光のとこにいてね

光のとこにいてね』とは

 

本書『光のとこにいてね』は、2022年11月にソフトカバーで刊行された、長編の恋愛小説です。

第168回直木賞の候補作であり、また2023年本屋大賞のノミネート作品でもあるかなり評価の高い作品ですが、私の個人的な好みとは異なった作品でもありました。

 

光のとこにいてね』の簡単なあらすじ

 

第168回直木賞候補作&2023年本屋大賞ノミネート?

刊行以来、続々重版。大反響、感動、感涙の声、続々!
令和で最も美しい、愛と運命の物語

素晴らしい。久しぶりに、ただ純粋に物語にのめりこむ愉悦を味わった。
さんざん引きずり回された心臓が、本を閉じてなお疼き続ける──そのまばゆい痛みの尊さよ。(村山由佳)

まぶたの裏で互いの残像と抱き合っていた二人のひたむきさが、私の胸に焼き付いて離れない(年森 瑛)

ーーほんの数回会った彼女が、人生の全部だったーー

古びた団地の片隅で、彼女と出会った。彼女と私は、なにもかもが違った。着るものも食べるものも住む世界も。でもなぜか、彼女が笑うと、私も笑顔になれた。彼女が泣くと、私も悲しくなった。
彼女に惹かれたその日から、残酷な現実も平気だと思えた。ずっと一緒にはいられないと分かっていながら、一瞬の幸せが、永遠となることを祈った。
どうして彼女しかダメなんだろう。どうして彼女とじゃないと、私は幸せじゃないんだろう……。

ーー二人が出会った、たった一つの運命
  切なくも美しい、四半世紀の物語ーー( 内容紹介(出版社より))

 

光のとこにいてね』の感想

 

本書『光のとこにいてね』は、ある二人の女性の小学生、高校生、そしてそれぞれに結婚している二十九歳になた生活を通して二人の関係性を描きだす感動に満ちた作品です。

一応は恋愛小説と分類していますが、形を変えた恋愛小説もしくは家族小説と言った方がいいのかもしれません。

第168回直木賞の、そして2023年本屋大賞の候補作となっていて、ネット上でもかなり評価が高く、感動的したなどの文言が並んでいる作品です。

 

登場人物としては、小瀧結珠校倉果遠という二人の女性が主人公として登場します。

小瀧結珠は医者の家庭のお嬢様です。ただ、母親が精神的なネグレクトと言ってもよさそうな問題のある母親です。兄がいますが、自分のことしか考えず、友人の藤野素生を結珠の家庭教師として紹介します。

校倉果遠は極端なオーガニック信者であるシングルマザーの母親のもと、友達も作ることができずいつも一人でいる子です。ただ、隣の部屋に住む、いつも男を連れ込んでいるチサという女だけは果遠を受け入れてくれていたのでした。

小学生時代の突然の別れの後、高校生時代の再会と別れ、そして二十九歳になった二人が、結珠が夫と共に引っ越してきたとある町で二人は再度出会います。

その町でスナックを開いていたのが果遠であり、海坂水人という夫との間に一人娘の瀬々が生まれていました。この瀬々を通して結珠と果遠はかつてのような仲を取り戻していくのです。

 

評価の高い本書『光のとこにいてね』ですが、何度も書いてきたように作品の客観的な評価は高くても個人的な好みは別なものであって、私の好む作品とは言えませんでした。

確かに、主人公の二人の女性の描き方は素晴らしいものがあり、この二人の女性の今後などが気にならないと言えば嘘と言えます。

しかし私の好きな作品とは、作品自体のストーリー展開がはっきりとしたものであり、登場人物の内心を深く追求するものには惹かれないのです。

その点、本書は二人の女性の相手への想いをきめ細やかに表し、何とも表現しようのない関係性を醸し出していて、物語性というよりは、二人の関係性そのものが表現されているようです。

つまり、本書は小瀧結珠と校倉果遠という二人の女性の関係性を描いている物語だと言っても過言ではありません。

 

本書『光のとこにいてね』の構成を見ると、性格の異なる二人の主人公それぞれの視点での語りが交互に入れ替わるものであり、二人の生活をお互いの視点で描き出すユニークなものです。

ものの見方の一面性を排除したさすがに直木賞、本屋大賞両賞の候補となる作品だと感心したものです。

そして、この二人の成長が小学二年生のとき、高校生時代、そして二十九歳になった二人と、その時を経た感覚で描かれていきます。

とは言っても、そこには母娘や子育て、さらには家族としての在り方を考えざるを得ない要素が満載です。

そうした視点もまた読者の心を打つのだと思います。

 

ただ、二人の関係性を丁寧に描いてあるのはいいのですが、それ以外の二人のそれぞれの親や仲間などへの配慮があまり無いように感じられてしまったとも言えます。

また、クライマックスも決して納得できる運びだったとは言い難く、残念に感じたものです。

でも、それは個人的な好みが反映された実に主観的な印象なのでしょう。

好みとは別に、読むべき本の一冊だということは言えそうな作品でした。

 

ちなみに、本書初版だけの話ですが、スピンオフ掌編として「青い雛」という短編がついています。

果遠の隣の部屋に住むチサという女目線の物語で、果遠が結珠のいる高校に現れた事情が描いてありました。

また、「初めての出会いから8年後――。高校生になったある日、結珠と果遠に訪れた、ささやかだけれど、煌めくような一瞬」を描いた掌編もネット上に公開してありましたので、少しでも本書に興味がある方は読んでみた方がいいと思います。

ほどなく、お別れです

ほどなく、お別れです』とは

 

本書『ほどなく、お別れです』は『ほどなく、お別れですシリーズ』の第一弾で、2018年12月に小学館からソフトカバーで刊行され、2022年7月に288頁で文庫化されたファンタジックなヒューマンドラマの中編の小説集です。

とても評判のよい作品のようですが、個人的には続編を読むかどうかを迷うほどの印象でした。

 

