非弁護人

非弁護人』とは

 

本書『非弁護人』は、2021年4月に刊行された、新刊書で432頁の長編のサスペンス小説です。

とある事情で検察官を辞めざるを得なくなった元特捜検事の男が、末端のヤクザを食い物にする存在を追い詰める物語ですが、月村了衛の作品にしては普通だと感じた作品でした。

 

非弁護人』の簡単なあらすじ

 

元特捜検事・宗光彬。高度な法律関連事案の解決を請け負う彼は、裏社会で「非弁護人」と呼ばれる。ふとした経緯で、パキスタン人少年から「いなくなったクラスメイトを捜して欲しい」という依頼を受けた。失踪した少女とその家族の行方を追ううちに、底辺の元ヤクザ達とその家族を食い物にする男の存在を知る。おびただしい数の失踪者達の末路はあまりに悲惨なものだったー。非道極まる“ヤクザ喰い”を、法の名の下に裁く!!(「BOOK」データベースより)

 

東京地検特捜部の宗光は、親友の篠田とともに大規模な贈収賄事件に発展しそうな千葉県の「習志野開発」を捜査していくなかで、国会議員へ結びつきそうな証拠をつかむ。

上司の同意のもとで案件を進めるが突然捜査の中止を告げられ、同時に篠田と連絡が取れなくなり、自身は収賄容疑で逮捕されてしまう。

無実の罪を着せられたまま実刑判決を受けた宗光は、検事を続けることは勿論、弁護士業務にも就くことはできず、裏社会を相手に自身の法律知識を生かして非弁活動を続けるしかないのだった。

そのうちに、小学三年生のパキスタン人の子供のマリクから、行方不明になっている同級生を探して欲しいとの依頼を請ける。

しかし、その事件は、落ちこぼれヤクザを食い物にする“ヤクザ喰い”の存在に連なる事件でもあったのだった。

 

非弁護人』の感想

 

本書『非弁護人』は、裏社会の住人を相手に非弁活動を行う元検事だった宗光彬の姿を描くリーガルサスペンス小説です。

主人公の宗光彬は元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事でしたが、巨大な悪に対峙した結果、罪に陥れられて収監されたため、検察官は勿論、弁護士業務もできません。

そのため、有する法律知識を生かして裏社会の住人を相手に法律相談に乗り、裁判を有利に導くという法廷の周辺で生きていくしかない存在となっていました。

その宗光が、とある依頼事件を調べている最中に、社会からのけ者にされている末端のヤクザやその家族を食い物にしている存在を知り、暴力団の大物と組んでその存在をあぶり出すために奮闘するのです。

 

ここで非弁活動とは、「法律で許されている場合を除いて、弁護士法に基づいた弁護士の資格を持たずに報酬を得る目的で弁護士法72条の行為(弁護士業務)を反復継続の意思をもって行うこと。」を言います( ウィキペディア : 参照 )。

この制度は、「弁護士ではない者が他人の法律事務に介入すると、法律秩序が乱され、国民の公正な法律生活が侵害され、国民の権利や利益が損なわれること」がないように設けられた制度です( 日本弁護士連合会 : 参照 )。

 

本書『非弁護人』のような元法律家が、その法律知識を生かして活躍するという作品としては柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。

この作品は、弁護士資格をはく奪され、探偵エージェンシーを運営する上水流涼子という女を主人公にしたミステリー短編集で、気楽に読める面白い作品でした。

それに対し本書はシリアスであり、サスペンス感に満ちた作品です。

 

 

本書『非弁護人』の登場人物としては、まずは元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事宗光彬という主人公がいて、ほかに宗光の親友であり、ともに検察を辞めることになった篠田啓太郎弁護士が挙げられます。

それに“ヤクザ喰い”が発覚する元となった事件を依頼してきた裏社会の名門千満組の若頭である楯岡や、日本の暴力世界を二分する大組織遠山連合の久住崇一、久住の部下で宗光の手伝いをする蜂野などの裏社会の人間が登場します。

他にも多くの人物が登場しますが、挙げていけば切りがないでしょう。

 

たしかに本書『非弁護人』は、その作品世界は濃密で舞台背景も丁寧に構築されていて、月村了衛らしい作品だと言えそうです。

でも、私の思う月村作品として『非弁護人』というタイトルから事前に思っていた内容とは異なる作品でした。

端的にいえば本書の内容は犯人探しの変形であって、普通の探偵小説と言ってもあながち間違いとは言えないストーリーだったということです。

ただ、中盤を過ぎたころからその探偵ものと同じと感じていた内容が、少しずつ変化し始めます。

そして、クライマックスはやはり「非弁護人」というタイトルにふさわしいものでした。

 

しかしながら、タイトルからくるイメージとは別の、内容面で感じた違和感は最後までぬぐえませんでした。

それは、自分を陥れた巨悪がはっきりとしてるのに、そのことにはあまり触れずに、新たな“ヤクザ喰い”という敵だけを相手に行動していることです。

最後まで、そちらの巨悪はそのままででいいのかという、なんとも消化不良のままだとの印象は残ったままの読書でした。

また、宗光は結果として自分を裏切った男と再びタッグを組み、犯人と対峙することになるのですが、そうした自分を見捨てた男を再び信用するに至る点も今一つ明確ではありません。

法律家としての腕は認めているなど、相棒に関しての疑問に対する答えは本書の中でそれなりに書いてはあるので、それに対しなお不満を持っているのは私の個人的な不満でしかないのでしょう。

