高嶋 哲夫

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国交省の森崎が研究者から渡された報告書。マグニチュード8の東京直下型地震が近く起き、損失は百兆以上に上るという。しかも「東京から人が消える」。森崎は内々に指示を受け対策を練るも地震は発生してしまう。ただ規模は予想未満で安堵する森崎。だが、これはさらなる巨大地震の引き金だった…我々の生活はこんなに危ういのか。戦慄の予言小説。(「BOOK」データベースより)

 

「首都崩壊」というタイトルからくる、地震による惨禍が描写された作品、との思い込みとは異なり、巨大地震のもたらすであろう経済的な側面に焦点を当てた、シミュレーション小説というべき内容の作品でした。

 

「国土交通省のキャリアである森崎のもとに、異なるルートから東京直下型地震発生の可能性が高いという情報がもたらされた。

同じ情報に接した総理大臣の能田は、国交省内に首都移転チームを立ち上げる。以前首都移転構想のリーダーだった村津を首都移転室の室長とし、森崎もそこに所属することになるのだった。

 

まず、個人的な不満点から書きますと、主人公の立場があまりにも都合が良すぎます。能田総理に情報をもたらしたアメリカ大統領特使と、日本の地震研究の第一人者とともに森崎の親友であり、常に最新の情報を一番に知る立場にいるのです。

さらに言えば、首都移転室の村津室長の娘が世界的な建築家の所員であり、首都移転の青写真を作るチームの一員でもあるのです。この作家は、『首都感染』でも同様に主人公の立場があまりにも都合の良すぎる設定でした。

 

もう一つの不満点を書きますと、ネタばらしになるのであまり書けないのですが、物語の根本のところで、最終的に村津室長という個人の長期的展望に救いを求めているのは、いかがなものかという気はしました。

本書は地震そのものよりも、地震のもたらす経済的損失に焦点が当てられています。東京を巨大地震が襲い、それに日本政府がうまく対応できない状況が国際的な評価を下げ、経済の破たんをもたらしかねない、という点にあります。その対処法として首都移転が考えられたのです。

地震そのものではなく、地震のもたらす経済的観点から描かれているところはユニークです。経済というもの自体をあまり理解できていない私なのでとても面白く読みました。

道州制の議論も首都移転に伴うものとして議論されるのですが、その点もあまり理解できていない分野でしたので、興味深く読みました。

 

本書についての著者のブログでは、「21世紀の『日本沈没』です。新しい日本の形を書きました。」と書いてあり、続けて『「経済」「為替」「金融」「世界恐慌」「国家破綻」「ヘッジファンド」……。』と経済に関係するような単語が羅列してあります。地震に伴う物理的損失やパニックそのものではなく、経済的側面を描こうとしたと言っておられるのでしょう。その面では作者の思惑に乗って引き込まれた訳です。これらの言葉の意味すらよく分かっていなかったので、別に調べる必要はありましたが・・・。

著者本人が「『新しい都市論』かな。」と書かれているように、シミュレーション小説として、新しい視点で読んだほうがよさそうです。そいう視点で見ると、パニック小説に期待する、人間ドラマの描写の薄さに対する不満も解消されるかもしれません。この点は、私の別館ブログの感想を修正することになります。

この作家にはほかに『M8』『TSUNAMI』『東京大洪水』のような自然災害三部作や、『首都感染』のような物語も書かれています。

[投稿日]2015年09月06日  [最終更新日]2019年1月24日
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