新野 剛志

イラスト1
Pocket


八月のマルクス』とは

 

本書『八月のマルクス』は1999年9月に講談社からハードカバーで刊行され、2002年6月に講談社文庫から400頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。

今は引退しているかつての芸人が、行方不明になったかつての相方を探し、過去の自分に向き合う姿を描いた作品で、面白く読んだ作品です。

 

八月のマルクス』の簡単なあらすじ

 

レイプ・スキャンダルで引退したお笑い芸人・笠原雄二。今は孤独に生きる彼を、元相方の立川誠が五年ぶりに訪ねてくる。だが直後、立川は失踪、かつてスキャンダルを書き立てた記者が殺された。いわれなき殺人容疑を晴らすため、笠原は自らの過去に立ち向かう。TV・芸能界を舞台に描く江戸川乱歩賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

かつてレイプスキャンダルで芸能界を辞めざるを得なくなった芸人笠原雄二のもとを、元の相方の立川誠が訪ねてきた。

しかし、そのまま立川の行方は分からなくなり、今度はかつて笠原のスキャンダルを暴いた記者の片倉義昭が殺されるという事件が起きる。

笠原は行方不明になった立川を探すため、また自らに降りかかってきた記者殺しの疑いを晴らすためにも立川の行方を捜すのだった。

 

八月のマルクス』の感想

 

本書『八月のマルクス』は、2002年6月に講談社文庫から出版された、1999年の第45回江戸川乱歩賞を受賞したハードボイルドタッチの長編ミステリ小説です。

 

久しぶりに小気味のいい文章に出逢った印象でした。短文を重ね、リズミカルに繰り出される文章は私の感覚に合致するものでした。

というのも、日本のハードボイルド小説の第一人者の一人である『飢えて狼』などの作品で知られる志水辰夫を思い出させるタッチだったのです。

ただ、志水辰夫の文章は「シミタツ節」といわれるほどに情感があるのですが、本書の文章にそこまでのものは感じませんでした。

とはいえ、主人公の心象を追いかける場面などは読み手の気持ちに迫るものもあったと思います。

 

 

「猫は目だけを動かし、視線をよこした。」という文章から本書は始まります。本人の「格好いい小説を書きたい」という思いはかなり実現されていると私は思ったのですが、どうでしょう。

この一文で私の本書『八月のマルクス』への期待は増し、そして、読み終えてからもこの作者に対する好感度は変わりませんでした。

 

ただ、ミステリーとしての本作品を見た場合、少々ストーリーをひねりすぎな印象と、設けられた動機が犯行に至るには弱すぎるのではないかという若干の危惧はあります。

読後に江戸川乱歩賞での選評を読んでみると、選者も同様の印象を持った人がいたようで、素人の私が思うことなので文章のプロは当然指摘するだろうと思ったものです。

とはいえ、『八月のマルクス』というタイトルに隠された意味など、素人ながらに感心したものです。

 

作者の新野剛志が、本書『八月のマルクス』を書き上げたのはホームレス生活をしている最中だったそうです。

会社を失踪中に何か身につけようと江戸川乱歩賞を目指し、三度目の応募の本書で受賞したというのですから、そもそもの地力があったのでしょう。

そのホームレス中に読んだ本が藤原伊織の『テロリストのパラソル』などのの作品であり、先に述べた志水辰夫だったそうです( 作家の読書道 : 参照 )。

 

 

共に私の大好きな作家であり、彼らを参考にした新野剛志の作品が私の好みに合致するのは当然のことだったのです。

 

全体的に本書『八月のマルクス』の持つ雰囲気が私の好みであり、他の作品も是非読んでみたいと思う作家さんでした。

[投稿日]2019年07月31日  [最終更新日]2024年3月22日
Pocket

おすすめの小説

おすすめのハードボイルド小説(国内)

廃墟に乞う ( 佐々木 譲 )
著者によると、矢作俊彦の小説にある「二村永爾シリーズ」にならって「プライベート・アイ(私立探偵)」小説を書こうと思い執筆した作品で、第142回直木賞を受賞しています。休職中の警官が、個人として様々な事件の裏を探ります。
私立探偵沢崎シリーズ ( 原 尞 )
シリーズ第二作目の私が殺した少女では1989年の直木賞を受賞しています。かなり人気の高い、正統派のハードボイルド作品です。
テロリストのパラソル ( 藤原伊織 )
世に潜みつつアルコールに溺れる日々を送る主人公が自らの過去に立ち向かうその筋立てが、多分緻密に計算されたされたであろう伏線とせりふ回しとでテンポよく進みます。適度に緊張感を持って展開する物語は、会話の巧みさとも相まって読み手を飽きさせません。
マークスの山 ( 高村 薫 )
直木賞受賞作品。この本を含む「合田雄一郎刑事シリーズ」は骨太の警察小説です。
ススキノ探偵シリーズ ( 東 直己 )
札幌はススキノを舞台に探偵である饒舌な「俺」が活躍するハードボイルド作品です。大泉洋主演で映画化されました。

関連リンク

第135回:新野剛志さんその4「放浪生活から作家デビュー」 - 作家
ツアー会社の空港支店に勤務する青年の奮闘を描いた、笑いと涙たっぷりのエンタメ小説『あぽやん』がドラマ化され話題となった新野剛志さん。江戸川乱歩賞受賞のデビュー作『八月のマルクス』をはじめ著作には硬質なミステリも多数。
嗜好と文化:第55回 新野剛志さん「イヤなら逃げろ」 - 毎日新聞
もうサラリーマンには戻れない、という気持ちから、何か資格を取ろうかと思ったとき、チラッと税理士か弁護士はどうかと。でもそれは相当大変だなあと。そんなとき、作家なら紙と鉛筆さえあればできる、一番簡単じゃないかと。
第139回候補・新野剛志 9年0ヵ月前に第45回江戸川乱歩賞受賞
伊坂ショックが駆け巡るなか、こんなに地味に淡々と候補者・候補作のことを紹介してる場合なのかいな、と思いつつ、今日は新野剛志さんの番です。
1999年 第45回 江戸川乱歩賞 受賞作 八月のマルクス
格好いい小説を書きたい。それだけを思っていた。完全無欠のヒーローではない。傷つき悩み、転んでは立ち上がりぼろぼろになりながらも前に進もうとする男―そんな人間を主人公としたハードボイルドが、私の書きたいものだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です