銀翼のイカロス

本書『銀翼のイカロス』は、『半沢直樹シリーズ』の第四弾の長編の痛快経済小説です。

そして、大ヒットテレビドラマ2020年版「半沢直樹」の「第二部」の原作となった物語でもあります。

 

出向先から銀行に復帰した半沢直樹は、破綻寸前の巨大航空会社を担当することに。ところが政府主導の再建機関がつきつけてきたのは、何と500億円もの借金の棒引き!?とても飲めない無茶な話だが、なぜか銀行上層部も敵に回る。銀行内部の大きな闇に直面した半沢の運命やいかに?無敵の痛快エンタメ第4作。(「BOOK」データベースより)

 

今回の作品では航空会社の再建に手を染める半沢直樹が描かれます。

と言っても、実際の問題は、政権交代した新政府の新しい国土交通大臣が立ち上げたタスクフォースが要求する債権放棄の要求をいかに処理するかという問題です。

 

本作品で描かれる新しく政権に就いた政党のモデルは民主党であり、現実に行われた前原誠司国土交通大臣のタスクフォースを前提に、民主党の蓮舫議員を思わせる白井亜希子国土交通大臣という架空のキャラクターが登場します。

そして再建の対象となる航空会社のモデルは日本航空でしょう。

しかし、民主党政権の是非については人それぞれにあるところでしょうが、それはここでの問題ではありません。

 

「タスクフォース」とは、「緊急性の高い、特定の課題に取り組むために設置される特別チームのこと。」だとありました(コトバンク : 参照 )。

このタスクフォースのとりまとめをしているのが及原正太弁護士であり、この及原弁護士が今回の敵役となります。それに加え東京中央銀行内部での反半沢派の代表として紀本平八常務が立ちふさがります。

 

これらの登場人物が、民間航空会社の再建騒動を題材に、いつもながらの私的な怨念や権力欲、金銭欲などを抱えつつ、自身が有する権力をもって企業の将来を左右する振る舞いに出ます。

具体的には新しいタスクフォースが銀行団に対し提示した債権放棄要求であり、半沢にとっては東京中央銀行に対する五百億円の債権放棄要請でした。

この理不尽な要求に対し、半沢は、半沢の良き理解者である営業部長の内藤寛や検査部の富岡、半沢の尊敬する中野渡頭取などの後ろ盾を得ながら、種々の方策をもって対抗するのです。

 

半沢は「オレは、基本は性善説だ。だが、悪意のある奴は徹底的にぶっ潰す。」という人間であり、この言葉の延長上に「倍返しだ!」の名台詞があります。

そして、結局はこの言葉の通りに相手をぶっ潰していく半沢の行動にカタルシスを感じることになります。

勿論、そうした痛快さは半沢の言葉行動だけではなく、信念をもって行動する半沢の仲間らの言動などにも表れています。

そうした場面の中の一つとして、本書のクライマックスで中野渡頭取が述べる頭取としての経営者の責任に言及する言葉などがあります。こうした言葉が読み手に迫り、心に残るのでしょう。

 

蛇足ですが、民間航空会社の再建に口を出してきた新国土交通大臣白井亜希子のパフォーマンスについて、政権が変わったからといって、それまでの政権が築き上げてきた再建計画を新大臣の一言で全くの白紙にすることができることに驚きでした。

大臣の権力というものは、そこまで大きいものなのですね。

 

2020年7月からは前巻『ロスジェネの逆襲』と本書『銀翼のイカロス』とを原作として、前回同様にTBS日曜劇場でテレビドラマ『半沢直樹』が放映されました。

演技派の役者さんらが演じたドラマは当然のことながら非常に面白いものでした。

歌舞伎の向こうを張ったような大げさともいえる演技が、それに見合う台詞と共にドラマの雰囲気と見事にマッチして楽しみなドラマとなっていました。

原作ではいない筈の大和田常務の大活躍が非常に楽しみであり、また片岡愛之助氏の黒崎駿一の活躍もまた同様でした。

ドラマとしての『半沢直樹』はもうつくられないということは残念ですが、小説版は続編が出るということなので楽しみにしたいと思います。

半沢直樹シリーズ

本『半沢直樹シリーズ』は、東京中央銀行に入行した半沢直樹を主人公とする、長編の痛快経済小説です。

本シリーズを原作としてテレビドラマ化され、2020年の続編放映時も大人気を博しています。

 

 

「半沢直樹」といえば、TBS『日曜劇場』で放映されたテレビドラマが最高視聴率が四十%を超えるという爆発的なヒットを見せたことで知られています。

 

 

その後、池井戸潤の原作をもとに、半沢直樹同様に銀行を舞台にした『花咲舞シリーズ』や、下町の中小企業の物語である『下町ロケットシリーズ』、陸上競技のシューズメーカーを舞台にした『陸王』など次々とドラマ化されています。

 

 

 

なお、『花咲舞シリーズ』は、時系列的には『半沢直樹シリーズ』の少し前の物語であり、『花咲舞シリーズ』の中に合併前の旧産業中央銀行時代の半沢直樹が登場している作品もあるそうです。

 

 

オレたちバブル入行組』での半沢直樹は産業中央銀行へ入行しますが、産業中央銀行は東京第一銀行と合併して東京中央銀行となり、今は東京中央銀行の大阪西支店の融資課課長となっています。

