影の中の影

血も凍る暴虐に見舞われた故郷から秘密を抱えて脱出したウィグル人亡命団と、彼らを取材中のジャーナリスト仁科曜子が、白昼の東京で襲撃された。中国による亡命団抹殺の謀略だ。しかし警察は一切動かない。絶対絶命の状況下、謎の男が救いの手を差しのべる。怜悧な頭脳と最強の格闘技術をそなえた彼の名は、景村瞬一。冒険小説の荒ぶる魂がいま甦る。疾風怒涛のノンストップ・アクション。(「BOOK」データベースより)

 

これぞアクションエンターテイメント小説とでもいうべき、徹底した長編アクション小説です。

 

月村了衛の作品の多くがそうであるように、本書もまた舞台背景として現実の社会を映し出しています。

本書の場合、それは中国のウイグル自治区の問題であり、中国政府の弾圧の問題です。

関心のある方は、例えば

などを見て下さい。

 

たしかに本書の舞台背景こそリアルであり、社会への問題提起を為しているとも思われるのですが、一歩物語が具体的に展開されるようになると、そこから先は荒唐無稽ともいえるアクションの世界が広がっています。

月村了衛のこの手の作品としては『ガンルージュ』や『』などがあります。これらの作品は本書同様にアクション小説としての展開のための舞台をまず設定し、その中で派手としか言いようのないアクションが展開される点で共通しています。

こうした作品での主人公は、基本的には普通の母親であったり、女教師であったりするのですが、実はその世界では名の通ったプロの戦士だという設定です。

ただ、全くの素人も活躍させたりもしており、そこはエンターテイメント小説としての面白さを最優先に考えてあるようです。

 

 

本書の場合も、武道の腕を磨き上げたプロフェッショナルの元公安警察官であるカーガーと呼ばれている男を主人公として、超人的な活躍を見せるヒーローとして据えてあります。

その姿は、近年の映画で言えばキアヌ・リーヴス演じる最強の殺し屋であるジョン・ウィックのようでもあり、諜報員という点ではマット・デイモン演じるジェイソン・ボーンのようでもあります。

 

 

いや、より荒唐無稽と言えそうで、つまりはそうした超人が活躍するアクション小説だということです。

その景村瞬一を中心に、菊原組若頭の新藤を始めとする暴力のプロたちを配し、敵役として中国情報機関の特殊部隊という武闘専門の集団が設けてあります。

彼ら暴力のプロたちがとあるビルという閉鎖空間の中で戦いを繰り広げるのですが、そのさまはまるで映画のダイハードです。そういう意味では現実を無視したアクションであり、先述の月村了衛の作品と同様に劇画的であり、エンターテイメントに徹した物語です。

 

 

この著者は近年は日本の近代史を背景にした作品を多く書かれていますが、本書はそうした傾向になる前の作品であり、先にも述べたように、社会性を持った背景のもと、スーパーヒーローを中心とした男たちの物語として展開しています。

この作者の代表作と言ってもいい『機龍警察シリーズ』の背景もチェチェン紛争など実社会の矛盾点を持ってきてありました。平和日本に暮らす私たちの知らない現実社会では悲惨な現実があるのだということを示してくれています。

 

 

そうした現実を背景としたエンターテイメント小説として、背景は背景として物語のリアリティを出すための一つの手段としてながらも、作者なりの一つの啓蒙手段として捉えていいのではないかと思います。

関心のある人は、それからさらに一歩踏みこんだ調べられてもいいのではないでしょうか。

 

そうしたことはともかく、月村了衛という作家のエンタテイメント小説として楽しんで読んでもらいたい作品です。

機龍警察 狼眼殺手

経産省とフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが何者かによって関係者が次々と殺害されていく。謎の暗殺者に翻弄される警察庁。だが事態はさらに別の様相を呈し始める。追いつめられた沖津特捜部長の下した決断とは―生々しいまでに今という時代を反映する究極の警察小説シリーズ、激闘と悲哀の第5弾。(「BOOK」データベースより)

 

機龍警察シリーズの五作目となる長編の冒険小説です。

 

