『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』とは
本書『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』は、公安警察の実態を描きだす、文庫本で400頁の長編の警察小説です。
一人の高い能力を持った公安捜査官を主人公とする物語であって、公安警察の実情を知るうえでもとても興味深く、面白い作品です。
『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』の簡単なあらすじ
警視庁情報室。それは警視庁が秘密裏に組織した情報部門のプロ集団である。情報室へ舞い込んだ一通の怪文書。エース情報官・黒田は、抜群の情報収集力と分析力で、政・官・財界そして世界的な宗教団体までもが絡む一大犯罪の疑惑を嗅ぎつけるが…。公安出身の著者による迫真の「インテリジェンス」小説。(「BOOK」データベースより)
『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』の感想
著者の濱嘉之氏は公安警察出身であり、本書『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』は自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出した異色の長編小説です。
端的に言うと、優秀な情報収集力と、集めた情報を分析する能力がずば抜けている公安警察官が主人公のスーパーヒーロー小説です。
ただ、一般の痛快小説とは異なるのは、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説だということです。
主人公は高度な情報収集力と分析力を持つ情報官の黒田という男です。彼はホステスは勿論、黒服、呼び込み、更には裏社会の人間などとも人脈を作り上げ、さまざまな噂話を集めています。
この男の素晴らしいところは、そうして集めた単なる噂にすぎない話から、国家の将来に影響を与える可能性のある情報を拾い出す能力を有しているところです。
問題なのは、それらの情報はメモとして提出されますが、上司に能力がなければそこで眠ってしまうことです。
結局は組織論でもあるのでしょうが、せっかく得た情報もそれを使いこなす能力やシステムが無ければ無に帰してしまうということでしょう。
こうした現場の描写は現実の公安警察に身を置いた人間しか分かりえないところであり、その臨場感はさすがのものがあります。
ただ、情報を収集する個別具体的な作業の様子はあまり描かれてはいません。黒田は部下に指示し、上がってきた情報を分析するだけなのです。
勿論、黒田本人が情報収集に当たることもありますが、それにしても具体的描写はありません。大切なのは集められた情報の分析だと言わんばかりです。
その道の専門家に聞いたことがありますが、日本の情報組織は決して胸を張れるものではないそうです。そこで、国としての情報を統括する機関をつくるという話は起きるものの、役所のセクショナリズムのおかげか、なかなかうまくいかないのだとか。こうした話は、他でも読んだことがあります。
公安警察の実際という点では、竹内明という、TBSテレビの報道局記者出身の作家さんがいます。この人は「オウム真理教事件」などの大事件を取材してきた人だそうで、『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』などの作品は、現場を知る人間でないと書けない臨場感満載の小説です。
また、この手のインテリジェンス小説としては、麻生幾の『ZERO』他の作品を挙げないわけにはいかないと思われます。
緻密なその描写は、インテリジェンスの世界をリアルに描き出しており、さらには壮大な冒険小説的な面白さも加味してある小説として仕上がっています。ただ、人によっては若干読みにくいと感じるかもしれません。
警察小説は数多くあっても、公安警察関連の作品は少ないと思います。その中でも今野敏が、『倉島警部補シリーズ』という作品を書いておられました。さすがに今野敏であって、公安のリアリティという点では濱嘉之らの物語に及ばないかもしれませんが、小説としての面白さは一日の長があるように思えました。