刑事である母に毎年届く、差出人不明の御守り―。秘められた想いが、封印された過去を引き寄せる。「巧緻な伏線」と「人生の哀歓」が、鮮やかにクロスする瞬間!(「BOOK」データベースより)
やはりこの人はうまいと思わされる、「赤い刻印」「秘薬」「サンクスレター」「手に手を」の四編の短編が収められている作品集です。
第一話「赤い刻印」は、「傍聞き」に登場した羽角啓子、菜月親子が登場します。死んだと思っていたお祖母ちゃんが生きていることを聞いた菜月は、祖母チサのいる老人ホームに行きますが、冷たくあしらわれてしまいます。しかし、時を経るにつれ心が通い、思いもかけない事実が浮かび上がってくるのでした。
親子の愛情と一言で言えば簡単ですが、秘密が明かされる過程、その結果の運び方のうまさを感じさせられる掌編です。
第二話の「秘薬」にしても伏線の張り方のうまさは同様です。記憶が一日しかもたなくなってしまった水原千尋は、担当教授である久我良純から日記をつけるように言われます。しかし、いつの間にかバインダー式の日記の頁が入れ替わっていました。頁が入れ替わっていたのは何故なのか。その理由が明らかになったとき、千尋はある行動をとります。
第三話の「サンクスレター」は、息子の自殺の原因を調べようとして授業中の教室に押し入り、直接子供たちを問い詰めようとした葛城克典と担任の城戸万友美との物語と言えます。
子供たちを人質にとって息子が何故に自殺をしなければならなかったのかを知ろうとする葛城でしたが、担任である千尋が発した言葉で事件は解決へと向かいます。その言葉がこの物語の鍵となるのです。
ただ、万友美と葛城との間でメールのやり取りをするなど、若干現実感を欠いているとしか思えない場面もありました。それ以外は物語の意外性も含め、やはり見事としか言いようは無い作品でした。
第四話の「手に手を」は、認知症の母と、精神に障害のある弟の面倒で、行き遅れてしまった和佳という女性の物語です。
このところ和佳の身に立て続けに異常な事柄が起きます。それは、歩道橋で突然誰かに触られたり、風呂場の手すりが外れていたりと、細かで、しかし不思議な事件でした。
この話も含め、どの話も人間の愛情を基本に据えた物語です。どの話も、他者に対する想いから巻き起こる事件を描いたものです。
緻密に組み立てられた伏線と、その伏線が一つ一つ丁寧に回収されていく過程で、愛情にあふれた親子や兄弟、師弟などの人間模様が描かれていきます。
こうしてみると、「最も巧緻な伏線と仕掛け」という惹句の文句もあながち大げさでもないと思えてくる作品集でした。
ちなみに単行本のカバーに描かれた赤い実は、北国の街路樹でよく見かけるナナカマドの実。著者の故郷である「山形市の木」に指定されているそうです。( ダ・ヴィンチニュース : 参照 )