下町ロケット

下町ロケット』とは

 

本書『下町ロケット』は『下町ロケットシリーズ』の第一弾で、2010年11月に刊行されて2013年12月に496頁で文庫化された、長編の痛快経済小説です。

下町の中小企業の生き残りを描いた本書はまさに痛快小説であって、第145回直木賞を受賞した作品だけあり実に楽しく読めた物語でした。

 

下町ロケット』の簡単なあらすじ

 

研究者の道をあきらめ、家業の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられる。圧倒的な形勢不利の中で取引先を失い、資金繰りに窮する佃製作所。創業以来のピンチに、国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が、佃製作所が有するある部品の特許技術に食指を伸ばしてきた。特許を売れば窮地を脱することができる。だが、その技術には、佃の夢が詰まっていたー。男たちの矜恃が激突する感動のエンターテインメント長編!第145回直木賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

下町ロケット』の感想

 

そもそも、池井戸潤の小説を読む気になったのは、普段テレビドラマは見ない私が「半沢直樹」のあまりの評判のよさにつられてテレビドラマの「下町ロケット」を見たところ思いのほかに面白かったからでした。

本書『下町ロケット』はそのテレビドラマ版「下町ロケット」の前半部分の原作に当たる作品です。

ドラマの後半部分は、心臓病の子供たちのために人工弁を開発するという物語の医療の分野を舞台にした『下町ロケット ガウディ計画』であり、こちらも本書同様の痛快企業小説として本書に劣らない面白さです。

それ以前に『民王』は読んだことがあったのですが、痛快エンタメ政治小説と銘打ってあったわりには、普通の親子の物語の印象しかなく、池井戸潤という作家の名前の印象ははあまり良いものではありませんでした。

 

 

ところが、本書『下町ロケット』には引きこまれました。

この作者池井戸潤の一番得意とする銀行の物語ではなく下町の中小企業を舞台とする物語でしたが、たたみ掛けるように襲いかかる倒産の危機を、社長を始めとする社員が一丸となり不断の努力をもって生き残るという、まさに痛快小説そのものの面白さでした。

これ以降、池井戸潤という作家の作品を読むようになったものです。

 

池井戸潤の小説の面白さは、主人公のキャラクタの造形のうまさはもちろんですが、襲いかかる危機の描き方のうまさにあるようです。

本書『下町ロケット』で言えば企業の資金繰りの困難時のメインバンクの対応や、ライバル大手企業からの特許権侵害訴訟、大企業である帝国重工の佃製作所の技術力に目をつけた特許権買収劇等々です。

個々の状況自体はありがちな状況として定番なのかもしれませんが、物語の流れの中で立ちはだかってくる困難として見ると、それなりのリアリティを持って読者の心に落ち着いてくるのです。そしてその状況が主人公らの必死の努力で解決されます。

面白い映画は筋だけを追えば非常に単純であるとは、どこかで聞いた言葉ですが、小説の場合も同じようです。対立軸を明確にして単純化した方が分かりやすく、面白いのでしょう。

ただ、そのリアリティを残したまま物語の構造を単純化する作業が難しいのは素人でも分かる話で、その作業が池井戸潤という作家の上手いところです。

 

企業小説と言えば、私は古くは>城山三郎を思いまします。この人の著わした『価格破壊』という小説は、今は無くなってしまったスーパーダイエーの創業者である中内功をモデルに書かれた物語です。

町の小さな薬局の店主であった一人の男が、大企業を相手に一円でも安い商品を提供するという信念のもとに日本全国を駆け回るという、実に爽快な、それでいて流通業界の仕組みも垣間見せてくれる小説でした。

 

 

近年で言えば、出光興産の創始者である出光佐三をモデルに、百田尚樹が書きあげた『海賊とよばれた男!』があります。

この作品は本屋大賞も受賞し、大ベストセラーにもなった作品ですが、クライマックスの「日章丸事件」は私の幼い頃の記憶として残っていることもあり、感動的な物語として読みました。同じ作者の『永遠の0(ゼロ)』と同様に岡田准一主演で映画化されています。

 

 

以上の二作品に関しては実在の人物をモデルに書かれた企業小説ですが、本書『下町ロケット』はそうではなく、経済小説特有の面白さに、痛快小説の爽快さを加味して練り上げられた小説です。

端的に言えば、あのテレビドラマ『半沢直樹』の原作者である池井戸潤が著した企業小説ですので面白くない筈がないのです。

事実、本書は非常に面白く読み応えのある小説だったと言えます。今ではシリーズが完結していることが残念と思うだけです。

下町ロケットシリーズ

下町ロケットシリーズ』とは

 