 

ともあれ、本書『非弁護人』はかなり分厚い作品ですが、その分量をあまり感じさせずに緊張感を維持しながら最後まで読み通させる面白さはさすがです。

月村了衛作品の中では普通の面白さだとはいっても、やはり月村了衛の作品でした。

ビタートラップ

ビタートラップ』とは

 

本書『ビタートラップ』は、新刊書で215頁の長編のエンターテイメント小説です。

月村了衛の描く軽く読めるエンターテインメント小説群の中の一冊で、単純に物語自体を楽しむべき、また楽しめる作品でした。

 

ビタートラップ』の簡単なあらすじ

 

わたしは中国の女スパイーノンキャリア公務員の並木は、恋人から告白される。狙われた理由は、上司から預かった中国語の原稿。両国組織を欺くために、ふたりは同棲を始めるが…。警視庁公安部から地下鉄で追尾され、中国の国家安全部からは拉致される。何が真実で、誰を信じればいいのか?実力派作家が放つ、大人のサスペンス。極上のビターがここにある。(「BOOK」データベースより)

 

与えられた仕事を淡々とこなすだけの公務員の仕事に違和感を抱くこともない毎日を送っていた並木は、付き合っていた中国人の彼女慧琳から意外な事実を打ち明けられた。

自分は並木が知人から預かった原稿を手に入れるために遣わされた中国のスパイであり、主人公の並木に対してハニートラップを仕掛けるために近づいたのだというのだ。

しかし、本当に並木に恋してしまい、嘘をついていることに耐えられなくなったという。

ところが、そんな並木に公安警察官を名乗る男が近づいてきて、女は並木の職場である農林省の情報を得るために接近したのであり、原稿の話は嘘だというのだ。

何が本当のことなのか、嘘に塗り固められた世界でどうすればいいのか、一人悩む並木だった。

 

ビタートラップ』の感想

 

月村了衛の作品には、重厚で読み応えのある『機龍警察シリーズ』のような作品群と、ガンルージュ』のような徹底してエンターテインメントに徹した読みやすい作品群とに分けられると思います。

本書『ビタートラップ』はそうした中でも軽く読める作品であり、後者に属する作品だと言えるでしょう。

 

主人公の並木承平は農林省勤務のノンキャリアの係長補佐であり、その彼女である黄慧琳は、並木の行きつけの中華料理店「湖水飯店」のアルバイト留学生です。

その慧琳が突然、自分は、並木が知り合いから預かっている原稿の所在、奪取のために送り込まれた中国のハニートラップだと言い始めたのです。

その並木には公安警察からの接触もあり、慧琳がハニートラップとして送り込まれたのは、並木の農林省勤務で知り得る農業技術の知識を得るためだというのでした。

こうして、並木は慧琳を信じることもできず、また公安警察官の男に対する疑惑もうまれてきて、誰を信じていいのか分からなくなります。

いち下級公務員が諜報戦のただなかに放り込まれたのですから、混乱するのも当然であり、この並木の様子が軽いユーモアをも交えて語られるのです。

 

このように、並木がハニートラップにかかったことを知ったり、並木に公安が接触してきたり、中国の工作員と直接に会うことになったりと、普通ではない状況がいとも簡単に襲い掛かってきます。

こうした物語の展開は、月村了衛のもう一つの作品群では考えられない展開であり、ある種のファンタジーとさえ言えます。

こうした気楽さだからこそ、その後の展開もまた気楽であり、読むほうも肩の力を抜いて軽く読むことができるのです。

 

このような気楽なタッチのエスピオナージと言えば、大沢在昌の気楽に読める長編小説である『俺はエージェント』がありました。

エージェントにあこがれる村井は、行きつけの居酒屋で親しくなった白川という爺さんのスパイ活動に巻き込まれ、あこがれのスパイ活動をすることになるというコメディタッチのスパイものの長編小説です。

この作品はコメディタッチではあるものの展開は意外性に満ちていて、かなり読みごたえのある作品でした。

 

 

では本書『ビタートラップ』に関して何の文句もないかというと、本書の結末のつけ方などには個人的にも少々疑問は残るものがあります。

しかし、本書のような作品は先にも書いたように物語世界に浸って気楽に読むべき作品でしょうから、そのストーリー展開の不都合さなどをあげつらっても仕方のないことでしょう。

慧琳という女性の優しさ、もしかしたらしたたかさに振り回される並木という男とともに、めまぐるしく展開する物語の流れに乗ってただ楽しめばよいと思うのです。

機龍警察 白骨街道

機龍警察 白骨街道』とは

 

本書『機龍警察 白骨街道』は『機龍警察シリーズ』第六弾となる作品で、新刊書で437頁の長編の冒険小説です。

非常に読みごたえのあるシリーズであり、本書もまたシリーズの質を落とさない、とても面白く読めた作品でした。

 

機龍警察 白骨街道』の簡単なあらすじ

 

国際指名手配犯の君島がミャンマー奥地で逮捕された。日本初となる国産機甲兵装開発計画の鍵を握る彼の身柄引取役として官邸は警視庁特捜部突入班の三人を指名した。やむなくミャンマー入りした三人を襲う数々の罠。沖津特捜部長は事案の背後に妖気とも称すべき何かを察知するが、それは特捜部を崩壊へと導くものだった…傷つき血を流しながら今この時代と切り結ぶ大河警察小説、因果と怨念の第6弾。(「BOOK」データベースより)

