『顔に降りかかる雨』とは
本書『顔に降りかかる雨』は『村野ミロシリーズ』の第一弾で、1993年9月に講談社からハードカバーで刊行され、2017年6月に講談社文庫から496頁の新装版の文庫として出版された、ハードボイルドミステリー小説です。
著者桐野夏生のデビュー作であり、本作で第39回江戸川乱歩賞を受賞した作品ですが、微妙に私の好みからは外れた作品でした。
『顔に降りかかる雨』の簡単なあらすじ
これぞ桐野夏生の原点。江戸川乱歩賞受賞作!親友の耀子が、曰く付きの大金を持って失踪した。夫の自殺後、新宿の片隅で無為に暮らしていた村野ミロは、共謀を疑われ、彼女の行方を追う。女の脆さとしなやかさを描かせたら比肩なき著者のデビュー作。江戸川乱歩賞受賞!
親友のノンフィクションライター宇佐川耀子が、1億円を持って消えた。大金を預けた成瀬時男は、暴力団上層部につながる暗い過去を持っている。あらぬ疑いを受けた私(村野ミロ)は、成瀬と協力して解明に乗り出す。二転三転する事件の真相は?女流ハードボイルド作家誕生の’93年度江戸川乱歩賞受賞作!
どうぞ楽しいひと時を。 須賀しのぶ氏
個人的には、女性ならでは、とか、女性だからこそ、という表現はあまり好きではないのだけれど、この繊細な皮膚感覚とミロの再生、そして水の膜が一枚ずつ剥がれおちていくように真相に近づいていくミステリー展開の融合の見事さは、やはり女性にしかーーいや桐野さんにしかできないのではないかと思う(「新装版 解説」より)。(内容紹介(出版社より))
『顔に降りかかる雨』の感想
本書『顔に降りかかる雨』は、村野ミロという女性を主人公とした、『村野ミロシリーズ』第一作の長編のハードボイルドミステリー小説です。
本書の主人公は普通の一般人です。広告会社をやめ、貯金を食いつぶしていた毎日だったところで、成瀬により探偵もどきの行動をすることになっただけです。
つまり、恋人である筈の広瀬という男が預けた大金を持ったまま耀子が失踪したというのです。そこで、親友のミロが行方を知っているだろうと、広瀬と共に耀子の行方を探すことになります。
この主人公のミロは、夫を自殺という形で亡くしており、いまだその衝撃から抜け出すことができないでいる、普通の女性です。
とはいえ、理不尽な要求に対しては立ち向かうだけの向こうっ気の強さは持っており、また、父親譲りの調査業のうまさも持っているようです。
しかし、エンターテインメント小説としてみると、私の好みの物語とは微妙にずれています。それは多分物語のテンポだと思われます。
つまり、女性を主人公にした小といえば、大沢在昌の『魔女シリーズ』や月村了衛の『ガンルージュ』といった作品を思い出しますが、これらの作品とは明らかに物語のリズムが異なるのです。
本書『顔に降りかかる雨』の場合、人物の行動を緻密に描き出しているのですが、同時に心象をも丁寧に描写しています。
行為の客観面のみを描く厳密な意味でのハードボイルドの手法ではなく、主観面をも描写していく本書の描き方は、行動に伴うミロの内面に重きを置いているようです。
そのうえで、自分の信念はぶれることなく、信じるところに従って突き進むという生き方の意味でのハードボイルド小説と言えるでしょう。
ハードボイルド小説とはいえ、主人公のミロは腕っぷしが強いわけではありません。ともに行動することになる成瀬からはかなり暴力的な扱いも受けています。
それでもなお、ミロは自分自身のために、失踪した親友の耀子を探し続けますが、その過程でアクションが展開されることはありません。
ただ、耀子の恋人で会った広瀬と共に、または広瀬の目を出し抜いて新たな手掛かりを見つけ出し、そして意外な事実を見つけ出すのです。
決して派手な展開ではないこの物語は、私の好みにピタリと合致するものではありませんが、主人公のミロのこれからが妙に気になる物語でもあります。
続編を読んでみたいものです。