小物に手の込んだ刺繍を施す、腕の良い縫箔師である咲。ある日、立ち寄った日本橋で、飛燕の意匠が施された簪に目を奪われる。買おうとしたその時…(「飛燕の簪」)。咲と男前だが女たらしの簪職人の修次は、突如現れた双子「しろ」と「ましろ」に翻弄されながら、刺繍や意匠をきっかけに不思議な縁を紡いでいく。ほろりと泣ける、文庫書き下ろし三編。(「BOOK」データベースより)
全部で三話からなる、人情ものの連作の短編時代小説集です。
本書の主人公は、縫箔師として身を立てている、もう二十六歳にもなる咲という名の女職人です。
縫箔とは何なのか、不勉強な私は何も知らなかったのですが、調べると「縫箔は、縫い(刺しゅう)と箔(摺箔(すりはく))を用いて裂地(きれじ)に模様加工をすること。」とありました。( 『職人尽絵詞』に見る、『江戸時代の職業・風俗』 : 参照 )
この縫箔師の女職人が、ひょんなことから知り合った修次という簪職人とともに、いずこともなく現れたしろとましろという双子の子らを狂言回しとしながら、心がほんのりと暖かくなる人情話を繰り広げます。
第一話「飛燕の簪」では、奉公に出る姉のために簪をもとめる一人の男の子に一肌脱ぐ二人を、第二話「二つの背守」では、生き別れになった年老いた姉妹の再会の物語を、第三話「小太郎の恋」では、蕎麦屋で出会った小太郎という大工の恋模様の話がそれぞれに語られます。
そもそも、この物語のベースはしろとましろという正体不明の双子なのですが、この双子が、主人公の咲がよくお参りする小さな稲荷神社の小さな鳥居の脇に鎮座する神狐の化身ではないか、との思わせぶりに登場をしながら正体不明のままに物語は進みます。
そして、第一話で知り合った簪職人の修次とともに、縫が関わることになるそれぞれの話で巻き起こるいざこざを解決していくのです。
設定はファンタジックで面白く、なかなかに関心を持って読み始めました。
ただ、今ひとつ話にのりきれません。どうしても物語自体が深みを感じられず、上っ面を流れていく感じなのです。多分、それは登場してくる人物についての書き込みがあまり無いことと、話の流れが少々都合が良すぎることなどに原因があると思います。
この作者の『上絵師 律の似面絵帖シリーズ』ではそうしたことは感じなかったのですから、本作については作者があえてそのように書いたものなのでしょうか。もしかしたら、本作と『上絵師 律の似面絵帖シリーズ』との間には一年間という機関があることから、作者の力量が挙がったのかもしれません。
ともあれ、新しい時代小説としての書き手として注目していい作家の一人であることは間違いないと思っています。