 

その日、特捜部長の沖津旬一郎は警視総監から檜垣警察庁長官と共に夷隅董一官房副長官に会うように命じられた。

重要な日本初の国産機甲兵装に関するサンプルを持ち出しどこかに隠匿しているジェストロンの君島がミャンマーのラカイン州で逮捕されたため、受け取りに行って欲しいという話だった。

サンプル保持のためにも身柄の確保が急務だが、君島の捉えられている場所はロヒンギャ救世軍や各民族の武装組織、それにミャンマー国軍などが絡んで複雑なうえ、背後に中国の影も見えるらしい。

沖津は、官邸の少なくとも一部の背後にいる「敵」の思惑は、三人の秘密、すなわち龍髭の奪取にあると思われ、その覚悟をもって送り出すしかないというのだ。

ミャンマーでは外務省の専門調査員の愛染拓也が待っており、さらにその先のシットウェーでは地元警察本部のソージンテット警察大尉とその部下たちが待っていて現地へと同行するというのだった。

 

機龍警察 白骨街道』の感想

 

本書『機龍警察 白骨街道』は、近ごろ軍事クーデターが起きたばかりのミャンマーを舞台にしたアクション小説であり、見えざる「敵」を相手にしたサスペンスミステリーの側面も持つ、ユニークな警察小説です。

特色として、本シリーズ自体が現代を舞台とする作品でありながら、龍機兵という近未来のSF作品に登場するような小道具を使用する時代設定を挙げることができます。

また、少なくともシリーズの序盤は世界の各所で起きているテロルの事案を物語の背景とすることも挙げることができます。

そして本書『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーの現状、それもロヒンギャ問題が取り上げられでいて、ミャンマーという国のおかれている状況からロヒンギャという民族に対する差別、虐待の実情とその背景にまで踏み込んだ描写がされています。

ちなみに、本書『白骨街道』というタイトルは、第二次世界大戦中の無謀な作戦と言われたインパール作戦の際に死にゆく日本兵の屍が絶えず続いたところから名づけられた「白骨街道」から来ているそうです。

 

本『機龍警察シリーズ』の魅力の一つに、こうした現実の世界情勢、それもテロという残虐な現状を織り込んだストーリー運びがあると思います。

そういえば、先日亡くなった漫画家のさいとうたかをが描き出す『ゴルゴ13』というコミックも現実の世界情勢の裏側で生きるスナイパーの物語として人気を博している物語でした。

 

 

それはさておき、本書『機龍警察 白骨街道』は三人の搭乗員らがそれぞれに特色を出して闘いの場に出ているところも見どころの一つだと思います。

一番目立つのはやはり姿俊之ですが、孤独なテロリストとしてのライザ・ラードナーの暗躍も見逃せません。勿論根っからの警察官であるユーリ・オズノフもまた装甲機兵の操縦などの見せ場も整っています。

さらに、ミャンマーでの彼らの戦いとは別に、日本での、次第にその姿を現してきた「敵」との部長の沖津旬一郎を中心とする特捜部の戦いも読みごたえがあります。

特に裏切者の汚名を着せられ懸けた城木貴彦理事官の悲哀やそこに寄り添う庶務担当主任の桂絢子の存在などは、ミャンマーでの姿たちの動の描写に対して、静の描写として読み甲斐があります。

静の描写、とは言っても派手な撃ちあいなどが無いというだけで、一方の城木理事官の家族の問題や、また警察内部での二課との共闘や官邸との見えざる戦いなどのサスペンスに満ちた展開は、アクションとは別の読みごたえのあるところです。

 

次第に明確になってくる「敵」との戦いの場に龍機兵がどのように関わってくるのか、また龍髭という秘密がどんな意味を持つのか、ミステリアスな展開もまだまだ待ち受けていそうです。

完全版も出ていることだし、もう一度第一巻から読み返したいとも思うのですが、なにせ一巻のボリュームがかなりなものがあり、話の内容も非常に重厚で読み飛ばせない内容であるため簡単には読み返せないのです。

とはいえ、私の好みに非常に合致している物語でもありいつかは再読したいものです。

機龍警察シリーズ

機龍警察シリーズ』とは

 

本『機龍警察シリーズ』は、警視庁内に新たに設けられた特捜部の、物語が進むにつれ次第に明らかになっていく警察内部に巣食う「敵」との戦いを描くSFチックな警察小説です。

現代が舞台の警察小説ではありますが、パワードスーツという空想の戦闘兵器を核にした、時代を反映した濃密な物語であり、私の好みと非常に合致したシリーズでした。

 

機龍警察シリーズ』の作品

 

 

機龍警察シリーズ』について

 

本『機龍警察シリーズ』は、警察小説ではありますが、同時にSF小説でもあり、さらには冒険小説としてもかなり面白く読める作品です。

シリーズ内では、『機龍警察 自爆条項』が日本SF大賞を、『機龍警察 暗黒市場』が吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 

警察小説でありまたSF小説でもある本書は、登場人物がそれぞれに個性的で魅力的ですが、まずは機甲兵装の搭乗員が物語の中心となります。

つまり、シリーズ序盤での物語の中心となるのが特捜部付警部である姿俊之やライザ・ラードナー、ユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフといった龍機兵搭乗要員たちです。

