久間 十義

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大学病院に医療事故の罪を着せられて放逐された麻酔医鶴見耀子は、米国に渡り最先端の心臓カテーテル術を身につけて七年後、帰国した。難手術を次々と成功させ、古巣の大学病院から教授招聘の声が掛かった。それと同時だった、幼い一人息子に対する脅迫電話があったのは…。大学病院の権力闘争に巻き込まれた女医の波瀾の運命を描く感動の傑作医療小説。(「BOOK」データベースより)

 

ある女医の必死で生きる姿を描く、長編の医療小説です。

 

大学病院での医療ミスともいえる手術の失敗の責任を押し付けられた耀子は、信頼していた医師にも裏切られた末に米国に渡り、最先端の医療技術ロータブレーターを学び、その道の第一人者として帰国します。

その耀子を待っていたのは耀子の医療技術に対する称賛と、大学教授の椅子、そして一人息子を的にした脅迫電話だったのです。

 

結論から言うと、面白いけれど、それ以上の作品ではありませんでした。

本書は文庫本で読んだのですが、本文だけで620頁という分量がある大部の小説です。その割には読み応えが今一つであり、長尺感だけが強く残った気がします。

本書は医療小説というよりは、主人公の鶴見耀子の物語です。別に医療の分野でなくても何でもよかったのではないか、そういう印象が先に立ちます。作者が描きたかったのは、鶴見耀子という一個の女性の生き方であり、医者としての鶴見耀子ではなのだと感じたのです。

 

情景にしても登場人物の心象にしてもかなり丁寧な描写が続きます。しかし、丁寧に描写してあるにもかかわらず、逆にその描写が物語の進展上はあまり必要ではなく、読んでいくリズムを阻害するとしか思えない箇所があったりと、どうにも違和感を覚えてしまいました

この作者の文章のリズムなのでしょうが、それなりに書き込んであるから大事なところだろうと思っていても、物語の進行上はそれほど重要なことではなかったり、結局は全く不要な事柄であったりと、どうにも読み手の私とのリズムが合いません。

 

内容にしても、勉学の志も高く医療技術の習得にも熱心である筈の主人公の耀子ですが、自分の生き方に関しては、決断を下すべきところで結局は状況に流されてしまい、あとでそのことを無理に納得させるような、優柔不断なところが垣間見え、違和感を覚えました。

仕事面では切れ者であっても、一個の人間として自分自身のことに関しては判断が甘い人物という設定であればそれはそれでいいのでしょうが、そういう人物設定だとは思えず、あいまいな設定だとの印象だと感じたのです。

このところ、”大鐘稔彦”』(幻冬舎文庫 全六巻)や、夏川草介の『神様のカルテシリーズ』の最新刊『新章 神様のカルテ』などを立て続けに読んだためか、同様の作品だとの先入観があったのかもしれません。

 

 

それらの作品では、患者に寄り添い、共に苦悩する医者としての主人公の姿が描かれていて、患者の命を預かる医者としての主人公の姿が第一義であったため、本書とはタッチが違っていたと思われます。

それは物語の良し悪しではなく、作品の構成の話でしょうし、読者の好みとも絡んでくる話なのでしょう。本書はそうした点で私の波長とは若干合わなかったと思われるのです。

 

後に耀子の恋人となる男との出会いにしても、その男が何らかの意図をもって近づいてきたような印象を持ったのですが、結局は私の勘違いであったようですし、作者の意図がうまく汲み取れていないのでしょう。

本書の結末にしても、結局は何を言いたかったのか、よく分からないままに終わってしまいました。

張られた伏線が、回収されない、いやそもそも伏線だと思ったこちらが間違いだったのだという印象です。

 

登場人物の手術の場面などかなりの取材の末に書かれた作品だと思います。そして確かに取材された医療情報がこの物語の重要な場面で生かされていることも否定できません。

しかしながら、どうしてもその医療情報が必要不可欠であったとは思えない、そんな半端な印象に終わった物語でした。

[投稿日]2019年04月05日  [最終更新日]2019年4月5日
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『生命徴候あり』久間十義(朝日新聞出版) - 書評空間::紀伊國屋書店
久間十義の作品には、『マネーゲーム』、『聖マリア・らぷそでぃ』等、実際に起こった事件を基にしたものが多い。その意味においては社会派の小説と呼べるのかもしれない。だが、作品をカテゴリー分けすることにそれほど意味は無い。

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