機龍警察 白骨街道

機龍警察 白骨街道』とは

 

本書『機龍警察 白骨街道』は『機龍警察シリーズ』第六弾となる作品で、新刊書で437頁の長編の冒険小説です。

非常に読みごたえのあるシリーズであり、本書もまたシリーズの質を落とさない、とても面白く読めた作品でした。

 

機龍警察 白骨街道』の簡単なあらすじ

 

国際指名手配犯の君島がミャンマー奥地で逮捕された。日本初となる国産機甲兵装開発計画の鍵を握る彼の身柄引取役として官邸は警視庁特捜部突入班の三人を指名した。やむなくミャンマー入りした三人を襲う数々の罠。沖津特捜部長は事案の背後に妖気とも称すべき何かを察知するが、それは特捜部を崩壊へと導くものだった…傷つき血を流しながら今この時代と切り結ぶ大河警察小説、因果と怨念の第6弾。(「BOOK」データベースより)

 

その日、特捜部長の沖津旬一郎は警視総監から檜垣警察庁長官と共に夷隅董一官房副長官に会うように命じられた。

重要な日本初の国産機甲兵装に関するサンプルを持ち出しどこかに隠匿しているジェストロンの君島がミャンマーのラカイン州で逮捕されたため、受け取りに行って欲しいという話だった。

サンプル保持のためにも身柄の確保が急務だが、君島の捉えられている場所はロヒンギャ救世軍や各民族の武装組織、それにミャンマー国軍などが絡んで複雑なうえ、背後に中国の影も見えるらしい。

沖津は、官邸の少なくとも一部の背後にいる「敵」の思惑は、三人の秘密、すなわち龍髭の奪取にあると思われ、その覚悟をもって送り出すしかないというのだ。

ミャンマーでは外務省の専門調査員の愛染拓也が待っており、さらにその先のシットウェーでは地元警察本部のソージンテット警察大尉とその部下たちが待っていて現地へと同行するというのだった。

 

機龍警察 白骨街道』の感想

 

本書『機龍警察 白骨街道』は、近ごろ軍事クーデターが起きたばかりのミャンマーを舞台にしたアクション小説であり、見えざる「敵」を相手にしたサスペンスミステリーの側面も持つ、ユニークな警察小説です。

特色として、本シリーズ自体が現代を舞台とする作品でありながら、龍機兵という近未来のSF作品に登場するような小道具を使用する時代設定を挙げることができます。

また、少なくともシリーズの序盤は世界の各所で起きているテロルの事案を物語の背景とすることも挙げることができます。

そして本書『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーの現状、それもロヒンギャ問題が取り上げられでいて、ミャンマーという国のおかれている状況からロヒンギャという民族に対する差別、虐待の実情とその背景にまで踏み込んだ描写がされています。

ちなみに、本書『白骨街道』というタイトルは、第二次世界大戦中の無謀な作戦と言われたインパール作戦の際に死にゆく日本兵の屍が絶えず続いたところから名づけられた「白骨街道」から来ているそうです。

 

本『機龍警察シリーズ』の魅力の一つに、こうした現実の世界情勢、それもテロという残虐な現状を織り込んだストーリー運びがあると思います。

そういえば、先日亡くなった漫画家のさいとうたかをが描き出す『ゴルゴ13』というコミックも現実の世界情勢の裏側で生きるスナイパーの物語として人気を博している物語でした。

 

 

それはさておき、本書『機龍警察 白骨街道』は三人の搭乗員らがそれぞれに特色を出して闘いの場に出ているところも見どころの一つだと思います。

一番目立つのはやはり姿俊之ですが、孤独なテロリストとしてのライザ・ラードナーの暗躍も見逃せません。勿論根っからの警察官であるユーリ・オズノフもまた装甲機兵の操縦などの見せ場も整っています。

さらに、ミャンマーでの彼らの戦いとは別に、日本での、次第にその姿を現してきた「敵」との部長の沖津旬一郎を中心とする特捜部の戦いも読みごたえがあります。

特に裏切者の汚名を着せられ懸けた城木貴彦理事官の悲哀やそこに寄り添う庶務担当主任の桂絢子の存在などは、ミャンマーでの姿たちの動の描写に対して、静の描写として読み甲斐があります。

静の描写、とは言っても派手な撃ちあいなどが無いというだけで、一方の城木理事官の家族の問題や、また警察内部での二課との共闘や官邸との見えざる戦いなどのサスペンスに満ちた展開は、アクションとは別の読みごたえのあるところです。

 

次第に明確になってくる「敵」との戦いの場に龍機兵がどのように関わってくるのか、また龍髭という秘密がどんな意味を持つのか、ミステリアスな展開もまだまだ待ち受けていそうです。

完全版も出ていることだし、もう一度第一巻から読み返したいとも思うのですが、なにせ一巻のボリュームがかなりなものがあり、話の内容も非常に重厚で読み飛ばせない内容であるため簡単には読み返せないのです。

とはいえ、私の好みに非常に合致している物語でもありいつかは再読したいものです。

機龍警察シリーズ

機龍警察シリーズ』とは

 