その後、シリーズも進み龍機兵の紹介も終わって物語の世界観が確立した頃になると、それまで三人の搭乗員たちを支えていた警視庁特捜部の人物たちが前面に出てきます。

まず特捜部部長の沖津旬一郎警視長が強烈な個性をもって皆をまとめ、牽引しています。

そして沖津を支える、理事官の城木貴彦警視や宮近浩二警視がいて、ほかに技術主任鈴石緑、捜査主任の由起谷志郎警部補など、多くの人員が登場しますが皆明確に書き分けられていて個性的です。

このほかに警視庁警備部や組織犯罪対策部、それに公安部、警察庁や各県警などの警察官たちも特捜部と対立したり仲間として組んだりと多彩な顔ぶれが登場します。

 

前述のようにSF色のある警察小説である本書を読む前提としては、ある程度の荒唐無稽な設定をためらいなく受け入れるだけの読書に対する趣味・嗜好があることが必要だと思われます。

というのも、本『機龍警察シリーズ』では「龍機兵(ドラグーン)」という操縦者が乗り込み操作する外装装置であるパワードスーツが物語の軸となっているからです。

そんなあたかもコミックの『機動警察パトレイバー』のような設定の物語ですから、シリアスな警察小説を好む人には敬遠されると思われるのです。

 

 

しかし、個人的にはそうしたシリアスな物語が好きな人にもこの『機龍警察シリーズ』は面白く読んでもらえると思っているのですが、どうでしょう。

というのも、一つには本シリーズは序盤は一つの巻ごとに「龍機兵」の搭乗員として特捜部と契約している三人の背景を紐解きながらの物語になっているのですが、そのそれぞれが、現実を背景にしたリアルな物語となっているからです。

本シリーズの重要な登場人物で姿俊之はプロの傭兵であるし、ライザ・ラードナーはIRAの「死神」の異名で知られるテロリストであったし、ユーリ・オズノフはロシアの優秀な警察官であったという過去を持っているます。

そんな彼らの過去を記すということは北アイルランドのテロ組織IRFやロシアンマフィアの現実を描き出すことでもあり、さらに第四巻『機龍警察 未亡旅団』ではチェチェン紛争という現実を、第七巻の『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーのそれもロヒンギャ問題をテーマとしているのです。

 

そしてもう一点、警視庁特捜部という存在自体が警視庁の中でも特異な存在となっていて、特捜部と警察の内部にも広く巣くっているとも思われる「敵」との闘いの様子が読み手の心を刺激します。

それは、警察上層部にまで食い込んでいるだけではなく、官邸サイドまで手が伸びているようで、ミステリアスな警察小説としての面白さも抱える作品となっているのです。

 

これまで述べてきたように、本『機龍警察シリーズ』は「龍機兵(ドラグーン)」と呼ばれるパワードスーツの操縦者である三人の人物と警視庁特捜部を中心にした物語として展開されています。

中でも第五弾の『火宅』だけは短編集となっていますが、それ以降の『狼眼殺手』『白骨街道』は「特捜部」対「敵」との戦いが次第に明確になります。

そして、搭乗員三人の活躍の場面では冒険小説の側面が強いものの、特捜部の戦いの場面ではサスペンス色の強いミステリーとなっています。

それも、「敵」の姿が明確になっていくにつれ、警察内部のグループというよりも、警察内部にもメンバーがいるより強大な組織というべき存在になっていくのです。

 

非常に読みごたえのある『機龍警察シリーズ』ですが、大作であるからかなかなか続刊が出ません。

第一巻の『機龍警察 』の刊行が2010年3月で、最新刊の『機龍警察 白骨街道』が2021年8月の刊行ですからその間11年以上が経過しています。

できればもう少し早く読みたいというのが本当の気持ちです。

続刊を待ちましょう。

黒涙

本書『黒涙』は、『黒警』の続編の長編のノワール小説です。

前巻『黒警』がかなりのめり込んで読んだ記憶があったせいか、本書は今一つ感情移入できずに終わってしまった作品でした。

 

黒社会とつながり、警察内部に“黒色分子”として潜む沢渡。義兄弟の契りを結ぶ黒社会「義水盟」の沈は、インドネシアの青年実業家ラウタンを巻き込み、中国スパイ網の摘発に協力する。やがて3人の前にシンシア・ユンと名乗る謎の美女が現れるのだが…。(「BOOK」データベースより)

 

国家機密の漏洩の疑いがあり、上層部の要請で、公安部外事第二課長の滝口警視正をリーダーとする部署を超えた特別チームが組まることになった。

そのチームに加えられた沢渡から相談を受けたは、南シナ海の巨大組織である「海のネットワーク」のメンバーのラウタンを連れてきて仲間にするのだった。

誰しもが認める男であるラウタンは、早速に日本経済界に顔を広げ、その過程で“運命の女(ファム・ファタール)”と感じたシンシア・ユンと知り合う。

だが、その女の正体に気付きながらも付き合いをやめないラウタンだった。

 

前巻ではヤクザの波多野という男を中心とし、警視庁組織犯罪対策第二課の事なかれ主義刑事である沢渡警部補、そして沢渡の義兄弟である「義水盟」のという男が加わった男の物語として仕上がっていました。

本書『黒涙』では前巻から引き続き登場する沢渡警部補と「義水盟」の沈とは別に、沈が連れてきたラウタンという男の動向が中心になります。

ラウタンは、容姿端麗で、ビジネスマンとしてもインドネシアの実業界で注目されている実業家であり、非の打ち所のないという人物です。

このラウタンを中心とした話が一番大きな流れとなっていて、その点が前巻と異なって本書についての面白さを今一つと感じる理由になっているようです。

 