ある中華料理店で会合を開いていた四人の男たちが殺されるという事件が起きます。その後に続く殺人事件などを調べていくうちに、日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄事件との関連が疑われることになります。

そこで、特捜部を中心にして警視庁の凶悪犯罪を扱う捜査第一課、知能犯罪を扱う捜査第二課、それに公安も含めた前代未聞の捜査本部が設置されることになるのでした。

 

こうして本書は通常の警察小説のような地道な捜査活動が中心となった物語として展開すると思っていました。

もともと、本シリーズはSF色が強い警察小説、それもアクション小説と言ってもいいほどに激しい戦闘場面の多い物語という、読者サービス満載の小説でした。その上、世界中の紛争地域で起きる悲劇などを盛り込んだヒューマニズムに富んだ小説でもありました。

ところが、本書ではSF色は後退し、警察小説としての、それも一級の面白さを持つ警察小説としての貌が前面に出てきて、龍機兵(ドラグーン)での戦いの場面はありませんでした。そうしたことから上記のような警察小説としての本書という印象を持つに至ったのです。

しかし、そこは月村了衛の作品であり、通常の警察小説では終わりません。

 

つまりは、捜査線上に浮かびあがってきた“狼眼殺手”という暗殺者との闘いが控えており、壮絶なアクション場面が控えていました。

本書では龍機兵の戦いこそありませんが、代わりにユーリやライザなどの龍機兵の操縦者たちがその本来の戦闘のプロとしての戦い方を十二分に見せてくれます。

更には、“狼眼殺手”という暗殺者に翻弄される警察の姿を通して、「警察」対「敵」の構図が明確になっていくなど、シリーズの根幹にかかわる展開も見逃せないものになっています。

そして、本書の敵役として登場する「フォン・コーポレーション」の実態解明というこのシリーズの特有の流れへとなっていくのです。

 

これまでは第一巻で「龍機兵(ドラグーン)」の活躍する世界やその属する警視庁特捜部、操縦者の姿俊之などの説明があり、以下巻を追うごとにライザ・ラードナー、ユーリ・オズノフ元警部、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補といった登場人物の過去などが語られてきました。

その上で、警視庁の内部にまで潜り込んでいるらしい「敵」の存在も示唆され、組織としての警察の姿などもシリーズの謎の一つとして示されていました。こうした「敵」に関する謎の一端が、本書に至り少しではありますが明らかにされています。

一作ごとに大きなテーマをもって語られてきた本シリーズが、本書に至り、エンターテイメント小説としての全貌を明らかにし始めたようでもあります。

 

警察小説として読むことになりそうと思いながら読み進めていた本書ですが、最終的にはやはり重厚感の漂う機龍警察シリーズらしい読み応えのある作品でしたし、シリーズとしての面白味が次第に大きくなり、次回作への期待が次第に増す一冊でした。

東京輪舞

田中角栄邸の警備をしていた警察官・砂田修作は、公安へと異動し、数々の事件と関わっていく―圧倒的スケールで激動の時代の暗闘を炙り出す。

 

昭和・平成の重大事件の陰で動いた公安警察員を主人公とする長編の警察小説です。

 

本書は月村了衛のこれまでの作品と比べると地味です。月村了衛という作家のこれまでの傾向からして、アクション重視の警察小説との思いは見事に裏切られました。

それは一つには、本書が国家を守るための情報を得るために協力者を育成し、そして情報を収集するという外事警察を描いた作品であることに由来するのでしょう。

しかし、それも作者の処理の仕方一つであり、例えば同じ公安警察官を主人公とする 麻生幾の小説である『ZERO』は、かなり派手なアクション小説として仕上がっています。

 

 

つまりは、アクションではなく、現代歴史の隠された裏面史を淡々を描き出すこと自体がこの作品の意図だったのだろうと思われます。

そこには、著者自身が「本作『東京輪舞』は、小説家としての我が仕事における第二期の出発点である。」というように、小説としての成り立ちがこれまでの作品とはまるで異なり、作者の冷静な眼を感じるのです。

 

