坂の上の雲

明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。この時期を生きた四国松山出身の三人の男達―日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古、日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を遺した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長篇小説全八冊。(「BOOK」データベースより)

 

明治維新後の日本を、軍人と文人との二つの世界を通して描き出した文庫本で全八巻という長編の歴史小説。

 

もう40年近くも前になりますが、防衛大学校に進学した友人から勧められ読んだのが最初でした。『竜馬が行く』が司馬作品の最高峰と思っていたのですが、この作品を読んで変わりました。

 

 

先年NHKでドラマ化されたのでより一般的になったかと思うのですが、秋山兄弟と正岡子規を中心に据えた、日露戦争に至る日本を描いたこの作品は衝撃的でした。

 

 

膨大な資料を駆使し、ロシア革命から203高地、日本海海戦に至るまでの学校では習わない歴史をドラマとして見せてくれました。

特に乃木希典を文人としては評価するけれども、軍人としては否定的に描写するなど、それまとは全く異なる歴史観での描写は新鮮でした。前述の防大の友人など、この乃木希典の描写が瑕瑾だと言っていたものです。

竜馬が行く』でもそうだったのですが、明治期における青年たちの躍動的な姿は、それがごく一部の軍人としての立場であったものだとしても、自らを省みて考えさせられたものです。

大河小説ですが、『竜馬が行く』と共に、時代の流れを如実に感じることのできる名作だと思います。

 

ただこの作品について少々調べてみると、司馬遼太郎本人のこの作品はフィクションではないという趣旨の発言故にか、歴史的事実と異なる等の批判が少なからずあるようです。

しかし、一読者としてはあくまで小説であり、フィクションとして見た場合のこの本の偉大さは何ら変わりがないものと思っています。

三匹のおっさん ふたたび

この作者の作品らしく、第一巻と同様にあいかわらず読みやすく、そして心温まる作品集でした。

結局、この作品は個人の他の人への配慮、というか’思いやり’について書かれているようです。

剣道の達人キヨ、武闘派の柔道家シゲ、危ない頭脳派ノリ。あの三人が帰ってきた!書店での万引き、ゴミの不法投棄、連続する不審火…。ご町内の悪を正すため、ふたたび“三匹”が立ち上がる。清田家の嫁は金銭トラブルに巻き込まれ、シゲの息子はお祭り復活に奔走。ノリにはお見合い話が舞い込み、おまけに“偽三匹”まで登場して大騒動!ますます快調、大人気シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

本書を読んで、あらてめて有川浩という作家の作品は「人情もの」として仕上がっていると思いました。

個人的には「人情もの」というのは人と人との心の繋がりを勝てる物語だと思っています。

例えば第二話はある書店の店主と万引きをした中学生との話ですが、店主は三匹のおっさん達が捕まえた万引きをした中学生に対し語りかけ、その後、万引きをした中学生による店主への応えが示されます。

中学生のその後の行いは、ともすればきれいごととしてかたずけられてしまうかもしれませんが、この作家の文章は気負うことなく自然な流れの中で語られており、納得の物語として読み手の心に落ち着くと思うのです。

確かに小説の中でしかあり得ないきれいごとに過ぎないかもしれないのですが、せめて心地よい文章と、その文章で語られる物語の世界に浸るのも良いものです。

有川浩という作家は、この心地よいひと時をもたらしてくれる作家さんだと思います。

 

おまけとして載っている「好きだよと言えずに初恋は」という短編は、私の好きな歌手村下孝蔵の「初恋」の歌詞の中のフレーズなのでしょう。

内容も少女の初恋の話で、引っ越しを繰り返す少女の初恋が若干のセンチメンタリズムに乗せられて語られています。

植物に絡めた好短編です。私が読んだのは文庫版ではありませんでしたが、文庫になる時はこの作品も掲載されるのでしょうか。

日輪の遺産 特別版

浅田次郎の同名小説を佐々部清監督が映画化。終戦間際の45年8月10日、陸軍大臣に呼び出された3人の軍人に、ある密命が下される。それは、マッカーサーから奪った財宝を秘密裡に陸軍工場へ移送し、隠匿せよというものだった…。堺雅人主演。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

この映画も原作ものの映画という意味では期待したほどではありませんでした。

 

