『風の海 迷宮の岸』とは
本書『風の海 迷宮の岸』は『十二国記シリーズ』の第二弾で、2012年9月に井上朱美氏の解説まで入れて390頁で文庫化された、長編のファンタジー小説です。
『風の海 迷宮の岸』の簡単なあらすじ
幼(いとけな)き麒麟に決断の瞬間が訪れる──神獣である麒麟が王を選び玉座に据える十二国。その一つ戴国(たいこく)麒麟の泰麒(たいき)は、天地を揺るがす<蝕(しょく)>で蓬莱(ほうらい)(日本)に流され、人の子として育った。十年の時を経て故国(くに)へと戻されたが、麒麟の役割を理解できずにいた。我こそはと名乗りを挙げる者たちを前に、この国の命運を担うべき「王」を選ぶことはできるのだろうか。(内容紹介(出版社より))
『風の海 迷宮の岸』の感想
本書『風の海 迷宮の岸』は、戴国の物語であり、幼い麒麟が、自分が何ものであるかも分からないでいるなかで王を選び、その後も自分の決断の是非に悩む姿が描かれています。
本書での主役である麒麟の高里要は、蓬莱、つまり日本で祖母から厳しく育てられているところを異世界へと連れてこられました。
そこは夢のような世界であり、禎衛(ていえい)や蓉可(ようか)、そして上は人、下は豹でほかに魚や蜥蜴といった要素を持つ汕子(さんし)という女怪が彼を優しく包んでくれる世界だったのです。
異世界へと連れてこられた彼、つまり戴国の麒麟である泰麒の高里要は、ここ蓬山で生まれたものの、蝕と呼ばれる天変地異のために蓬莱へと流され、そこで女の胎に辿り着いて胎果となり育てられていたのです。
何もわからないままに、優しい性格の泰麒は自分が麒麟として未熟であるために皆に迷惑をかけているのではないかと悩み苦しみます。
王を選ぶために存在しているのが麒麟なのに、自分は麒麟に転変することもできず、王を選ぶという重要な行為を為せないのではないかと悩んでいるのです。
その悩みはいざ王を選定してからも続きます。
自分の選択は自分の我儘から、その人の身近にいたいという個人的な望みから選んでしまったという大いなる間違いではないかというのです。
こうして本書は、この世界の根本にかかわる、王は麒麟によって選ばれるという事実を中心に、蓬莱で育ちこの世界のことは何も分からない幼い麒麟の、麒麟としての苦悩が描かれています。
そのことは、いまだこの世界になじんでいない読者の共感も呼びやすいのではないでしょうか。何も分からない麒麟と、いまだ曖昧な理解しかない読者とを共にこの世界になじませるうまい設定だと思います。
前巻のシリーズ第一巻『月の影 影の海』では、やはり蓬莱で高校生になるまで育ち、自分を選んだ麒麟に事情を知らされずにこの世界に連れてこられた女子高生が、麒麟ともはぐれ、まさに何も分からない異世界で苦労する様子が描かれていました。
つまり前巻では麒麟により選ばれた王の目線の話であり、本書は同じ様に蓬莱で育ったまだ幼い麒麟の側の様子が描かれているのです。
そして、シリーズ第三巻の『東の海神 西の滄海』では、麒麟とその麒麟が選んだ王との国造りの様子が描かれるという、わかりやすい構成がとられています。
繰り返しますが、本シリーズは他のファンタジー物語と異なりその世界の成り立ちからして全く異なる、私たちの世界の理とは異なる世界です。
その世界は四角形の中に十二カ国を有する対照的な世界であって、人は木に成る実から生まれ、妖魔が跋扈する古代中国風の世界です。
それはあたかも孫悟空たちが冒険をする『西遊記』の世界のようでありながら『西遊記』よりも不思議な世界であり、王や麒麟などは不死であって、獣人すら生きているのです。
このシリーズのストーリーをみても、なかなかに先が読みにくい意外性をもって展開され、読み手としてはただ楽しむばかりです。
不思議に満ちた世界をただ満喫すればいい、そういう物語だと思います。