本書『千里眼 完全版』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第一巻の、「著者あとがき」「解説」まで入れると全部で452頁にもなる長編のエンターテインメント小説です。
純粋に物語を楽しむ痛快活劇小説であり、単純に楽しく読めた作品でした。
『千里眼 完全版』の簡単なあらすじ
房総半島の先にそびえる巨大な観音像を参拝に訪れた少女。突然倒れたその子のポケットから転げ落ちたのは、度重なるテロ行為で日本を震撼させていたあるカルト教団の教典だった…。すべてはここから始まった!元航空自衛隊の戦闘機パイロットにして、現在戦う臨床心理士岬美由紀の活躍を描く、千里眼シリーズの原点が、大幅な改稿で生まれ変わり、クラシックシリーズとして刊行開始!待望の完全版。(「BOOK」データベースより)
航空自衛隊の航空総隊司令官仙堂芳則は、米軍の関係者までも参列している総理官邸地階危機管理センターの対策本部対策室へと呼び出され、茨城の山中にある寺がミサイル攻撃を受けたとの説明を受けた。
横須賀基地に停泊している米軍第七艦隊所属のイージス艦に侵入した何者かが陸上攻撃ミサイルの発射コマンドを入力したものであり、さらには、総理官邸を標的としたミサイルが発射へのカウントダウンを始めており、あと二時間強で発射されるというのだ。
ミサイルの迎撃もできず、犯人から発射停止の暗証番号を聞き出すしかないため、仙堂は、千里眼との異名をとる東京晴海医科大附属病院の院長の友里佐知子と、仙堂の元部下で友里のもとにいる岬美由紀を呼ぶこととなった。
それに答えた二人は見事暗証番号を聞き出し、危機は回避されたが、犯人は恒星天球教を名乗り自害してしまう。
そこに恒星天球教を名乗る男から連絡が入り、今後恒星天球教への干渉は禁ずると言ってきた。
また、美由紀のもとに通っている宮本えりという小学二年生の患者が、朝早くから一人で富津にある東京湾観音に出かけていて、その子が恒星天球教のパンフレットを持っている事実が判明する。
『千里眼 完全版』の感想
本書『千里眼 完全版』は、戦闘機を乗りこなし、格闘技も万能の、表情から人の心裡を読む達人である臨床心理士が主人公です。
本シリーズを読み始めたのは、本書は『千里眼シリーズ』の項でも書いたように、作者である松岡圭祐の別作品『高校事変シリーズ』が非常に面白かったためです。
ただ、この『千里眼シリーズ』は『高校事変シリーズ』に比べると、小説としての完成度はかなり落ちると思われます。
というよりも、どちらの作品も荒唐無稽に過ぎるともいえるのですが、本シリーズの方が設定が甘く、書き込みも冗長です。
本書の冒頭で起きる米軍艦船への侵入およびミサイル制御システムの乗っ取りという事態だけでも荒唐無稽という言葉を超えた出来事であり、もうファンタジーというほかない出来事です。
ただ、その過程での米軍関連の武器情報など、かなり調べ上げた上での描写と思われ、単純に突拍子もないホラ話と切り捨てられないだけの本書の世界観内でのリアリティーを持っているところが惹きつけられるところです。
敵役としては、本書『千里眼 完全版』においては恒星天球教と名乗る集団がいます。
このオカルト教団は教祖を阿吽拿(アウンナ)といい、信者の心裡をうまく誘導し、脳に直接メスを入れるなどの方法で信者を思うがままに動かす集団です。
そこに、同様に心理学を学んだエキスパートとしての臨床心理士の岬美由紀がその前に立ちふさがることになります。
冒頭の米軍ミサイルの事件も犯人が恒星天球教の信者であり、次には東京湾観音で恒星天球教による何かが行われている疑惑が巻き起こり、調査を開始することになります。
その東京湾観音での出来事もまた荒唐無稽です。岬美由紀が戦闘機パイロットで会ったほどの運動神経の持ち主という前提で、アクションのあり方もその運動神経の良さを十二分に生かした常人ではなし得ない動きで危機を回避します。
ただ、本書『千里眼 完全版』の展開だけを考えると、文庫本の本文だけで447頁という長さが必要だったか、という疑問は残ります。もう少し簡潔に処理できたのではないでしょうか。
とはいっても、読んでいる途中でそれほど長いと感じなかったのは、本書での緻密な書き込みがあるからこそでしょう。
この長さがあったからこそ途方もないホラ話がそれなりのリアリティを持つことができたのかもしれません。
とりあえずはシリーズを読み続けてみたいと思います。