本『機龍警察シリーズ』は、警視庁内に新たに設けられた特捜部の、物語が進むにつれ次第に明らかになっていく警察内部に巣食う「敵」との戦いを描くSFチックな警察小説です。

現代が舞台の警察小説ではありますが、パワードスーツという空想の戦闘兵器を核にした、時代を反映した濃密な物語であり、私の好みと非常に合致したシリーズでした。

 

機龍警察シリーズ』の作品

 

 

機龍警察シリーズ』について

 

本『機龍警察シリーズ』は、警察小説ではありますが、同時にSF小説でもあり、さらには冒険小説としてもかなり面白く読める作品です。

シリーズ内では、『機龍警察 自爆条項』が日本SF大賞を、『機龍警察 暗黒市場』が吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 

警察小説でありまたSF小説でもある本書は、登場人物がそれぞれに個性的で魅力的ですが、まずは機甲兵装の搭乗員が物語の中心となります。

つまり、シリーズ序盤での物語の中心となるのが特捜部付警部である姿俊之やライザ・ラードナー、ユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフといった龍機兵搭乗要員たちです。

その後、シリーズも進み龍機兵の紹介も終わって物語の世界観が確立した頃になると、それまで三人の搭乗員たちを支えていた警視庁特捜部の人物たちが前面に出てきます。

まず特捜部部長の沖津旬一郎警視長が強烈な個性をもって皆をまとめ、牽引しています。

そして沖津を支える、理事官の城木貴彦警視や宮近浩二警視がいて、ほかに技術主任鈴石緑、捜査主任の由起谷志郎警部補など、多くの人員が登場しますが皆明確に書き分けられていて個性的です。

このほかに警視庁警備部や組織犯罪対策部、それに公安部、警察庁や各県警などの警察官たちも特捜部と対立したり仲間として組んだりと多彩な顔ぶれが登場します。

 

前述のようにSF色のある警察小説である本書を読む前提としては、ある程度の荒唐無稽な設定をためらいなく受け入れるだけの読書に対する趣味・嗜好があることが必要だと思われます。

というのも、本『機龍警察シリーズ』では「龍機兵(ドラグーン)」という操縦者が乗り込み操作する外装装置であるパワードスーツが物語の軸となっているからです。

そんなあたかもコミックの『機動警察パトレイバー』のような設定の物語ですから、シリアスな警察小説を好む人には敬遠されると思われるのです。

 

 

しかし、個人的にはそうしたシリアスな物語が好きな人にもこの『機龍警察シリーズ』は面白く読んでもらえると思っているのですが、どうでしょう。

というのも、一つには本シリーズは序盤は一つの巻ごとに「龍機兵」の搭乗員として特捜部と契約している三人の背景を紐解きながらの物語になっているのですが、そのそれぞれが、現実を背景にしたリアルな物語となっているからです。

本シリーズの重要な登場人物で姿俊之はプロの傭兵であるし、ライザ・ラードナーはIRAの「死神」の異名で知られるテロリストであったし、ユーリ・オズノフはロシアの優秀な警察官であったという過去を持っているます。

そんな彼らの過去を記すということは北アイルランドのテロ組織IRFやロシアンマフィアの現実を描き出すことでもあり、さらに第四巻『機龍警察 未亡旅団』ではチェチェン紛争という現実を、第七巻の『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーのそれもロヒンギャ問題をテーマとしているのです。

 

そしてもう一点、警視庁特捜部という存在自体が警視庁の中でも特異な存在となっていて、特捜部と警察の内部にも広く巣くっているとも思われる「敵」との闘いの様子が読み手の心を刺激します。

それは、警察上層部にまで食い込んでいるだけではなく、官邸サイドまで手が伸びているようで、ミステリアスな警察小説としての面白さも抱える作品となっているのです。

 

これまで述べてきたように、本『機龍警察シリーズ』は「龍機兵(ドラグーン)」と呼ばれるパワードスーツの操縦者である三人の人物と警視庁特捜部を中心にした物語として展開されています。

中でも第五弾の『火宅』だけは短編集となっていますが、それ以降の『狼眼殺手』『白骨街道』は「特捜部」対「敵」との戦いが次第に明確になります。

そして、搭乗員三人の活躍の場面では冒険小説の側面が強いものの、特捜部の戦いの場面ではサスペンス色の強いミステリーとなっています。

それも、「敵」の姿が明確になっていくにつれ、警察内部のグループというよりも、警察内部にもメンバーがいるより強大な組織というべき存在になっていくのです。

 

非常に読みごたえのある『機龍警察シリーズ』ですが、大作であるからかなかなか続刊が出ません。

第一巻の『機龍警察 』の刊行が2010年3月で、最新刊の『機龍警察 白骨街道』が2021年8月の刊行ですからその間11年以上が経過しています。

できればもう少し早く読みたいというのが本当の気持ちです。

続刊を待ちましょう。

黒涙

本書『黒涙』は、『黒警』の続編の長編のノワール小説です。

前巻『黒警』がかなりのめり込んで読んだ記憶があったせいか、本書は今一つ感情移入できずに終わってしまった作品でした。

 

