西 加奈子

イラスト1
Pocket


夜が明ける』とは

 

本書『夜が明ける』は2021年10月に407頁のハードカバーで刊行され、2022年本屋大賞の候補作となった長編小説です。

虐待や貧困、過重労働、ハラスメントなど、今の社会が抱える不安要素を丸々抱え込んだ著者渾身の作品ですが、私の好む作品ではありませんでした。

 

夜が明ける』の簡単なあらすじ

 

思春期から33歳になるまでの男同士の友情と成長、そして変わりゆく日々を生きる奇跡。まだ光は見えない。それでも僕たちは、夜明けを求めて歩き出す。現代日本に確実に存在する貧困、虐待、過重労働ー。「当事者でもない自分が、書いていいのか、作品にしていいのか」という葛藤を抱えながら、社会の一員として、作家のエゴとして、全力で書き尽くした渾身の作品。(「BOOK」データベースより)

 

「俺」が高校生の時に会った深沢暁は身長191センチで吃音で、『男たちの朝』という映画に出ていたアキ・マケライネンという役者に似ていた。

「俺」深沢暁に「お前は、アキ・マケライネンだよ!」と語りかけ『男たちの朝』を見せたところ、暁はアキ・マケライネンにはまってしまう。

大学卒業後に「俺」はテレビ番組の制作会社に就職し、アキは高校卒業後に弱小劇団に拾われるが、次第に二人ともに心身を壊すほどの貧困に見舞われるのだった。
 
 

夜が明ける』の感想

 

本書『夜が明ける』はいろんな意味で強烈な小説であり、ほとんどラストに至るまで、この物語を好きになれないままに読み進めていました。

文字通りに虐待、貧困、過重労働、ハラスメントなどの負の言葉を織り込んだ物語といっても過言ではなく、ただただ読み進めるのに苦労した作品でした。

結局、ネット上にあった「救済と再生の物語」だという言葉のみを頼りに最後まで読み通したというしかないと思います。

これまでも幾度も書いてきたことだけれど、私の読書は楽しい時間を持ちたい、過ごしたいという側面が大きいので、本書のような作品はその思いに反するのです。

 

本書『夜が明ける』では、語り部であるの人生と、その日記を紹介するという形で語られるアキの人生とが紹介されていて、共に貧困に彩られています。

俺は制作会社のADとして、アキは演劇の団員として、それぞれに底辺の生活をするしかなく、ともに過酷な日々をおくっています。

そして、言われたことに口答えすることもなく、ただひたすらに耐えることしかせず、その結果肉体は勿論、精神まで負荷をかけすぎ壊れてしまうのです。

そういう人間の生活をこれでもかとしつこく描写する本書は、苦痛ともいえる時間でもありました。

 

でも、先般読んだ河崎秋子の『絞め殺しの樹』の時もそうでしたが、好みではないという思いを抱きながらもなぜか読むのをやめようという気にはならないのが不思議です。

 

 

ひとつ言えることは、本書『夜が明ける』の場合はクライマックスが救いです。

終盤のある登場人物の主人公の「俺」に対する本音、これこそが作者が言いたかったことだと思え、この場面のためにこれまでの400頁近くが費やされてきたのではないかと思うほどでした。

そして、確かにその言葉はこれまで読み続けてきたこの物語の苦労を一気にくつがえすほどに強烈なものでした。

 

ネットに、『主人公の「俺」は、最後まで名前で呼ばれることはない。それには、「俺」は特定の誰かではなく、誰もが「俺」になり得る、「この小説はあなたの物語なんだよ」という意味があるという。』『西さんが本書を通して最も伝えたかったメッセージは、「苦しかったら、助けを求めろ」――。』ということだと書いてありましたが、まさにそういうことなのでしょう( BOOKウォッチ : 参照 )。

また担当編集者は、本書をPRする文章の中で『私たちの人生は、誰かのひと言で救われるし、意外な奇跡にも満ちている。そんなことを信じられなくなっている私たちを暗い世界から「夜明け」へと導いてくれる本書』と表現されています( 小説丸 : 参照 )。

 

本書『夜が明ける』の持つ魅力の一端は、アキこと深沢暁がその者になろうとしている「アキ・マケライネン」という人物を設定していることにもあると思います。

このアキ・マケライネンは俳優という設定であり、その存在感のために思わず実在の人物なのかとネットで検索してしまいました。

残念ながら虚構の人物のようですが、同じように感じた人は多いようで、同様にアキ・マケライネンという名をネットで検索したという情報がっけっこう見つかりました。

 

本書『夜が明ける』で描かれている人生は過酷なものであり、二人に降りかかる仕打ちは理不尽なものばかりです。

しかし、本書の持つエネルギーはすさまじいものがあり、それこそが2022年本屋大賞にノミネートされた由縁なのでしょう。

けっして私の好みではない作品ですが、その有する迫力は否定できないと思われます。

 