そこで、上司から不良貸付の責任を負わされる羽目に陥り、反撃を開始するのです。

ここでの産業中央銀行と東京第一銀行との系列が、現在の東京中央銀行でも旧S系と旧T系として対立していて、この後も何かと起きる事件の遠因となっています。

オレたち花のバブル組』での半沢直樹は、東京中央銀行本部の営業第二部次長となっており、老舗ホテル「伊勢島ホテル」の再建という難題に取り組むことになります。

先に述べた、TBS『日曜劇場』で放映されたテレビドラマ『半沢直樹』は、ここまでの二巻分を原作としたものです。

 

その後、『ロスジェネの逆襲』での半沢直樹は、前巻で難題を乗り切ったものの上層部の反感を買い、東京中央銀行の証券子会社である東京セントラル証券へと出向させられています。

そこで営業企画部長という地位にあって持ち込まれた企業買収の問題処理にあたることになります。

そして、第四巻『銀翼のイカロス』では民間の航空会社の再建問題に取り組むことになります。

具体的には新政権下での新大臣の設けたタスクフォースによる理不尽な債権放棄要請の処理です。

半沢直樹もとうとう政府を相手に喧嘩をすることになります。権力者相手に力を尽くしてきた半沢の究極の喧嘩相手が登場、というところでしょう。

今年(2020年)に放映された『半沢直樹』の続編は、以上の『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』の二巻が原作となった作品であり、以前同様の大人気ドラマとなりました。

2020年版ドラマのDVDは、2021年1月29日に発売されるというニュースがありました。

 

 

繰り返し書いてきたことではありますが。この「半沢直樹シリーズ」の面白さは、理不尽な権力者を相手に一歩も引かずに正論をぶつけ、半沢が信じる正義を貫くその爽快さ、痛快さにあります。

そういう点でも『銀翼のイカロス』の相手は、最大の敵役ということができ、さらには国民のほとんどが知っている明確なモデルを意識しつつ読み進めることができる、という意味でも感情移入しやすいテーマです。

 

以上のような構成の『半沢直樹シリーズ』ですが、痛快小説の常として、ストーリーが主人公の都合のいいように展開するという傾向が無いこともありません。

しかし、そうした瑕瑾はありながらも、現実社会ではまずは通用しない主張が堂々とまかり通り、勧善懲悪の物語を貫徹するその姿は、作者の文章の表現、物語構成のうまさにより、読者にこの上ないカタルシスをもたらしてくれます。

 

ところで、半沢直樹同様の熱血銀行マンが主人公の「集団左遷」というドラマを見ましたが、あまりにも現実と乖離したその内容は、過剰な演出とも相まって、本シリーズとは異なってとてもプロの銀行マンの行いとは思えず、少なくともテレビドラマは残念な物語でした。

 

半沢直樹シリーズは冒頭にあげた四巻以降は書かれることはないかもしれませんが、できることならば続編を読みたいものです。

と以前書いていたのですが、2020年9月17日に待望の続編『半沢直樹 アルルカンと道化師』が発売されました。

オレたちバブル入行組』の前日譚であり、東京中央銀行大阪西支店の融資課長である半沢直樹の活躍が描かれています。

 

ロスジェネの逆襲

本書『ロスジェネの逆襲』は、『半沢直樹シリーズ』の第三弾の長編の痛快経済小説です。

そして、大ヒットテレビドラマ2020年版「半沢直樹」の「第一部」の原作となった物語でもあります。

 

子会社・東京セントラル証券に出向した半沢直樹に、IT企業買収の案件が転がり込んだ。巨額の収益が見込まれたが、親会社・東京中央銀行が卑劣な手段で横取り。社内での立場を失った半沢は、バブル世代に反発する若い部下・森山とともに「倍返し」を狙う。一発逆転はあるのか?大人気シリーズ第3弾!(「BOOK」データベースより)

 

前巻『オレたち花のバブル組』で老舗ホテルの再建という難題を何とかクリアした半沢直樹でした。

しかし、結局は上層部の反感を買い、現在は東京中央銀行の証券子会社である東京セントラル証券へ出向させられ、現在は営業企画部長という地位にあります。

 

 

その半沢のもとに急成長のIT企業の電脳雑伎集団から同業の東京スパイラルを買収するためのアドバイザー業務依頼の仕事が舞い込んできます。

早速、営業企画部次長の諸田祥一を中心にアドバイザーチームを立ち上げますが、企業買収の経験が浅い諸田は電脳雑伎集団からは敬遠されてしまい、結局は東京セントラル証券の親会社である東京中央銀行に業務を横取りされてしまいます。

しかし、この横取り劇には隠された裏の事情があったのです。

 

以上のように、今回の『ロスジェネの逆襲』での半沢直樹の物語は「企業買収」がテーマになっています。

「企業買収」など、普通の人には関係のない話であり、その実態は全く分からないと言ってと思います。

企業買収」とは、誤解を恐れずに言えば、企業が成長するためには新しい知識や人材、組織などを育てていく必要がありますが、その過程を省略し、既存の会社を傘下に収めることによって成し遂げようとする仕組みです。

既存の会社を傘下に収めるということは、株式会社であれば原則は「株式」の過半数を手に入れることでその会社の意思決定過程を支配することができます。

また、「買収」には買収される側の同意の有無によって「友好的買収」と「敵対的買収」とがあり、買収対象の会社の経営陣が買収を拒否した場合などは「敵対的買収」として株式を買ったり、TOBを実施することで株式を取得することになります。