ほどなく、お別れです』の簡単なあらすじ

 

この葬儀場では、奇蹟が起きる。

夫の五年にわたる闘病生活を支え、死別から二年の歳月をかけて書き上げた「3+1回泣ける」お葬式小説。

大学生の清水美空は、東京スカイツリーの近くにある葬儀場「坂東会館」でアルバイトをしている。坂東会館には、僧侶の里見と組んで、訳ありの葬儀ばかり担当する漆原という男性スタッフがいた。漆原は、美空に里見と同様の“ある能力”があることに目を付け、自分の担当する葬儀を手伝うよう命じる。漆原は美空をはじめとするスタッフには毒舌だが、亡くなった人と、遺族の思いを繋ごうと心を尽くす葬祭ディレクターだった。

「決して希望のない仕事ではないのです。大切なご家族を失くし、大変な状況に置かれたご遺族が、初めに接するのが我々です。一緒になってそのお気持ちを受け止め、区切りとなる儀式を行って、一歩先へと進むお手伝いをする、やりがいのある仕事でもあるのです」–本文より

【編集担当からのおすすめ情報】
「私の看取った患者さんは、
『坂東会館』にお願いしたいです」
ーー夏川草介(医師・作家『神様のカルテ』)氏推薦!

全国の書店員さんが熱烈支持!
『神様のカルテ』以来の最強デビュー作!

「登場人物それぞれの気持ちに涙し、最期の別れの儀式を通して美空が成長していく様子を、まだまだ読みたいと思いました。心があたたかくなる作品です」
ーー宮脇書店ゆめモール下関店・吉井めぐみさん

「坂東会館のお葬式は、旅立ちを迎えるその人の、生きた道を最後に照らす、あたたかい光でした」
ーー平和書店TSUTAYAアルプラザ城陽店・奧田真弓さん

「大切な人を亡くした時、ずっと思い続けることが愛だと思っていた自分に、愛ある別れは必要だと、この作品は教えてくれた」
ーージュンク堂書店滋賀草津店・山中真理さん

「別れが来ないうちに、生きているうちに伝えなければならない思いがある。抜群のデビュー作です」
ーー小学館パブリッシングサービス・松本大介さん( 内容紹介(出版社より))

 

ほどなく、お別れです』の感想

 

本書『ほどなく、お別れです』という作品は、葬儀場を背景としたお仕事小説であって、大切な人との別れの場を描いた三篇の中編からなる感動の作品集です。

本書の主人公の美空は強い霊感の持ち主であり、その能力をもとに葬儀場ならではの切なさに満ちた別れを心温まる旅立ちとして送り出します。

 

「全国の書店員さんが熱烈支持! 『神様のカルテ』以来の最強デビュー作!」という惹句に惹かれて読んでみたのですが、『神様のカルテシリーズ』に比してみるとそれほどとは思えない、というのが正直な感想でした。

神様のカルテシリーズ』では主人公の医者が医者としての日常の中で患者さんの死に直面し、看取る姿が描かれています。

それに対し、本書『ほどなく、お別れです』ではすでに亡くなられた方がいて、その方を見送る、または見送られるという話が描かれているのです。

ここで主人公が霊感が強く、また僧侶とともに死者との会話ができるという特殊能力があり、葬儀の裏側にある諸事情を知ることができるという設定になっています。

個人的には、本書は『神様のカルテシリーズ』と比べるべくもない、という印象になったのは、このようなファンタジックな設定であったことが一番大きいのだと思っています。

 

 

主人公の大学四年生で葬儀社「坂東会館」のアルバイト清水美空は、亡くなった人の霊が見えるという特殊な能力を有していました。

美空には美空が生まれる前に亡くなった美鳥という名の姉がいたのですが、その姉の存在を感じられていたのです。

また、美空の斎場でのアルバイトは、会館の社長が美空の父親の友人だったことから決まった仕事であり、母親も同居している祖母も礼儀作法が身につくと賛成してくれたのです。

ある日、かわいがってもらっている先輩社員の赤坂陽子からの手伝い依頼の連絡を受けた美空が坂東会館へと向かうと、ある通夜の席の後片付けをすることになりました。

その通夜の担当であった葬祭ディレクターの漆原は、「遺体にまつわる複雑な事情を見抜く観察力と、抜きん出た現場対応能力の持ち主」でした。

またその通夜の式を務めた光照寺の僧侶の里見道生は、漆原の友人でもあり、また亡くなった方と話ができるという能力を有していて、この二人が行う葬儀は心休まる葬儀となるのも当然だったのです。

 

第一話は上記のようにして始まりますが、このようにして美空、漆原、里見という三人組が担当する葬儀の様子が語られていきます。

彼らの担当する葬儀は、里見の能力や漆原の対応力の高さに美空の霊を感知できる能力も加わって、一段と心のこもったお見送りをすることができるのです。

こうして、美空の担当する葬儀に絡んだ人間ドラマが展開されますが、そこには感動的なドラマが存在するのでした。

 

ほどなく、お別れですシリーズ』の項でも書いたのですが、死者との対話と言えばまずは辻村深月の『ツナグ』という作品が思い出されます。

テレビドラマ化もされた、死者との再会の仲介をしてくれる「ツナグ」の存在を通した人間ドラマを描いた作品集でした。

 

 

この『ツナグ』という作品はかなり惹き込まれて読んだ作品でしたが、本書『ほどなく、お別れです』の作者長月天音という人は本書がデビュー作だということであり、辻村深月などというベストセラー作家と比較するのは酷だとは思います。

しかし、それが作品を作品として見たときの純粋な感想なのです。

ただ、作家としての経験の差ということを読み手が心しておけばいいのではないでしょうか。

 

結局、『神様のカルテシリーズ』ほどではないとは言ったものの、本書も小学館文庫小説賞を受賞していることもあり、死者との会話という仕掛けを通しての物語の構築力は素晴らしいと思われ、今後を期待してみたいと思います。

教誨

教誨』とは

 

本書『教誨』は、2022年11月に317頁のハードカバーとして刊行された長編の犯罪小説です。

我が子を殺した一人の女性の本当の心を探り、人間の犯す「罪」について考えさせられた、読み応えのある一冊でした。

 

教誨』の簡単なあらすじ

 

女性死刑囚の心に迫る本格的長編犯罪小説!

