『マリアビートル』とは
本書『マリアビートル』は2010年9月に刊行された『殺し屋シリーズ』の第二作目で、2013年9月に文庫化された本書は佐々木敦氏の解説まで入れて591頁という分量の、エンターテイメントに徹した長編のサスペンス小説です。
この作者の特徴がよく表れた、軽妙な会話とスピーディーでいながらも意外性に富んだ展開でありながら、個人的には若干の冗長感を感じた作品でした。
『マリアビートル』の簡単なあらすじ
幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利き二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する――。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点!(「BOOK」データベースより)
『マリアビートル』の感想
本書『マリアビートル』は『グラスホッパー』に続く『殺し屋シリーズ』第二作目の、伊坂幸太郎の作品として非常に評価の高い小説です。
その解説にもあるように、本書は殆どが東京駅から盛岡まで走る東北新幹線の内部で殺し屋たちが巻き起こす騒動が描かれています。
登場人物は、これぞ主役という人物はいませんが中心となる人物を登場順に見ると、まずアル中の男の木村雄一、そして木村を翻弄する中学生の王子慧がいます。
次いで蜜柑と檸檬というコンビの殺し屋、最後に天道虫という異名を持つ七尾という名のツキに見放された殺し屋が登場します。
そして、蜜柑や檸檬の依頼人で裏社会の大物である峰岸良夫などもいますが、主要人物としては上記の人物たちでしょう。
その他に前巻でも登場してきた槿(あさがお)やスズメバチなどの殺し屋たちも登場してこの物語を彩り、ストーリーを複雑にしかし面白く盛り上げてくれています。
このシリーズの面白さの第一は登場人物たちのキャラクターのユニークさにあると思われ、その一番手には蜜柑と檸檬の二人が挙げられます。
自分の台詞の中に「きかんしゃトーマス」に関する蘊蓄を放り込んでくる蜜柑と、何事にも慎重で文学好きな檸檬との会話が、かみ合わないようでいながらも意思疎通はとれていて面白さに満ちています。
蜜柑の文学に関する知識もそうですが、会話の機微にあわせて「きかんしゃトーマス」の状況を放り込んでくる描写のために、作者はかなり「きかんしゃトーマス」を読み込んだものと思われます。
そう思っていたところ、読了後に参考文献として10冊以上の書物をあげてあり、「きかんしゃトーマス」に関しては「『プラレールマスターカード』の説明部分を引用して」あるというのには驚きました。
そして徹頭徹尾ツキに見放された七尾という男がまたユニークです。
例えば、「傘を持ち出かけると必ず雨が降る、ただし、このことは雨が降るのを期待して出かけていない場合に限る」という「マーフィーの法則」が極端なまでにあてはまる人物です。
仕事の腕は超一流なのに、この男のツキの無さは請けるどんな簡単な仕事も複雑なものになるのです。
七尾が節目ごとに電話で話す仕事の仲介役である真莉亜という女性ですら、七尾のツキの無さにはあきれ果てています。
そして、笑えないのが中学生の王子慧です。
この人物に関しては解説の佐々木敦氏が、作者の伊坂幸太郎は「悪」を描く作家であり、そのテーマを体現している存在がこの王子慧だといっています。
私はそこまでのテーマを読み取ることはできませんが、王子の持つ異常性は明白です。
本書『マリアビートル』でも前巻の『グラスホッパー』同様に木村、蜜柑と檸檬、そして七尾という登場人物それぞれの視点で、短めの「項」が順次入れ代わり、リズミカルに場面が切り替わります。
そして、この場面展開と共にストーリーが思いもかけない方に転がり、読者は惹き込まれてしまいます。
この意外性に満ちたストーリー展開が、このシリーズの面白さの二番目の理由でしょう。
本書冒頭から張られている伏線も見事ですが、ただ終盤になって意味が判明するその伏線は一読しただけでは分からないとも言えるかもしれません。
ただ、文庫本で600頁弱にもなるという本書『マリアビートル』はちょっと長すぎるのではないかという印象を持ったのも事実です。
多数のレビュー、評論などで本書に関しては非常に高い評価が為されています。
しかし、私にはそうした評価を知ったうえで読んでも、もう少し簡潔に描くことができるのではないかと思ってしまいます。
でありながら、読むのを辞めようとは思わなかったのですから不思議なものです。
ダレると思いながらももう少し読んでいけば面白くなるのは分かっているのだから読み終えよう、という気持ちは途切れませんでした。
ともあれ、面白さに間違いはない作品と言っていいと思われます。
ちなみに、本書を原作としてデヴィッド・リーチが監督をつとめ、ブラッド・ピットやサンドラ・ブロックらの出演が予定されている映画がハリウッドで企画されているそうです。
詳しくは以下を参照してください。
また、舞台化もされているようです。