ここでTOBとは株式公開買付のことと言います。ここらの話については山田コンサルティンググループ株式会社の「会社の買収とは」に詳しく説明してありますので、そちらを参照してください。

 

私にも「企業買収」の詳細は全くの未知の世界です。実際は複雑な手続きや手法、実体などがあるそうですが、そこまで追求することはここでの本題からはなれてしまいます。

本書『ロスジェネの逆襲』ではまさにここの敵対的買収に入ることになり、株式の獲得を巡る攻防が繰り広げられるのです。

 

既述のように「企業買収」の実態がどのようなものであるのかは私にはわかりません。ただ、ニュースや経済記事などで知る企業買収の実態は確かにきれいごとだけでは済まないことがありそうです。

本書『ロスジェネの逆襲』で描かれている状況もまさにそれで、法的に問題のある手法や、嘘、欺瞞など、とても銀行マンの為すこととは思えない事柄が山のように出てきます。

そうした権謀術数の中で、友人の持つ情報網などを駆使して相手の姑息な手段の裏をかき、半沢たちの陣営の勝利を勝ち取るのです。

その過程は読者にとって企業買収についての新たな知識を得ることができる場であり、既存の知識の確認の場でもあります。

 

殆どの場合、専門的な事柄も単純化され、一般素人にもわかりやすく、かみ砕いて描写してあるため、もしかしたら専門的知識を有する読者にとっては当たり前の事柄を描いてるだけなのかもしれません。

しかしながら、単に未知の知識の獲得というだけでなく、痛快小説としての面白さがそれに加わります。この点こそが池井戸潤の小説が読者にカタルシスをもたらしてくれるのです。

それは、半沢が声高に主張する「ひたむきで誠実に働いた者がきちんと評価され」なければならないし、また「仕事は客のためにするもんだ。ひいては世の中のためにする」ものだという言葉に対する共感でもあります。

 

2020年7月からは本書『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』とを原作としてTBS日曜劇場で放映されました。

コロナ下で放映延期や収録が間に合わず途中出演者の生放送での対談を挟むなどのエピソードもありながら、1017年版と同様に大ヒットしました。

今回は、2017年版に登場し大人気となった大和田常務が原作では登場しないにもかかわらず、重要な役柄で全編にわたり登場します。

これはやはり大和田常務を演じた香川照之氏の演技に視聴者が喝采を送ったことによるものであることは異論はないでしょう。

このことはまた国税庁大阪国税局査察部統括官であった黒崎駿一を演じた片岡愛之助氏にも当てはまります。

 

『ロスジェネの逆襲』以降、半沢直樹の物語はまだ続きます。期待するばかりです。

下町ロケット ヤタガラス

下町ロケット ヤタガラス』とは

 

本書『下町ロケット ヤタガラス』は『下町ロケットシリーズ』の第四弾で、2018年9月に刊行されて2021年9月に464頁で文庫化された、長編の痛快経済小説です。

 

下町ロケット ヤタガラス』の簡単なあらすじ

 

宇宙から大地へ。大人気シリーズ第4弾!

宇宙(そら)から大地へーー。
大型ロケット打ち上げの現場を離れた帝国重工の財前道生は、準天頂衛星「ヤタガラス」を利用した壮大な事業計画を立案。折しも新技術を獲得した佃製作所とタッグを組むが、思いがけないライバルが現れる。
帝国重工社内での熾烈な権力争い、かつて袂を分かったエンジニアたちの相剋。二転三転するプロジェクトに翻弄されながらも、技術力を信じ、仲間を信じて闘う佃航平と社員たち。信じる者の裏切り、一方で手を差し伸べてくれる者の温かさに胸打たれる開発のストーリーは怒濤のクライマックスへ。
大人気シリーズ第4弾! この技術が日本の農業を変えるーー。(内容紹介(出版社より))

 

下町ロケット ヤタガラス』の感想

 

本書『下町ロケット ヤタガラス』は、『下町ロケットシリーズ』の第一作『下町ロケット』ではロケットバルブ、第二作『下町ロケット ガウディ計画』では人工心臓弁、第三作『下町ロケット ゴースト』ではトランスミッションと、佃製作所がもともと有していたロケットバルブの技術を応用し、弱小企業でありながらその高い技術力で大企業と互して闘う姿が描かれていました。

そして本書では『下町ロケット ゴースト』で描かれていた人工衛星ヤタガラスを利用した無人農業ロボット分野へのトランスミッションを抱えて参入する佃製作所が描かれます。

 

前作『下町ロケット ゴースト』で共に戦っていたギアゴースト伊丹社長はあのダイダロスと資本提携をすることとなり、そうした経営方針の違いから天才エンジニアと言われた島津裕もギアゴーストを去り、また佃のもとからも去りゆこうとしています。

そんな折、帝国重工財前道生の無人農業ロボットの分野に参入に力を貸すことにした佃製作所でしたが、自分の実績としたい帝国重工の的場が取り仕切ると言いだし、佃製作所はこのプロジェクトからはずされてしまいます。

一方、父の農業の跡を継ぐことにした殿村も、結局は個々の思惑に巻き込まれようとしていました。

そんなとき、突然、無人トラクターの映像と共に「ダーウィン・プロジェクト」という名前が報じられます。佃は、このプロジェクトにはダイダロスがいて、社長の重田登志行、ギアゴーストの伊丹らが中心となっていることを知るのでした。

