作家の陸秋槎氏は、「劉慈欣は複雑な問題を二項対立に単純化することが得意」だと書いておられます。

ここらを手掛かりにこの論理を論破できそうな気もするのですが、私には無理のようです。

 

それはともかく、本シリーズ第二部の本書『黒暗森林』では、三体世界による地球侵攻を控え三体世界の高度なテクノロジーが描かれ、それに対して地球における四人の面壁者により展開される技術的にも壮大な仕掛けが示されるなど、SFとしての魅力にあふれた物語となっています。

その過程はある種のミステリアスな展開であり、そういう意味でも読者の関心は最後まで失われることはありません。

[投稿日]2020年08月14日  [最終更新日]2020年8月14日
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