本書『終末のフール』は、三年後に小惑星の衝突により滅亡する世界で生きていくとある団地の住人を描いた、文庫本でで384頁の連作の短編小説集です。
一旦はパニックに陥ったものの今では落ち着いている世界で生きていく人たちの日常を描き、生きることの意味を問う感動作です。
『終末のフール』の簡単なあらすじ
八年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する。そう予告されてから五年が過ぎた頃。当初は絶望からパニックに陥った世界も、いまや平穏な小康状態にある。仙台北部の団地「ヒルズタウン」の住民たちも同様だった。彼らは余命三年という時間の中で人生を見つめ直す。家族の再生、新しい生命への希望、過去の恩讐。はたして終末を前にした人間にとっての幸福とは?今日を生きることの意味を知る物語。(「BOOK」データベースより)
『終末のフール』の感想
本書『終末のフール』は、あと数年後には確実な死が待っている、そういう状況で、人はいかに生きるか、生きることができるか、が問われています。
まず、章のタイトルのつけ方がうまいと感じました。
各章のタイトルが、表題作の「終末のフール」から始まり、最後の三文字が韻を踏んだ言葉になっていて、作者の伊坂幸太郎の遊び心を感じさせます。
そして本書の舞台設定が見事です。
三年後の小惑星の衝突で全人類は滅亡します。でも現在ではその事実が分かってから既に五年が過ぎているのでパニックも収まり、社会はそれなりの平穏を取り戻しています。
つまりは、三年後には全員の死が確実な状況での平穏な日常の中で、普通の人達の生き様はどのようなものか、が語られるのです。
例えば最初に語られる「終末のフール」はありふれた夫婦と娘の話です。ただ、父親は母親に対し何かにつけ「馬鹿」と言い続けていて、反発した娘は家を出ています。
「出来そこない」と言われていた息子は娘が家を出て二ヶ月後に自殺しています。その娘が、息子の死後10年ぶりに、この時期に帰ってくる、その様が描かれています。
この設定自体は何ら特別なものではありません。ただ、誰もが残り三年の寿命しか無いという異常な状況で、久しぶりの親子の会話が交わされるのです。
そうした状況下で人間はどの様な行動を取るものか。その異常な状況下で繰り広げられる展開の決定打は、馬鹿と言い続けられてきた母親の一言でした。
いかにも重く、暗い話のようですが、決してそのようなことはないホームドラマです。娘が最後に発した「三年もある」という言葉を父親は重く受け止めます。そして、物語は小さな感動を残してくれました。
その感動は、三年という限定された全員の命に対しての、母親の明るさに対する敬意でもあります。
このほかに七編の小さな感動をもたらしてくれる短編からなっている本書ですが、伊坂幸太郎という作家の力量を思い知った物語でもありました。
ちなみに、本書『終末のフール』のように人類の滅亡を前提に、その状況下での生活を描いた作品があります。
それは凪良ゆうの『滅びの前のシャングリラ』という作品です。
この作品はは、一月後に小惑星が衝突し滅亡するなかで生き抜いていく四人を中心に描いた物語です。
本書のそれなりに落ち着いた社会とは異なってパニックに陥った社会での、家族や友達、仲間などのあり方を描いた、かなり面白くまた惹き込まれて読んだ作品でした。