 

今回、佃製作所は、一旦は財前の手伝いをすることになりますが、そこに乗り出した的場によりその事業から外されてしまいます。

そこにダイダロスの重田、ギアゴーストの伊丹らの「ダーウィン・プロジェクト」が立ちはだかりますが、佃製作所は直接には関係していません。

そう言う意味では、途中まで本書は重田や伊丹の的場に対する恨みを根底に、帝国重工とギアゴーストとの勝負の側面が第一義になっていて、あとでは別として、佃製作所は前面には出ません。

 

本書『下町ロケット ヤタガラス』が、読み始めたらなかなか途中でやめることができないほどの面白さを持っているという点では異論はありません。

ただ、前巻あたりから少々感じていたことではありますが、登場人物の人物造形が少々類型的になっているように感じます。

帝国重工の的場や、その部下の奥村などは自分の出世が第一義であり、ダイダロスの重田も復讐ありきです。

伊丹も前巻では人情味のあるやり手経営者として描いてあったのですが、本書では人から受けた恩も簡単に無視できるような人物となっており、まるで別人です。

このような人物設定は例えばこの作者、池井戸潤の『空飛ぶタイヤ』などでは見られなかった造形であり、そこでは多面的な人間性を前提とした描き方がしてあったと思います。

 

 

また、佃航平が殿村の父親を説き伏せる場面や、終盤でのダーウィンプロジェクト参加の下町企業経営者の集会の場面での演説は、農業の今に対する佃の真情を吐露する感情的な場面でもありますが、他方現実には通用しないであろう経営者の理想の演説でもあります。

池井戸潤の作品はそうした一種の理想論を貫く物語でもあると思うのですが、様々な経営上の障害をその理想論を貫くことで乗り越えていく、その爽快感が心地いのだと思います。

 

阿部寛演じる佃航平の熱血ぶりも板についてきたTBSドラマ版の『下町ロケットシリーズ』も、イモトアヤコを始めとするお笑いの分野からの登用が話題になったりと好調なようです。

そうしたテレビドラマとリンクした本作品ですが、同じくドラマとリンクした、ラグビーをテーマにした新作『ノーサイド・ゲーム』が発表されるています。私の好きなラグビーがテーマということもあり、作品はもちろんテレビドラマも実に面白く鑑賞しました。

 

下町ロケット ゴースト

下町ロケット ゴースト』とは

 

本書『下町ロケット ゴースト』は『下町ロケットシリーズ』の第三弾で、2018年7月に刊行されて2021年9月に384頁で文庫化された、長編の痛快経済小説です。

 

下町ロケット ゴースト』の簡単なあらすじ

 

町工場VS.ものづくりの神様

天才エンジニア「青春の軌道」–
町工場VS.ものづくりの神様。
不屈の挑戦が胸を打つ人生讃歌!

ふりかかる幾多の困難や倒産の危機。佃航平率いる下町の中小企業・佃製作所は、仕事への熱い情熱と優れた技術力を武器に、それらを乗り越えてきた。しかし、佃製作所の前にかつてない壁が立ちはだかる。
同社技術力の象徴ともいえる大型ロケットエンジン部品の発注元、帝国重工の思わぬ業績不振。さらに佃の右腕にして、信頼を置く番頭・殿村に訪れた転機ーー。
絶体絶命のピンチに、追い詰められた佃が打開策として打ち出したのは、新規事業であった。新たな難問、天才技術者の登場、蘇る過去と裏切り。果たして佃製作所は創設以来の危機を克服することができるのか。
若き技術者たちの不屈の闘志と矜恃が胸をうつ、大人気シリーズ第三弾!
社運を賭した戦いが、いま始まる。(内容紹介(出版社より))

 

 

下町ロケット ゴースト』の感想

 

本書『下町ロケット ゴースト』は、第145回直木賞を受賞した『下町ロケット』の続編『下町ロケット ガウディ計画』に続くシリーズ第三弾です。

 

今回も佃製作所に難題が降りかかります。

それはまずは佃製作所の内部の問題として佃製作所の経理を見てきた殿村の父親が倒れたという知らせであり、殿村は実家の畑をも見なければならくなったのです。

また取引関係の問題では、一つには重要な取引先である帝国重工の社長交代劇による方針転換で、ロケット打ち上げが見直しされることになったことで、あらためて言うまでもなく、佃製作所のロケット用バルブにとっても影響のある方針転換でした。

そしてさらに、大口取引先であるヤマタニからは佃製作所との取引関係の縮小が告げられたことです。

そのため、佃製作所社長の佃航平は新しい分野への新規参入を目指しますが、それこそが本書での主要なテーマとなるトランスミッション事業への参入なのです。

トランスミッションに関しては全く素人である佃製作所は、まず既存のメーカーへのトランスミッション用のバルブ納入を目指すことになります。そこで、登場するのがベンチャー企業であるギアゴーストでした。

 

本書『下町ロケット ゴースト』はこのギアゴーストという会社に降りかかる様々な問題について、佃製作所が自らの問題として対処していくその様が描かれることに主眼が置かれます。

最初は、佃製作所はギアゴーストの行うバルブに関するコンペに参入し、勝ち抜く必要がありました。そこで、ギアゴーストの提示する仕様をクリアするための若手技術者が苦労する姿が描かれます。