幼女二人を殺害した女性死刑囚が最期に遺した言葉ーー
「約束は守ったよ、褒めて」

吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。香純は、響子の遺骨を三原家の墓におさめてもらうため、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉の真意を探るため、事件を知る関係者と面会を重ねてゆく。

【編集担当からのおすすめ情報】
ベストセラー『孤狼の血』『慈雨』『盤上の向日葵』に連なる一年ぶりの長編!

「自分の作品のなかで、犯罪というものを一番掘り下げた作品です。執筆中、辛くてなんども書けなくなりました。こんなに苦しかった作品ははじめてです。響子が交わした約束とはなんだったのか、香純と一緒に追いかけてください」(内容紹介(出版社より))

 

教誨』の感想

 

本書『教誨』は、これまでの柚木裕子の作品とは微妙にその傾向が異なっている印象です。

これまでの作品のように犯された犯罪の動機を明らかにする点では同じだといえますが、本書ではさらにその動機自体の曖昧さを追求してあるのです。

犯人の育ってきた環境や今の生活環境に着目する物語はこれまでもありましたが、犯行動機自体のありように迫った作品は私の知る限りはなかったように思います。

 

本書の主人公は事件の犯人でもなく、ましてや警察関係者や探偵でもない単なる普通の一般人です。

死刑囚三原響子の身柄引受人で遺骨と遺品を受領した遠縁の吉沢香純は、今はいない響子の「約束は守ったよ、褒めて」という最後の言葉を聞いて、その意味を知るために響子の人生を掘り起こし、彼女の抱えていた悲哀を明らかにしていきます。

一般の推理小説では警察や探偵の地道な捜査の結果、犯人そのものや犯罪の実行方法などが明らかにされるその過程がサスペンスフルに描かれたり、犯行動機に心打たれたりします。

本書の場合もその点は同じことで、ただ探偵役が一般人というだけです。異なるのは、明らかにされた犯行動機そのものの曖昧さです。

 

死刑囚だった響子の人生が明らかになっていくにつれ、響子の過去が明確になっていきます。

その過程で明らかになる響子の人生の哀しさが、田舎の濃密で狭量な人間関係により引き起こされたものでもあり、その小さな世界で生きていかざるを得ない人々の悲しみを示しているようです。

そこで責められるべきは誰なのか、勿論響子自身が非難されるべきなのはそうなのですが、その非難には考慮すべきものがあるのではないか、そこに焦点があります。

 

本書『教誨』のテーマは「犯罪とは何か」だと思うのですが、視点を変えると、結局は犯罪を犯した人の主観面への考慮の難しさということになるのでしょう。

そして、その延長線上には裁判の限界まで視野に入ってくると思うのです。

現実に即して言うと、客観的に判断せざるを得ない犯罪行為が、最終的に刑罰の対象になり得るか、すなわち前に述べた非難に値するか、という判断になることの困難さがあります。

その主観面についての判断を可能な限り客観的に、そして正確に為そうとする結果がいまの裁判制度でしょう。

ですから、どうしても限界の事柄はあると思われるのです。

 

本書では響子が何も語らないという難しさもあり、響子が犯した罪への考察の困難さを増しています。

こうした事例に対してどうすればいいのか、答えが存在するものなのかそれすらわかりません

 

本書『教誨』でも問題の一つとして挙げられていることの一つに田舎の閉鎖性ということがあります。

近年もとある町で移住者に対するある提言が話題になっていたように、田舎人間関係に置いての過干渉ということは昔から言われているところです。

田舎暮しは草刈りや共有地の掃除などの共同作業により維持されるところが多く、地域共同体全体で作業を行うことで共同体の存立が維持できているところがあります。

しかしながら、都会住まいの人はプライバシーが確立された社会で生きていたため地域の共同作業になじめないといいます。

そうした村社会の濃密な人間関係を背景に、殺人という禁忌を犯した犯罪者に対する近隣の眼の厳しさと、それ故に内にこもらざるを得ず、他者との交流を築けなかった人間の心の内が暴かれていきます。

その過程は読者も惹き込まれずにはおれません。

 

ただ、真相が明らかになる最後の最後が結局はすべてを知る一人の人物によって明らかにされるという構成は、若干残念に感じました。

最後の最後にひとまとめに解決させてしまうのは、これまでの吉沢香純の働きが減じてしまうように感じたのです。

とはいえ、この点はそれほど大きなことではないとも思えます。

 

著者柚月裕子の示すテーマは考えはじめたらきりがありませんが、一つ一つ対処してゆくしかできないものでしょう。

本書『教誨』は、物語として面白い作品だとはちょっと言いにくいものの、しかしかなり惹き込まれて読んだ作品でした。

駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ

駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』とは

 

本書『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』は『軌道春秋シリーズ』の第二弾で、作者自身によるあとがきまで入れて371頁の文庫本書き下ろしで、2022年10月に刊行された短編小説集です。

この作者の長編作品に比べると感傷に流された作品が多い印象の作品集でした。

 

駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』の簡単なあらすじ

 

妻の介護に疲れ、行政の支援からも見放された夫は、長年連れ添った愛妻を連れ、死に場所を求めて旅に出る(表題作「駅の名は夜明」)。幼い娘を病で失った母親が、娘と一緒に行くと約束したウィーンの街に足を運ぶ。そこで起きた奇跡とは?(「トラムに乗って」)。病で余命いくばくもない父親に、実家を飛び出し音信不通だった息子が会いにいくと…(「背中を押すひと」)。鉄道を舞台に困難や悲しみに直面する人たちの再生を描く九つの物語。大ベストセラー『ふるさと銀河線 軌道春秋』の感動が蘇る。(「BOOK」データベースより)