仕方のないことですが、原作の冒頭から主人公的立場にいる丹羽明人や海老沢といった原作の導入部で動き回る人物は登場しません。地元の富豪、金原庄造の有する学園の卒業式で金原が倒れ、その妻久枝が昔を語り始めるところから物語は始まります

話はマッカーサーの財宝を隠匿する、その過程に絞られて進んでいくのですが、一番大事な教師と20名の少女達の行動とその行動の理由が何ともはっきりとしません。

その点が映画として明確に示されるか、若しくは曖昧にするのならばそのことを示唆するなりの手当を示してあればよかったのでしょうが、肝心の場面の情報が少なく、失望感が残るばかりでした。

日輪の遺産

日輪の遺産』とは

 

本書『日輪の遺産』は1993年8月に刊行されて2021年10月に新装版として文庫化された、文庫本で576頁の長編小説です。

太平洋戦争終戦時の財宝の行方をめぐる人々の行いを描く、感動的な、しかし浅田次郎作品としては今一つの物語でした。

 

日輪の遺産』の簡単なあらすじ

 

その額、時価200兆円。敗戦後の日本を復興に導くため、マッカーサーから奪った財宝を隠す密命を日本軍は下す。それから47年。不動産事業で行き詰まった丹羽は、不思議な老人から財宝の在り処を記した手帳を託される。戦争には敗ける。しかし日本はこれでは終わらない。今こそ日本人が読むべき、魂の物語。(「BOOK」データベースより)

 

丹羽明人は競馬場で知り合った老人の最後を看取り、お礼にと一冊の手帳を渡された。

ボランティアの海老沢と共に老人の大家だという資産家の金原と老人についての話をするうちに、手帳に書かれているとんでも無い話が全くの虚構でも無さそうなことに気づくのだった。

 

日輪の遺産』の感想

 

本書『日輪の遺産』は1993年出版の作品であって著者のごく初期の作品であり、残念ながら浅田次郎の作品にしては完成度が今一つと感じました。

本書は本書として面白いのですが、『壬生義士伝』を始めとする新選組三部作や『天切り松-闇がたりシリーズ』といった素晴らしい作品を読んだ後ではどうしてもこの著者に対する要求が高くなってしまい、一般読者の勝手な要求としてそう思ってしまいました。

 

 

終戦時の真柴司郎少佐小泉重雄中尉望月庄造曹長の命令に従いマッカーサーの財宝を隠そうとする三人の行動と、老人の手帳に記された事実に振り回される現代の丹羽明人海老沢金原という三人の姿とが交互に語られます。

頁が進むにつれ終戦時と現代との関連が次第に明かされていく仕組みはいかにも浅田次郎ではあります。

 

ただ、例えば終戦時の真柴少佐たちが財宝の隠匿作業の手伝いに少女たちを使う理由が、秘密を最小限のものとするためなどと少々分かりにくい理由だったり、クライマックスでのマッカーサーの行動が不自然だったり、と今の浅田次郎の小説では見当たらないだろう不自然さが少なからずあるのです。

著者は「大勢の登場人物が使いこなせず、視点が不安定となり、ときにはあいまいにもなっている。センテンスの配分が悪く、文末の処理も稚拙である。」とがあとがきで書いておられます。

「視点の曖昧さ」等のために物語として消化不足と感じるのでしょうか。改めて現在の浅田次郎の力量で書かれた本作品を読んでみたいと思いました。

 

色々ケチをつけた上で変かもしれませんが、それでもやはり浅田次郎の物語です。

今の浅田次郎の水準に比して完成度が低いというだけであり、面白い小説ではあります。

 

ちなみに、本書『日輪の遺産』を原作として、堺雅人や中村獅童といったキャストで映画化されています。
 

阪急電車

隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。(「BOOK」データベースより)

 

上記の惹句には本書を長編小説と紹介してありますが、私は連作の短編小説として読んでいました。別にどうでもいいことではあります。

 

有川浩という作家の最初に読んだ作品が図書館戦争シリーズ二作目の「図書館内乱」で、次に読んだのが本書でした。あまりに傾向の違いに驚いてしまいました。

図書館内乱」は自衛隊を思わせる図書隊という軍事組織の中での女の子が主人公の物語で、軍隊を舞台にした女子の青春(恋愛)小説とでもいえるものでした。

 

 

