『BT’63』とは
本書『BT’63』は、当初は朝日新聞出版から2003年6月に単行本が出版され、2023年5月に講談社文庫から上下二巻で816頁の新装版文庫として出版されたのですが、2025年3月にはハーパーコリンズ・ジャパンから再度672頁のハードカバーで刊行された長編のミステリー小説です。
この作家には珍しいホラーチックな雰囲気を持っている上に670頁を超える長大な分量の作品ですが、それでもかなり読み応えのある作品でした。
『BT’63』の簡単なあらすじ
東京オリンピック前夜の1963年。羽田空港近くの運送会社でトラック運転手たちが相次ぎ惨たらしい死を遂げる。彼らは皆「BT21号」と呼ばれるトラックに乗車していたー父の遺品に紛れていた古い鍵をきっかけに40年前の“呪われたトラック”の真相を調べ始めた息子は、高度成長期に隠された深く昏い闇の中で、想像を絶する真実に辿り着くが…。昭和の闇を抉ったミステリーが豪華ハードカバーで復刊!(「BOOK」データベースより)
『BT’63』の感想
本書『BT’63』は、困難に直面するもののそれを乗り越えて力強く生きていくいつもの池井戸潤の作品とは異なり、ダークな雰囲気を持ったミステリーです。
この作家には珍しいホラーチックな雰囲気である上に、670頁を超える分量という長大な作品ですが、かなり読み応えがあり、そして惹きこまれて読んだ作品でした。
心の病で仕事も妻の亜美も失った大間木琢磨は、ある日父親の大間木史郎の遺品を見つけた。それは金のモールが入った濃紺の制服であり、母親の良枝は父親の史郎の職場のものだという。同時に琢磨は、その制服を着た人がオレンジ色をした宅配便のトラックを運転している姿を思い出した。ところが、宅配便は、琢磨が小さいころにはまだ宅配便は存在しないというのだった。ところがその晩、訳が分からなくなった琢磨が制服を羽織ってみると、意識が昭和38年の4月の父親の意識を通して見ていることに気が付くのだった。
本書は、端的に言うとタイムスリップものの変形の物語の一つです。
亡き父親の残した制服に袖を通した主人公が見たのはボンネットトラックの不具合を調整している父親の姿であり、他のトラック運転手たちの姿でした。
その後、その制服を使い過去を覗き込んだ主人公は、今もなお生きている人々を尋ね歩き、自分が見たものが真実の出来事なのかを調べ始めます。
一方、物語は主人公の父親目線でもその進行を始め、「BT21号」と呼ばれるトラックに関連した運転手たちが不審な死を遂げていく様子が描かれて行くのです。
本書のように過去へ戻るという物語の展開は珍しいものではなく、私の記憶に残っている作品の中でも浅田次郎の『地下鉄に乗って』がすぐに挙げられます。
そこでは主人公が過去へ戻り自分の父親と出会い、その生きざまを知るのです。自分の父親の生き方を知るという点では本書の通じるものがあります。
ただ、過去へ戻り、そこで起きた理不尽な出来事や凄惨な事件をミステリアスに描き出す本書とはその点では異なります。
他には、タイムトラベルものの古典であるハインラインの『夏への扉』を外すわけにはいかないでしょう。
ただ、この作品は過去の改変がテーマになっていて、時間旅行を正面から描いたものであり、ホラーチックなミステリーである本書とはかなり異なります。
本書『BT’63』は、池井戸潤の描く物語の中では過去での出来事の描写が暗く、ホラーチックな雰囲気を持つ点が特異な地位にあると言えます。
というのも、スティーブン・キングの『クリスティーン』のような直接的な展開ではないものの、BT21号というトラックの描き方に似たものを感じたのでしょう。
また、紹介文にあった「呪われたトラック」という言葉もそうした先入観を持った理由の一つでしょうし、何よりも本書のカバー絵がスティーブン・キング作品のカバー絵に似てる点が大きかったと思います。
調べてみると、それもそのはずで、共に人気イラストレーターの藤田新策氏の手になるものだったのです。
そして、物語は凄惨な展開を見せ始め、主人公琢磨にとっては寡黙で多くを語らない父親史郎のそれまで知らなかった逞しく行動的な生き方を知ることになります。
そのことはまた、琢磨自身の成長をも促すことになり、やはり本書の物語の展開の仕方は池井戸潤の物語であって、かなり長大な作品ではあっても引き込まれざるを得ないのです。
一点だけ、最終的に倫子がとった態度だけは私には理解がしにくい展開でしたが、それでもなお本書の面白さは変わりませんでした。
ちなみに、「BT21」のBTとはかつて走っていたボンネットトラックのことです。そして本書が「BT21」ではなく『BT’63』というタイトルであることがよくわからなかったのですが、本書の時代背景が「オリンピック開催を翌年に控え高度経済成長に沸く時代」である1963年(昭和38年)だということでした( PR TIMES :
参照 )。
ちょっと丁寧に読めばわかることでした。