月村了衛の作品は、いつもであれば物語の客観的な状況をかなり緻密に描き込んでリアリティーを出しているのですが、本書の場合、沢渡に誘導されている警察の存在にリアリティーを感じません。

それは、本書『黒涙』はラウタンの活動を中心に描いてある、という点に原因があるようです。

そのラウタンについての描写が、沈が連れてきた信頼に足る男というだけで、沈や、特に沢渡との間で強固な信頼を築く根拠を示してありません。

読者にとっては、沈の義兄弟だからという一言で三人相互の信頼関係が築かれたことを意識するのは難しく、感情移入して読み進めるには足らないと思います。

また、ラウタンの活動が描かれているとはいっても、その描き方も微妙で、ラウタンという男に惹かれる要素を感じないのです。

 

以上と重なるかもしれませんが、本書は月村了衛の作品ではあるのですが、ストーリーの構成が安易にすぎる点も気になります。

例えば、沈らのグループが滝口に気付かれないように陰ながら警察の動きを助けるというのですが、滝口についてかなりの切れ者というキャラ設定をしていながら、沈らのグループの助けに気が付かないという状況がありうるか、との疑問がわきます。

また、沢渡の台詞などに、どうにも説明的と感じる台詞があったりと、いつもの月村作品では感じない疑問点が少なからず見受けられるのです。

 

出版年月で見ると、本書『黒涙』が2016年です。どうも2015年に書かれた『槐(エンジュ)』以降の数年間に書かれた何冊かが月村作品にしては構成が雑と思える作品が並んでいると思います。

すなわち、『槐(エンジュ)』や『影の中の影』が2015年であり、『ガンルージュ』が2016年であって、面白いのは面白いのですが月村作品の特徴の緻密な描写に裏打ちされた重厚さはありません。

 

 

それからすると、2017年4月の『追想の探偵』からは社会性を増しており、特に『東京輪舞』以降は歴史に題をとった重厚な作品へシフトしていると思われます。

 

 

ただ、明確に書かれた時期で区別できるものではなく、月村了衛という作家にそれぞれの顔があるというべきなのかもしれません。

とはいえ、物語としての面白さはやはりほかの作品ほどではないと言わざるを得ません。

ただ、本書『黒涙』も第四章に入ると沢渡の行動が明記され、沢渡と沈との関係への言及も多くなり、月村了衛のアクション小説だと思える面白さが復活しています。

やはり、本書の構成が今一つだと思うしかなく、今後のシリーズとしての興味も今一つという気がします。

悪の五輪

東京が日本が劇的に変貌しつつあった1963年、元戦災孤児のアウトローが大いなる夢に向かって動き出す。軋む街の表に裏に、抜き差しならない腐敗や闇が根尾下ろしているなかで、オリンピックを奪い、撮れ!(「BOOK」データベースより)

 

1964年に東京で開催されたオリンピックの記録映画を巡り、何とか監督の人選に食い込もうとする男の暗躍を描いた長編のピカレスク小説です。

もしかしたらそういうことがあったかもしれないとの印象すら抱く、実在の人物が数多く登場する映画裏面史ともいえる話で、それなりの面白さをもった話でした。

 

それなりの、との限定は、月村了衛という作者の作品としては、少々インパクトに欠ける印象を持ったからです。

どうしても月村了衛という作家の作品を読むときはこの人の作品である『機龍警察』と比較をしてしまいます。そして、『機龍警察』の緻密さ、重厚感を知る私にとって、本書は今一つ物足りないのです。

 

 

ただ、本書に関しては、『機龍警察』を引き合いに出すまでもなく、例えば近年のいわゆる第二期の作品『東京輪舞』と比しても同様の印象を持ちます。

本書は著者自身が言うように、歴史的な事実、人物を物語に組み込みながらも史事には矛盾させないという『東京輪舞』と同じ手法をとっていますが、やはり緊迫感、重厚感に欠けるのです。

それは、『東京輪舞』が警察小説の形をとった、昭和の裏面史としてある種の謎に迫る物語であるのに対し、本書『悪の五輪』は昭和の裏面史に題をとったクライムノベルではあっても、エンターテイメントの世界を描いた作品だというところからくる差異だと思われます。

 

 

つまりは、緻密な書き込みで濃密に構築された世界を舞台に展開されるアクションやミステリーではないところに物足りなさを感じたのでしょう。

とはいえ、本書『悪の五輪』には『東京輪舞』などにはない面白さがあるのは否定できません。

本書はピカレスク小説として、主人公の人見稀郎花形敬などの実在した人物とのつながりをもって東京オリンピックがもたらす利権に食い込もうとするさまが描かれ、ある種の痛快さがあります。

つまり、ミステリー性はない代わりに、チンピラやくざであった人見稀郎が、知恵を絞り、度胸だけで何とか利権の片隅に食い込もうとするエネルギーに満ちています。

そして、そのエネルギーの向かう先にいる花形敬や若松孝二児玉誉士夫永田雅一といったひと癖もふた癖もある実在の人物らとのつながりを得て利権に食い込む姿が小気味よさを感じさせてくれるのです。

 