黒社会とつながり、警察内部に“黒色分子”として潜む沢渡。義兄弟の契りを結ぶ黒社会「義水盟」の沈は、インドネシアの青年実業家ラウタンを巻き込み、中国スパイ網の摘発に協力する。やがて3人の前にシンシア・ユンと名乗る謎の美女が現れるのだが…。(「BOOK」データベースより)

 

国家機密の漏洩の疑いがあり、上層部の要請で、公安部外事第二課長の滝口警視正をリーダーとする部署を超えた特別チームが組まることになった。

そのチームに加えられた沢渡から相談を受けたは、南シナ海の巨大組織である「海のネットワーク」のメンバーのラウタンを連れてきて仲間にするのだった。

誰しもが認める男であるラウタンは、早速に日本経済界に顔を広げ、その過程で“運命の女(ファム・ファタール)”と感じたシンシア・ユンと知り合う。

だが、その女の正体に気付きながらも付き合いをやめないラウタンだった。

 

前巻ではヤクザの波多野という男を中心とし、警視庁組織犯罪対策第二課の事なかれ主義刑事である沢渡警部補、そして沢渡の義兄弟である「義水盟」のという男が加わった男の物語として仕上がっていました。

本書『黒涙』では前巻から引き続き登場する沢渡警部補と「義水盟」の沈とは別に、沈が連れてきたラウタンという男の動向が中心になります。

ラウタンは、容姿端麗で、ビジネスマンとしてもインドネシアの実業界で注目されている実業家であり、非の打ち所のないという人物です。

このラウタンを中心とした話が一番大きな流れとなっていて、その点が前巻と異なって本書についての面白さを今一つと感じる理由になっているようです。

 

月村了衛の作品は、いつもであれば物語の客観的な状況をかなり緻密に描き込んでリアリティーを出しているのですが、本書の場合、沢渡に誘導されている警察の存在にリアリティーを感じません。

それは、本書『黒涙』はラウタンの活動を中心に描いてある、という点に原因があるようです。

そのラウタンについての描写が、沈が連れてきた信頼に足る男というだけで、沈や、特に沢渡との間で強固な信頼を築く根拠を示してありません。

読者にとっては、沈の義兄弟だからという一言で三人相互の信頼関係が築かれたことを意識するのは難しく、感情移入して読み進めるには足らないと思います。

また、ラウタンの活動が描かれているとはいっても、その描き方も微妙で、ラウタンという男に惹かれる要素を感じないのです。

 

以上と重なるかもしれませんが、本書は月村了衛の作品ではあるのですが、ストーリーの構成が安易にすぎる点も気になります。

例えば、沈らのグループが滝口に気付かれないように陰ながら警察の動きを助けるというのですが、滝口についてかなりの切れ者というキャラ設定をしていながら、沈らのグループの助けに気が付かないという状況がありうるか、との疑問がわきます。

また、沢渡の台詞などに、どうにも説明的と感じる台詞があったりと、いつもの月村作品では感じない疑問点が少なからず見受けられるのです。

 

出版年月で見ると、本書『黒涙』が2016年です。どうも2015年に書かれた『槐(エンジュ)』以降の数年間に書かれた何冊かが月村作品にしては構成が雑と思える作品が並んでいると思います。

すなわち、『槐(エンジュ)』や『影の中の影』が2015年であり、『ガンルージュ』が2016年であって、面白いのは面白いのですが月村作品の特徴の緻密な描写に裏打ちされた重厚さはありません。

 

 

それからすると、2017年4月の『追想の探偵』からは社会性を増しており、特に『東京輪舞』以降は歴史に題をとった重厚な作品へシフトしていると思われます。

 

 

ただ、明確に書かれた時期で区別できるものではなく、月村了衛という作家にそれぞれの顔があるというべきなのかもしれません。

とはいえ、物語としての面白さはやはりほかの作品ほどではないと言わざるを得ません。

ただ、本書『黒涙』も第四章に入ると沢渡の行動が明記され、沢渡と沈との関係への言及も多くなり、月村了衛のアクション小説だと思える面白さが復活しています。

やはり、本書の構成が今一つだと思うしかなく、今後のシリーズとしての興味も今一つという気がします。

悪の五輪

東京が日本が劇的に変貌しつつあった1963年、元戦災孤児のアウトローが大いなる夢に向かって動き出す。軋む街の表に裏に、抜き差しならない腐敗や闇が根尾下ろしているなかで、オリンピックを奪い、撮れ!(「BOOK」データベースより)

 

1964年に東京で開催されたオリンピックの記録映画を巡り、何とか監督の人選に食い込もうとする男の暗躍を描いた長編のピカレスク小説です。

もしかしたらそういうことがあったかもしれないとの印象すら抱く、実在の人物が数多く登場する映画裏面史ともいえる話で、それなりの面白さをもった話でした。

 

それなりの、との限定は、月村了衛という作者の作品としては、少々インパクトに欠ける印象を持ったからです。

どうしても月村了衛という作家の作品を読むときはこの人の作品である『機龍警察』と比較をしてしまいます。そして、『機龍警察』の緻密さ、重厚感を知る私にとって、本書は今一つ物足りないのです。