次にギアゴーストに特許権侵害訴訟という思ってもいない難題が降りかかり、そこに佃製作所が助けの手を差し伸べます。そして、第一巻で登場した弁護士神谷修一が登場し、再度辣腕を披露するのです。

 

このように、本書で起きるイベント(障害)自体はこれまでも佃製作所自身に降りかかってきた難題と似ています。しかし、もちろんその具体的な内容は異なり、全く新たな物語として読むことができるのです。

ただ、殿村の個人的な問題はまた異なります。殿村という人間自身の問題の延長上に佃製作所が存在するのであり、少なくとも本書においてはあくまで殿村個人の問題です。

そして、本書冒頭で示された帝国重工の内部問題から波及する佃製作所のバルブ供給に関する問題は、今秋にも発売されることになっているシリーズ第四弾『下町ロケット ヤタガラス』へと持ちこされています。

 

本書『下町ロケット ゴースト』においても佃製作所社長佃航平の、人を重視し信頼するという経営哲学は生きています。

その上で、現実には経営者として失格と評されるような決断も結果論としては上々の結果を生みだし、痛快小説としての十分なカタルシスをもたらしてくれます。

現実には人情論を優先させていては企業経営は成り立たないという話はよく聞くところです。しかし、せめて小説の中では人間を信頼し、暖かな気持ちになりたい、そうした心情を十分に満たしてくれるのです。

 

ちなみに、『下町ロケット』、『下町ロケット ガウディ計画』はTBSでドラマ化され大ヒットしましたが、本書『下町ロケット ゴースト』もこの秋からTBS系列の日曜劇場枠でのドラマ化が決定しています。

主演はもちろん阿部寛であり、本書の続編『下町ロケット ヤタガラス』も原作としてドラマ化されています。

 

ルーズヴェルト・ゲーム

大手ライバル企業に攻勢をかけられ、業績不振にあえぐ青島製作所。リストラが始まり、歴史ある野球部の存続を疑問視する声が上がる。かつての名門チームも、今やエース不在で崩壊寸前。廃部にすればコストは浮くが―社長が、選手が、監督が、技術者が、それぞれの人生とプライドをかけて挑む奇跡の大逆転とは。 (「BOOK」データベースより)

 

下町ロケット』や『陸王』といった作品で、小説は勿論、それらの小説を原作としたテレビドラマでも大きな話題になった池井戸潤の、社会人野球という斬新な視点も加わった、痛快経済小説です。

つまり、普通の作品で描かれがちである、ライバル企業との熾烈な経済的な駆け引きや、会社内部での権力争いといった出来事の他に、社会人野球という、会社経営とは直接には関わらない、しかし経営戦略上は価値のある会社のシンボル的存在についての闘いをも加味することで、乗り越えるべき壁の多様さを設定してあるのです。

 

社会人野球チームを有する中堅電子部品メーカーの青島製作所は、社会的不況のあおりを受けて業績不振に陥り、かつては名門と言われた野球チームも廃止すべきだとの声が上がるほどだった。しかし、当の野球部では内紛が起き、監督自身が有力選手を引き連れてライバル企業の野球部へと移ってしまう事態が起きていた。

そんな青島製作所の危機に付け込むライバル企業の攻勢に対し、リストラなどの対抗策をとる青島製作所だったが、野球部も有力選手を獲得し、青島製作所の再生のシンボルとして復活を期するのだった。

 

本書でも通常の経済小説としての面白さは、勿論丁寧に押さえてあります。それは、一つには不況下の青島製作所自体の存続そのものに関わる物語であり、もう一つは青島製作所内部での社長派と反社長派というお決まりの派閥の対立の話です。

会社の存立という点に関しては、ライバル企業が陰に陽に仕掛けてくる企業そのものへの圧力があります。それは競合製品の値下げや資金調達の道を断つなどがあり、またそこに関連して野球部のメンバーの引き抜きなどもあるのです。

そして、会社内部の派閥争いという点では、細川社長と笹井専務との対立があります。野球部の存続問題は、こちらの争いには直接には関わりません。笹井専務はもとから野球部解体の強力な推進派でしたが、細川社長も決して野球部存続を容認しているわけでもないのです。

 

そもそも、現社長である細川充というという人物は、青島会長がコンサルタント会社から連れてきた人物であり、誰しもが青島社長のあとを継ぐと思っていた笹井専務とはその時点で相容れないものがあったようです。

この細川社長が青島製作所の存続の危機に際し、リストラ策を実行しなければならない状況に陥ってしまいます。そうした環境の中で企業野球の意味が問われます。首切りをする前に野球部というお荷物を切り捨てるべきだという話が起きるのは必然です。

そんな中、会社の存続を前提に野球部は野球部としての生き残りを模索するのですが、その姿がまた心を打ちます。。

 

企業小説でありながら、スポーツ小説の要素をも盛り込む贅沢な構成です。そしてその両方が困難を乗り越えるという痛快小説として成立していて、読み手を飽きさせません。

ただ、それだけに特に野球部に関しては若干ですが物足りない気もしないではありません。もう少し書き込みが欲しいと感じる個所があるのです。また、多視点で書かれている分、少々落ち着かない感じもします。

ですが、そうした不満は取るに足らない不満でもあります。本書『ルーズヴェルト・ゲーム』は、先にも書いたように十分な読み応えがあり、過剰な要求というべきなのでしょう。