ちなみに、本書『夜が明ける』のカバー画は作者の西加奈子の手になるもので、最終頁に「装画 西加奈子」と明記してあります。

その画の持つ迫力こそが本書の持つ迫力そのものだと思われます。

[投稿日]2022年08月29日  [最終更新日]2022年8月29日
Pocket

おすすめの小説

本屋大賞の候補・受賞作となった小説

星を掬う ( 町田そのこ )
町田そのこ著『星を掬う』は2021年10月に刊行された、2022年本屋大賞にノミネートされた作品長編の家族小説です。主人公の娘と、娘が幼い時に家を出ていった母親との話を中心に、様々な家族の姿を描く作品ですが、個人的には好みとは異なる物語でした。
かがみの孤城 ( 辻村深月 )
辻村深月著の『かがみの孤城』は、自分の居場所を無くした現実の中学生が、現実と異世界とを行き来し、自分の居場所を見つけるという、実に面白いく読み応えのある、2018年の本屋大賞を受賞した長編のファンタジー小説です。
蜜蜂と遠雷 ( 恩田 陸 )
実際に存在する「浜松国際ピアノコンクール」をモデルとする架空のピアノコンテストを舞台に、おもに四人のコンテスト出場者の横顔を描き出した青春群像小説で、第156回直木三十五賞および2017年本屋大賞を受賞した作品です。
羊と鋼の森 ( 宮下 奈都 )
宮下奈都著の『羊と鋼の森』は、ある調律師のピアノの音に魅せられ、自らも調律師になり自分の音を探す若者の物語です。第154回直木賞の候補作で、第13回本屋大賞を受賞しました。森の佇まいを借りた「音」を表現する言葉、文章表現に惹かれました。
桜風堂ものがたり ( 村山 早紀 )
村山早紀著の『桜風堂ものがたり』は、本を愛する一人の青年の人との出会いとつながりを描く長編小説です。また、ある書物との出会いの物語でもあり、2017年本屋大賞の候補作ともなった心温まる作品です。

関連リンク

西加奈子『夜が明ける』 特設サイト | 新潮社
自分が「助けてもらう」側であることが悔しかった。15歳の時、高校で「俺」は身長191センチのアキと出会った。 普通の家庭で育った「俺」と、母親にネグレクトされて...
『夜が明ける』西 加奈子/著▷「2022年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
3年前、私は数ヶ月、会社を休ませてもらいました。 家庭も仕事も子育てにも行き詰まり、自分自身を見失っていた私を見かねた周りの人々に休息をとることをすすめられ、...
本屋大賞ノミネート作。『夜が明ける』に込めたメッセージは。
「どれだけ傷ついても、夜が深くても、必ず明日はやってくる」――。西加奈子さんの5年ぶりの長篇小説『夜が明ける』(新潮社)が「2022年本屋大賞」にノミネートされ...
書評家・杉江松恋が読む「2022年本屋大賞」候補作 凄まじいほどにおもしろい『残月記』
本屋大賞に求められているのは心を代弁してくれる存在だ。最近の候補作を見ているとそう感じることが多い。本屋大賞は2022年に第19回を迎える。20年近い歳月が経て...
西加奈子が悩み苦しみ、全力で書き尽くした救済と再生の物語『夜が明ける』
この世知辛い世の中で、もっとも言葉にするのが難しいのは、「たすけて」という四文字だと思う。どんなに辛く苦しいことがあっても、「他の人はもっと頑張っている」「自分...
「夜が明ける」書評 理不尽な日々 闇の中にある光
「悪人善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。そんなエピグラフから、胸の痛む話になるのではないかと予想できた。物語に描かれるのは貧困や虐待...
『夜が明ける』西加奈子著(新潮社)
本を閉じた後も、瞼(まぶた)の裏に彼らの残像が鮮明に焼き付いている。身体にまとわりつく重油のような闇の中、懸命に抗(あらが)い続けた彼らの姿が。
心の貧困に抗う 西加奈子『夜が明ける』
冷たい闇に取り込まれていくような物語を読み進めていく中で、この小説が掘り起こそうとしている問題の大きさに圧倒された。『夜が明ける』には、作中を通してずっと貧困の...
「2022年本屋大賞」に西加奈子『夜が明ける』がノミネート!再生と救済の物語に共感の声が止まらない!
直木賞受賞作『サラバ』から7年、 本屋大賞第7位『i』から5年。 西さんが「当事者ではない自分が書いていいのか、 作品にしていいのか」という葛藤を抱えながら、そ...
画家としての才能も発揮する直木賞作家、西加奈子インタビュー
東京・外神田の AI KOWADA GALLERY にて、「おまじない」「“I” beyond」展が開催される。二期制で構成される本展は、小説と絵画を並行して制...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です