本書『高校事変』は、文庫本で427頁の『高校事変シリーズ』第一巻の長編アクション小説です。
驚異的な身体能力を持った女子高校生を主人公とする物語で、アクションエンターテイメント小説としてかなり面白く読んだ作品です。
『高校事変』の簡単なあらすじ
優莉結衣は平成最大のテロ事件を起こし死刑となった男の次女。彼女が通う武蔵小杉高校を総理大臣が訪問することになった。だが、突如武装勢力が侵入。総理が人質にとられそうになる。結衣は幼い頃から身につけた化学や銃器の知識を使い、次々と襲ってくる武装勢力に対抗するが…。武装勢力の真の要求は?そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは?日本という国家の「闇」を暴き出すバイオレンス文学!(「BOOK」データベースより)
神奈川県立武蔵小杉高校を八幡嘉寿郎総理が訪問してきた。国民的ヒーローである田代勇次のいる武蔵小杉高校への訪問が支持率回復のために有効だと判断したのだ。
ところが、総理が訪問しているときに、米軍特殊部隊そっくりの迷彩服に防弾ベストなどを装備したテロリストが襲ってきた。
とっさに、教師の溝鹿に先導され、警護の錦織警部と共に用具室に隠れた八幡嘉寿郎総理だった。
危険人物の結衣を総理大臣に近づけないよう四階の地理歴史教室に隔離されていたためにテロリストからの拘束から免れた優莉結衣は、すぐに友人の濱林澪を避難させ、反撃を開始するのだった。
手近にあったナトリウムなどを利用してプールで大爆発を起こしたり、テロリストらが持ち込んだ車載式の短距離地対空ミサイルやガトリング砲などの電子機器を無効化させたりと、その知識をフルに使い対抗する結衣だった。
そして結衣らが校内の様子を外部に知らせた結果、政府は柚木国務大臣の指示のもと強行突入を決定するのだった。
『高校事変』の感想
本書の主人公は神奈川県立武蔵小杉高校二年に在籍する優莉結衣(ゆうり・ゆい)という女子高校生です。
結衣の父親は、「平成最悪のモンスター」と呼ばれ、世の中を震撼させたテロリストである優莉匡太(ゆうり・きょうた)という男です。
数々の犯罪行為に手を染め、武装した彼のグループは、最後は警察の捜査をかく乱するために銀座のデパートでサリンを散布し、死者十八人、負傷者七千人を出す大惨事を招いたのです。
恭太ら幹部十四人は平成最後の年に死刑が執行されましたが、彼の子供たちはその母親不明の子が正確な数さえも分からないままに取り残されました。
結衣は、父親やその仲間から様々な格闘技や人殺し、サバイバルの技術、それに武器の作成方法などの知識を叩き込まれて育ちました。
父の死後、母も分からない結衣は児童養護施設に引き取られ、人権保護団体らの世話もあって、何とか小・中学校を卒業し、そして今武蔵小杉高校の二年C組に在籍しています。
その結衣がいる学校へきた総理を襲ってきたテロリストを、結衣はその全能力を使って殲滅しようと活躍します。
そもそも、自分一人が助かればいいのであれば、彼女の能力を持ってすればテロリストに占領された学校からの逃亡など簡単なはずです。
しかし、結衣は逃げ出さずに友人の濱林澪を助けようと努力し、隠れていたその他の生徒や総理大臣を守り、SPの錦織警部と共に闘うことを選択するのです。
そのこと自体が、結衣のスーパーヒロインとしての役割であり、それができるだけの能力を持った人物として設定されています。
しかし、そもそも総理大臣を確保するために高校を襲撃し、そのために車載式の短距離地対空ミサイルやガトリング砲、携帯式の対空スティンガ・ミサイルなどを準備できるものかどうか疑問です。
加えて、そうした武器を操作できるだけの軍隊並みの練度を持った人材をこの日本で確保できるものなのか疑問です。
また、本書で登場するテロリストは殆どが半グレの若者たちであり、彼らが高校生を無差別に撃ち殺し、高校を占拠するというのですから、その設定自体があり得ないでしょう。
しかしながら、その荒唐無稽な設定が、作者松岡圭祐の豊富な知識、綿密な調査に裏付けられた緻密な描写のために、この物語世界でのリアリティを醸し出しています。
そうした荒唐無稽ではあってもそれなりの真実味を持っている世界観ですから、結衣のようなヒロインが魅力的に映るのでしょう。
ただ、半グレらの敵役や結衣を差別的に扱おうとする大人たちなどは、その描き方がステレオタイプな側面はあるかと思われます。
しかし、この手の純粋にアクションを楽しむジャンルの作品は、アクションを際立たせるための舞台設定としてはステレオタイプにならざるを得ず、ある程度舞台の簡略化は前提として読む必要があると思われます。
また、家族の愛や友情などという情緒面を剝奪された非人間的な能力を持つヒロインが、それでもなお友人に対する友情などの人間的な側面を見せてくるところもこのシリーズが人気が出ている原因だと思われます。
色々と書いてきましたが、そうした言葉など不要だと思わせられるほどに本書『高校事変』はアクションが突出しています。
アクションが強調されたハードボイルド小説としては大藪春彦の『蘇る金狼』などの作品がまずは浮かびます。
でも、大藪作品が銃と車の詳細な描写の上に魅力的なストーリーがあったのと異なり、本書はさらに緻密な描写は武器一般に広がり、さらに手近な物を武器として利用する知識に満ちています。
勿論、結衣の見せる体術もアクションの大きな要素でしょう。
とにかく、他のことは考えずにストーリーに浸り、単純にアクションを楽しむ物語だと言えます。