本『下町ロケットシリーズ』は、下町の中小企業である佃製作所社長の新米社長の奮闘を描く、痛快経済小説シリーズです。

宇宙科学開発機構の元研究員だった主人公の佃航平は、父の死去に伴い、父のあとを継いで中小企業の佃製作所の社長となり、巨大資本を相手に会社を盛り立てていく姿が描かれます。

 

下町ロケットシリーズ』の作品

 

 

下町ロケットシリーズ』について

 

本『下町ロケットシリーズ』は、宇宙科学開発機構の元研究員だった主人公の佃航平が、父のあとを継いで中小企業の佃製作所の社長に就任し、様々な苦労に直面する姿が描かれます。

佃航平は社長就任以来、取引先からの取引停止や資金繰りに困ったりと、中小企業にありがちな苦労が続く日々でした。

 

そうした中小企業と大企業である帝国興業とのロケットのバルブシステム開発に伴う特許権をめぐる訴訟など、様々な闘いの日々が描かれるのが、シリーズ第一弾の「下町ロケット」です。

第二弾「ガウディ計画」になると、心臓手術に使用する人工弁「ガウディ」の開発に挑戦する姿が描かれます。

第三弾「ゴースト」では、佃製作所の取引先である帝国興業の業績悪化は、佃製作所の主力商品のロケットエンジン用バルブシステムにも影響が及んでいました。

そこで、佃航平は、トランスミッション事業への参入を決心するのです。

第四弾「ヤタガラス」では、人工衛星ヤタガラスを利用した無人農業ロボット分野へのトランスミッションを抱えて参入する佃製作所が描かれます。

 

上記の全四巻となる『下町ロケットシリーズ』ですが、『半沢直樹シリーズ』などでも大ヒットを飛ばした池井戸潤の作品にまたひとつ人気シリーズが加わったと言えます。

下町の中小企業の苦労を描きながらも、ただ誠実に業務をこなしている弱小企業が、様々な手を打ってくる大企業を相手にその高い技術力をもって対抗する姿が描かれており、痛快小説そのものです。

読んでいて爽快感があり、結末に痛快さを覚える作品です。

 

本『下町ロケットシリーズ』は、テレビとラジオそれぞれにおいて二回づつドラマ化されています。

ラジオは、2012年判では第一弾の「下町ロケット」が風間杜夫主演で放送され、2020年には本シリーズ全体がEXILEの黒木啓司主演(2022年に黒木引退により交代予定)で放送されています。

テレビは2011年にWOWOWで三上博史の主演で放映されました。

また、2015年から2019年にかけてTBS系「日曜劇場」でシリーズ全体が放映され、人気を博しました。

銀行総務特命

帝都銀行で唯一、行内の不祥事処理を任された指宿修平。顧客名簿流出、現役行員のAV出演疑惑、幹部の裏金づくり…スキャンダルに事欠かない伏魔殿を指宿は奔走する。腐敗した組織が、ある罠を用意しているとも知らずに―「総務特命担当者」の運命はいかに!?意外な仕掛けに唸らされる傑作ミステリー。(「BOOK」データベースより)

本書と同じく池井戸潤が書いてテレビドラマ化され大ヒットとなった「半沢直樹」原作本の『オレたちバブル入行組』同様に、「花咲舞が黙ってない」というタイトルでテレビドラマ化され話題になったのは『不祥事』という小説ですが、本書掲載の物語もドラマのエピソードとして使用されており、他に『銀行狐』『銀行仕置人』『仇敵』『かばん屋の相続』などからも同様にエピソードが使用されているそうです。

本書の主人公は指宿修平といい、総務特命担当という銀行内部の不祥事を処理することを職務としています。つまりは、銀行内部の様々なトラブルを扱う部署であって、ドラマになりやすい部署と言えるのかもしれません。

結局、銀行を舞台にした痛快経済小説という点では『半沢直樹』と同じジャンルの作品と言えるのでしょうが、そこはもちろん主人公が働く部署を違え、異なる物語として仕上げてあります。本書はトラブル解消こそ使命とする総務特命担当という部署なので、そこで扱うトラブルは銀行内部のことはもちろん対外的な事案も扱います。ということは『半沢直樹』での融資、という銀行ならではの舞台とは異なり、銀行を舞台にした様々な人間ドラマをそのまま扱うことになり、より小説向きと言えるのかもしれません。