これまで歴史小説と言えば時代小説でしたが、それでも現代史を背景にした小説はそれなりに存在しています。

例えば、 山崎豊子の『不毛地帯』は、本書にも登場する伊藤忠商事の元会長瀬島龍三をモデルとした作品と言われ、ロッキード事件の背景などが描かれていました。この作家は同様の作品が多いですね。

 

 

また、160回直木賞受賞を受賞した 真藤順丈の『宝島』は、沖縄の戦後史を描いた小説であり、現実に起きた事件を絡めながら物語は進んでいきます。

 

 

しかしながら、これらの作品は歴史小説と言うよりは現実に起きた事件を題材にした小説と言うべきであり、そこでは「歴史」は背景にしか過ぎないと思います。

 

本書の場合そうではなく、昭和・平成の実在の歴史の隙間を小説家としての感性を通した解釈を加えて新たなストーリーを構築していて、そういう点でかなり異なると思うのです。

事実、読み始めてしばらくはこのタッチに慣れず、またテーマへの関心の度合いもあって、少々退屈気味な感じもありました。しかし、いつの間にか、本当に気付けば本書にどっぷりと惹き込まれていた自分がいました。

 

主人公は、若い頃に田中角栄の自宅の警備で暴漢を逮捕し骨折をした際、角栄本人から入院先でお礼を言われた経験を持つ砂田修作という警官です。

この田中角栄への思い入れを持つという人物設定はうまいものであり、読者の共感をも呼びやすいと感じたのは私だけでしょうか。

 

この砂田の眼を通して、田中角栄のロッキード事件から東芝COCOM違反事件へと続き、東西冷戦の終結を迎え、オウム真理教、警察庁長官狙撃事件、金正男の来日事件へと続きます。

これらの事件そのものではなく、その事件の陰に隠された事実、例えばロッキード事件の際はCIAから依頼された特定の人物の所在確認作業を通して、公安部外事一課に配属された砂田の公安警察員としての観点からロッキード事件を見直すことになります。

そこには一般国民が知らない、ごく一部の特殊な立場にある人間だけが知る秘密を通してみた歴史の姿があります。

 

最初の章の「ロッキードの機影」は1976年の出来事ごとであり、私が二十五歳のときのことですからその状況は鮮明に覚えています。しかし、私たちが知っていたロッキード事件の本当の意義は全くわかっていなかったことが示されます

そのあとの「東芝COCOM違反」の章は経済関連の事柄でもあり、当時から共産圏諸国への輸出禁止違反以上の意味を把握していませんでしたし、その次の「崩壊前夜」の章もソヴィエト連邦の崩壊の裏で繰り広げられる諜報戦の意味をよく理解できないきらいがありました。

しかし、その次の「オウムという名の敵」「長官狙撃」の章からは自分の身近の人間が警察に勤務していたこともあり、また、サリン事件の衝撃が強すぎてかなりのめり込むことになりました。

ただ、個人的にはこの作品全体を通して登場するルシーノワというKGB機関員の美女はいらないという気もしました。それはすなわち眉墨圭子という女性の振る舞いにもかかわってくるのですが。

せっかくの公安警察官としての観点からの物語が少しのぶれを感じてしまったからです。

 

とはいえ、かなり硬派な読みごたえのある作品であることは間違いなく、今後の月村了衛という作家の作品を注目したいと思いました。

追想の探偵

消息不明の大物映画人を捜し出し、不可能と思われたインタビューを成功させる―“人捜しの神部”の異名を取る女性編集者・神部実花は、上司からの無理難題、読者からの要望に振り回されつつ、持てるノウハウを駆使して今日も奔走する。だが自らの過去を捨てた人々には、多くの謎と事情が隠されていた。次号の雑誌記事を書くために失われた過去を追う実花の取材は、人々の追憶を探る旅でもあった…。(「BOOK」データベースより)

 
本書では誰も死にませんし、アクション場面もありません。それでいて一人の女性の人探しを描く、まさに「日常のハードボイルド」という言葉がピタリと当てはまる小説です。
 

日常のハードボイルド / 封印作品の秘密 / 帰ってきた死者 / 真贋鑑定人 / 長い友情 / 最後の一人

 