さらに言えば、映画史の一面を持っているということに惹かれます。

本書では、黒澤明が東京五輪の記録映画監督の座を降りたその後釜に潜り込みたいという二流監督の意思が金になるとふんだ弱小ヤクザの思惑から始まった物語です。

そして、映画好きのチンピラヤクザ人見稀郎がそのお膳立てを任されます。

当然、映画自体は詳しくても、映画界に何の知己もない人見稀郎は知人から紹介された新進の映画監督若松孝二を通じて大映社長の永田雅一の黙認を得、花形らの力を借りて錦田を記録映画監督とするべく暗躍を開始するのです。

こうした話は映画好きの人間にはたまらない、魅力的な話であることは間違いありません。

 

ただ、そうはいってもあくまで映画そのものが主軸ではないので物足りないのです。

そうした映画の裏面史としては春日太一の『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』のような、フィクションではない映画史を読む面白さにはかないません。

 

 

結局、本書はエンターテイメントの世界を背景に描かれたピカレスク小説であり、エンターテイメントの世界の裏側を描いた物語です。

そこにあるのは曲者たちの有する思惑の絡み合いであり、利権に群がる人間たちの姿であり、他の世界と異なるところはありません。

作者は2020年の東京オリンピックを前にして、前回開催された東京オリンピックの裏側の一面を描き、今回のオリンピックも同様だよ、と言っているようです。

ただ、新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年東京オリンピックが開催されるものか不透明にはなってきていますが、できれば通常のように開催されることを願うばかりです。

コルトM1847羽衣

本書『コルトM1847羽衣』は、文庫版で468頁の女性を主人公とした長編のアクション小説です。

単純に理屈抜きでアクション場面を楽しむためのエンターテイメント小説であり、月村了衛作品とすれば今一つと言えます。

 

『コルトM1847羽衣』の簡単なあらすじ 

 

女渡世人の羽衣お炎は、失踪した思い人・信三郎を追って佐渡へと渡った。軽業師のおみんを味方に得たお炎は邪教集団“オドロ党”が跋扈する島の実態に戦慄する。佐渡奉行に薩摩浪士も絡む謎また謎。金山の底で背中の切り札、最新式コルトM1847が火を噴いた!正統時代伝奇×ガンアクション、シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

近年は『東京輪舞』や『欺す衆生』といった歴史的な事実を題材にした重厚な小説を書かれている印象が強い作家さんですが、本書『コルトM1847羽衣』という作品は月村了衛の作品の中ではあまりお勧めしようとは思えない作品でした。

というのも『機龍警察』を小説家のデビュー作とする月村了衛の作品としては端的に言って軽すぎるのです。

 

 

同じアクションもので、舞台設定の荒唐無稽さではあまり変わらないと思われる『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』があります。

でもこの二作はその設定の安易さが失望感をもたらしはしたものの、アクション場面の面白さ、作品の質は保っていたと感じられました。

 

 

これに対し本書『コルトM1847羽衣』はそうではありません。

まず本書の登場人物として、主人公の羽衣お炎の人物像はまだ許容範囲内だとしても、本書のラスボスである「オドロ様」の正体、その背景に関してはどうにも十分に練られた設定だとは感じられません。

脇役として、お炎を助ける玄人衆も場当たり的です。さらに敵役である「オドロ様」の宮司を名乗る蝉麻呂の存在も降ってわいたとしか思えず、佐渡の役人たちに至っては全く存在感がないのです。

もう少し物語の世界感を大切にしてほしいし、この作者であれば十分に存在感がある世界を構築できるはずだと思われ、残念です。

でも、アクションメインで、物語の世界もアクションのための舞台にしか過ぎないと割り切ってとらえれば本書のような設定もそれで良しとすべきなのかもしれません。

ただ個人的に受け入れがたいというだけです。

 

本書『コルトM1847羽衣』の設定の安易さから、本書は作家としての経験が浅い時期に書かれたのか、とも思いましたが、先に書いたように、あの緻密に書き込まれた『機龍警察』がデビュー作であり、物語世界を濃密に作り上げる実力を持っている作家さんであることを考えればそうとは言えません。

また昭和の裏面史を公安警察の目線で描いた作品である『東京輪舞』が2018年10月の出版であることを考えると、出版年月が2018年1月である本書は作家としての経験は無関係でしょう。

ということは、この手の単純なアクション小説も月村了衛の作品系列の一つのジャンルとしてある、としか言えないと思われます。

 

東京輪舞』に続けて『悪の五輪』が2019年5月、『欺す衆生』が2019年8月であり、小説家としての第二期に入る前の月村了衛という作家の仕事だったと思われます。

ちなみに、本書とは別に、第十七回大藪春彦賞を受賞した『コルトM1851残月』という作品があります。

本書『コルトM1847羽衣』とは全く別の物語であり、共通点は「コルトM1851」が登場するというだけであって、それぞれ独立した物語だそうです。

 

影の中の影

血も凍る暴虐に見舞われた故郷から秘密を抱えて脱出したウィグル人亡命団と、彼らを取材中のジャーナリスト仁科曜子が、白昼の東京で襲撃された。中国による亡命団抹殺の謀略だ。しかし警察は一切動かない。絶対絶命の状況下、謎の男が救いの手を差しのべる。怜悧な頭脳と最強の格闘技術をそなえた彼の名は、景村瞬一。冒険小説の荒ぶる魂がいま甦る。疾風怒涛のノンストップ・アクション。(「BOOK」データベースより)

 