 

ちなみに、本書のタイトル『ルーズヴェルト・ゲーム』とは、点の取り合いがあり、8対7で決着がつく試合が面白いという、第32代アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトの言葉に由来するものだそうです( ウィキペディア : 参照 )。

空飛ぶタイヤ

走行中のトレーラーから外れたタイヤは凶器と化し、通りがかりの母子を襲った。タイヤが飛んだ原因は「整備不良」なのか、それとも…。自動車会社、銀行、警察、記者、被害者の家族ら、事故に関わった人たちの思惑と苦悩。「容疑者」と目された運送会社の社長が、家族・仲間とともに事故の真相に迫る。圧倒的感動を呼ぶエンターテインメント巨編!(「BOOK」データベースより)

本書はテレビドラマ「半沢直樹」原作の『オレたちバブル入行組』や「下町ロケット」原作の『下町ロケット』を書いた池井戸潤が、両作品の出版年次の間にあたる2006年9月に出版された作品で、私が読んだ実業之日本社文庫版ではかるく800頁を超える分量を有する長編の痛快経済小説です。

個人的には上記の二作品以上の面白さを持った作品だと思いながら読み進めていました。800頁を超える分量の作品であるにもかかわらず、物語が常に緊張感を持っており、中だるみすることもなく引き込まれてしまったのです。

ただ、その一方で、常にこの作品にはモデルがあり、現実に一人が死亡していて、被害者の家族は苦しみ、加害者とされた業者もまた社会から非難を受け、まさに本書に書かれているような非難、中傷を受けたのだろうと、実に微妙な気持ちで読み進めざるを得ませんでした。

勿論、この物語が現実に即して書かれているというわけではなく、本文庫版の解説での文芸評論家の村上貴史氏の「現実の事故をなぞって小説を書いたと誤解しかねないが、一読すれば明らかなように『空飛ぶタイヤ』は、全く独立した物語である」という言葉に何となくホッとしたものです。

そうした心がざわめくという点を除けば、本書は、また村上氏の言葉の引用で申し訳ないのですが、解説の冒頭にあった「熱い物語」という言葉がまさに本書を如実に表した言葉と言ってよく、主人公の熱さに引きずられてしまったと言わざるを得ません。そのくらいこの物語の熱量は凄いのです。

主人公の赤松は、自分が社長を務める赤松運送のトレーラーが死亡事故を引き起こし、そのために取引先からは取引停止を言われ、取引銀行からも融資を断られ、更には自分の子供も言われの無いいじめを受けるという、まさに四面楚歌の状況に陥ってしまいます。

しかしながら、赤松はどう考えても道の無い状況においてもあきらめず、自分のできることを為そうと立ち上がります。

まず、自社のトレーラーに本当に点検の不備があったのかを調べ、どう考えても自社のミスではないと結論付け、その上で、赤松運送の整備不良との結論を出した問題のトレーラーの販売会社でもあるホープ自動車に再度の調査を依頼するとともに、それができなければ問題とされた部品を返すようにと交渉します。

他方、ホープ自動車内部でも赤松運送に対する自社の態度に違和感を持つものが現れます。それは、赤松の再度の調査以来などを、クレーマーの仕業として対応するに値しないとまで言っていたホープ自動車カスタマー戦略課の課長沢田悠太という男でした。問題のトレーラーの調査をした自社の品質保証部の態度に不信感を持ち始めたのです。

ほかにも、問題の事故に関して、ホープ自動車のメインバンクである東京ホープ銀行の本店営業本部でもまた、ホープ自動車を担当する井崎一亮という男が違和感を持ち始めていたのです。

当初は赤松に対し逆風しかなかった世間も、同じような事故を起こし、整備不良との診断を受けた会社の存在などが明らかになるにつれ、少しずつ赤松の応援をする個人、会社が現れてくるようになっていきます。

とは言え、自分の子供のいじめの問題や、当面の会社の資金繰りなど越えなければならない壁は依然として高く、そして幾重にもそびえていたのでした。

本書は、前述の現実の事故への気がかりという点を除けば、まさに池井戸潤の痛快経済小説の典型とも言うべき小説でした。

主人公赤松の、たたみ掛けるように襲ってくる困難な状況を乗り越えていく精神力と行動力、それに少しずつ表れる社員や取引先、銀行員らの手助けや応援は、読んでいて胸が熱くなるのです。

ホープグループやホープ自動車の重役らは、池井戸小説のいつもの通りにステレオタイプな印象はありますが、なお物語の敵役として際立っていて、この小説の盛り上がりに一役も二役も貢献しています。

主人公の赤松、ホープ自動車の沢田、東京ホープ銀行本店営業本部の井崎などと視点が移る構成もまた本作品の面白さの一因ではないかと思います。単に、赤松だけではない、本当の加害者側の視点も描かれていて、感情移入がより容易になったと思われるからです。

更には、企業小説として欠かすことのできない銀行側の視点も具体的に入っているため、物語の層がより厚くなっている印象もあります。

池井戸潤という作家の企業小説は既に何冊か読み終え、同じような構成だと感じる点もありますが、それ以上に、新しい分野での異なった困難な状況を作り出す手腕はさすがとしか言いようがありません。これまでのところ、この作者の先品にはずれはないようです。