 

 

ただ、本書に関しては、『機龍警察』を引き合いに出すまでもなく、例えば近年のいわゆる第二期の作品『東京輪舞』と比しても同様の印象を持ちます。

本書は著者自身が言うように、歴史的な事実、人物を物語に組み込みながらも史事には矛盾させないという『東京輪舞』と同じ手法をとっていますが、やはり緊迫感、重厚感に欠けるのです。

それは、『東京輪舞』が警察小説の形をとった、昭和の裏面史としてある種の謎に迫る物語であるのに対し、本書『悪の五輪』は昭和の裏面史に題をとったクライムノベルではあっても、エンターテイメントの世界を描いた作品だというところからくる差異だと思われます。

 

 

つまりは、緻密な書き込みで濃密に構築された世界を舞台に展開されるアクションやミステリーではないところに物足りなさを感じたのでしょう。

とはいえ、本書『悪の五輪』には『東京輪舞』などにはない面白さがあるのは否定できません。

本書はピカレスク小説として、主人公の人見稀郎花形敬などの実在した人物とのつながりをもって東京オリンピックがもたらす利権に食い込もうとするさまが描かれ、ある種の痛快さがあります。

つまり、ミステリー性はない代わりに、チンピラやくざであった人見稀郎が、知恵を絞り、度胸だけで何とか利権の片隅に食い込もうとするエネルギーに満ちています。

そして、そのエネルギーの向かう先にいる花形敬や若松孝二児玉誉士夫永田雅一といったひと癖もふた癖もある実在の人物らとのつながりを得て利権に食い込む姿が小気味よさを感じさせてくれるのです。

 

さらに言えば、映画史の一面を持っているということに惹かれます。

本書では、黒澤明が東京五輪の記録映画監督の座を降りたその後釜に潜り込みたいという二流監督の意思が金になるとふんだ弱小ヤクザの思惑から始まった物語です。

そして、映画好きのチンピラヤクザ人見稀郎がそのお膳立てを任されます。

当然、映画自体は詳しくても、映画界に何の知己もない人見稀郎は知人から紹介された新進の映画監督若松孝二を通じて大映社長の永田雅一の黙認を得、花形らの力を借りて錦田を記録映画監督とするべく暗躍を開始するのです。

こうした話は映画好きの人間にはたまらない、魅力的な話であることは間違いありません。

 

ただ、そうはいってもあくまで映画そのものが主軸ではないので物足りないのです。

そうした映画の裏面史としては春日太一の『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』のような、フィクションではない映画史を読む面白さにはかないません。

 

 

結局、本書はエンターテイメントの世界を背景に描かれたピカレスク小説であり、エンターテイメントの世界の裏側を描いた物語です。

そこにあるのは曲者たちの有する思惑の絡み合いであり、利権に群がる人間たちの姿であり、他の世界と異なるところはありません。

作者は2020年の東京オリンピックを前にして、前回開催された東京オリンピックの裏側の一面を描き、今回のオリンピックも同様だよ、と言っているようです。

ただ、新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年東京オリンピックが開催されるものか不透明にはなってきていますが、できれば通常のように開催されることを願うばかりです。

コルトM1847羽衣

本書『コルトM1847羽衣』は、文庫版で468頁の女性を主人公とした長編のアクション小説です。

単純に理屈抜きでアクション場面を楽しむためのエンターテイメント小説であり、月村了衛作品とすれば今一つと言えます。

 

『コルトM1847羽衣』の簡単なあらすじ 

 

女渡世人の羽衣お炎は、失踪した思い人・信三郎を追って佐渡へと渡った。軽業師のおみんを味方に得たお炎は邪教集団“オドロ党”が跋扈する島の実態に戦慄する。佐渡奉行に薩摩浪士も絡む謎また謎。金山の底で背中の切り札、最新式コルトM1847が火を噴いた!正統時代伝奇×ガンアクション、シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

近年は『東京輪舞』や『欺す衆生』といった歴史的な事実を題材にした重厚な小説を書かれている印象が強い作家さんですが、本書『コルトM1847羽衣』という作品は月村了衛の作品の中ではあまりお勧めしようとは思えない作品でした。

というのも『機龍警察』を小説家のデビュー作とする月村了衛の作品としては端的に言って軽すぎるのです。

 

 

同じアクションもので、舞台設定の荒唐無稽さではあまり変わらないと思われる『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』があります。

でもこの二作はその設定の安易さが失望感をもたらしはしたものの、アクション場面の面白さ、作品の質は保っていたと感じられました。

 

 

これに対し本書『コルトM1847羽衣』はそうではありません。

まず本書の登場人物として、主人公の羽衣お炎の人物像はまだ許容範囲内だとしても、本書のラスボスである「オドロ様」の正体、その背景に関してはどうにも十分に練られた設定だとは感じられません。

脇役として、お炎を助ける玄人衆も場当たり的です。さらに敵役である「オドロ様」の宮司を名乗る蝉麻呂の存在も降ってわいたとしか思えず、佐渡の役人たちに至っては全く存在感がないのです。