主人公は映画雑誌「特撮旬報」の編集長をしている神部実花という女性です。この雑誌は不定期刊であり、特撮映画を扱う雑誌です。つまりは、この雑誌の目玉記事として往年の特撮映画の特集をし、関係者のだれもその消息を知らないその映画関連の人物を探し出し、インタビュー記事を書こうとするのです。

誰もその人の行方を知らないからこそ価値があり、雑誌の売り上げに結びつきます。しかし、誰も知らないのですからその人物を探し出すことは困難を伴います。だからこそ「人捜しの神部」という異名があるほどの手腕のある本書『追想の探偵』の主人公の出番があります。

本書の一番の魅力は、主人公である神部実花という編集者の人捜しの過程にあります。

 

例えば、『流星マスク』という作品が特集される場合、この作品の特撮を担当した佐久田政光という特殊技術者が目玉となります。この人物は特撮作品というだけでなく、国際的にも高く評価されている名の通った名作映画に多く関わった伝説の人物なのですが、三十年も前にその消息は一切不明になっているのです。

この人物の探索を始めるに際し、まず、佐久田政光のプロフィールから少しでも連絡先を知っている可能性のある人物をリストアップします。そして、アルバイトに片っ端から電話をかけさせるのです。

その後、国会図書館や大宅壮一文庫で当時の新聞、雑誌の類を全部調べ、映画雑誌に限らず学年誌や児童誌に至るまで見るのですが、ここまでは誰でもやることだそうです。大事なのはその先であって、落ち穂よりもなお細かい「綿毛」ほどの何かを見るのだそうです。

この号の場合、どこかの囲み記事にあった「佐久田の親戚の球磨美大生」という言葉がその「綿毛」です。ただ、こうした作業の末に、熊美大生ではあっても球磨美では分からずにネットという利器のおかげで見付け出しますが、依然佐久田政光のことは不明でした。

そこで電話に戻り神部実花自身が電話をかけるのです。そうすると、今度は編集長である上司が連絡をしてきたということで、アルバイトでは聞き出せないことを話してくれたり、忘れていたことを思い出してくれることが少なからずあるのだそうです。

つまりは、人探しには限りない忍耐力が必要だということです。

 

本書『追想の探偵』の第一話「日常のハードボイルド」は、以上のような作業を描いてあります。この話では上記の作業では佐久田政光は見つからず、結局は別のルートでたどり着きます。その過程もまた相応の努力が為され、その先に佐久田政光という人物にまつわる人間ドラマが待っていたのでした。

 

最初に書いたように、本書の魅力は人捜しの過程にあります。そして、この主人公にはモデルがあり、作者はその人物を前提にこの小説を書こうと思ったのだそうです。本書で描かれている人捜しのエピソードのどれほどが現実の話かは分かりませんが、先に書いたようなことも現実の人捜しのノウハウの一端が示されていることは間違いなさそうです。

月村了衛という作家の作品というにはアクションも無く、いつものタッチを思う人には物足りない作品かもしれません。

私自身、本書の『追想の探偵』というタイトルのイメージから、端的に一匹狼の探偵の抒情的なハードボイルドを予想していたのですが、全く異なる内容の作品でした。しかし、と惑いは最初のうちだけであり、やはりいつものように引き込まれていました。

 

本書はまた、特撮映画の専門誌が舞台ということで、そうした映画が好きな人にも満足のいく作品ではないかと思われます。勿論、取り上げられている特撮映画や人物は全くの架空の作品ですが、語られている内容は事実の裏付けがあると思われるからです。

 

そもそも「人捜し」という行為はハードボイルドの基本であり、 東直己の『探偵はバーにいる』を始めとして、 大沢在昌の『佐久間公シリーズ』、 原りょうの『そして夜は甦る』などきりがありません。