ちなみに、本作品は2009年にWOWWOWにおいて、仲村トオル主演で全五話のドラマとして放映されています。

また、2018年6月には、長瀬智也を主演として、高橋一生やディーン・フジオカといった役者さんを配しての映画も予定されていて、更には漫画雑誌「BE・LOVE」で、大谷紀子によるコミックの連載も開始するそうです。

陸王

勝利を、信じろ。足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。このシューズは、私たちの魂そのものだ!埼玉県行田市にある老舗足袋業者「こはぜ屋」。日々、資金操りに頭を抱える四代目社長の宮沢紘一は、会社存続のためにある新規事業を思い立つ。これまで培った足袋製造の技術を生かして、「裸足感覚」を追求したランニングシューズの開発はできないだろうか?世界的スポーツブランドとの熾烈な競争、資金難、素材探し、開発力不足―。従業員20名の地方零細企業が、伝統と情熱、そして仲間との強い結びつきで一世一代の大勝負に打って出る! (「BOOK」データベースより)

『半沢直樹』の池井戸潤による『下町ロケット』の佃製作所よりももっと小さな中小企業の商品開発の苦闘を描いた痛快経済小説です。

埼玉県行田市の「こはぜ屋」は百年の歴史を誇る老舗足袋業者でしたが、時代の波には逆らえず会社の規模も縮小の一歩をたどっていました。そこで社長の宮沢紘一は、担当の銀行員からの助言もあり、新規事業へと乗り出す決心をします。

それがランニングシューズの開発であり、足袋屋の技術を生かして既存の業界に打って出ることでした。

でも「こはぜ屋」は所詮は従業員二十人の小企業でしかなく、資金繰りに行き詰り、更にはランニングシューズの開発のノウハウも持たない身ですので、素材の開発にも行き詰るのです。

しかし、担当銀行員にランニングインストラクターの資格を持つスポーツ用品店主や、ソール、つまりはシューズの靴底にふさわしい素材の特許を持つ男らを紹介してもらいながら、少しずつ前へと進み始めるのです。

そこに立ちふさがったのが、世界的なランニングシューズ販売会社のアトランティスという販売会社でした。彼等はその資金力にものを言わせ、ランナー個人の全面的なバックアップ体制を取りながら、弱小会社の進出を拒絶するのです。

そんな中、一人の人気ランナーの信頼を得ることに成功したこはぜ屋社長の宮沢は、彼のバックアップをすることにより、「こはぜ屋」の作るシューズ「陸王」の価値を少しずつですが世間に認めさせることに踏み出し始めたのでした。

本書は、「こはぜ屋」という小企業のチーム力により困難を乗り越えて会社の存続を図ろうという物語です。そこにあるのは「こはぜ屋」という老舗会社の従業員の持つ技術力と、社長のリーダーシップです。

それに、「こはぜ屋」の発展を願う銀行マン、陸上競技の知識と人脈を貸してくれたスポーツ店主、大企業と衝突しやめざるを得なかったシューフィッター、そして陸王のソールに最適な技術を貸してくれた企業主等々の外部の人たちの力と善意を忘れてはいけません。

社長の宮沢のもと、社員や彼らの個々の努力を合わせたチームの力により「陸王」は成り立ち、それに応じて「こはぜ屋」も生き延びていくのです。

そこには池井戸潤の小説に脈々と流れる、主人公の前に立ちふさがる大いなる壁、その壁に立ち向かう主人公らの尽力をうまく読ませる作者の力量があります。エンターテインメント小説として上級の作品として仕上がっている理由があるのです。

本書も役所広司を主人公に、寺尾聰をはじめ、その他の個性的な役者たちによりドラマ化されています。これがやはり面白い。本書の物語の流れをそのままにドラマ化している点も見逃せません。

それは「半沢直樹」などの大ヒットドラマのスタッフが再度関わっているという点もあるのかもしれませんが、やはり小説とは違って視覚と聴覚に直接働きかけてくるテレビという媒体を通してのドラマは、筋立ては分かっていてもなお面白い作品でした。

同様に経済小説の流れでの痛快小説と言えば、少々古い作品(1960年代)ではありますが、獅子文六大番という作品がありました。戦後の東京証券界でのし上がった男の一代記を描いた痛快人情小説で、日本橋兜町での相場の仕手戦を描いていて、面白さは保証付きです。

ただ、痛快小説という点では同じですが、こちらは田舎ものの主人公のバイタリティでのし上がっていく物語。一方本書『陸王』は、リーダー宮沢社長のもと、社員や様々な業種の仲間たちが集まって一つの商品を開発し、困難に立ち向かっていく物語で、両者にはかなり隔たりはあります。

それでもなお、高い壁に立ち向かい、それを乗り越えていく主人公らの姿に爽快感を覚えるという点では同じであり、時代を越えたものがあると思います。

銀行仕置人

通称“座敷牢”。関東シティ銀行・人事部付、黒部一石の現在の職場だ。五百億円もの巨額融資が焦げ付き、黒部はその責任を一身に負わされた格好で、エリートコースから外された。やがて黒部は、自分を罠に嵌めた一派の存在と、その陰謀に気付く。嘆いていても始まらない。身内の不正を暴くこと―それしか復権への道はない。メガバンクの巨悪にひとり立ち向かう、孤独な復讐劇が始まった。 (「BOOK」データベースより)