目次

トラムに乗って/黄昏時のモカ/途中下車/子どもの世界 大人の事情/駅の名は夜明/夜明の鐘/ミニシアター/約束/背中を押すひと

 

駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』の感想

 

本書『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』は前著『ふるさと銀河線 軌道春秋』と同様に、「トラムに乗って」から「ミニシアター」までのうち「夜明の鐘」を除く六編は深沢かすみ氏の漫画の原作として書かれたものだそうです。

本書冒頭からの二編ずつが、ウィーンの路面電車のトラムを舞台にした話、北海道のローカル鉄道にあるという「レストラン駅舎」という架空の食堂を舞台にした話、JR九州の久大本線に実在する「夜明駅」を舞台にした話になっています。

 

本書掲載の各物語を一言でいえば、話が都合がよすぎると要約できます。

登場する人物たちはそれぞれに苦悩を抱え、悩み、苦しんでいて、そこにたまたま居合わせた婦人や近くの店の人などの助けが入り自ら立ち直っていきますが、その流れがいかにも単純であり、安易に感じられてしまいました。

ですから、『ふるさと銀河線 軌道春秋』の項でも書いたと同様に、本書においてもまた「若干の感傷が垣間見える作品集」と言わざるを得ません。

ただ、そこでは「’感傷’の香りも後退してい」ったと書いていますが、本書の場合は全編が感傷の香りが強いと言ってもいいと思われます。

 

 

視覚に訴える絵という媒体を通す漫画が短いコマ数の中で物語を描き出す場面では、本書『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』の各短編のような単純な物語こそが生きてくるものなのかもしれません。

しかし、小説の場合、文字を通して想起される読者のイマジネーションだけで全部が構築されます。

その場合、あまりに単純な展開では足りず、作者の表現力によって読者の想像を導くにしても限界があると思われ、結果として本書の場合あまりうまく行っているとは思えませんでした。

同じようなことは、青山美智子の『マイ・プレゼント』という作品でも感じたことがあります。青山美智子の長編作品では感動的な物語が紡がれているのに、同じ作者の短編ではどうしても感傷的に過ぎるとしか感じませんでした。

 

 

ただ、本書『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』の最後の「背中を押すひと」は、作者の高田郁が作家としてやっていくきっかけとなった作品だそうで、私の個人的な事情も重なり、それなりに心に沁みました。

私の亡父が職場で倒れた折り、駆けつけた私が背負って病院まで連れて行ったのですが、その軽さに驚いた記憶に結びついたのです。

この作品は作者が加筆修正されているので当時の文章そのままではないのですが、作者の高田郁が最初に書いた作品であり現在の高田郁の原型はあるのではないでしょうか。

そして、時代小説での主人公の頑張る姿の描写へと繋がっていると思うのです。

 

結局、本書『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』は単純にストーリーだけを追っていくには気楽に読める作品でしょう。

しかし、私とってはそこを越えて心に迫るものがあるかと言えばちょっと難しいと言わざるを得ない作品集だったと言わざるを得ませんでした。

レッドゾーン

レッドゾーン』とは

 

本書『レッドゾーン』は2022年8月に刊行された318頁という長さの長編の医療小説です。

2021年4月に刊行されたこの作者の『臨床の砦』に次いで書かれた作品で、我が国のコロナ禍に立ち向かった、信州にある公立病院の医療従事者たちの姿を描きだした感動的な物語です。

 

レッドゾーン』の簡単なあらすじ

 

病む人がいるなら我々は断るべきではない。

【第一話】レッドゾーン
日進義信は長野県信濃山病院に勤務する内科医(肝臓専門医)だ。令和二年二月、院長の南郷は横浜港に停泊中のクルーズ船内で増加する新型コロナ患者の受け入れを決めた。呼吸器内科医も感染症医もいない地域病院に衝撃が走る。日進の妻・真智子は、夫がコロナ感染症の患者を診療することに強い拒否感を示していた。

【第二話】パンデミック
千歳一郎は五十二歳の外科医である。令和二年三月に入り、コロナの感染者は長野県でも急増していた。三月十四日、千歳は限界寸前の日進に変わり、スペイン帰りの32歳女性コロナ確定患者を診察し、涙を流される。翌日、コロナ診療チームに千歳が合流した。

【第三話】ロックダウン
敷島寛治は四十二歳の消化器内科医である。コロナ診療チームに加わって二月半が過ぎた。四月上旬、押し寄せる患者に対応し、信濃山病院が総力戦に突入するなか、保健所は感染症病床を六床から十六床に増床するよう要請する。医師たちはすべての責務を信濃山病院だけに負わせようとする要請に紛糾するが、「病める人がいるのなら、我々は断るべきでない」という三笠内科部長の発言により、増床を受け入れる。
(内容紹介(出版社より))

 

レッドゾーン』の感想

 

本書『レッドゾーン』は、著者夏川草介が2021年に出版した『臨床の砦』の続編です。

 

 

続編とはいっても物語が続いているという意味ではなく、時系列的にはその前の日本でコロナウイルスが蔓延するごく初期から最初の緊急事態宣言発出に至るまでの一地方病院の姿が描かれています。

具体的には、『臨床の砦』の舞台であった信州の信濃山病院に勤務する三人の医師を中心にして、情感豊かに、しかし事実をもとに描かれている作品です。

ただ、物語としては各話での中心となる医師がこの三人というだけで、例えば理事長の南郷や、内科部長の三笠、循環器内科医の富士などの医師たち、また四藤らの看護師といった人々がそれぞれに重要な地位を占めています。

それだけではありません。各話の中心となる医師たちの家族もまたこの物語の重要な登場人物と言えます。

 

三人の医師とは、第一話が肝臓内科医の日進義信、第二話が外科医の千歳一郎、第三話が消化器内科医の敷島寛治です。

彼らの勤務する長野県信濃山病院は病床数二百床弱の公立病院で、公立病院であるがために横浜港に入港したクルーズ船で発生したコロナ患者の要請を受け入れることとしたというのです。