これぞアクションエンターテイメント小説とでもいうべき、徹底した長編アクション小説です。

 

月村了衛の作品の多くがそうであるように、本書もまた舞台背景として現実の社会を映し出しています。

本書の場合、それは中国のウイグル自治区の問題であり、中国政府の弾圧の問題です。

関心のある方は、例えば

などを見て下さい。

 

たしかに本書の舞台背景こそリアルであり、社会への問題提起を為しているとも思われるのですが、一歩物語が具体的に展開されるようになると、そこから先は荒唐無稽ともいえるアクションの世界が広がっています。

月村了衛のこの手の作品としては『ガンルージュ』や『』などがあります。これらの作品は本書同様にアクション小説としての展開のための舞台をまず設定し、その中で派手としか言いようのないアクションが展開される点で共通しています。

こうした作品での主人公は、基本的には普通の母親であったり、女教師であったりするのですが、実はその世界では名の通ったプロの戦士だという設定です。

ただ、全くの素人も活躍させたりもしており、そこはエンターテイメント小説としての面白さを最優先に考えてあるようです。

 

 

本書の場合も、武道の腕を磨き上げたプロフェッショナルの元公安警察官であるカーガーと呼ばれている男を主人公として、超人的な活躍を見せるヒーローとして据えてあります。

その姿は、近年の映画で言えばキアヌ・リーヴス演じる最強の殺し屋であるジョン・ウィックのようでもあり、諜報員という点ではマット・デイモン演じるジェイソン・ボーンのようでもあります。

 

 

いや、より荒唐無稽と言えそうで、つまりはそうした超人が活躍するアクション小説だということです。

その景村瞬一を中心に、菊原組若頭の新藤を始めとする暴力のプロたちを配し、敵役として中国情報機関の特殊部隊という武闘専門の集団が設けてあります。

彼ら暴力のプロたちがとあるビルという閉鎖空間の中で戦いを繰り広げるのですが、そのさまはまるで映画のダイハードです。そういう意味では現実を無視したアクションであり、先述の月村了衛の作品と同様に劇画的であり、エンターテイメントに徹した物語です。

 

 

この著者は近年は日本の近代史を背景にした作品を多く書かれていますが、本書はそうした傾向になる前の作品であり、先にも述べたように、社会性を持った背景のもと、スーパーヒーローを中心とした男たちの物語として展開しています。

この作者の代表作と言ってもいい『機龍警察シリーズ』の背景もチェチェン紛争など実社会の矛盾点を持ってきてありました。平和日本に暮らす私たちの知らない現実社会では悲惨な現実があるのだということを示してくれています。

 

 

そうした現実を背景としたエンターテイメント小説として、背景は背景として物語のリアリティを出すための一つの手段としてながらも、作者なりの一つの啓蒙手段として捉えていいのではないかと思います。

関心のある人は、それからさらに一歩踏みこんだ調べられてもいいのではないでしょうか。

 

そうしたことはともかく、月村了衛という作家のエンタテイメント小説として楽しんで読んでもらいたい作品です。

機龍警察 狼眼殺手

経産省とフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが何者かによって関係者が次々と殺害されていく。謎の暗殺者に翻弄される警察庁。だが事態はさらに別の様相を呈し始める。追いつめられた沖津特捜部長の下した決断とは―生々しいまでに今という時代を反映する究極の警察小説シリーズ、激闘と悲哀の第5弾。(「BOOK」データベースより)

 

機龍警察シリーズの五作目となる長編の冒険小説です。

 

ある中華料理店で会合を開いていた四人の男たちが殺されるという事件が起きます。その後に続く殺人事件などを調べていくうちに、日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄事件との関連が疑われることになります。

そこで、特捜部を中心にして警視庁の凶悪犯罪を扱う捜査第一課、知能犯罪を扱う捜査第二課、それに公安も含めた前代未聞の捜査本部が設置されることになるのでした。

 

こうして本書は通常の警察小説のような地道な捜査活動が中心となった物語として展開すると思っていました。

もともと、本シリーズはSF色が強い警察小説、それもアクション小説と言ってもいいほどに激しい戦闘場面の多い物語という、読者サービス満載の小説でした。その上、世界中の紛争地域で起きる悲劇などを盛り込んだヒューマニズムに富んだ小説でもありました。

ところが、本書ではSF色は後退し、警察小説としての、それも一級の面白さを持つ警察小説としての貌が前面に出てきて、龍機兵(ドラグーン)での戦いの場面はありませんでした。そうしたことから上記のような警察小説としての本書という印象を持つに至ったのです。

しかし、そこは月村了衛の作品であり、通常の警察小説では終わりません。

 

つまりは、捜査線上に浮かびあがってきた“狼眼殺手”という暗殺者との闘いが控えており、壮絶なアクション場面が控えていました。

本書では龍機兵の戦いこそありませんが、代わりにユーリやライザなどの龍機兵の操縦者たちがその本来の戦闘のプロとしての戦い方を十二分に見せてくれます。

更には、“狼眼殺手”という暗殺者に翻弄される警察の姿を通して、「警察」対「敵」の構図が明確になっていくなど、シリーズの根幹にかかわる展開も見逃せないものになっています。

そして、本書の敵役として登場する「フォン・コーポレーション」の実態解明というこのシリーズの特有の流れへとなっていくのです。

 

