『鑑定人 氏家京太郎』とは
本書『鑑定人 氏家京太郎』は『鑑定人 氏家京太郎シリーズ』の第一弾で、2022年1月に280頁のハードカバーとして双葉社から刊行された長編のサスペンスミステリー小説です。
公的な科学捜査研究所と対峙する民間の鑑定人を主人公とすることで、現在の鑑定業務の問題点を洗い出す、お仕事小説であり、かなり惹き込まれて読み終えました。
『鑑定人 氏家京太郎』の簡単なあらすじ
民間で科学捜査鑑定を請け負う“氏家鑑定センター”。所長の氏家京太郎のもとに舞い込んだのは、世間を騒がせる連続殺人犯の弁護士からの鑑定依頼だった。若い女性3人を殺害し死体から子宮を抜き取る猟奇的な事件だが、容疑者は、3人のうち1人の犯行だけは否認している。3人の殺害を主張する検察側の鑑定通知書に違和感を感じた氏家は、犯人の体液の再鑑定を試みる。しかし、試料の盗難や職員への暴行など、何者かからの邪魔が相次いでー。警視庁科捜研と真っ向対立しながら挑む裁判の行く末は?(「BOOK」データベースより)
『鑑定人 氏家京太郎』の感想
本書『鑑定人 氏家京太郎』は、鑑定人を主人公とした推理小説ですが、鑑定という職務を紹介したお仕事小説としての一面もある長編のサスペンス感にあふれた推理小説です。
冒頭から、一般人になじみの深い筆跡鑑定の様子を見せることで筆跡鑑定の業務の内容を示すとともに、主人公の氏家京太郎の人となりを簡単に示してあり、物語の導入部として実に入りやすい設定となっています。
そこでは、氏家が警視庁科学捜査研究所のOBとしての立場や科捜研を辞めた事情、また科捜研と対立している立場も明確にしてあるのです。
氏家は人権派と呼ばれている吉田士童弁護士から、世を騒がせている連続殺人犯の弁護のための鑑定の依頼を受けます。
その事件は連続通り魔事件であり、那智貴彦という男が続けて三人の女性を殺し、その腹をY字形にきり割いて子宮を摘出して放置したというものでした。
吉田弁護士は、依頼人の那智が最初の二人の殺害は認めたものの最後の一人は殺していないと否認しているため、最後の事件で現場で採取された体液のDNA鑑定を依頼してきたのです。
検察側の鑑定人である科学捜査研究所の提出してきた鑑定書と正面から対決することになり、全体的に不利な状況から如何にして弁護側に有利な証拠を見つけ出すか、つまりは科捜研の提出した鑑定をどのようにしてひっくり返すことができるか、に焦点が当たってくるのです。
ここで、普通は見聞きすることのないDNA鑑定などの鑑定業務の内容が描かれることになり、その点でも興味が沸く内容です。
でも、本書『鑑定人 氏家京太郎』ではそれだけにとどまらず、主人公の氏家京太郎とその氏家と対決することになる科学捜査研究所の鑑定人である黒木康平と氏家との関係や、吉田弁護士とその対決相手となる東京地検第一級検事の谷端義弘検事との間の二組の人間関係のわだかまりなど、直接の業務外の関りという見どころも用意してあります。
勿論のことですが、第一は那智貴彦という殺人犯が犯したとされる第三の殺人事件の真実を探り出すということが最大の見せ場ではありますが、こうしたそれぞれの人間関係も物語の幅を広くしているのです。
また、氏家鑑定センターの所員である、感情よりも論理を優先できる女と言われているDNA鑑定を担当の橘奈翔子などの職人気質の署員たちが登場しつつ、氏家の職務を助けています。
氏家たちの仕事は裁判の手続きの流れの中で重要な意味を持ってきますので、裁判の具体的な手続きも簡単に説明しながら物語が進みます。
例えば、刑事裁判の公判前整理手続きの流れの説明やその手続き自体の問題点が指摘され、またDNA鑑定の重要性や「DNA鑑定のバイブルと呼ばれている」と表現してある『科学的証拠とこれを用いた裁判のあり方』という実在の著作などを引用しつつ、試料に関しての重視すべき観点などを指摘してあります。
本書内で氏家は、本件では鑑定結果通知書だけの提出しかなく、試料の採取方法も鑑定過程の記録写真も説明されていない、と指摘しています。
このような運用が通っている現実もあると言い、また、現実に下関で起きた事件を引き合いに、科捜研の品質管理体制の問題点なども指摘しているのです。
氏家は、1990年5月に起きた「足利事件」を例に、「人は必ず間違うという真理」を声高に叫びます。彼の言う「無謬性の問題」です。
こうして、専門的な事柄を私達一般素人にもわかりやすく説明しながら、鑑定業務を紹介しつつ、事件の真相に辿り着く氏家たち鑑定センターの所員たちの努力は胸のすくものでもあり、知的な好奇心を満たす作業でもあります。
そういう意味で本書は実に面白く読むことができました。
ちなみに、本書『鑑定人 氏家京太郎』の主人公の氏家京太郎という人物は中山七里の『特殊清掃人』にサプライズ登場してくるそうです。
近いうちに読んでみたいものです。