私立探偵が人捜しを依頼されるが、その人捜しには何らかの事件性がつきまとい、探偵自らもその事件に巻き込まれていく、という王道のパターンですね。

本書では人捜しはしますが事件性はありません。それでもなおハードボイルドであり、だからこそ「日常の」という接頭語がつくのです。

水楢中学校野外活動部の弓原公一らが合宿で訪れた湖畔のキャンプ場で、惨劇は起こった。隠された大金を捜す半グレ集団・関帝連合がキャンプ場を封鎖し、宿泊客を虐殺し始めたのだ。囚われの身となった公一たち。だが絶体絶命の状況下、突然何者かが凶悪集団に反撃を開始した!謎の闘士と中学生たちが決死の脱出に挑む。今最も旬な著者による戦慄と興奮の物語。(「BOOK」データベースより)

典型的なアクションエンターテインメント作品だと言えると思います。同じ月村了衛の作品では『ガンルージュ』と似た印象の作品でもあります。

とにかく、物語のリアリティーなど全く無視した、アクションを見せるためだけの舞台設定であり、物語の筋立てです。本書を読んですぐは、この物語の舞台設定の安易さに驚いたというのが正直なところで、それくらい荒唐無稽な話です。

なにせ、半グレ集団がキャンプ場をおそい、そのキャンプ場にいる人間を皆殺しにするところから始めるのですからたまりません。その後の物語の展開も、いくらなんでも、と思わせられる場面が相次ぎ、感情移入などという話どころではなかったのです。

前に読んだこの作家の『ガンルージュ』も似たような印象ではあったのですが、本作はそれ以上でした。

両作品共に、普通人として生活している女性が、実はその世界では名の通った戦士であり、圧倒的な暴力により殺されそうになっている子供たちを救出する、という点で共通しています。ただ、私には『ガンルージュ』のほうがより、受け入れやすい設定だった、というだけです。

そして、本書を読んで時間を経たいまでは、痛快アクション小説として単純に楽しむべき小説であり、それ以上のものを求めるといけないと思うようになりました。そう思って読むと単純に痛快物語であり、ある種のカタルシスを得ることができるのかもしれません。

それは、 大沢在昌の作品の中にもその荒唐無稽さにおいて似たところを持つ作品群があります。その点でまず思い出すのは『明日香シリーズ』でしょうか。銃撃戦で頭部以外をハチの巣にされた麻薬取締官神崎アスカが、脳移植により女マフィアの美しい肉体を得て、かつてのパートナー仁王と共にマフィアと戦う物語というだけでその荒唐無稽さが分かるというものです。でありながら、痛快アクション小説として抜群の面白さを持っています。ただ、映画版は酷評されたようですが。

また、アクションと言えばやはり 西村寿行でしょう。なかでも『鯱シリーズ』は、仙石文蔵をリーダーとする天星、十樹、関根という四人の荒唐無稽なスーパーヒーローの活躍が爽快です。エロス満開ではありますが、アクション小説としても超一流だと思っています。

黒警

街で女を見捨てた警視庁組織犯罪対策部の沢渡と、行きずりの女の命を救った滝本組の幹部ヤクザ・波多野。腐れ縁の2人の前に、女を助けたい中国黒社会の新興勢力「義水盟」の沈が現れる。3人の運命が重なる時、警察内部の黒く深い闇が蠢きだす…。(「BOOK」データベースより)

滝本組の幹部である波多野は、かつて見捨てた女がその場で殺されてしまったという過去を持ち、ヤクザのくせに今でも困っている女を助けずにはいられません。

一方、事なかれ主義の警官である沢渡は、夜の街で絡まれている女を見てもそのまま見過ごすだけです。

ところが、沢渡が昔見過ごした女は波多野が見捨てたその女でした。共に負い目を背負って暮らしていたのです。沢渡と波多野との縁もその時にできたものでした。

そしてもう一人、中国マフィア義水盟の沈という男が、波多野を男と見込んで一人の女を預けます。たまたまその場にいた沢渡もその女を守る羽目になったのですが、沈の相手は沈の思った以上の力を有していました。そのために、沢渡も自分が戦うべき相手を見出すのですが、その相手は意外な相手だったのです。

こうしてこの物語を簡単に見ても分かる通り、物語の流れはかつての任侠映画やハードボイルド、またはある種の人情物に見られる構造です。人情に絡んだ自己犠牲の物語は、一般的に好まれる物語の構造として定型とも言えるものでしょう。


