人類初の月面都市アルテミス―直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活するこの都市で、合法/非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす女性ジャズ・バシャラは、大物実業家のトロンドから謎の仕事の依頼を受ける。それは都市の未来を左右する陰謀へと繋がっていた…。『火星の人』で極限状態のサバイバルを描いた作者が、舞台を月に移してハリウッド映画さながらの展開で描く第二作。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)
ジャズがトロンドから依頼された仕事は、企業買収が絡んだ破壊工作だった。普段の運び屋仕事と違う内容に戸惑うジャズ。だが、彼女は破格の報酬に目がくらみ、仕事を引き受ける。溶接工を父にもち、自らも船外活動の心得があるジャズは、友人の凄腕科学者スヴォボダの助けを借り、ドーム外での死と隣り合わせの作業計画を練っていく。地球の6分の1の重力下での不可能ミッションを描く、傑作サスペンスSF。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)
ベストセラーSF小説『火星の人』の著者アンディ・ウィアーの第二作目の作品であり、文庫版で上下二巻となる長編SF小説です。
前作『火星の人』はリドリー・スコット監督のもと、マット・デイモン主演で「オデッセイ」というタイトルで映画化もされましたが、本作も米20世紀フォックスで映画化の予定があるそうです。
今回の舞台は月です。アームストロング、オルドリン、コンラッド、ビーン、シェパードという五人の宇宙飛行士の名前が付けられたバブルと呼ばれる五つの球体から構成される、直径五百メートル内に収まる月面の街、アルテミスを舞台としています。
本作も、前作同様に、技術的側面の解説が一般素人にも分かりやすく為されています。それは一般素人も理解できる、ということではないのですが、少なくとも素人も理解できたように感じることはできます。
例えば、物語の根幹に関わることでもあるのですが、月にはそこらに転がっている灰長石から、アルミニウムを精錬する過程で大量の酸素を得ることができるそうで、アルテミスはこの酸素で生活しているのです。
そして、アルテミスでは地球とは異なり、得られた純粋の酸素を使用しています。ただ、気圧が二十パーセントにしてあることで適正な酸素量になるというのです。ただ、水の沸点が六十一度と低くなり、珈琲も紅茶もその温度で飲むしかありません。
このように、『火星の人』でもそうだったように、舞台設定や技術的な解説を分かりやすく物語の中に織り込むことがこの作者の最大の特徴だと思います。そしてその知識を分かりやすいストーリーの中にはめ込んでいくのです。
それは物語の傾向は全く異なりますし、かなり誉めすぎとも思うのですが、『夏の扉』という作品のように、ハインラインの小説が専門的な知識を分かりやすく説明しながらも面白い物語を紡ぎだしている作業にも似ています。ただ、本作品のほうがより説明的だとは言えます。そこが小説の作り方の違いなのでしょう。
一方、そうした説明を全くしないままに物語を進めていく作家もいます。例えば、『火星の人』の頁でも書いた作品のほかに、アン・レッキーの『叛逆航路』という作品は、まさにSF的な荒唐無稽なアイデアをちりばめていながら全くその説明はありませんでした。小説を読み進む中で物語の舞台設定や小道具の意味などすべて読みとらねばならないのです。
戦艦の人工知能が同時に複数の人間の体を得て動き回ったり、帝国の皇帝も同様に数千体の身体を持っていたり、登場人物の性別を考慮していない社会であったりと、現実的な発想ではついていけない物語です。
そしてまた、日本にも月を舞台にしたハードSFがあります。それは小川一水の『第六大陸』という作品で、民間企業による月面開発計画の様子をリアルに描き出した秀作です。文庫本で二巻になる作品ですが、かなりの読み応えがあった作品です。
ともあれ、本書は読者にとっての理解のための豆知識をちりばめながら物語が進みます。
主人公のサウジアラビア生まれ、アルテミス育ちの二十六歳であるジャズことジャスミン・バシャラは明晰な頭脳を持ちながらも、無鉄砲な性格で厳格な父親とも喧嘩別れのまま、独り暮らしをしています。
そのジャズが月の実業家トロンド・ランドヴィクからある仕事の依頼を受けます。高額の報酬が約束されたその仕事は、アルミニウムを精錬しているサンチェス・アルミニウムの灰長石収穫機の破壊工作でした。
この仕事を受けたことから、ジャズは地球の巨大犯罪組織との対決を余儀なくさせられることになるのです。
前作『火星の人』と異なるのは、今回は一人で行動するのではなく、仲間がいるということです。仲間の手助けを得ながら自らが犯した犯罪行為に起因するアルテミスの危機を救うことになります。
途中、ジャズに違法行為を依頼した実業家トロンドが殺され、犯人につながる手掛かりを持つであろう人物に会いに行けばそこには殺し屋がいて殺されかけたり、月面を動き回りながら建築物を破壊したりと、今回の主人公ジャズは、サスペンスフルなストーリーの中でアクション満載に動き回るのです。
月という地球の六分の一しかない重力のもとでのアクションがどのようなものなのか、勿論物語の中ではそれなりに説明してはあるのですが、映像化された場合の表現が楽しみです。既に決まっている二十世紀FOXでの映画化での映像表現を早くみたいと思います。
また、作者の言葉によると月面の街アルテミスを舞台にした物語を書いていきたいとのことです。映画も勿論、この作者の次の物語にも期待したいと思います。
ちなみに、この文章を書いているときにテレビのニュースで、ファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの代表取締役社長の前澤友作氏が月を周回する旅へ参加するとの発表を見ました。
実にタイムリーであり、本書のような物語もそう遠い将来の話ではないことを見せつけられた気がしました。