砥上 裕将

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水墨画という「線」の芸術が、深い悲しみの中に生きる「僕」を救う。第59回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

その存在は知っていてもその実際についてはほとんど知識の無い水墨画をテーマに一人の若者の再生を描く、第59回メフィスト賞を受賞し、そして2020年の本屋大賞ノミネート作にも選ばれた感動の長編小説です。

 

水墨画に関してまったくの白紙の状態である主人公の「僕」こと青山霜介が、たまたま水墨画の巨匠の篠田湖山と出会い水墨画を習うことになります。

そこで教えてもらうその過程は、同じく水墨画に無知な状態である読者と同じ目線で進んでいきます。

ですから、墨の擦り方ひとつとっても力を抜くことの大切さなどを同じ目線で知ることができるのです。

ただ、凡人の私達とは異なり、主人公青山霜介は巨匠に見込まれるだけの眼を持っている点が異なります。

師匠の筆の動かし方を一度見るとその意味は分からなくても、師匠と同じ動作を繰り返すことができるだけの観察眼は持っていました。

だからこそ、師匠は主人公に水墨画を教えようと思ったのだし、教えるに値するだけの才能があると思ったのです。

 

その点はさておいても、本書で書かれている水墨画を描くということの意味についての描写は感動的です。

主人公の内面の描き方自体が抽象的な状態を表す言葉での描写ではなく、心の中にあるガラスの質感の真っ白の部屋、という視覚的であり映像的な描き方をしてあります。

また、筆者が水墨画家というだけあって、「たった一本の草を描くだけで、真っ白な空間の中にいくつもの秩序が生まれた。命と命を囲む周囲の状況が見て取れた。」などと、一つの筆の運びの表現もさすがと思わせられます。

もちろん具体的な基本的描法についても釘頭(ていとう)、蟷肚(とうと)、鼠尾(そび)などの説明があり、その上での実際の描画です。

そして、究極の技法とは「線を引くこと」だという言葉につながっていきます。

勿論、読んでいく過程ではその意味はよく分かりませんが、その言葉は最終的にはタイトルの「線は、僕を描く」へと連なるものなのでしょう。

下掲の動画は本書の本の一端を表した動画です。短いものですので是非一度ご覧ください。

 


 

芸術的な感覚を文字として表現することの凄さは、例えば音楽の世界では、 恩田陸の『蜜蜂と遠雷』という作品があります。

この作品は、実在するコンクールをモデルにした架空のピアノコンテストを舞台に、おもに四人のコンテスト出場者の横顔を描き出した青春群像小説で、第156回直木三十五賞および2017年本屋大賞を受賞した作品です。

 

 

また、絵画の世界では『暗幕のゲルニカ』という作品が思い出されます。

ニューヨーク近代美術館のキュレーター八神瑤子と、ピカソの恋人の一人のドラ・マールの二人の行動を章ごとに追いかけ、ピカソと「ゲルニカ」の物語を各々の時代で描きつつ、クライマックスへと突き進んでいく物語です。

この作品は、専門知識をもって資料収集、研究、催事の企画・運営などに携わる専門家のことを意味するキュレーターでもあった 原田マハが、その経験と知識を駆使して描き、第155回直木賞の候補となりました。

 

 

他にもすぐに思い出す作品がありますが、どの作品も作者の筆の力で芸術での感動を文章として見事に表現しています。

特に本書の場合、水墨画家としての経験があるとはいえ、小説家としてのデビュー作だというのですからたまりません。

水墨画を知らしめる文章のみならず、水墨画に出逢い、それまで自分の殻に閉じこもっていた一人の若者が自分を取り戻し、成長していく過程の描写も見事なものです。

個人的にも本屋大賞の大本命ではないかと考える作品です。是非一読をお勧めします。

 

ちなみに、本書は堀内厚徳氏の画でコミック化もされています。(講談社コミックス全四巻)

 

 

また、「【第1話】黒白の花蕾」だけは無料で視聴できるようです。

[投稿日]2020年02月18日  [最終更新日]2020年2月18日
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