しかし、信濃川病院は感染症指定医療機関ではあっても、呼吸器内科医はおらず、陰圧室もやっと機能している状態の病院です。

そうしたなか、三笠医師の「病める人がいるのなら、我々は断るべきではない。それだけのこと」という考えなど、各医師の単純な、しかし真摯な思いから他の病院が拒絶しているコロナ患者の治療に立ち向かうのです。

 

本書『レッドゾーン』にはほかにも、三笠医師の説明に出てくる、きわめて秘匿性の高い特殊な診療現場であるために情報が非公開であるがゆえの「沈黙の壁」という言葉など、胸に刺さる表現が随所に見られます。

特に、本書の帯に書いてある敷島医師の娘が言った「お医者なのに、コロナの人、助けてあげなくていいの?」という質問は強烈でした。

 

前巻『臨床の砦』でもそうでしたが、本書『レッドゾーン』でも私たちが知らなかったコロナウイルス関連の事実が取り上げられています。

とくに、日本で最初のコロナ患者と言われる横浜でのクルーズ船での感染症患者の発生のとき、神奈川で174人の入院患者を受け入れることができなかったという話には驚きました。

つまり、神奈川の病院は新たな感染症について何も分かっていないために新規の感染症患者の引き受けを拒んだということであり、だからこそ国は公立病院という伝家の宝刀を抜いたのだろう、と作者は三笠医師に言わせています。

ここで述べられている数値、また受け入れ拒否という話は事実であり、だからこそ全国の公立病院に受け入れ要請が出たのでしょう。

また驚きという点では、指揮系統が違うおかげで保健所が救急車を動かすことはできないず、現状ではコロナ患者の移送に救急隊の助力は得られない、という話も同様でした。

 

前巻の『臨床の砦』の時もそうでしたが、私達一般人はテレビのニュースなどを通じて初期のコロナについての情報を得ていました。

そしてその中で医療従事者たちの奮闘ぶりを目の当たりにし、感謝をし、コロナを撃退してくれることを願っていたものです。

しかし、本書『レッドゾーン』を読む限りでは、ニュースを通して得ていた情報は医療従事者たちの苦労のほんの少ししか分っていなかったことを思い知らされました。

 

ここで、個人的なことを言うと、私の住む市での最初のコロナ患者となった看護師さんの勤務する病院の理事長の対処が見事で、病院名を公表し初期対応を見事にやりとげ、クラスターの発生も防いだのです。

しかし、病院名の公表はかなりの誹謗中傷を呼ぶことにもなり、その病院の医療従事者の皆さんはそれこそ本書にも書いてあるような理不尽な対応を受けたと聞いています。

私の学生時代の同級生でもある院長を始めとするその病院関係者がどれほど苦しくつらい目に遭っていたかわかっていたつもりでしたが、本書を読んでその認識がいかに甘いものであったかを思い知らされました。

 

話を元に戻すと、医療従事者たちが直面した事実には、彼らの心理的な負担や思いもふくまれます。

例えば、日進医師の息子でやはり医師である日進義輝の、信濃川病院のコロナ患者受け入れの判断は職員の命を軽んじることであり無責任だ、という言葉はそれなりの重みがあるようです。

しかし、現にほかに行き場のない患者がいるとき、その患者に同じ言葉を言えるか、ということなのでしょう。結局は、現場にいない私達には判断のしようもないと思えます。

 

本書『レッドゾーン』で描いてあるエピソードはその全てが強烈な印象であり、紹介のために取り上げていたら本書を丸写しすることにもなりかねないほどに胸に迫ります。

作者の夏川草介は読者が楽しく読めるような作品を書きたい、という趣旨のことをおっしゃっていたと思いますが、本書の場合、リアルな現実を描く以上そうしたことは言っておられないのでしょう。

読んでいて、正直、辛さを感じる場面が数なからずありましたが、そうした中でも信州の美しい自然を織り込みながらの語りはさすがのものでした。

夏川草介という作家の文章は、本書のような理不尽で悲惨な状況においても信州の美しい風景の描写を織り込んであるためか、状況の過酷さが和らいでいると思われるのです。

 

次から次にウイルスの新たな変種が生まれ、感染の波も繰り返し襲ってきましたが、何とか落ち着いて「ウィズ コロナ」という言葉が現実になりそうなこの頃です。

医療従事者を始めとする、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの努力はただただ頭が下がるばかりです。

あとは、私達自身が、できることを十分にやて、互いへの思いやりを持って生きていくことが大切だと思います。

本書『レッドゾーン』は、そうしたことを改めて思い出させてくれる作品でした。

丘の上の賢人 旅屋おかえり

丘の上の賢人 旅屋おかえり』とは

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は『旅屋おかえりシリーズ』の第二弾で、2021年12月に210頁の文庫本書き下ろしで出版された長編の現代小説です。

本書には、本編の他に「フーテンノマハSP」と題された原田マハのエッセイや高校時代のエピソードの漫画化作品、それに瀧井朝世氏の解説まで収納されている、軽く読める作品です。

 

丘の上の賢人 旅屋おかえり』の簡単なあらすじ

 

売れないタレント・おかえりこと丘えりかは、依頼人に代わり旅をする「旅の代理人」。秋田での初仕事を終え、次なる旅先は北海道ーある動画に映っている人物が、かつての恋人か確かめてほしいという依頼だった。依頼人には、初恋を巡るほろ苦い過去があって…。『旅屋おかえり』未収録の、幻の札幌・小樽編が待望の書籍化。北海道旅エッセイ&おかえりデビュー前夜を描いた漫画も収録した特別編!(「BOOK」データベースより)

 