それに対し、本書はほのぼのとした人間模様が描かれています。阪急電車の今津線でのほんの十数分の間の出来事を各駅ごとの章立てで描き出したほんわかとした小編で出来ている連作短編集なのです。

たまたま同じ電車の同じ箱に乗り合わせたにすぎない、ひと駅ごとに入れ替わる何の関係も無い人々のそれぞれに各々の人生があって、その人生は交錯することはありません。

でも、ほんのたまに、ある人の人生が別のある人の人生と一点で重なり、そこで小さな恋物語が生まれたり、心許せる友達が出来たり、無神経なおばさん達をほんの少し懲らしめたありすることもあるのです。

 

少々話が都合がよすぎるのでは、と思わないではないのですが、せめて好きな本の中ではほのぼのと心温まる物語にひたってもいいじゃあないか、と思わせられる短編集です。

たまにはこんな物語もいいなと思ってしまいました。

有川 ひろ

有川 ひろ』のプロフィール

 

高知県生まれ。2004年、第10回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『塩の街』でデビュー。続く『空の中』『海の底』(アスキー・メディアワークス)で一躍注目を集める。「図書館戦争」シリーズは本編完結後もアニメ化などで大ブレイクを続け、2010年には『フリーター、家を買う。』(幻冬舎)がドラマ化、2011年には『阪急電車』(幻冬舎)が映画化されるなど、その作品は多分野にわたり話題を呼んでいる。「ダ・ヴィンチ」(2012年1月号)〈BOOK OF THE YEAR 2011 総合編〉で『県庁おもてなし課』(角川書店)が第一位を獲得、〈好きな作家ランキング女性編〉でも第一位など、幅広い世代から支持を受ける。『シアター!』(メディアワークス文庫)『キケン』『ストーリー・セラー』『ヒア・カムズ・ザ・サン』(新潮社)など著書多数。

引用元:有川浩 | 著者プロフィール – 新潮社

 

有川 ひろ』について

 

この作家の作品には悪人がいません。根底に相手、若しくは仲間に対する信頼があり、対立していて厳しい言葉を投げかける関係でも、主人公が困難に直面した場面など、場合によっては救いの手が差し伸べられたりします。

作品自体がきちんとした状況説明が為され、登場人物の性格にメリハリがつけられていて、全体の構成がしっかりとしているので、普通の文章で日常を語っていても場面が理解しやすいのだと思います。ですから、実に読みやすいのです。

有川ひろは「ライトノベル作家」だそうです。これはご本人もそう公言しているので間違いのないところなのでしょう。

ライトノベルとは言ってもその定義は定かでないようで、概して対象読者が中・高校生だということは言えるのでしょうか。そのためか、ライトノベルの中には人物造形が浅かったりして物語自体にも深みを欠く、と感じられる作品もあるようです。

その点でも有川ひろの作品は概ね安心でき、そう考えればこの有川ひろという作家の読みやすさも分かります。

浅田次郎が五代目中村勘九郎との対談の中で、歌舞伎も小説も「学問の延長上に置いて」はいけない、「庶民の娯楽」であるべき、ということを言われています。

その流れで行くとライトノベルという何となく格下に見られがちなジャンルであっても、逆に若者への娯楽の提供という意味では先頭を走っているのかもしれません。実際、面白い作品は沢山あるのですから。

「図書館戦争」は「本の雑誌」が選ぶ2006年上半期エンターテインメントで第一位、2007年度本屋大賞で第五位、「図書館戦争」シリーズで第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞など、その他の作品でも数々の賞を受賞しておられます。

ちなみに、有川ひろは、2019年2月にペンネームの表記を「有川浩」を「有川ひろ」へと変更されました。

三浦 しをん

とても読み易い作品を書かれる作家さんです。その視点はユニークで、各作品の主人公の職業も便利屋であったり、辞書編集者であったりと、多岐にわたります。極めつけは林業をテーマにもされています。

この作家の作品では『まほろ駅前多田便利軒』が第135回直木三十五賞を受賞し、瑛太、松田龍平でシリーズで『まほろ駅前多田便利軒』として映画化され、更にテレビドラマ化もされています。

また、『舟を編む』が2012年本屋大賞を受賞して、松田龍平主演で『舟を編む』として映画化され、『風が強く吹いている』『神去なあなあ日常』も『miura-kamusari-dvd』として映画化されています。

 