もう少し物語の世界感を大切にしてほしいし、この作者であれば十分に存在感がある世界を構築できるはずだと思われ、残念です。

でも、アクションメインで、物語の世界もアクションのための舞台にしか過ぎないと割り切ってとらえれば本書のような設定もそれで良しとすべきなのかもしれません。

ただ個人的に受け入れがたいというだけです。

 

本書『コルトM1847羽衣』の設定の安易さから、本書は作家としての経験が浅い時期に書かれたのか、とも思いましたが、先に書いたように、あの緻密に書き込まれた『機龍警察』がデビュー作であり、物語世界を濃密に作り上げる実力を持っている作家さんであることを考えればそうとは言えません。

また昭和の裏面史を公安警察の目線で描いた作品である『東京輪舞』が2018年10月の出版であることを考えると、出版年月が2018年1月である本書は作家としての経験は無関係でしょう。

ということは、この手の単純なアクション小説も月村了衛の作品系列の一つのジャンルとしてある、としか言えないと思われます。

 

東京輪舞』に続けて『悪の五輪』が2019年5月、『欺す衆生』が2019年8月であり、小説家としての第二期に入る前の月村了衛という作家の仕事だったと思われます。

ちなみに、本書とは別に、第十七回大藪春彦賞を受賞した『コルトM1851残月』という作品があります。

本書『コルトM1847羽衣』とは全く別の物語であり、共通点は「コルトM1851」が登場するというだけであって、それぞれ独立した物語だそうです。

 

影の中の影

血も凍る暴虐に見舞われた故郷から秘密を抱えて脱出したウィグル人亡命団と、彼らを取材中のジャーナリスト仁科曜子が、白昼の東京で襲撃された。中国による亡命団抹殺の謀略だ。しかし警察は一切動かない。絶対絶命の状況下、謎の男が救いの手を差しのべる。怜悧な頭脳と最強の格闘技術をそなえた彼の名は、景村瞬一。冒険小説の荒ぶる魂がいま甦る。疾風怒涛のノンストップ・アクション。(「BOOK」データベースより)

 

これぞアクションエンターテイメント小説とでもいうべき、徹底した長編アクション小説です。

 

月村了衛の作品の多くがそうであるように、本書もまた舞台背景として現実の社会を映し出しています。

本書の場合、それは中国のウイグル自治区の問題であり、中国政府の弾圧の問題です。

関心のある方は、例えば

などを見て下さい。

 

たしかに本書の舞台背景こそリアルであり、社会への問題提起を為しているとも思われるのですが、一歩物語が具体的に展開されるようになると、そこから先は荒唐無稽ともいえるアクションの世界が広がっています。

月村了衛のこの手の作品としては『ガンルージュ』や『』などがあります。これらの作品は本書同様にアクション小説としての展開のための舞台をまず設定し、その中で派手としか言いようのないアクションが展開される点で共通しています。

こうした作品での主人公は、基本的には普通の母親であったり、女教師であったりするのですが、実はその世界では名の通ったプロの戦士だという設定です。

ただ、全くの素人も活躍させたりもしており、そこはエンターテイメント小説としての面白さを最優先に考えてあるようです。

 

 

本書の場合も、武道の腕を磨き上げたプロフェッショナルの元公安警察官であるカーガーと呼ばれている男を主人公として、超人的な活躍を見せるヒーローとして据えてあります。

その姿は、近年の映画で言えばキアヌ・リーヴス演じる最強の殺し屋であるジョン・ウィックのようでもあり、諜報員という点ではマット・デイモン演じるジェイソン・ボーンのようでもあります。

 

 

いや、より荒唐無稽と言えそうで、つまりはそうした超人が活躍するアクション小説だということです。

その景村瞬一を中心に、菊原組若頭の新藤を始めとする暴力のプロたちを配し、敵役として中国情報機関の特殊部隊という武闘専門の集団が設けてあります。

彼ら暴力のプロたちがとあるビルという閉鎖空間の中で戦いを繰り広げるのですが、そのさまはまるで映画のダイハードです。そういう意味では現実を無視したアクションであり、先述の月村了衛の作品と同様に劇画的であり、エンターテイメントに徹した物語です。

 

 

この著者は近年は日本の近代史を背景にした作品を多く書かれていますが、本書はそうした傾向になる前の作品であり、先にも述べたように、社会性を持った背景のもと、スーパーヒーローを中心とした男たちの物語として展開しています。

この作者の代表作と言ってもいい『機龍警察シリーズ』の背景もチェチェン紛争など実社会の矛盾点を持ってきてありました。平和日本に暮らす私たちの知らない現実社会では悲惨な現実があるのだということを示してくれています。

 

 

そうした現実を背景としたエンターテイメント小説として、背景は背景として物語のリアリティを出すための一つの手段としてながらも、作者なりの一つの啓蒙手段として捉えていいのではないかと思います。

関心のある人は、それからさらに一歩踏みこんだ調べられてもいいのではないでしょうか。

 