その定型を月村了衛という達者が描くのですから面白くないわけがないのです。

刑事とヤクザとの心の交流という点で言えば、 大沢在昌新宿鮫シリーズの中でも特に『狼花 新宿鮫IX』で見られたと思います。鮫島と仙田という正体不明の男らとの闘いは一読の価値ありです。

また「老いぼれ犬」こと高樹警部と今は堅気となっている持とヤクザを描いた 北方謙三なども、構造は違いますが挙げていいかもしれません。

月村了衛という作家は、物語の骨格がきちんと練り上げられていて、シリーズの幾編かは「日本SF大賞」などの大賞を受賞している『機龍警察』を第一巻とする「機龍警察シリーズ」のような重厚な作品とは別に、『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』のように、肩肘張らずに軽く読むことができるエンターテインメント小説も多数書かれています。本書もわりと気楽に楽しむことができるエンタメ小説と位置付けられると思います。

本書には『黒涙』という続編が出ています。まだ読んでないので早めに読みたいものです。

ガンルージュ

韓国の大物工作員キル・ホグン率いる最精鋭特殊部隊「消防士」が日本で韓国要人の拉致作戦を実行した。事件に巻き込まれ、人質となってしまった中学1年生の祐太朗。日本政府と警察は事件の隠蔽を決定した。祐太朗の母親で、かつて最愛の夫をキルに殺された元公安の秋来律子は、ワケあり担任教師の渋矢美晴とバディを組み、息子の救出に挑む。因縁の関係にある律子とキルの死闘の行方は、そして絶体絶命の母子の運命は―。(「BOOK」データベースより)

この作者の作品である『機龍警察』の持つ重厚なイメージを持って読むと、全く裏切られます。本作品は、ときにはコミカルに、ときにはハードに、またちょっとした遊びもある、まさに娯楽に徹したアクションエンターテインメント作品というべき作品なのです。

秋来祐太郎と神田麻衣は、韓国の特殊部隊がとある韓国要人を拉致する現場を目撃したために共に誘拐されてしまいます。そこで祐太郎の母親秋来律子と彼らの教師である渋矢美晴とが救出に向かう、というのが大まかな物語の流れです。

普通の母親と教師が、高度な訓練を受けた特殊部隊を相手に立ち回りを繰り広げようというのですから、普通の物語であるわけがありません。当然のことながらこの二人が「普通の一般人」であるわけがないのです。

即ち、祐太郎の母親の秋来律子は、元公安の、それも凄腕の捜査員であったという過去を持っていて、渋矢美晴は元ロックシンガーであり、祐太郎らの体育の教師であって、かつての彼氏である敏腕刑事から教わった格闘術で立ち向かいます。

こうした設定からも分かるように、本書は単純にストーリーに乗っかって楽しむべき類の作品です。いくら格闘術を習っていたとしても、一般素人の女性が高度な訓練を受けた特殊部隊隊員を相手に闘えるわけがないなどと、当たり前の感想を持ったりしてはいけないのです。

あくまで、アクションエンターテインメントとして素直に物語を楽しめばよく、そうすればかなりの爽快感を持って読了することができると思います。

そういうゆとりを持って読み進めると、本書は登場人物のキャラクターなどかなり書きこまれていて、感情移入しやすい物語であることはすぐにわかると思います。実際、316頁の新刊書という決して薄くはない本ではあるのですが、この手の作品の常として書会話文が多く、改行も多用してあるところから、かなり早いペースで読み終えることができました。

アクションエンターテインメントということで私の読書歴から既読作品を振り返ってみると、やはりまずは 西村寿行の名があげられると思います。荒唐無稽な物語ではありながら、骨子がしっかりとしているためか純粋にエンターテインメントを楽しむことができる作品が多数あるのです。中でも突飛ではありますがアクション性を重視すると鯱シリーズということになるでしょう。仙石文蔵をリーダーとする天星、十樹、関根という四人の荒唐無稽なスーパーヒーローが活躍し、更にエロス満開のサービス付きです。『赤い鯱』を第一作とし、全十一巻になるシリーズで、その面白さは折り紙つきです。

