『さんだらぼっち』とは
本書『さんだらぼっち』は『髪結い伊三次捕物余話シリーズ』の第四弾で、2002年1月に文藝春秋から刊行され、2005年2月に文春文庫から287頁の文庫として出版された連作の人情時代小説集です。
『さんだらぼっち』の簡単なあらすじ
芸者をやめたお文は、伊三次の長屋で念願の女房暮らしを始めるが、どこか気持ちが心許ない。そんな時、顔見知りの子供が犠牲になるむごい事件が起きて―。掏摸の直次郎は足を洗い、伊三次には弟子が出来る。そしてお文の中にも新しい命が。江戸の季節とともに人の生活も遷り変わる、人気捕物帖シリーズ第四弾。(「BOOK」データベースより)
『さんだらぼっち』について
本書『さんだらぼっち』は『髪結い伊三次捕物余話シリーズ』の第四弾の連作の人情時代小説集です。
第一話目 「鬼の通る道」
まだ少年の龍之進の抱えた鬱屈と、その秘密に気付いた伊三次の話です。少年の繊細な心を大切にしながらも伊三次はどう動くのか、気になる一編です。
第二話目 「爪紅」
この話は捕物帳としての側面が強い物語です。でありながら、やはり伊三次の過去の話が深く絡んできます。やはり本作品は“捕物余話”だと思わされる話でした。
第三話目 「さんだらぼっち」
「さんだらぼっち」は、「心の中を風が吹き抜けて行くような空しさに襲われる
」こともあるお文の、幼子に対する思いを思わせる哀しい話です。いなみの懐妊もあり、いまだ子のない自らを思うのでしょうか。
伊三次と一緒になったお文の、芸者をやめてからの普通のおかみさんとしての生活もまた描かれています。ただ、それまで芸者として生きてきたお文の生きざまはそんなに簡単に変えれるものではないでしょう。
ここで「さんだらぼっちは米俵の両端に当てる藁の蓋のことである。桟俵法師が訛ったものだ
」そうです。
第四話目 「ほがらほがらと照る陽射し」
「ほがらほがらと照る陽射し」は、お文の、早苗という女の子に対する思いがあのような事件を起こしたことを知った伊三次は新しい家に移ることを本気で考えます。と同時に、直次郎という男のお佐和に対する純情が胸を打つ一編になっています。
第五話目 「時雨てよ」
「時雨てよ」は、二人の新しい生活が始まったのはいいのですが、何かと物入りで稼がなければなりません。そこにお文の懐妊です。これからの二人の生活は明るいものだとの兆しのようでもあり、多難な前途を支援すようでもあります。
でも、赤ちゃんの誕生が難儀な出来事の前兆ということもないでしょうし、九兵衛という新人の登場もあり、新しい未来の始まりということになるのでしょう。
著者宇江佐真理自身の「文庫のためのあとがき」によれば、著者はまずタイトルを決めてから小説を書き始めるそうです。タイトルを後回しにすると焦点がぼやけてしまうことが多い、とも書いてありました。
これはつまりはタイトルに著者の書きたいことが著されているということでしょうか。
また、この「あとがき」には、意外な事実も書いてありました。
それは、「時雨てよ」というタイトルに関してのことで、このタイトルは「時雨てよ 足元が歪むほどに」という海童という破調の俳句からの引用だというのです。そして、この海童という俳号は女優の故夏目雅子氏だというのでした。
また第7回中山義秀文学賞を受賞した『余寒の雪』という作品のタイトルも、「富士の山 余寒の雪の 目にしみて」からの引用だとありました。