本書冒頭で簡単に主人公の紹介を終えた後、どこかの丘の上でひとり座っている中年の男性を若者たちが足蹴にする動画が紹介されています。

丘の斜面を転がり落ちた男性を追いかけて蹴り続け、若者たちが去った後、その男性は再び丘の上に戻り、またひとり膝を抱えて動かなくなるのです。

それは主人公の会社に送られてきた「フール・オン・ザ・ヒル」というタイトルのメールに添付されていた動画でした。

そのメールは、もしかしたら自分のかつての恋人とかもしれないので、主人公にその人物の確認などをしてもらいたいという内容でした。

 

丘の上の賢人 旅屋おかえり』の感想

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、『旅屋おかえりシリーズ』(と言っていいと思います)の第二弾であり、旅にいけない人の代わりに旅をすることを業としている女性の物語です。

本書の主人公は、所属しているプロダクションの社長がつけてくれた「丘えりか」という芸名の売れないタレントであり、「おかえり」さんと略して呼ばれています。

おかえりさんは、ちょっとしたミスで唯一のレギュラー番組であった「ちょびっ旅」をおろされていたところに、代わりに旅行をしてもらえないかという依頼が舞い込み、「旅屋おかえり」として、「あなたの旅、代行します」、という新ビジネスを始めたのでした。

そのお帰りさんが所属しているプロダクションは「よろずやプロ」といい、社長は名刺の肩書に「元プロボクサー、いま社長」と書いている萬鉄壁という人物です。

またこのプロダクションにはほかに、かつてはセクシーアイドルで今は事務所のアイドルだという、事務及び経理担当副社長の澄川のんのがいます。

 

このおかえりさんに今回も旅の依頼が舞い込むのですが、その依頼に関して見せられたのが丘の上に座る男性と、その男性を蹴りつける若者たちの姿の映像だったのです。

依頼者は代官山でアクセサリーの制作、販売の会社「リュパン・ルージュ」の経営している古澤めぐみという人物で、依頼の内容は動画の男性の人物像を知りたいというものでした。

この古澤めぐみも自分の姉が絡んだことで故郷を捨てた過去があり、自分では確認をしに行けないというのです。

ただその目的地が札幌ということで、この仕事を請けるか否か迷いに迷いますが、結局はこの依頼を受けるおかえりさんでした。

というのも、北海道の礼文島が故郷であるおかえりさんは、十八歳で芸能界に入るにあたり、病気で他界した父親と残された家族に芸能界で花ひらくまでは帰らないと約束して島を出ていたのです。

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、こうした故郷に帰りにくい事情を持つ主人公と、かつての恋人かどうかの確認を願う依頼者という、なんとも浮世離れした舞台設定ということもあってか若干の感情移入のしにくさを感じる作品でもありました。

ただ、本書は本編の「丘の上の賢人」は153頁の長さしかなく、その後に15頁のエッセイ、そして30頁強の漫画があって瀧井朝世氏の解説と続きます。

つまりは文章が読みやすいということもあって、それほど時間をかけずに読み終えることができるのです。

 

でも、確かに軽くて面白い物語ですが、「fool on the hill」というビートルズの楽曲をテーマに書かれた作品であることはいいのですが、丘の上にいる男、という設定がどうにも素直には感情移入できませんでした。

物語がどうにも感傷過多であり、そのことは、ほかの登場人物の家族や姉妹の関係性にしても同様なのです。

そもそも、本書は「旅」がテーマになった作品であり、感傷的な場面が前面に出るのも仕方のない連載であったのかもしれません。

しかしながら、本書のようにいざ文庫本を読むとその感傷の量の多さに若干ひいてしまいました。

かつての恋人を想いひとり丘の上で坐っている男、という設定そのものが受け入れ難いのです。

 

 

もしかしたら、ある意味少女趣味だと言われかねないストーリーに対する先入観なり、偏見がある私自身の読み方の問題かもしれません。

そうした感傷過多の側面を除けば、単純に気楽なファンタジー物語であり、つまりは楽に読めるほのぼの小説ともいえるのです。

 

かつて読んだこの原田マハという作家の処女作『カフーを待ちわびて』という作品も感傷的と言える作品でしたが、本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』のように感傷過多という印象はなかったと記憶しています。

もしかしたら、読み手である私自身の読み方に差が出てきたのかもしれません。

 

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、軽く、ほのぼの系の物語を読みたいという人には最適な作品といえるのでしょう。

 

ちなみに、本シリーズの前巻をもとに安藤サクラ主演でドラマ化されているそうです。

また、2022年10月10日(月・祝) には「旅屋おかえり」愛媛・高知編 が再放送されると記載してありました。

詳しくは下記サイトを参照してください。

ツナグ 想い人の心得

ツナグ』とは

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は『ツナグシリーズ』の第二弾で、2019年10月に刊行されて2022年6月に416頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。

前巻の『ツナグ』から七年後の世界での歩美の生き方を中心に描かれた、前巻同様の感動的な作品です。

 

ツナグ』の簡単なあらすじ

 

僕が使者だと打ち明けようかー。死者との面会を叶える役目を祖母から受け継いで七年目。渋谷歩美は会社員として働きながら、使者の務めも続けていた。「代理」で頼みに来た若手俳優、歴史の資料でしか接したことのない相手を指名する元教員、亡くした娘を思う二人の母親。切実な思いを抱える依頼人に応える歩美だったが、初めての迷いが訪れて…。心揺さぶるベストセラー、待望の続編!(「BOOK」データベースより)

 

プロポーズの心得
使者から代理での依頼はだめだと断られた神谷ゆずるは、せっかくの機会だからと、顔も知らない父久間田市郎に会うことにした。母親はゆずるがいていてよかったと言ってくれていたのだが、ゆずるは父親から逃がれた母親の人生を縛ったのではないかと悩んでいたのだ。

歴史探究の心得
おもちゃメーカーの「つみきの森」で働き始めて二年目の歩美は、鶏野工房に向かう途中で使者への連絡を受けた。新潟県の元公立高校の校長だったという依頼者の鮫川は、上川岳満という郷土の名士の研究家として二つの謎を知りたいというのだった。