荒唐無稽さという側面を重視し、ヒーローが活躍する小説ということに限定すると 楡周平Cの福音を思い出します。 大藪春彦が作り出した伊達邦彦や朝倉哲也などのヒーローを彷彿とさせてしまう朝倉恭介と川瀬雅彦という二人を主人公とする、Cの福音を第一作とする全六巻からなるアクション小説です。『Cの福音』に続く『クーデター』と読み進んでいるのですが、次第に面白くなっている感じがします。

土漠の花

ソマリアの国境付近で活動する陸上自衛隊第一空挺団の精鋭達。そこに命を狙われている女性が駆け込んだ時、自衛官達の命を賭けた戦闘が始まった。一人の女性を守ることは自分達の誇りを取り戻すことでもあった。極限状況での男達の確執と友情。次々と試練が降りかかる中、生きて帰ることはできるか?一気読み必至の日本推理作家協会賞受賞作!(「BOOK」データベースより)

 

重厚と言ってもいい存在感のある『龍機兵シリーズ』とは異なって、エンターテインメント性が強い、より読みやすいアクション小説として仕上がっている長編小説です。

 

ソマリアとジブチの国境近くで墜落したヘリを捜索していた自衛隊の捜索隊のところに、三人の女性が助けを求めてきた。
その女性らを追ってきた集団は、突然、自衛隊隊員らに銃撃を仕掛けてきた。隊長を殺され、車をも奪われてしまった自衛隊員は、何とかその場を逃げ延びる。しかし、無線機も持たず、襲撃者の追撃を受ける中、見知らぬ土地を駐屯地まで帰りつけるのか。灼熱のアフリカを舞台にした逃避行が始まった。

 

本書の舞台となるソマリア及びジブチは、アフリカの東端に位置し、アラビア海に突き出した形状の半島の沿岸を占めています。

ソマリア(正式にはソマリア連邦共和国)は近年海賊の出没が問題となっていて、各国がその対策に苦慮している地域です。本書の自衛隊も日本の船舶の護衛のために派遣されているのです。

 

本書は海賊とは全く関係はなく、内陸部で起きた自衛隊への襲撃事件について語られます。アクション小説ではありますが、本書の提起する問題は大きいものがあります。

自衛隊員が事実上の軍隊、軍人として、外国で、外国の人間に対し現実に発砲するという事実がいかに大きなことであるか。

自衛隊員として他国の軍勢に対して発砲することが、国内的に、また国際的にさまざまな問題を巻き起こすであろうことは素人でも分かります。本書でも少しですが触れられています。

しかし、本書ではそれよりも、ひとりの人間として人を殺すことへの葛藤や、指揮官としての苦悩など、人間としての側面に焦点が当てられています。「自衛隊というよりは人間として戦わざるをえない」状況だと、これは著者本人の言葉です。

 

残念なのは、そうした問題提起への関わり、掘り下げがあまり深くは感じられないことです。それよりも、戦闘行為の描写に興味が移ってしまいます。

著者は多分、意識的に人間の内面の深みにまで踏み込むことを避けられたのではないかと思います。実際、インタビュー記事を読むと「現代社会のリアルな国際情勢を背景にしたエンタメの復権」などと著者本人が語られていたので、案外的外れでも無かったと思ったものです。

 

そういう「問題提起」という意味では、 安生正の『ゼロの迎撃』の方が鋭かったかもしれません。日本の都市部でのテロリストへの反撃行為自体の持つ法律的な問題点に対する掘り下げや、分析官である主人公の自分のミスに対する煩悶など、本書よりも緻密であったと思います。

この提起されている問題に対する関わりの浅さが残念ながら物足りなく思ってしまいました。でも、アクション小説としての面白さは十分なものがあります。そう割り切ってしまえば、かなり面白い物語でしょう。

機龍警察 未亡旅団

チェチェン紛争で家族を失った女だけのテロ組織『黒い未亡人』が日本に潜入した。公安部と合同で捜査に当たる特捜部は、未成年による自爆テロをも辞さぬ彼女達の戦法に翻弄される。一方、特捜部の城木理事官は実の兄・宗方亮太郎議員にある疑念を抱くが、それは政界と警察全体を揺るがす悪夢につながっていた―世界のエンタテインメントに新たな地平を拓く“至近未来”警察小説、衝撃と愛憎の第4弾。(「BOOK」データベースより)