主人公である関東シティ銀行本店営業第三部の次長である黒部一石は、東京デジタル通信の常務取締役阿木武光からの五百億の融資について、営業第三部部長の佐伯に押し切られる形で支援の稟議書を作成した。しかし、その融資は焦げ付き、黒部の責任という形で決着することになる。

だが、その融資は取締役企画部長の立花鉄夫らの陰謀によるものだった。通称「座敷牢」で反省文を書く日々だった黒部は人事部長の英悦夫からの呼び出しを受け、反撃のために立ち上がるのだった。


本書が描かれたのは2005年です。「倍返しだ」で有名なテレビドラマ「半沢直樹」の原作である『オレたちバブル入行組』と同じ頃に書かれた小説で、同じくテレビドラマの「花咲舞が黙ってない」の原作ともなっている作品です。

内容は、舞台が銀行で悪辣な上司に陥れられた主人公の反撃を描いているという点では、ほとんど『オレたちバブル入行組』やその続編の『オレたち花のバブル組』と同じ骨組です。

ただ、本書の場合はタイトルが示す通りの「仕置人」の物語であり、銀行を舞台にした他の作品よりもよりストレートに「社内の不正」を暴き出していきます。つまり、主人公の黒木は臨店名目で支店を訪れ、実際にその支店の闇を暴き出します。

形式は各支店のでエピソードが連なり、まるで短編小説集のようでもありますが、すべては黒木の復讐劇の中に位置付けられるのです。

それは自分を陥れた東京デジタル通信社長の阿木、銀行内の立花常務といった黒幕の不正を暴き出すことに繋がるのでした。


それと共に、黒木自身も物理的な暴力を受け、最終的には死者さえ出ます。池井戸潤の全部の小説を読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、こうした物理的な暴力が前面に出てくる話の流れは、池井戸潤の小説の中では珍しい部類に入るのではないでしょうか。

とはいえ、痛快経済小説として面白い物語です。『下町ロケット』『陸王』といった近時の企業小説からすれば物語の深みに欠けるというきらいはありますが、それは時間を経た現在の読み手の我儘というべき要求でしょう。

下町ロケット ガウディ計画

下町ロケット ガウディ計画』とは

 

本書『下町ロケット ガウディ計画』は『下町ロケットシリーズ』の第二弾で、2015年11月に刊行されて2018年7月に371頁で文庫化された、長編の痛快経済小説です。

 

下町ロケット ガウディ計画』の簡単なあらすじ

 

直木賞続編、遂に文庫化!あの感動が再び!

その部品があるから救われる命がある。
ロケットから人体へーー。佃製作所の新たな挑戦!

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年ーー。大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。

ドラマ化もされ、日本中に夢と希望をもたらした直木賞受賞作続編が、待望の文庫化!(内容紹介(出版社より))

 

下町ロケット ガウディ計画』の感想

 

本書『下町ロケット ガウディ計画』は、テレビドラマ化もされた『下町ロケット』の続編となる長編小説で、テレビドラマでは、後半の「ガウディ編」の原作となっている作品です。

 

 

ロケットのバルブシステム開発に伴う様々な障害を乗り越える姿を描いた前作『下町ロケット』でしたが、今回は佃製作所が医療の分野、それも心臓手術に使用する人工弁の開発に挑戦する姿が描かれます。

今回は、サヤマ製作所という新興の企業が佃製作所の前に立ちふさがります。

サヤマ製作所は佃製作所の取引先の一つである日本クラインに取り入り、既に佃製作所に対し大量発注してあった人工心臓用のバルブの取引中止の原因を作り、またロケットエンジンの開発関連の取引先であった帝国重工とも、コンペという形で取引を競うことになってしまうのです。

そうした折、かつて佃航平のもとから喧嘩別れのように出ていった真野賢作が、心臓に埋め込む人工弁「ガウディ」の開発の話を持ちこんできます。

国産の人工弁開発を目指す北陸医科大学の一村隼人教授らと共に、心臓病に苦しむ子供たちを救って欲しいというのです。

ところが、日本クラインと組んでいる一村教授の師匠のアジア医科大学の貴船教授とが、サヤマ製作所と共に、佃製作所らへの妨害をしかけてくるのでした。

 

前回の『下町ロケット』とは異なり、巨大企業に挑む弱小企業の戦いや、佃工業内部の資金繰りの側面で苦労を描く場面よりも、人工弁開発に絡む大学教授間の争いや、企業間競争の側面が強いように思えます。

人間の描き方がステレオタイプに過ぎると言えなくもありませんが、それでも面白いものは面白いのです。

小説としての出来は、前巻の『下町ロケット』のほうが面白かったようには思うのですが、いずれにしろ、困難に直面し、乗り越えられないと思う頃に何らかの出来事が発生し事態は好転する、という痛快小説の王道にのっとっている物語です。

佃工業の中小企業なりのまっとうな企業努力こそが勝利するという痛快小説の王道を行く、物語でした。

企業小説として、本ブログの『下町ロケット』の項では城山三郎の『価格破壊』や
百田尚樹の『海賊とよばれた男』などを例として挙げましたが、ここでは獅子文六大番を挙げておきたいと思います。

 

 

この書籍は少々古い(1960年代)作品ではありますが、戦後の東京証券界でのし上がった男の一代記を描いた痛快人情小説で、日本橋兜町での相場の仕手戦を描いていて、その面白さは折り紙つきです。痛快人情小説という点ではこちらの方が本書に近いかもしれません。