沈黙読書会で見かけた『熱帯』は、なんとも奇妙な本だった!謎の解明に勤しむ「学団」に、神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと、「部屋の中の部屋」…。東京の片隅で始まった冒険は京都を駆け抜け、満州の夜を潜り、数多の語り手の魂を乗り継いで、いざ謎の源流へ―!(「BOOK」データベースより)
最後まで読み終えた人がいないという一冊の本をめぐって多彩な人物たちが入れ替わり登場する、私にとっては難解な長編の幻想小説でした。
なお、本書は2019年本屋大賞候補作で第160回直木賞候補作にもなっています。
「私」が学生時代に読んだ佐山尚一という人物が書いた小説『熱帯』について語り始めるところから始まります。場面は「私」の学生時代へと移り、誘われて参加した沈黙読書会で問題の『熱帯』を持った女性を見つけ、その女性が『熱帯』について語り始めます(第一章)。
この物語はこうして始まりますが、このあと物語の展開は通常の小説のようには進みません。
そもそもこの物語の「私」、つまり森見登美彦という名の作家は、冒頭から『千一夜物語』について語り始めます。本書は森見登美彦の『千一夜物語』へのオマージュ、もしくは誰かが書いていたように本歌取りのような作品です。
つまりは、異なる物語が次々と語られる、または物語の中でさらに新たな物語が語られる、という構造そのままに本書も紡がれているということです。ただ、本書で語られる話は『熱帯』という小説に関連した話です。
「第一章 沈黙読書会」では「私」こと森見登美彦の『熱帯』との出会いと、「沈黙読書会」でのとある女性による『熱帯』について語りがあり、第二章へと入っていきます。
その「第二章 楽団の男」では語り部の女性白石さんにより、池内氏や「学団」という『熱帯』についての読書会の話が語られます。次いで千夜さんを追って京都に行った池内氏のノートが届いて白石さんが読み始めることにより第三章につながります。
「第三章 満月の魔女」では池内氏の京都での体験が語られます。その中で、池内氏が知り合ったマキさんによる語りがあって、今西さんという人物による千夜さんの父永瀬栄造という人物についての話などの後、第四章、そして第五章へとなだれ込みます。
この「第四章 不可視の群島」、「第五章 『熱帯』の誕生」がよくわかりません。『熱帯』についての話ではありますがこれまでとは独立した話です。
そもそもここでの語り手の「僕」は、これまでの話の流れからは池内氏とおもっていたのですが、最終的にはどうも違うように思われ、結局これまでの物語はは何だったのか、との疑問だけが残り、その答えは分かりませんでした。どうにも中途半端に終わってしまっています。
普通の物語のように物語が因果律に沿って流れてはおらず、物語の流れの中で支流に入り、別次元の世界で終わったような、妙に浮遊感しか感じられない結末です。
しかしながら、ネットでのレビューを読むと、ある種の冒険物語として非常に好意的なものばかりしかありません。
勿論、物語として独特な雰囲気を持っていて、作者のイマジネーションの豊かさ、幻想文学特有の物語展開のうまさなど感じることばかりではあります。ただ、個人的には、因果の流れに沿ったそれなりの結末のないこの作品は欲求不満の残る物語だったのです。
決して幻想文学が嫌いなわけではありません。それこそブラッドベリの『十月は黄昏の国』『火星年代記』などの作品群のように大好きな作品もあります。
ただ、2017年本屋大賞候補作で第156回直木賞候補作ともなったこの作者の『夜行』でも感じた 曖昧さと言いますが不可解さは私の感性と少々ずれているとしか言えないようです。