『半暮刻』とは
本書『半暮刻』は、2023年10月に464頁のハードカバーで双葉社から刊行された長編の社会派小説です。
半グレや風俗への身売りまでさせるホストの問題、利権に群がる政治家など、時代を写し取った硬派の物語で、それなりに引き込まれて読みました。
『半暮刻』の簡単なあらすじ
児童養護施設で育った元不良の翔太は、地元の先輩の誘いで「カタラ」という会員制バーの従業員になる。ここは言葉巧みに女性を騙し、借金まみれにしたのち、風俗に落とすことが目的の半グレが経営する店だった。“マニュアル”に沿って女たちを騙していく翔太に有名私大に通いながら“学び”のためにカタラで働く海斗が声をかける。「俺たち一緒にやらないか…」。(「BOOK」データベースより)
『半暮刻』の感想
本書『半暮刻』は2023年10月に双葉社からハードカバーで刊行された、時代の裏面を描き出してきたこの作者らしい社会派の物語です。
現実の社会に起きている事柄を拾い上げ、小説として再構成してあるということですので、本書に描かれていることはそのままではないにしてもそうした事実があるということなのでしょう。
というまでもなく、本書に描かれていることは日々のニュースを目にしていると元ネタはあのことだろうと見当がつきますから、本書で描かれているようなことが事実繰り広げられていることになります。
月村了衛という作家の作風が事実をもとにして戦後日本史を描き出していますので、その意味では本書もその路線から外れているとは言えなさそうです。
ただ、悪徳ホストが女性を風俗に沈めるという点は、現実に起きた歌舞伎町ホスト殺人未遂事件よりも前に本書が出版されているそうなので、その点では作者の視点がすごいというべきなのかもしれません。
物語は、山科翔太と辻井海斗の二人のパートに別れ、それぞれの視点で進行しています。
第一部が翔太視点の「翔太の罪」であり、第二部が海斗視点の「海斗の罰」であって、対照的な二人の人生を歩むことになります。
当初は二人共に最終的には風俗へと沈めることを目的として女を引っ掛け、店へと誘導するカタラグループで頭角を現します。
そのうちにグループ創立者の城有に認められ、カタラグループのトップテンと呼ばれる地位まで上り詰めるものの、警察の手入れを受け、その後は対照的な人生を歩むことになるのです。
本書の物語自体はピカレスクロマンであり、また二人の若者の成長物語として読むこともできると思います。
しかし、本書の狙いはそこにはなくクライマックスでの翔太の言葉に集約されているのでしょう。
すなわち、二人の成長物語というよりは、その個人の人間性に根差した「悪」、本書の言葉でいうと「邪悪」の適示こそが主眼だと思われるのです。
作者の月村了衛のインタビュー記事を読むと、描きたかった「根源的なテーマ」は自分が感じた「人間の本質的な邪悪
」であり、「人間の中にある普遍的な邪悪
」だった、とも書かれているのです( ダ・ヴィンチWeb : 参照 )。
第一部の「翔太の罪」で描かれている翔太のその後の人生と、第二部の「海斗の罰」で描かれている海斗の人生の対比は胸に迫ります。
その二人の生活の対比の後、クライマックスで描かれているカレーという食事に対しての海斗の感想は象徴的です。
この場面だけを取り上げると決して特別なことではなく、手法としてだけを見ると平凡とすら言えます。しかしながら、それまでの物語の流れの中で示される「カレー」という言葉は心に染み入りました。
著者の月村了衛の作品は、細かな点までも丁寧に描写されていて、人物の心象までも拾い出されていて、そうした手法がうまくいっていると思われます。
半グレを描いた作品としては新野剛志の『キングダム』という作品がありました。
この作品は、半グレ集団「武蔵野連合」のナンバー2の真嶋という男と、その中学時代の同級生の岸川という二人の生き方を中心に描いた長編のピカレスク小説です。
ただ、エンターテイメント小説としてはそれなりに面白く読んだ作品ではあったものの、個人的には物語としての厚みや人間の描き方では本書『半暮刻』に軍配が上がると思います。