『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』とは
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第一弾で、2020年10月に双葉文庫から280頁の文庫書き下ろしで出版された連作の人情時代短編小説集です。
根津権現門前町にある「ごんげん長屋」を舞台に江戸の普通の庶民の生活が描かれる、心温まる物語でした。
『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』の簡単なあらすじ
岡場所で賑わう根津権現門前町の裏店、通称『ごんげん長屋』に住まうお勝は、女だてらに質屋の番頭を務め、女手ひとつで三人の子供を育てる大年増。情に厚くて世話焼きで曲がったことが大嫌いなお勝は『かみなりお勝』とあだ名され、周囲に一目置かれる存在だ。そんなお勝の周りでは、今日も騒動が巻き起こり―。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本が贈る、傑作シリーズ第一弾!(「BOOK」データベースより)
第一話 かみなりお勝
お勝が番頭を務めている質屋「岩木屋」は損料屋も営んでいた。今回も「紫雲堂松月」という菓子屋へ貸した塗り膳に疵を見つけ修理代の交渉へと赴くが、「紫雲堂松月」主人の妻おていは納得できないという。そのとき、こちらを見ている男児を見つけるお勝だった。
第二話 隠し金始末
ある日、ごんげん長屋の住人の弥吉とおたか夫婦のもとに、半年前に弥吉が拾った三両という金が払い下げになることとなった。ところが、持ちつけない金を握った弥吉夫婦は呆然とするばかりだった。
第三話 むくどり
お勝は、旗本の池本家から返してもらった刀の損料の交渉に行った帰り、口入屋「桔梗屋」の主人が旅姿のお末という娘を相手に困っている様子を見つけた。お末の兄の貞七が帰ってこないらしいが、貞七の奉公先があの池本家だというのだった。
第四話 子は宝
お勝の子の幸助が手蹟指南書で殴り合いの喧嘩をしてきた。お妙によると、幸助が相手に「捨子」と言われたというのだ。幸助やお琴は自分たちが「捨子」であったことは知っていたが、お妙は自分も捨子だったことを知らされて泣き出していまう。
そんなお勝は、ごんげん長屋の家主の惣右衛門が隠居である料理屋「喜多村」へ呼び出された。そこには旗本建部左京亮家の用人の崎山喜左衛門が待っていた。喜左衛門は、お勝が建部家を追い出された後のお勝の事情もよく知っているのだった。
『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』の感想
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は、全四編からなる連作短編小説集ではありますが、連作ものによくあるように、実際は長編と言ってもいい作品です。
本書の舞台は「岩木屋」という質流れ品を利用した損料屋も営んでいる質屋で、本書の主人公はこの「岩木屋」の番頭を務めているお勝という名の三十八歳の女性です。
男勝りのこの女性が、質屋、損料屋の「岩木屋」を訪れる客や、住まいの「ごんげん長屋」の住人達に巻き起こる様々な出来事に対処しながら、怒り、泣き、喜ぶ姿が描かれています。
「第一話 かみなりお勝」では本シリーズの紹介も兼ねて、岩木屋の質屋としての仕事よりも、質屋の質流れの品物を利用したレンタル業である損料屋としての仕事の紹介が主になっています。
菓子屋「紫雲堂松月」に貸した塗り膳に疵があったことからその損料の交渉へと行ったことからちょっとした人情話が語られます。
「第二話 隠し金始末」では、ごんげん長屋の住人の弥吉夫婦に思いもかけず転がり込んできた三両という金を巡る物語です。
普段持ち付けない大金を持った庶民の姿を描きだす小さな悲喜劇です。
「第三話 むくどり」は、帰らぬ兄を訪ねて一人江戸まで出てきた田舎暮らしの娘の悲しみをうまく描いてある作品でした。
また、お勝が困っている人を見ると口を出さずにはおられない人柄であることもよく分かります。
別の話として、お妙が自分だけ着物を仕立てて貰うことが納得がいかない様子もまた描写してあります。お勝の家庭が互いに助け合って暮らしていることが分かるエピソードでした。
ここで、「岩木屋」の主人の吉之助の妹のおもよが登場します。お勝の娘の七つになるお妙の七五三の帯解のためにと反物を土産に持ってきたのでした。
ここで「帯解」とは付け紐で着物を着ていた女の子が七つの七五三を機に普通の帯を使い始めるという祝儀だとの説明がありました。我が家には女の子がいないので分からないのですが、こうした風習は今でも行われているのでしょうか。
「第四話 子は宝」は、江戸時代、親のない子は珍しくもないという事実を前に綴られていきます。
また、お勝が大家の惣右衛門の「喜多村」に十五年前に、惣右衛門の子の利世と婿養子の与一郎の間の子の惣吉とお甲の世話係として雇われていたことも明らかにされます。
それ以上にお勝自身の子供のことつまり、お勝がかつて奉公していた二千四百石の旗本、建部左京亮の手がついてお勝は子供を産んだという事実が知らされます。
名は市之助、元服して今では源六郎と名乗り、十九歳になっています。
しかし、左京助の正室の久江がお勝の家柄を理由にお勝を追い出したのです。
その後お勝は「亀屋」という旅籠、菓子屋「清水緑風堂」、料亭「喜多村」に勤め、今の「岩木屋」に至っています。
男勝りのお勝、その三人の子供は皆捨子だった、という前提で進んできた物語ですが、ここでお勝自身の過去が語られ、お勝という人間を立体的に浮かび上がらせてあるのです。
一点、疑問があります。
お勝が談判に行った炭屋「笹熊」の主人の亥太郎が「あのかみなりお勝」とつぶやいて金を出したのはどういう意味なのでしょう。
お勝の名がそれだけとおっているということなのか、それとも亥太郎がなにか訳ありの男なのか、今後の展開を気にしていたいと思います。
ともあれ、本書『ごんげん長屋つれづれ帖【一】かみなりお勝』は、作者金子成人が痛快時代小説だけではなく、落ち着いた人情話の書き手としても一流だということを示した作品だと言えます。