これまでは第一巻で「龍機兵(ドラグーン)」の活躍する世界やその属する警視庁特捜部、操縦者の姿俊之などの説明があり、以下巻を追うごとにライザ・ラードナー、ユーリ・オズノフ元警部、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補といった登場人物の過去などが語られてきました。

その上で、警視庁の内部にまで潜り込んでいるらしい「敵」の存在も示唆され、組織としての警察の姿などもシリーズの謎の一つとして示されていました。こうした「敵」に関する謎の一端が、本書に至り少しではありますが明らかにされています。

一作ごとに大きなテーマをもって語られてきた本シリーズが、本書に至り、エンターテイメント小説としての全貌を明らかにし始めたようでもあります。

 

警察小説として読むことになりそうと思いながら読み進めていた本書ですが、最終的にはやはり重厚感の漂う機龍警察シリーズらしい読み応えのある作品でしたし、シリーズとしての面白味が次第に大きくなり、次回作への期待が次第に増す一冊でした。

東京輪舞

田中角栄邸の警備をしていた警察官・砂田修作は、公安へと異動し、数々の事件と関わっていく―圧倒的スケールで激動の時代の暗闘を炙り出す。

 

昭和・平成の重大事件の陰で動いた公安警察員を主人公とする長編の警察小説です。

 

本書は月村了衛のこれまでの作品と比べると地味です。月村了衛という作家のこれまでの傾向からして、アクション重視の警察小説との思いは見事に裏切られました。

それは一つには、本書が国家を守るための情報を得るために協力者を育成し、そして情報を収集するという外事警察を描いた作品であることに由来するのでしょう。

しかし、それも作者の処理の仕方一つであり、例えば同じ公安警察官を主人公とする麻生幾の小説である『ZERO』は、かなり派手なアクション小説として仕上がっています。

 

 

つまりは、アクションではなく、現代歴史の隠された裏面史を淡々を描き出すこと自体がこの作品の意図だったのだろうと思われます。

そこには、著者自身が「本作『東京輪舞』は、小説家としての我が仕事における第二期の出発点である。」というように、小説としての成り立ちがこれまでの作品とはまるで異なり、作者の冷静な眼を感じるのです。

 

これまで歴史小説と言えば時代小説でしたが、それでも現代史を背景にした小説はそれなりに存在しています。

例えば、山崎豊子の『不毛地帯』は、本書にも登場する伊藤忠商事の元会長瀬島龍三をモデルとした作品と言われ、ロッキード事件の背景などが描かれていました。この作家は同様の作品が多いですね。

 

 

また、160回直木賞受賞を受賞した真藤順丈の『宝島』は、沖縄の戦後史を描いた小説であり、現実に起きた事件を絡めながら物語は進んでいきます。

 

 

しかしながら、これらの作品は歴史小説と言うよりは現実に起きた事件を題材にした小説と言うべきであり、そこでは「歴史」は背景にしか過ぎないと思います。

 

本書の場合そうではなく、昭和・平成の実在の歴史の隙間を小説家としての感性を通した解釈を加えて新たなストーリーを構築していて、そういう点でかなり異なると思うのです。

事実、読み始めてしばらくはこのタッチに慣れず、またテーマへの関心の度合いもあって、少々退屈気味な感じもありました。しかし、いつの間にか、本当に気付けば本書にどっぷりと惹き込まれていた自分がいました。

 

主人公は、若い頃に田中角栄の自宅の警備で暴漢を逮捕し骨折をした際、角栄本人から入院先でお礼を言われた経験を持つ砂田修作という警官です。

この田中角栄への思い入れを持つという人物設定はうまいものであり、読者の共感をも呼びやすいと感じたのは私だけでしょうか。

 

この砂田の眼を通して、田中角栄のロッキード事件から東芝COCOM違反事件へと続き、東西冷戦の終結を迎え、オウム真理教、警察庁長官狙撃事件、金正男の来日事件へと続きます。

これらの事件そのものではなく、その事件の陰に隠された事実、例えばロッキード事件の際はCIAから依頼された特定の人物の所在確認作業を通して、公安部外事一課に配属された砂田の公安警察員としての観点からロッキード事件を見直すことになります。

そこには一般国民が知らない、ごく一部の特殊な立場にある人間だけが知る秘密を通してみた歴史の姿があります。

 

最初の章の「ロッキードの機影」は1976年の出来事ごとであり、私が二十五歳のときのことですからその状況は鮮明に覚えています。しかし、私たちが知っていたロッキード事件の本当の意義は全くわかっていなかったことが示されます

そのあとの「東芝COCOM違反」の章は経済関連の事柄でもあり、当時から共産圏諸国への輸出禁止違反以上の意味を把握していませんでしたし、その次の「崩壊前夜」の章もソヴィエト連邦の崩壊の裏で繰り広げられる諜報戦の意味をよく理解できないきらいがありました。

しかし、その次の「オウムという名の敵」「長官狙撃」の章からは自分の身近の人間が警察に勤務していたこともあり、また、サリン事件の衝撃が強すぎてかなりのめり込むことになりました。

ただ、個人的にはこの作品全体を通して登場するルシーノワというKGB機関員の美女はいらないという気もしました。それはすなわち眉墨圭子という女性の振る舞いにもかかわってくるのですが。

せっかくの公安警察官としての観点からの物語が少しのぶれを感じてしまったからです。

 

とはいえ、かなり硬派な読みごたえのある作品であることは間違いなく、今後の月村了衛という作家の作品を注目したいと思いました。