そうしたことはともかく、月村了衛という作家のエンタテイメント小説として楽しんで読んでもらいたい作品です。

機龍警察 狼眼殺手

経産省とフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが何者かによって関係者が次々と殺害されていく。謎の暗殺者に翻弄される警察庁。だが事態はさらに別の様相を呈し始める。追いつめられた沖津特捜部長の下した決断とは―生々しいまでに今という時代を反映する究極の警察小説シリーズ、激闘と悲哀の第5弾。(「BOOK」データベースより)

 

機龍警察シリーズの五作目となる長編の冒険小説です。

 

ある中華料理店で会合を開いていた四人の男たちが殺されるという事件が起きます。その後に続く殺人事件などを調べていくうちに、日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄事件との関連が疑われることになります。

そこで、特捜部を中心にして警視庁の凶悪犯罪を扱う捜査第一課、知能犯罪を扱う捜査第二課、それに公安も含めた前代未聞の捜査本部が設置されることになるのでした。

 

こうして本書は通常の警察小説のような地道な捜査活動が中心となった物語として展開すると思っていました。

もともと、本シリーズはSF色が強い警察小説、それもアクション小説と言ってもいいほどに激しい戦闘場面の多い物語という、読者サービス満載の小説でした。その上、世界中の紛争地域で起きる悲劇などを盛り込んだヒューマニズムに富んだ小説でもありました。

ところが、本書ではSF色は後退し、警察小説としての、それも一級の面白さを持つ警察小説としての貌が前面に出てきて、龍機兵(ドラグーン)での戦いの場面はありませんでした。そうしたことから上記のような警察小説としての本書という印象を持つに至ったのです。

しかし、そこは月村了衛の作品であり、通常の警察小説では終わりません。

 

つまりは、捜査線上に浮かびあがってきた“狼眼殺手”という暗殺者との闘いが控えており、壮絶なアクション場面が控えていました。

本書では龍機兵の戦いこそありませんが、代わりにユーリやライザなどの龍機兵の操縦者たちがその本来の戦闘のプロとしての戦い方を十二分に見せてくれます。

更には、“狼眼殺手”という暗殺者に翻弄される警察の姿を通して、「警察」対「敵」の構図が明確になっていくなど、シリーズの根幹にかかわる展開も見逃せないものになっています。

そして、本書の敵役として登場する「フォン・コーポレーション」の実態解明というこのシリーズの特有の流れへとなっていくのです。

 

これまでは第一巻で「龍機兵(ドラグーン)」の活躍する世界やその属する警視庁特捜部、操縦者の姿俊之などの説明があり、以下巻を追うごとにライザ・ラードナー、ユーリ・オズノフ元警部、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補といった登場人物の過去などが語られてきました。

その上で、警視庁の内部にまで潜り込んでいるらしい「敵」の存在も示唆され、組織としての警察の姿などもシリーズの謎の一つとして示されていました。こうした「敵」に関する謎の一端が、本書に至り少しではありますが明らかにされています。

一作ごとに大きなテーマをもって語られてきた本シリーズが、本書に至り、エンターテイメント小説としての全貌を明らかにし始めたようでもあります。

 

警察小説として読むことになりそうと思いながら読み進めていた本書ですが、最終的にはやはり重厚感の漂う機龍警察シリーズらしい読み応えのある作品でしたし、シリーズとしての面白味が次第に大きくなり、次回作への期待が次第に増す一冊でした。

東京輪舞

田中角栄邸の警備をしていた警察官・砂田修作は、公安へと異動し、数々の事件と関わっていく―圧倒的スケールで激動の時代の暗闘を炙り出す。

 

昭和・平成の重大事件の陰で動いた公安警察員を主人公とする長編の警察小説です。

 

本書は月村了衛のこれまでの作品と比べると地味です。月村了衛という作家のこれまでの傾向からして、アクション重視の警察小説との思いは見事に裏切られました。

それは一つには、本書が国家を守るための情報を得るために協力者を育成し、そして情報を収集するという外事警察を描いた作品であることに由来するのでしょう。

しかし、それも作者の処理の仕方一つであり、例えば同じ公安警察官を主人公とする麻生幾の小説である『ZERO』は、かなり派手なアクション小説として仕上がっています。

 

 

つまりは、アクションではなく、現代歴史の隠された裏面史を淡々を描き出すこと自体がこの作品の意図だったのだろうと思われます。

そこには、著者自身が「本作『東京輪舞』は、小説家としての我が仕事における第二期の出発点である。」というように、小説としての成り立ちがこれまでの作品とはまるで異なり、作者の冷静な眼を感じるのです。

 

これまで歴史小説と言えば時代小説でしたが、それでも現代史を背景にした小説はそれなりに存在しています。

例えば、山崎豊子の『不毛地帯』は、本書にも登場する伊藤忠商事の元会長瀬島龍三をモデルとした作品と言われ、ロッキード事件の背景などが描かれていました。この作家は同様の作品が多いですね。

 

 

また、160回直木賞受賞を受賞した真藤順丈の『宝島』は、沖縄の戦後史を描いた小説であり、現実に起きた事件を絡めながら物語は進んでいきます。

 

 

しかしながら、これらの作品は歴史小説と言うよりは現実に起きた事件を題材にした小説と言うべきであり、そこでは「歴史」は背景にしか過ぎないと思います。

 