 

機龍警察シリーズの四作目となる長編警察小説です。

 

ある密売取引の現場を急襲した神奈川県警は、バイヤーである不法入国者グループを逮捕した。

ところが、若い女性ばかりのそのバイヤーのうちの数人が包囲陣にむかって駆け出し、周りを巻き込んで自爆してしまう。凄惨な現場には倒壊した車両や炎上する家屋が残されたのみで、残る六人の女性の姿はどこにもなかった。

 

これまでの作品と異なり、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補の話が語られてはいますが、現在進行している事件、それも未成年らによる戦闘行為がメインのテーマだと感じられました。

テロ行為そのものが許されないことは勿論なのですが、加えて「児童を徴集、あるいは誘拐して兵士に仕立て上げ」られている現実、「最も安価で効果的な戦力増加方法」だとして未成年者が戦闘員として闘っているという現実に対する問題提起がなされています。

 

本書でテロリストとして描かれているのは、チェチェン紛争で夫や家族を失った女性たちだけからなる組織である「黒い未亡人」と呼ばれる組織で、実在の組織です。こうした組織が現実に存在し、テロ行為を行っているのが現実の世界であるということが目の前に示されます。

未成年者や、夫や家族を失った女性たちがテロリストとして闘っているという実際の世界の現実がテーマなので、話は重く、決して痛快活劇ではありません。

しかし、作者の筆力はそうした重みをも弾き飛ばす勢いで展開します。アクション小説としての面白さはこれまでにも増しています。

更には警察内部の反特捜部勢力である<敵>との戦いも、より熾烈でサスペンスフルなものになってきています。

 

付け加えますと、物語が内包している竜騎兵そのものにまつわる謎や、秘密のかたまりのような沖津旬一郎特捜部長についてはまだ何も語られてはいません。まだまだ解き明かされるべき謎は山積しているのです。今後の展開が楽しみな作品です。

機龍警察 暗黒市場

警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧知のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染めた。一方、市場に流出した新型機甲兵装が“龍機兵(ドラグーン)”の同型機ではないかとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した―日本とロシア、二つの国をつなぐ警察官の秘められた絆。リアルにしてスペクタクルな“至近未来”警察小説、世界水準を宣言する白熱と興奮の第3弾。(「BOOK」データベースより)

 

今回はユーリ・オズノフが中心となる、機龍警察シリーズも三作目の物語になります。

 

武器密売の国際的ブラックマーケットを内偵中であった警視庁組織犯罪対策部の安藤巡査部長が、その死と引き換えに、日本で新型機甲兵装のマーケットが開かれるらしいとの情報をもたらした。

当然、警視庁特捜部が乗り出すことになるが、何故かユーリ・オズノフ元警部は契約解除になっていて、残りの二体で対処することになるのだった。

 

ユーリ・オズノフは元ロシアの警察官であり、日本の警察に対してもどこか共感する感情を抱えた存在でした。

そのユーリ・オズノフ元警部は、腐敗したロシア警察の中でも清廉さを謳われた「最も痩せた犬達」と呼ばれた男達の一員だったのです。

 

後半は現在の日本に戻り、ブラックマーケット壊滅作戦が語られます。この描写は相変わらずに十分な迫力を持って読者に迫ってきます。少々出来過ぎな感じがしないでもありませんが、そうした思いを越えた迫力で物語は展開されるのです。

十分に練られたストーリーは綿密に計算された人物造形と併せて物語に深みと厚みを感じさせてくれます。ただ、これまでの三作の中では一番感傷的な物語とも言えます。その点が弱点と思う人もいるかもしれません。

 

しかしながら、物語はそうした疑問点をものともしない筆致で進みます。SF的な設定は単に一つの道具として考えれば、この手の物語が苦手な人でも十分面白いと思ってもらえるでしょう。それほどに力強く、面白い物語です。