小野 不由美

十二国記シリーズ

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風の万里黎明の空』とは

 

本書『風の万里 黎明の空』は『十二国記シリーズ』の第四弾で、上巻が1994年8月に、下巻が9月に講談社X文庫から刊行され、2013年3月に金原瑞人氏の解説まで入れて上下二巻で768頁で新潮社から文庫化された、長編のファンタジー小説です。

慶国の景王陽子を中心とした物語ですが、ほかに芳国の公主である祥瓊、そして才国で苦行を強いられていた海客の鈴の二人の物語も加えた壮大なスケールの冒険小説でもある、惹き込まれずにはいられない物語です。

 

風の万里 黎明の空』の簡単なあらすじ

 

人は、自分の悲しみのために涙する。陽子は、慶国の玉座に就きながらも役割を果たせず、女王ゆえ信頼を得られぬ己に苦悩していた。祥瓊は、芳国国王である父が簒奪者に殺され、平穏な暮らしを失くし哭いていた。そして鈴は、蓬莱から辿り着いた才国で、苦行を強いられ泣いていた。それぞれの苦難を負う少女たちは、葛藤と嫉妬と羨望を抱きながらも幸福を信じて歩き出すのだがー。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

王は人々の希望。だから会いに行く。景王陽子は街に下り、重税や苦役に喘ぐ民の暮らしを目の当たりにして、不甲斐なさに苦悶する。祥瓊は弑逆された父の非道を知って恥じ、自分と同じ年頃で王となった少女に会いに行く。鈴もまた、華軒に轢き殺された友の仇討ちを誓うー王が苦難から救ってくれると信じ、慶を目指すのだが、邂逅を果たす少女たちに安寧は訪れるのか。運命は如何に。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

風の万里 黎明の空』の感想

 

本書『風の万里 黎明の空』は、主に慶国の物語であり、今では景王陽子となっているシリーズ第一巻『月の影 影の海』の主人公中嶋陽子のその後の物語を中心に描かれています。

中心にと言うのは、本書ではほかに陽子と同世代の二人の女の子も物語の中心人物となっているからです。

一人は明治時代に口減らしのため女衒に売られたのですが、その旅の途中崖から落ち、見知らぬ土地で目覚めたという大木鈴という娘です。

この鈴は、知らない土地をさまよった挙句、この世界の南西にある才国の凌雲山の翠微洞に住まう梨耀のもとで仙となり、百年のあいだつらい下働きに耐えています。

そしてもう一人は、この世界の北西の隅にある芳国の峯王仲韃の娘である祥瓊(しょうけい)です。

父である峯王仲韃はその圧政により八州諸侯の州師の蜂起により殺されましたが、祥瓊だけはある里家の世話役の沍姆(ごぼ)のもとで暮らしていたのです。

しかし、沍姆にその身元を知られ、ただいじめられ、虐げられる生活を送っていました。

 

本書は、三人の同じ年ごろの娘のそれぞれの立場での苦悩が描かれています。

一人目は、この国のことを何も知らない王の尊厳を軽んじ、その言葉を聞かない官僚の存在に王として懊悩しています。

そんな王である陽子は慶国のことを何も知らず、民の生活を知るために身分を隠して旅に出て見聞を広げようとします。

二人目は、百年以上も下働きとして辛い日々を送る中で、自分の辛さ、悲しさを誰も分ってくれないとただ自分の中に閉じこもり、そんな自分を救ってもらうために景王に会おうとします。

そして三人目は、何も知らない自分には責任などない筈なのに、皆が自分を理不尽に虐げるとして怒り、まだ見ぬ景王を羨み、妬み、刃を向けるために景王に会うために旅に出るのです。

 

本書『風の万里 黎明の空』は、これら三人の娘を主人公として描かれる冒険小説であり、また同時に、三人の娘の、特に鈴や祥瓊の成長物語でもあります。

景王なら自分の気持ちを分かってくれる、という心情があって、それに対する采王黄姑の「あなたはもう少し、大人になったほうがいい」という言葉のもとの鈴の旅です。

また、自分中心にしか物事を考えることのできず、自分が得る筈であったきらびやかな環境に身を置く陽子に一太刀浴びせたいと思う祥瓊の旅があります。

こうした、幼い考えの鈴、自分中心の考えの祥瓊という二人は、大人になっても似た要素を持つ読み手が、困難な旅の中で鍛えられ成長していく二人の姿をみて感情移入し、我がことのように感じてしまいます。

また、陽子にしてもこの国のことを知らないため国をうまく治めることができないでおり、王として未熟な自分を鍛えるために旅で出て成長していくのです。

 

本書は、単純に三人それぞれの冒険を楽しむという読み方だけでも十二分に面白い作品となっています。

でも、それだけではなく、幼くまた自己中心的な娘たちが旅をする中で、国の政治がうまく機能しておらず苦しむ民の姿を直接目にし、また傷つき友を失うなどの哀しみを乗り越えて成長していく姿は感動的ですらあります。

王として自覚する陽子や、一人の娘として己を、そして世の中を見つめ直す鈴と祥瓊の姿は読み手の心に鋭く迫ってくるのです。

 

先に述べたように、本書『風の万里 黎明の空』は、慶国の陽子に関してシリーズ第一巻『月の影 影の海』の続編的な位置にあります。

またシリーズ第八巻『黄昏の岸 曉の天』は直接には戴国の物語ではありますが、本書の陽子や鈴、祥瓊、さらには雁王の尚隆や麒麟の六太なども重要な役割で登場します。

 

そして読了すると楽しい読書の時間が終わってしまったという寂しさの中で、さらに次の物語を早く読みたいと思わせられます。

それほどに思い入れを強く持つシリーズ作品だということです。

[投稿日]2023年03月05日  [最終更新日]2023年4月17日
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