この作家は他にも読むべきであろう作品が大量にあります。個人的には今のところはずれと思う作品は無く、多分他のどの本をとってもそうだろうと思います。

他の作品も近いうちに読み進むことでしょう。

新田 次郎

私の中では、山岳小説といえば新田次郎という名前が最初に上がります。特に、実在の人物をモデルにしての山岳小説を多数書かれておられ、どの作品もかなりの読みごたえをもって読んだものです。

文章は決して美しいとはいえないのですが、山登りが一歩一歩大地を踏みしめて少しずつ登っていくように、じわりと心に響いてきますす。

山というものに対しての情報小説としての一面があると言ってもいいのではないでしょうか。

 

その観点から見ても面白い小説としては、著者が現在の気象庁である中央気象台に入庁している経験を生かして書かれた『富士山頂』や『劒岳 点の記』などがあります。

 

 

一方、『武田信玄』( 文春文庫 全四巻 )を始めとする歴史小説も書かれており、これまた緻密な下調べが伺える物語で、引き込まれてしまいました。

 

 

決して派手ではありませんが、読み進むにつれゆっくりと心に沁み入ってくる文章を書かれる人です。新田次郎の作品の大半を読んで思うのは、時代小説も勿論面白いのですが、やはりこの作家の山を舞台にした物語は他の人の追随を許さない作品だということです。

ただ、近年、笹本稜平という作家の山を舞台にした作品群を読んでとりこになりました。新田次郎とはまた異なる、『還るべき場所』のような冒険小説的な色合いの濃い山小説や、それとは異なる『春を背負って』のような美しい山の物語もまた是非一読をお勧めします。新田次郎とは異なる感動がありました。

 

浅田 次郎

浅田次郎』のプロフィール

 

1951年東京生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で第16回吉川英治文学新人賞を受賞。以降、『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年に第117回直木賞、2000年『壬生義士伝』で第13回柴田錬三郎賞、2006年『お腹(はら)召しませ』で第1回中央公論文芸賞・第10回司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で第42回吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で第64回毎日出版文化賞、2016年『帰郷』で第43回大佛次郎賞を受賞するなど数々の文学賞に輝く。また旺盛な執筆活動とその功績により、2015年に紫綬褒章を受章、2019年に第67回菊池寛賞を受賞している。他の著書に『プリズンホテル』『天切り松 闇がたり』『蒼穹の昴』のシリーズや『憑神』『赤猫異聞』『一路』『神坐す山の物語』『ブラック オア ホワイト』『わが心のジェニファー』『おもかげ』『長く高い壁 The Great Wall』『大名倒産』『流人道中記』など多数。2011年から6年にわたり、第16代日本ペンクラブ会長も務めている。
引用元:浅田次郎 | 著者プロフィール | 新潮社

 

浅田次郎』について

 

浅田次郎』という作家は、一言で言うと「職人」という言葉がぴたりと嵌まる、そんな作家さんです。巷では「平成の泣かせ屋」との異名もあるというのも納得です。

とにかく、人の心の琴線のその中でも涙を誘うポイントを緻密に知り尽くしていて、そのポイントを縦横についてきますす。

もちろん、その前提として十分な文章力を有したストーリーテラーとしての力量があるからこそのことです。

文章力については、『天切り松-闇がたりシリーズ』の項でも書いているように、その台詞回しが粋で見事なのは、浅田次郎本人が江戸っ子であり、黙阿弥に影響を受けていることにあるらしいという十八代目中村勘三郎氏の言葉があります。

 

その文章のあまりの表現の上手さに時には「あざとさ」さえ感じてしまいました。文章の上手さではなく、テクニックとしてのセンチメンタリズムではないのか、と思ったのです。

しかし、やはり上手さは上手さとして素直に感じるべきだと今では思っています。

 

浅田次郎は、当初は『きんぴか』であるとか、『プリズンホテル』であるとか、悪漢小説の書き手であったそうです。

その後映画化もされた『地下鉄に乗って』で1995年には吉川英治文学新人賞を受賞し、同様に映画化され1999年の第23回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『鉄道員(ぽっぽや)』で1997年の直木賞を受賞しています。

大ベストセラー作家としての浅田次郎という作家については多くを語る必要もないでしょう。

読み始めたのが2014年である私は何故もっと早く読まなかったのかと後悔しているだけです。