『ごんげん長屋つれづれ帖【三】望郷の譜』とは
本書『望郷の譜』は『ごんげん長屋つれづれ帖シリーズ』の第三弾で、2021年9月に文庫本で刊行された、285頁の連作の短編小説集です。
シリーズ第三巻目の作品として、シリーズの世界観にも慣れ、それなりの面白さを持った人情小説集としてその位置を確立している印象でした。
『ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の簡単なあらすじ
お勝たちの隣の部屋に住まう、彦次郎とおよしの夫婦。古くから『ごんげん長屋』に暮らし、賑やかな住人たちを温かく見守る穏やかな二人の元へ、常陸国から一人の男が訪ねてきた。男を追い返すとともに、慌てて長屋を引き払おうとする彦次郎たちを引き留めたお勝は、老いた夫婦の哀しい過去を知ることになるー。くすりと笑えてほろりと泣ける、これぞ人情物の決定版。時代劇の超大物脚本家が贈る、大人気シリーズ第三弾!(「BOOK」データベースより)
第一話 一番かみなり
元日には長屋での部屋の取り換えが、二日には「岩木屋」で若侍らの出来事があり、また田舎に帰るという「喜多村」の女中頭のおたねを見おくり、近藤道場の沙月のもとで建部家跡取りの源六郎の姿を見ったお勝だった。松が取れ、長屋には青物売りのお六と足袋屋「弥勒屋」の番頭の治兵衛という新しい住人が移ってきた。
第二話 藍染川
ある日、お琴と沢木栄五郎の手蹟指南書で一緒の志保と五十吉の姉弟が父親の仲三に打たれたと言って逃げてきた。お勝は仲三と直接話した後、入れ込んでいる女と話をつけると、仲三がお勝のもとへ怒鳴り込んできたのだった。
第三話 老臣奔走す
初午も数日後に控えたある日、彦坂伴内と名乗るとある旗本家の用人が荷車に積んだ荷を持ち込んできた。しかしその用人の望む金額には到底足らないため、今度は彦坂家の持ち物まで見積もってほしいと願ってきた。そこで彦坂の主筋の旗本家の内情を調べるお勝だった。
第四話 望郷の譜
ある日、彦次郎が打ったという短刀を見つけたのだと、刀鍛冶の久市の倅だという常陸国の恭太という男が彦次郎を訪ねてきた。それを聞いた彦次郎は慌ててごんげん長屋を出て行くと言い出すのだった。
『ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』の感想
本書『ごんげん長屋つれづれ帖【三】-望郷の譜』も、全四編からなる連作の短編小説集で、お勝を中心とした小気味よい人情話が展開されています。
「第一話 一番かみなり」ではごんげん長屋の住人の部屋の入れ代わりや、お勝のかつての奉公先にいた女中頭のおたねとの別れ、などがあります。
そして岩木屋に押し寄せた旗本の小倅たちの嫌がらせがあり、そのことがお勝のお腹を痛めた源六郎の話と絡んだりと、お勝の話が中心となっています。
特別に何か事件がおきるというわけではなく、お勝らの日常が描かれていくだけです。
「第二話 藍染川」は、沢木栄五郎の手蹟指南書でお琴と一緒だった志保と五十吉という姉弟とその家族の話です。
父親の仲三が何かと母親のおきわや子供たちに手をあげるようになったという話を聞いて、お勝が乗り出すのです。
ただ、仲三一家の問題を解決する方法、そして仲三の目を覚ます出来事があまりに都合がよすぎる印象です。
軽く読める時代小説の常として、ある程度のご都合主義は仕方のないところかもしれませんが、この話の場合はちょっとばかり出来すぎだと思われます。
ちなみに、仲三が働く染屋があるという藍染川は、西條奈加の直木賞受賞の『心淋し川』という作品の中で「心淋し川」と呼ばれている川が合流する川です。
申し訳ないけれど、本シリーズも軽く読める面白い作品ではあるものの、人情時代小説としての作品の深み、人間の描き方では、やはり『心淋し川』に軍配が上がるのは仕方のないところです。
「第三話 老臣奔走す」は、後に判明する旗本榊原家の用人である彦坂伴内という侍が、主家のために自らの財産までをも投げうって奉公しようとする姿が描かれています。
彦坂伴内から主家の事情を聞かされたお勝は、いつものように情報を収集し、彦坂に裏の事情を教えるのです。
そこから先は彦坂ら侍の判断で動くことになります。侍はそうした裏事情を知り得ない、という前提での話ですが、そこらをつつく必要もないでしょう。
「第四話 望郷の譜」は、ごんげん長屋の住人である彦次郎、およし夫婦の物語です。
まさに人情物語であって、哀しみに満ちた物語でもあり、愛情にあふれた物語だともいえるかもしれません。
とはいえ、微妙に無理筋の話、だという気もしていて、なんとも言いようのない作品でもあります。
本シリーズは、通俗的な人情小説として軽く読める作品を期待する向きにはもってこいのシリーズだと言えるでしょう。
これからも続編を期待したいと思っています。