母の心得
二組の母娘の物語。一組は重田彰一・実里夫妻が依頼人で、相手は五年前に水難事故で六歳で亡くなった娘重田芽生であり、もう一組の依頼人は小笠原時子で、相手は二十年以上も前に二十六で亡くなったその娘の瑛子だった。共に母親の子に対する責任が問われる。

一人娘の心得
鶏野工房の一人娘の奈緒は父親のあとを継ごうと努力していたが、その父親が突然心臓病で亡くなってしまう。歩美は奈緒のことについて社長からは何も聞いていないものの、自分の「使者」としての立場を教えるべきかどうかを悩むのだった。

想い人の心得
蜂谷茂老人は、何度も袖岡絢子という蜂谷が修行していた料亭の体の弱い一人娘との再会を依頼し、その都度断られ続けられていた。蜂谷は、今年は「あの小僧だった蜂谷も、とうとう八十五になりました」と伝えてほしいというのだった。

 

ツナグ』の感想

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は、前巻の『ツナグ』から七年が経過しています。

 

 

本書の主役である渋谷歩美は、祖母アイ子から受け継いだ使者の仕事を専業にする道は選ばずに自立の道を選んでいます。

その道が「つみきの森」という玩具メーカーで企画担当として働くことであり、「使者」としての仕事もこなしているのです。

本書『ツナグ 想い人の心得』が前巻の『ツナグ』と異なるところといえば、この歩美が使者としてだけではなく、歩美の「つみきの森」の取引先である鶏野工房との関りが全編にわたって前面に出てきているところでしょう。

そして、描かれる人間ドラマも各話で語られる依頼人に関しての物語であると同時に、本書全体を通して、歩美の社会人としての生活に加えてプライベートな側面も描かれています。

同時に、使者としての立場での秋山家との関りはこれまで通りであり、ただ新たに秋山杏奈という歩美の後継者が登場しています。

 

この杏奈が、本書第一話「プロポーズの心得」で使者として登場することにまず驚かされます。

この驚きは前巻から七年という時が経過していることによるものですが、作者の「読者の意表をつきたかった」という言葉、そのいたずら心が垣間見える箇所でもあります( 新刊JP : 参照 )。

この遊び心も作者の物語の魅力の一つになっていると同時に、本書での杏奈という存在の大きさも示しているのでしょう。

杏奈はまだ八歳なのですが、歩美はこの杏奈に使者としての仕事に関して生じた疑問や悩みを相談し、杏奈から助言を受けまた先に進めるのです。

つまりは、前巻での祖母渋谷アイ子の立ち位置に杏奈がいることを示しています。

また、この第一話で使者として杏奈が登場する理由として、第一巻の第三話「親友の心得」に登場した嵐美砂とのからみがあることを示し、また嵐美砂のその後をも明らかにしていることもシリーズものとしての醍醐味と言えるでしょう。

 

本書『ツナグ 想い人の心得』で特筆すべき第二の点は、第二話「歴史探究の心得」で依頼者が会いたいという相手が歴史上の人物であることです。

つまり、作者の遊び心という点で、第二話で登場してくる上川岳満という存在を設定したところに興味を惹かれます。

いかにも歴史上実在した人物であるかのような描き方をしてあるのですが、実はそうした意図をもって作出した作者の創作した人物だというのです( 新刊JP : 参照 )。また、上川岳満に関連した歴史上の出来事もリアリティーを持った書き方をしてあります。

驚くべきは物語の中ではある和歌が重要な役割を果たしているのですが、その和歌も俳人の川村蘭太氏に依頼したと言っておられることです。

それだけの物語に真実味を持たせる描き方をされているという証左なのでしょう。

この物語は、現実の歴史解釈の面白さ、という意味でも実に楽しい物語でした。

 

さらには、第三話の「母の心得」で登場してくる二組の母娘の話も、実話をもとにして書かれているということです。

ご本人たちの了解を持ったうえで物語として組み立てられているそうで、作家という職業の裏側も垣間見える話でした。

 

そして、なによりも本シリーズの主役である歩美のプライベートな話を絡めての物語の組み立てが為されているところが一番の特徴と言えるでしょう。

その一番の舞台となるのが、「鶏野工房」という歩美が勤め始めた玩具メーカー「つみきの森」の取引先です。

今後このシリーズがどのように展開するのかは分かりませんが、作者の辻村深月が『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいとのことなので( ANANニュース ENTAME : 参照 )、続編が予定されていると思われ、この「鶏野工房」が重要な位置を占めるのだろうと考えているのです。

ともあれ、本書『ツナグ 想い人の心得』は作家辻村深月らしさが満載の作品であり、以降の続巻が出るのを期待したい作品でした。

ツナグシリーズ

ツナグシリーズ』とは

 

本書『ツナグシリーズ』は、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者「ツナグ」をめぐる物語です。

連作の短編小説の形を取ってはいますが、特に第二弾の『ツナグ 想い人の心得』は実質長編小説と言ったほうがいいかもしれません。

 

ツナグシリーズ』の作品

 

ツナグシリーズ(2022年09月20日現在)

  1. ツナグ
  1. ツナグ 想い人の心得

 

ツナグシリーズ』について

 

ツナグとは、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者のことです。

第一弾の『ツナグ』は、第32回吉川英治文学新人賞受賞作を受賞し、百万部を超えるベストセラーとなった作品で、2012年に松坂桃李の主演で映画化もされました( 新刊JP : 参照 )。

 

 

本『ツナグシリーズ』の主役である使者(ツナグ)は、依頼を受けると、対象となった死者と交渉して依頼者に会うつもりがあるかどうかを確認し、死者の了承が得られたら使者が面会の段取りを整えることになります。

