坂上 泉

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新刊書

文藝春秋

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本書『インビジブル』は、新刊書で347頁という分量のバディものの長編の警察小説で、第164回直木三十五賞候補作に選ばれています。

昭和二十九年に為された国家地方警察(国警)と自治警(自治体警察)との統合という歴史的事実を背景にした、骨太でそれでいて読みやすい小説でした。

 

『インビジブル』の簡単なあらすじ

 

昭和29年、大阪城付近で政治家秘書が頭を麻袋で覆われた刺殺体となって見つかる。大阪市警視庁が騒然とするなか、若手の新城は初めての殺人事件捜査に意気込むが、上層部の思惑により国警から派遣された警察官僚の守屋と組みはめに。帝大卒のエリートなのに聞き込みもできない守屋に、中卒叩き上げの新城は厄介者を押し付けられたと苛立ちを募らせるが―。はぐれ者バディVS猟奇殺人犯、戦後大阪の「闇」を圧倒的リアリティで描き切る傑作長篇。(「BOOK」データベースより)

 

大阪城東北角の細長い空き地、通称「三十八度線」で北野正剛代議士の秘書が頭部を麻袋で覆われた死体で見つかり、さらに、茨木市でもまた北野代議士と関係のある政治団体の代表者が頭を麻袋で覆われた轢死体で見つかった。

政治家関係のテロルが疑われ、国家地方警察(国警)大阪府本部警備部警備二課から守屋恒成警部補が参加することになる。

その守屋と組むことになった新城だったが、守屋は民主警察という建前はあるものの、相手がならず者とみれば「貴様」と呼びかけるなど居丈高な物言いであり、地取り捜査もうまくいかずにいた。

それでも新城らは、茨木で仁科が戦犯だった事実や仁科の作ったという政治団体が実体のない、ルンペンを集めていたものだったことを聞き込む。

そんな時、事なかれ主義の狭間捜査一課長は、太秦刑事部長の東京出張の隙に東京にいる北野正剛への事情聴取のための出張を必要がないとして止めさせようとするのだった。

 

『インビジブル』の感想

 

本書『インビジブル』の時代背景として、まずは国家地方警察(国警)と自治体警察(自治警)との統合の意味を確認しておいたほうがいいと思われます。

とはいっても、本書の中で随時説明されているのであらためて調べる必要もないでしょう。それも、物語の進行を邪魔しないように簡潔に、しかし分かり易く書いてあります。

それでも、時代背景をより深く知っていたら本書もより面白く読むことができると感じましたので関心がある方は、例えばウィキペディアでも参照してみてください。

 

第二次世界大戦後は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)により、それまでの中央集権的な警察組織が廃止され、1948年に旧警察法が定められる。旧法では、地方分権色の強い国家地方警察と自治体警察の二本立ての運営で行われるが、1954年には現・警察法に改正され、国家行政組織の警察庁と地方組織の警視庁・道府県警察に統一されて今日に至っている。
引用元:ウィキペディア

 

また、「大阪市警視庁」という名前も登場します。このことも歴史的な事実であり、短い間ですが大阪にも「警視庁」という名称が存在したのだそうです。( ウィキペディア : 参照 )

 

本書『インビジブル』は、以上のような時代背景のもと、新米刑事の新城洋が国警から派遣されてきた守屋恒成警部補と組んで政治家がらみの連続殺人事件を解決する物語です。

この新城洋刑事は戦後謳われた「民主警察」を信じ、「人のためになる仕事」をなすために警察を言う職業を選んだ人間です。

この設定自体は特別なものではないのでしょうが、新城が警察内部の現実の姿を見て失望に近い感情を抱いている矢先に守屋と組まされ、悩む姿は読みごたえがあります。

この守屋が帝大出身の「高文」のエリートであって今の公安にあたる国警の警備部に在籍し、戦前の「お上」の感覚を残してている人物ですから、なかなかに意思の疎通ができません。

ここで、「高文」とは「高等文官試験」の略称であり、今で言う「国家公務員試験総合職試験」に相当するものだそうです。高級官僚の採用試験だということです。( ウィキペディア : 参照 )

 

中卒の新城とは警察という組織に対する意識の持ち方から異なるのですが、この二人が次第に打ち解けていく過程が面白く、そこがバディもののあるあるではあるのですが、かなり読ませます。

 

バディものの警察小説、それも舞台は大阪といえば、 黒川博行です。

黒川博行作品にはいろいろなバディものがありますが、警察官のバディものといえば『悪果』から始まる悪徳コンビの『堀内・伊達シリーズ』を挙げるべきでしょう。

 

 

黒川作品といえば大阪弁での会話には定評がありますが、本書『インビジブル』での二人の会話も、標準語と大阪弁とのやり取りではあるものの楽しませてくれます。

黒川作品ほどのユーモアに満ちた会話ではないのですが、基本的にはシリアスでありながらも、たまに見せるユーモラスな側面が魅力的です。

 

また、本書『インビジブル』には「アパッチ」という言葉が出てきます。大阪城近くの屑鉄置場から屑鉄を盗む一団を「アパッチ」といったらしいのです。

この「アパッチ」は小説の題材にもなりやすいらしく、何編かの作品がある中で私が読んだのは 小松左京の『日本アパッチ族』という作品です。

この作品は、異世界の日本を舞台に、その世界での大阪の砲兵工廠跡地に住む元屑鉄泥棒をテーマにした作品で、この土地が追放刑を受けた人達を囲い込む土地になっているというものです。

「アパッチ族」とは、この地に追放され、鉄を食べるように変化した人々であり、このアパッチ族を殲滅しようとする国家に対し、生存をかけて立ち上がる姿を描いた作品です。

 

 

主人公二人の描写もさることながら、大阪市警視庁東警察署に置かれた捜査本部の面々もよく書き込まれています。

捜査本部長に大阪市警視庁刑事部長の太秦警視正がいますが、この人物が私立大学夜間部から高文試験に受かり旧内務省に入省した苦労人で、昭和電工疑獄でやりすぎて大阪に左遷されてきたといわれている人物です。

本庁捜査一課強行犯二班長で捜査班運営主任官の古市によれば、太秦は親分肌に見えても高文組であり、東京に帰りたがっていて腹が見えないのだそうです。

また狭間捜査一課長は警務部長である近藤警視正の犬であり、近藤と太秦との喧嘩もありうから、下が巻き込まれないように新城には「国警はん」(守屋恒成警部補)のお守をして欲しい、というのでした。

また、近藤警視正やその意を汲んで動く狭間警視らの自己保身の姿や、古市西村といった現場で動く捜査官の生の声など、国警と自治警との統合直前の姿を反映した描写はかなり読みごたえがあります。

現場で動く古市や本庁捜査一課強行犯五班長の西村などの捜査の様子はありませんが、捜査本部でのやり取りなどは、とても新人の手によるものとは思えない迫力があるのです。

 

本書『インビジブル』の物語の構成としては、「最終章」を除いた各章の始めに満州国やシベリアで苦労する犯人と思われる人物の視点による描写が為されていて、この人物が誰なのか、が焦点となってきます。

こうした構成は、 誉田哲也がいろいろな作品で手法として採用しているもので、犯人への感情移入の助けになると思われます。ただ、 誉田哲也作品ほどの詳しい描写ではありません。

ともあれ本書『インビジブル』は、さすがに直木賞の候補となるだけの個性と内容を備えている作品であり、それに見合った面白さを持っている作品でした。

[投稿日]2021年01月26日  [最終更新日]2021年1月26日
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