本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』は、『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』第二巻で、文庫本で269頁の連作の人情時代短編小説集です。
シリーズ第二巻目であり、主人公のお勝は勿論、ごんげん長屋の住人についても一通り様子が知れたあとの、楽しく読めた作品でした。
『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』の簡単なあらすじ
第一話 天竺浪人
文政元年(1818)十一月、目明しの作造が大森源五兵衛という浪人を探しにやってきた。その夜、大家の伝兵衛もまた作造が探している人物は沢木栄五郎ではないかと言うのだった。栄五郎は天竺浪人、つまり逐電をひっくり返してんじく、天竺浪人だというのだ。
第二話 悋気の蟲
火消し「れ」組の梯子持ちの岩造が持っていた手ぬぐいやお守り見つけた女房のお富が、どこの女のものだと焼もちを焼いて大騒ぎとなった。ところがその翌朝、今度は囲われ女のお志麻の家に白山の提灯屋「菊乃屋」の内儀が怒鳴り込んできた。
第三話 雪の首ふり坂
お勝は、冬だというのに質草の炬燵や掻巻などを取りに来ない錺職の芳次郎という岩木屋の客の様子を見に行った。芳次郎は病で寝付いていたが、お勝は芳次郎の最後の弟子だった沢市という職人から、芳次郎の妻と娘の死に絡む話を聞くのだった。
第四話 ゆく年に
おる日おたかが苦しみ始めた。お腹の赤ちゃんのこともあり、長屋の女たちが入れ替わり世話をすることになった。ところが、国松夫婦は子の弥吉も連れて長屋を出て行きたいと言い始めるのだった。
『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』の感想
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』も、全四編からなる長編と言っていい連作の短編小説集です。
第二巻ともなるとこのシリーズの雰囲気も少しは分かっており、お勝という主人公の性格、暮らしぶり、皆には知られていない過去、などの様子も分ってきています。
そうしたよく練られた人情話シリーズとして認知された前提で本書を読むことになりますが、それによく答えた作品だという印象です。
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』では、第一話の沢木栄五郎、第二話の岩造とお富夫婦、第四話の国松とおたか夫婦というごんげん長屋の住人の話があって、残りの一話が錺職の芳次郎という「岩木屋」の客の話です。
「第一話 天竺浪人」では、物語の始めはごんげん長屋の井戸端でのおかみさんたちの文字どおりの井戸端会議の場面から始まります。
こうした風景で、各家庭の内所の様子が垣間見え、庶民の生活を知らしめてくれています。
メインとなる話では沢木栄五郎が旧藩を逐電した理由が明かされます。タイトルの「天竺」は逐電という言葉からくる遊び言葉です。
同時に、貧しくて手蹟指南所に通えない、ごんげん長屋の住人のおたかの息子の弥吉の話や、岩木屋の妙な客、そしてお勝の幼馴染の近藤沙月がやってきたりもします。
「第二話 悋気の蟲」は、ごんげん長屋の二組の住人にからむ、女のヤキモチの話です。
一組は火消し「れ」組の梯子持ちの岩造とその女房のお富の物語で、もう一組は囲われ女のお志麻の話です。
岩造は江戸の町娘に大人気だった火消しであるがゆえの女房の悋気の話であり、お志麻は妾としての本妻からの悋気の話ですから、ともに仕方のない話ではあります。
本話では、お勝がいない間に建部家の用人の崎山喜左衛門がお勝の家を訪ねて来るということも描かれています。
「第三話 雪の首ふり坂」は、病で職人としての腕を振るえなくなった錺職の芳次郎の話です。
芳次郎の弟子の沢市から、芳次郎の妻子の過去の話を聞いたお勝でしたが、どうにも手の打ちようがありません。
師匠と弟子との心が通う話ではありますが、悲劇だとも言え、どうにもやるせない話です。
本話でも、左官の庄次や十八五文の薬売りの鶴太郎、貸本屋の与乃吉らが声をかけて出ていくと、井戸端の女らが「行っといで」と声を揃えて送り出します。
また、十二月八日は「事始め」といい、新年を迎える支度にとりかかる日だそうで、正月用の道具を取り出す習わしがあると記してありました。
本話などを読むと、『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』は、同じ作者金子成人の書く『付添い屋・六平太シリーズ』よりも登場人物の心象についてかなり細やかな表現をするようになっているように思えます。
痛快ものと人情ものとの差なのでしょうか。それとも、作者の作家としての経験の差なのでしょうか。
「第四話 ゆく年に」は、長屋の国松とおたか夫婦の話です。
いかにも助け合いの精神で生きている長屋暮らしの物語です。お腹が大きいおたかを皆で助けようというのです。
しかし、国松夫婦に三両の金が転がり込んだ時も、貧乏人の哀しさで持ち付けない金を持ったそのこと自体が夫婦の日常を狂わせてしまいます。
今回も似たようなもので、その三両の金はあるのに長屋の皆の世話になることの負担を覚えてしまいます。人の良さの表れでしょうか。
また、お勝の一場面として、字を教えていた弥吉との別れがつらくぐずるお妙にお勝が雷を落とす場面があります。その様子を、後にお琴が「落ちた」と一言告げる様子がほほ笑ましいし、細かな描写が一段をうまくなっていると感じました。
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【二】ゆく年に』は、前巻『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』以上に、人情時代劇としての魅力が詰まった一冊になっていました。