ここで、依頼人と死者との面会にはルールがあります。

まず、使者への依頼は本人でないとだめで、シリーズ第二弾の『ツナグ 想い人の心得』第一話で示されているような他人による代理での頼みは受け付けられません。

また、死者にも依頼を受けるかどうかを選ぶ権利があり、断られればそれで終わりです。

相手が断ればその一回はカウントされませんが、その依頼者が再び使者と繋がれるかどうかは“ご縁”だから分かりません。

死者との面会は依頼者にも死者にも一度きりの機会であり、さらに一人の死者に対して会うことのできる人間は一人だけです。

依頼料はなくて無料であり、面会の日は満月の日が多いようです。

使者と依頼人が会えるかどうかは、すべて“ご縁”によります。どれだけ電話をかけても繋がらない人がいる一方で、繋がる人のところには自然と縁あって繋がれます。

 

本『ツナグシリーズ』の主役は渋谷歩美といい、第一弾の『ツナグ』では十七歳の高校二年生です。

歩美の両親は、彼が小学一年生の時に謎の死を遂げており、その謎がシリーズ第一弾の『ツナグ』の第四話「使者の心得」で明かされることになります。

それは、歩美が祖母の渋谷アイ子から受け継いだ「使者」の仕事にも関係していたのでした。

 

両親を亡くした歩美はアイ子とともに叔父夫婦のもとで育ち、シリーズ第一弾『ツナグ』では高校生として登場しています。

そして、シリーズ第二弾『ツナグ 想い人の心得』では、おもちゃを扱うメーカー「つみきの森」に勤めており、アイ子の実家である秋山家には使者の役目に対するサポートだけをお願いしているのです。

 

作者の辻村深月は、本『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいと書いておられるので、もしかしたら今後も続編が出版されるのではないかと期待しています( ANANニュース ENTAME : 参照 )。

それほどに、じっくりと読むことができる作品だと思うのです。

夜に星を放つ

夜に星を放つ』とは

 

本書『夜に星を放つ』は2022年5月に220頁のハードカバーで刊行され、第167回直木賞を受賞した短編小説集です。

どの物語も優しい言いまわしで、それでいて人物の心情や物語の内容は素直に理解できる話ばかりの読みやすい作品集でした。

 

夜に星を放つ』の簡単なあらすじ

 

かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。
コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」。学校
でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く「星の随に」など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。(内容紹介(出版社より))

 

夜に星を放つ』の感想

 

本書『夜に星を放つ』は、身近な人を何らかの理由で失った登場人物の日常が描き出されている、第167回直木賞を受賞した短編集です。

私のような単なるエンタメ小説好きにとっては、例えば第167回直木賞の候補作である河﨑秋子の『絞め殺しの樹』のような、人間の業を重厚な筆致で描き出す作品が「賞」の受賞作と呼ばれるような作品にふさわしいと思いがちです。

 

 

しかし、第167回直木三十五賞を受賞したのは、そうした重厚さとは程遠い本書『夜に星を放つ』でした。

本書は難解ではない普通の文章で、日常に存在する悲哀の中のかすかな希望だけを余韻とした作品集です。

何も特別なことが描き出してあるわけではありませんが、しかし受賞作とななりました。

それだけ選考委員の心を打つ何かがあったと思われるのですが、私にはその何かがよく理解できず、本書が選ばれた理由がよく分かりませんでした。

もちろん、本書が面白くなく、直木賞にふさわしくないなどと言うつもりは毛頭ありません。

ただ、他の作品と比べて特別優れている点がよく分からないのです。

 

たしかに、本書『夜に星を放つ』は非常に読みやすい文章であり、描かれている人たちの描写もうまいものだとは思いますが、そうした文章を書く作家さんは少なからずおられるのではないでしょうか。

読後に直木賞の選考委員の林真理子さんの、本書は「文章がすばらしく技巧を凝らしている。文章はなめらかに進み構成に無理がなく、短編のお手本のようだと高く評価する人もいた」という文章に出会いました。(NHK NEWS WEB

結局、当たり前ですが、やはり素人には本書の作者窪美澄の文章の技巧、構成を見抜く能力がないということを思い知らされただけの結果でした。

このような選考理由を聞くと、私の若い頃に芥川賞を受賞した庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』という作品を思い出します。

この作品も普通の文章で一人の高校三年生の日常を描き出した作品であり、皆が誰でも書けそうな文章だと言っていた記憶があります(この点、サリンジャーの影響をいう声が高かったようです)。

 

 

直木賞とは離れて見る本書『夜に星を放つ』自体は、冒頭に書いたように身近な人を失った人物の日常を読みやすい文章で描き出す作品集です。

作品それぞれは多様であり、病や離婚、事故、失恋などで大切な人と別れ別れになった人物が主人公になっています。

しかし、殆どはかすかではあっても希望を抱かせるものであり、コロナ禍の未来を見据えている気もします。

 

第一話の「真夜中のアボカド」では恋人に裏切られた主人公と、亡くなってしまった双子の妹の元恋人との不思議な関係が描かれます。

第二話の「銀紙色のアンタレス」は、祖母のいる田舎で出会った人妻への恋心と幼なじみの思慕を描いた、ひとことでいうとベタな青春の一頁の物語です。

第三話「真珠星スピカ」は、交通事故で母を亡くしたいじめられっ子の中一の女の子の日々を描いたファンタジー小説です。主人公にしか見えない死んだはずの母親が現れ、主人公を見守ります。

第四話「湿りの海」は、離婚して母親と共にアメリカに行ってしまった娘を思い続ける男の、隣に越してきた母と自分の娘と同じくらいの幼い娘との物語。何とも煮え切らない男の、私にはよく分からない作品でした。

第五話「星の随(まにま)に」は、両親が離婚し、新しい母親の渚と赤ちゃんの海君と暮らす小学校四年生の想の物語。実の母を慕い暮らす小学生の主人公の大人への配慮だけが目立つ、哀しさにあふれた作品でした。

 

どの物語も使われている言葉や物語の展開に難解なところはなく、それでいて中心となる人物の心情や物語の内容は素直に理解できる話ばかりでした。

そうした理解のしやすさなども受賞の理由の一つになるのでしょうか。

ともあれ本『夜に星を放つ』は、物語としては読みやすい作品集でした。