本書『i』は、一人の女の子の自分自身を見つめる姿を描く長編小説で、2017年本屋大賞にノミネートされた作品です。
文庫本で323頁という長さを持つ作品で、心象描写に終始している印象の、好みとはいえない作品でした。
『i』の簡単なあらすじ
「この世界にアイは存在しません。」入学式の翌日、数学教師は言った。ひとりだけ、え、と声を出した。ワイルド曽田アイ。その言葉は、アイに衝撃を与え、彼女の胸に居座り続けることになる、ある「奇跡」が起こるまでは…。西加奈子の渾身の「叫び」に心ゆさぶられる傑作長編。(「BOOK」データベースより)
本書の主人公はシリア人の両親の間に生まれ、アメリカ人の父親と日本人の母親という夫婦の養子になった、名をワイルド曽田アイという女の子です。
数学教師が虚数(i)について語った「この世界にアイは存在しません。」という言葉に捉われ、常に自分の存在というものを考え続けています。
アイは、他の子ではなく自分が選ばれて養子になったこと、自分の家庭が裕福で親は常にアイのことを一番に考えてくれ、アイの自由を尊重してくれること、などに罪悪感を覚え、自分自身の存在自体に不信感を持つっているのです。
『i』の感想
本書『i』が私の好みの小説ではないというのは、単に文学的な香りを纏っている小説だから、というだけではなく全編を主人公の心象表現だけで終えている、と言っても過言ではない、そのスタイルにあります。
自分自身の存在理由を考えることは多感な思春期などにおいてはよくあることであり、その後も自分自身の存在価値を見いだせないことに悩むなどの話は、現実に耳にすることでもあります。
しかしながら、そのことを物語の中心に据え、ほとんど全編にわたって主人公の内面を追及し、考察していくことは、かなり疲れることであり、私の好みの許容範囲外の物語でありました。
この物語の中に、地球という惑星は宇宙の中でも特殊な星だという意味の台詞がありました。地球の生物は他者を喰らわねば生きていけない存在だということです。
この本はエンターテインメントに徹したSF小説であり、本書『i』のような文学的作品とは作品の存在領域自体が異なるものではあります。
でも、自己の存在自体が他者にとってはその他者の否定になるという考察、の一点で共通すると感じたのだと思います。
一つの存在、それ自身が他者に影響を及ぼすとき、その存在は他者への負の影響の責任を負わねばならないのか、思春期の頃からの答えのない問題であり、小説であらためて問題提起されると拒否感を覚えるのです。
当然のことではありますが、本書『i』の持つメッセージ性を否定するものではありません。
こうした考察が非常に大切なことであることまでも否定するものではなく、ただ、小説で掲げるテーマとして改めて読むにはつらいと感じたのです。