文久元(1861)年、伊勢・藤堂家の御落胤との噂がある藤堂平助は、ふとしたきっかけで土方歳三と知り合い、天然理心流の試衛館の食客となる。北辰一刀流を使う平助は、ある時、同門の清河八郎から、浪士隊の話を聞き、近藤勇らとともに同道し入京する―。新選組の中にあって異色の剣士の短い半生を描く長篇小説。(「BOOK」データベースより)
新選組隊士藤堂平助の姿を描きだす、長編の時代小説です。
物語自体は新選組そのもののお話です。特別に新しい解釈があるわけではありません。しかし、視点が藤堂平助ということに伴う新しい見え方はあります。
また、秋山香乃という作家独特の新選組の捉え方もあって、その捉え方を気にいるかどうか、で本書の評価も大きく変わってくることと思われます。
秋山香乃という作家の個性的な表現として一番に挙げるべきは、藤堂平助と土方歳三との関係が、「新選組の本を読む ~誠の栞~」というサイトの管理人、東屋梢風さんの言う「一種のBL小説とも解釈できそうな」表現でしょう。
例えば、新選組の厳しい隊規に恐れをなして逃亡をはかった隊士を斬首した土方について、藤堂に「非情な土方に藤堂の胸がざわめく。」とか、「背筋が寒くなる思いだが、今なおあの男に魅せられる。」などと言わせています。
このような藤堂の心の揺らぎが、随所で繰り返されるのです。藤堂の反発を覚えながらも離れられないこのような心の揺れは、男のそれではなく、男に惚れた女の心の動きと考えれば納得できるのです。
このBL的雰囲気を嫌いでない人には、土方にしろ藤堂にしろ、一種のヒーロー像として感情移入の対象になりやすいかもしれません。
物語も後半になると歴史小説としての面白さも満喫できます。物語の流れとして、歴史的事実の解釈も自然であり、違和感なく読み進められます。
藤堂の伊東甲子太郎の高台寺党への参画の理由も、前記東屋梢風氏が「義理人情の世界」と説明されているように、種々の打算の結果ではない人間としての行動であったとの解釈も自然です。
この作者には本書『新選組藤堂平助』の他に、鳥羽・伏見の戦以降の新選組、土方を描いた『歳三 往きてまた』(文春文庫)、会津落城以降の斎藤一らを描いた『獅子の棲む国』(中公文庫)などがあります。初期の三部作のようです。