本書の場合そうではなく、昭和・平成の実在の歴史の隙間を小説家としての感性を通した解釈を加えて新たなストーリーを構築していて、そういう点でかなり異なると思うのです。

事実、読み始めてしばらくはこのタッチに慣れず、またテーマへの関心の度合いもあって、少々退屈気味な感じもありました。しかし、いつの間にか、本当に気付けば本書にどっぷりと惹き込まれていた自分がいました。

 

主人公は、若い頃に田中角栄の自宅の警備で暴漢を逮捕し骨折をした際、角栄本人から入院先でお礼を言われた経験を持つ砂田修作という警官です。

この田中角栄への思い入れを持つという人物設定はうまいものであり、読者の共感をも呼びやすいと感じたのは私だけでしょうか。

 

この砂田の眼を通して、田中角栄のロッキード事件から東芝COCOM違反事件へと続き、東西冷戦の終結を迎え、オウム真理教、警察庁長官狙撃事件、金正男の来日事件へと続きます。

これらの事件そのものではなく、その事件の陰に隠された事実、例えばロッキード事件の際はCIAから依頼された特定の人物の所在確認作業を通して、公安部外事一課に配属された砂田の公安警察員としての観点からロッキード事件を見直すことになります。

そこには一般国民が知らない、ごく一部の特殊な立場にある人間だけが知る秘密を通してみた歴史の姿があります。

 

最初の章の「ロッキードの機影」は1976年の出来事ごとであり、私が二十五歳のときのことですからその状況は鮮明に覚えています。しかし、私たちが知っていたロッキード事件の本当の意義は全くわかっていなかったことが示されます

そのあとの「東芝COCOM違反」の章は経済関連の事柄でもあり、当時から共産圏諸国への輸出禁止違反以上の意味を把握していませんでしたし、その次の「崩壊前夜」の章もソヴィエト連邦の崩壊の裏で繰り広げられる諜報戦の意味をよく理解できないきらいがありました。

しかし、その次の「オウムという名の敵」「長官狙撃」の章からは自分の身近の人間が警察に勤務していたこともあり、また、サリン事件の衝撃が強すぎてかなりのめり込むことになりました。

ただ、個人的にはこの作品全体を通して登場するルシーノワというKGB機関員の美女はいらないという気もしました。それはすなわち眉墨圭子という女性の振る舞いにもかかわってくるのですが。

せっかくの公安警察官としての観点からの物語が少しのぶれを感じてしまったからです。

 

とはいえ、かなり硬派な読みごたえのある作品であることは間違いなく、今後の月村了衛という作家の作品を注目したいと思いました。

追想の探偵

消息不明の大物映画人を捜し出し、不可能と思われたインタビューを成功させる―“人捜しの神部”の異名を取る女性編集者・神部実花は、上司からの無理難題、読者からの要望に振り回されつつ、持てるノウハウを駆使して今日も奔走する。だが自らの過去を捨てた人々には、多くの謎と事情が隠されていた。次号の雑誌記事を書くために失われた過去を追う実花の取材は、人々の追憶を探る旅でもあった…。(「BOOK」データベースより)

 
本書では誰も死にませんし、アクション場面もありません。それでいて一人の女性の人探しを描く、まさに「日常のハードボイルド」という言葉がピタリと当てはまる小説です。
 

日常のハードボイルド / 封印作品の秘密 / 帰ってきた死者 / 真贋鑑定人 / 長い友情 / 最後の一人

 

主人公は映画雑誌「特撮旬報」の編集長をしている神部実花という女性です。この雑誌は不定期刊であり、特撮映画を扱う雑誌です。つまりは、この雑誌の目玉記事として往年の特撮映画の特集をし、関係者のだれもその消息を知らないその映画関連の人物を探し出し、インタビュー記事を書こうとするのです。

誰もその人の行方を知らないからこそ価値があり、雑誌の売り上げに結びつきます。しかし、誰も知らないのですからその人物を探し出すことは困難を伴います。だからこそ「人捜しの神部」という異名があるほどの手腕のある本書『追想の探偵』の主人公の出番があります。

本書の一番の魅力は、主人公である神部実花という編集者の人捜しの過程にあります。

 

例えば、『流星マスク』という作品が特集される場合、この作品の特撮を担当した佐久田政光という特殊技術者が目玉となります。この人物は特撮作品というだけでなく、国際的にも高く評価されている名の通った名作映画に多く関わった伝説の人物なのですが、三十年も前にその消息は一切不明になっているのです。

この人物の探索を始めるに際し、まず、佐久田政光のプロフィールから少しでも連絡先を知っている可能性のある人物をリストアップします。そして、アルバイトに片っ端から電話をかけさせるのです。

その後、国会図書館や大宅壮一文庫で当時の新聞、雑誌の類を全部調べ、映画雑誌に限らず学年誌や児童誌に至るまで見るのですが、ここまでは誰でもやることだそうです。大事なのはその先であって、落ち穂よりもなお細かい「綿毛」ほどの何かを見るのだそうです。

