『流浪の月』とは
本書『流浪の月』は2019年8月に刊行されて2022年2月に355頁で文庫化された、長編小説です。
誘拐犯とされた小児性愛者の男とその被害者の女の独特なありようを通して、人間同士や社会との関係性のあり方を描きだした、2020年本屋大賞を受賞した長編の現代小説です。
『流浪の月』の簡単なあらすじ
家族ではない、恋人でもないーだけど文だけが、わたしに居場所をくれた。彼と過ごす時間が、この世界で生き続けるためのよりどころになった。それが、わたしたちの運命にどのような変化をもたらすかも知らないままに。それでも文、わたしはあなたのそばにいたいー。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。本屋大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
『流浪の月』の感想
本書『流浪の月』は、個人的には読み通すことが苦痛、とさえ感じられた苦手な分野の作品でした。
しかし、本書が第41回吉川英治文学新人賞候補作や2020年本屋大賞の候補作に選ばれていることや、各種のレビューで高い評価を得ていること見ると、私の感想は普通とは異なるようです。
つまりは私の感覚は多くの人とは異なることになります。
でも、本書での主人公の更紗という女性や文という男の描かれ方を見ていると、どうにも落ち着きません。それは彼らの他者に対する主張が、全くと言っていいほどになされていないことからくるいらだちにあると思われます。
この作者の流れるようなタッチの文章、表現力は確かに素晴らしいものだと思います。しかしながら、表現されている登場人物の心象表現は私の良しとするところではないのです。
これまでにも個人の内面を詳細に描写する作風の作品に対して好みではない、と書いてきました。
例えばそれは西加奈子の『i(アイ)』という作品や、藤崎彩織の『ふたご』という作品がそうでした。
『i(アイ)』は2017年本屋大賞のノミネート作品で、自分の出自などから自分自身の存在自体に不信感を持つ女の子で、この主人公の内面を執拗に描き出す作品でした。
次の『ふたご』は第158回直木賞の候補作であり、「SEKAI NO OWARI」という人気バンドのメンバー藤崎彩織が書いた小説という点でも話題となった作品です。
この『ふたご』という作品は、主人公の夏子と一つ年上の月島という男との物語である第一部と、月島を中心としたバンドの物語である第二部とからなっています。つまりは、夏子の内心を通して表現される月島の行動と、その行動に振り回される夏子自身の姿が描かれています。
本書がこれらの作品と違うとすれば、それは作品が特定の人物の内心に拘泥するという点だけではなく、登場人物の、他者へのかかわり方の消極性の描写も加わっているということでしょうか。
他者は言葉をつくしても自分を理解してはくれない、という思いで自己主張ができなくなっていった登場人物たちの姿は、読んでいて苦痛を感じてしまいます。
それでも、本書で取り上げている、社会が「レッテル」を貼ることの怖さというものは否定できるものではありません。
そのことを、本書のような特殊な状況を設定した上で、レッテルを貼られた側の人間の目線で当事者の苦悩を描いているという点は見事だと思います。
私は文に恋をしていない。・・・けれど、・・・、文と一緒にいたい。・・・私と文の関係を表す適切な、世間が納得する名前はなにもない。
という更紗の思いなどはうまい表現だと感心するしかありませんでした。
主人公の感情は社会から未定義の、未だ承認されていない感情であり、他者には理解できない感情だということを端的に表現していると思います。
そして、こうした表現が多くあり、そのことは感心するしかないのです。
ただ、疑問に思う表現もあることはありました。例えば、
これが自由なのかと、ふと疑問がよぎった。
ぼくがここにいることにも、いないことにも、なんの意味もない。
どこにいこうが、ここに居続けようが、誰も気にしない。
という文の思いは特別なものではなく、大多数の人間が抱く思いそのもではないか、人間は他者の存在にそれほど気をとめてはいないのではないか、とも思ってしまいます。
勿論、前後の文脈を考慮することなく、この箇所だけを取り上げて論じてもあまり意味はないことなのでしょうが。
こうした疑問も含めて、私の好みではなかったのです。
結局は、これまでも当ブログで何度か書いてきた、良い本だとは思うけれど、私の好みとは異なる作品だった、というしかないようです。
ちなみに、本書を原作として、広瀬すずと松坂桃李というキャストで映画化されています。
私も、この作家の描く登場人物はみんな共感しづらくて好きになれません。過剰なまでに理性的な主人公の一人称で語られるストーリーは、よく言えば読みやすい。けど悪く言えば「純文ぶったラノベ?」って感じ。この作家さん、文章力が高いとか言われてるけど、ストーリー展開がご都合主義だし、会話劇も陳腐でわざとらしい。テクニックもセンスもある人ではないと思います。でもレビューでは軒並み高評価で、「私の感覚がおかしいのかな?」と不安になってました。
コメントありがとうございます。
残念ながら、私はトンコさんの意見とは異なり、この人の作品にセンスがないとまでは思わないのです。
ただ、好みのタッチではないというだけです。
登場人物の心象表現が深くなるのはいいのですが、そこから外への発信が為されていないと、どうにも私の心が落ち着きません。
文章に関してもトンコさんが言われるほど否定するものではありません。
とはいえ、「過剰なまでに理性的な主人公」という点は納得できるものがあります。作品に現実的なリアリティを求めていくとトンコさんが言われるような評価になるのかもしれませんね。
どこでも絶賛されてるので、合わないという方がいて安心しました。
「流浪の月」「汝、星のごとく」も読みましたが私もこの作者は合わないと感じました。
私も(少し違いますが)似たような感覚で、主人公の性格や気持ちの機敏に対し、周りの人間の掘り下げなさ具合もあって、魅力を感じられず、入り込めませんでした。
二作とも「世間にわかってもらえなくてもいいんです、これが私たちの愛のカタチ」的結末なので、
他の作品もこうなのかな?と思うと読まなくていいかなと思ってしまいました。
コメントをありがとうございます。
ブログ内でも書いているように、良い本でしょうが私の好みとは違うとしか言いようがありません。
私はこの凪良ゆうという作者の作品では、他に『滅びの前のシャングリラ』という2021年の本屋大賞の候補作を読みましたが、こちらは本書のような拒否感は感じませんでした。
なまにくさんの言われる『汝、星のごとく』は読んだことはありませんので何とも言えませんが、やはり、本書『流浪の月』の主役の二人の性格設定が私の感覚とは合わなかったようで、作者自体に対する好みとは別のようです。
でも、私も多分積極的にこの作者のほかの作品を読むことはないと思います。