この号の場合、どこかの囲み記事にあった「佐久田の親戚の球磨美大生」という言葉がその「綿毛」です。ただ、こうした作業の末に、熊美大生ではあっても球磨美では分からずにネットという利器のおかげで見付け出しますが、依然佐久田政光のことは不明でした。

そこで電話に戻り神部実花自身が電話をかけるのです。そうすると、今度は編集長である上司が連絡をしてきたということで、アルバイトでは聞き出せないことを話してくれたり、忘れていたことを思い出してくれることが少なからずあるのだそうです。

つまりは、人探しには限りない忍耐力が必要だということです。

 

本書『追想の探偵』の第一話「日常のハードボイルド」は、以上のような作業を描いてあります。この話では上記の作業では佐久田政光は見つからず、結局は別のルートでたどり着きます。その過程もまた相応の努力が為され、その先に佐久田政光という人物にまつわる人間ドラマが待っていたのでした。

 

最初に書いたように、本書の魅力は人捜しの過程にあります。そして、この主人公にはモデルがあり、作者はその人物を前提にこの小説を書こうと思ったのだそうです。本書で描かれている人捜しのエピソードのどれほどが現実の話かは分かりませんが、先に書いたようなことも現実の人捜しのノウハウの一端が示されていることは間違いなさそうです。

月村了衛という作家の作品というにはアクションも無く、いつものタッチを思う人には物足りない作品かもしれません。

私自身、本書の『追想の探偵』というタイトルのイメージから、端的に一匹狼の探偵の抒情的なハードボイルドを予想していたのですが、全く異なる内容の作品でした。しかし、と惑いは最初のうちだけであり、やはりいつものように引き込まれていました。

 

本書はまた、特撮映画の専門誌が舞台ということで、そうした映画が好きな人にも満足のいく作品ではないかと思われます。勿論、取り上げられている特撮映画や人物は全くの架空の作品ですが、語られている内容は事実の裏付けがあると思われるからです。

 

そもそも「人捜し」という行為はハードボイルドの基本であり、東直己の『探偵はバーにいる』を始めとして、大沢在昌の『佐久間公シリーズ』、 原りょうの『そして夜は甦る』などきりがありません。

私立探偵が人捜しを依頼されるが、その人捜しには何らかの事件性がつきまとい、探偵自らもその事件に巻き込まれていく、という王道のパターンですね。

本書では人捜しはしますが事件性はありません。それでもなおハードボイルドであり、だからこそ「日常の」という接頭語がつくのです。

水楢中学校野外活動部の弓原公一らが合宿で訪れた湖畔のキャンプ場で、惨劇は起こった。隠された大金を捜す半グレ集団・関帝連合がキャンプ場を封鎖し、宿泊客を虐殺し始めたのだ。囚われの身となった公一たち。だが絶体絶命の状況下、突然何者かが凶悪集団に反撃を開始した!謎の闘士と中学生たちが決死の脱出に挑む。今最も旬な著者による戦慄と興奮の物語。(「BOOK」データベースより)

典型的なアクションエンターテインメント作品だと言えると思います。同じ月村了衛の作品では『ガンルージュ』と似た印象の作品でもあります。

とにかく、物語のリアリティーなど全く無視した、アクションを見せるためだけの舞台設定であり、物語の筋立てです。本書を読んですぐは、この物語の舞台設定の安易さに驚いたというのが正直なところで、それくらい荒唐無稽な話です。

なにせ、半グレ集団がキャンプ場をおそい、そのキャンプ場にいる人間を皆殺しにするところから始めるのですからたまりません。その後の物語の展開も、いくらなんでも、と思わせられる場面が相次ぎ、感情移入などという話どころではなかったのです。

前に読んだこの作家の『ガンルージュ』も似たような印象ではあったのですが、本作はそれ以上でした。

両作品共に、普通人として生活している女性が、実はその世界では名の通った戦士であり、圧倒的な暴力により殺されそうになっている子供たちを救出する、という点で共通しています。ただ、私には『ガンルージュ』のほうがより、受け入れやすい設定だった、というだけです。

そして、本書を読んで時間を経たいまでは、痛快アクション小説として単純に楽しむべき小説であり、それ以上のものを求めるといけないと思うようになりました。そう思って読むと単純に痛快物語であり、ある種のカタルシスを得ることができるのかもしれません。

それは、大沢在昌の作品の中にもその荒唐無稽さにおいて似たところを持つ作品群があります。その点でまず思い出すのは『明日香シリーズ』でしょうか。銃撃戦で頭部以外をハチの巣にされた麻薬取締官神崎アスカが、脳移植により女マフィアの美しい肉体を得て、かつてのパートナー仁王と共にマフィアと戦う物語というだけでその荒唐無稽さが分かるというものです。でありながら、痛快アクション小説として抜群の面白さを持っています。ただ、映画版は酷評されたようですが。

また、アクションと言えばやはり西村寿行でしょう。なかでも『鯱シリーズ』は、仙石文蔵をリーダーとする天星、十樹、関根という四人の荒唐無稽なスーパーヒーローの活躍が爽快です。エロス満開ではありますが、アクション小説としても超一流だと思っています。