つまりは銀行とは言っても会社組織であり、上司によるパワハラや顧客の情報漏えい、現行行員のAV出演疑惑等々のいずこの会社で起きうる問題も取り上げられているのです。ただ、銀行故に起きるトラブルの場面も多く登場します。融資に絡む情実などは特に銀行独自の問題と言えるでしょう。

そうした場面は銀行の内情をよく知る池井戸潤という作家だからこそ書ける事案でもあります。そういう銀行業務に詳しい作家という点で、普段見聞きすることのない銀行業務の紹介的内容にもなっている点も見逃せない内容になっています。

銀行を舞台にした小説と言えば忘れてはならないのが高杉良の『金融腐蝕列島』でしょう。この作品は第一勧業銀行や野村證券といった証券・金融業界で起きた総会屋利益供与事件を予見した作品として話題になりました。

実は私はこの作品をまだ読んでいないのですが、テレビで放映された『金融腐蝕列島』シリーズの第二巻である『金融腐蝕列島・呪縛』を原作とする映画を先に見てしまいました。主人公を役所広治が演じた、総会屋への不正融資問題を扱った作品で、思ったよりも見ごたえのある作品だった記憶があります。

そして、私にとって経済小説と言えば城山三郎が一番に上がります。その作品の中で銀行を描いた作品と言えば『小説日本銀行』でしょう。内容はほとんど忘れていますので、「政界と財界にまたがって、絶大な権力をふるう〈法王庁〉日本銀行。終戦直後の激動する時代を背景に、大蔵省との対立関係の中で、狂乱化したインフレを終息させようという理想に燃えた新入日銀マンが、その一途さ故にエリート・コースから蹴落されてゆく姿を、さまざまな視角から捉えて、巨大な機構の内実を浮彫りにする。」という惹句を引用させていただきます。(新潮社サイト 電子版 : 参照)

オレたち花のバブル組

本書『オレたち花のバブル組』は、『半沢直樹シリーズ』の第二弾の長編の痛快経済小説です。

前巻同様に、銀行の内実を示してありかつ痛快小説の面白さを備えた面白い物語でした。

 

「バブル入社組」世代の苦悩と闘いを鮮やかに描く。巨額損失を出した一族経営の老舗ホテルの再建を押し付けられた、東京中央銀行の半沢直樹。銀行内部の見えざる敵の暗躍、金融庁の「最強のボスキャラ」との対決、出向先での執拗ないじめ。四面楚歌の状況で、絶対に負けられない男達の一発逆転はあるのか。(「BOOK」データベースより)

 

本書は大ヒットテレビドラマ「半沢直樹」の「第二部・東京本店編」の原作となった物語です。

前作『オレたちバブル入行組』で浅野支店長に勝利した半沢は、その後東京中央銀行本部・営業第二部次長に栄転しています。

そして、今回は老舗ホテル「伊勢島ホテル」の再建という難題が半沢に降りかかります。

この「伊勢島ホテル」は、東京中央銀行から二百億の融資を受けた後莫大な損失を出していたのですが、東京中央銀行はその事実を掴んでいませんでした。

半沢はそうした現状の「伊勢島ホテル」の再建を命じられたのですが、東京中央銀行は、二週間後には金融庁の検査を控えていて、半沢の再建策が重大な意味を持っているのでした。

 

前作では焦げ付いた融資の回収を図る半沢直樹でしたが、今回は資金繰りに苦しむ老舗旅館の再建を任されることになります。

ここで、テレビドラマでも話題になった中央銀行内部の大和田常務や、金融庁検査局の黒崎駿一などという人物が敵役として登場するのです。

とは言っても、新たな敵役ではなく、前作でも登場してはいらしく、ただ私がそこまできちんと読みこんでいなかったと同時に覚えていなかったようです。

 

本作でも、老舗旅館の再建という銀行の業務が出てきます。

経済音痴の私にはこの点での新たな知識自体も非常な興味を持って読んだのですが、加えてストーリーも読者を飽きさせない仕掛けが設けられていて、読者としてはただただその仕組みに乗っていけばいいだけではあります。

とにかく単純に楽しい小説でした。

オレたちバブル入行組

本書『オレたちバブル入行組』は、『半沢直樹シリーズ』の第一弾の長編の痛快経済小説です。

勧善懲悪ものの痛快小説の面白さを十二分に備えた、実に面白い物語でした。

 

大手銀行にバブル期に入行して、今は大阪西支店融資課長の半沢。支店長命令で無理に融資の承認を取り付けた会社が倒産した。すべての責任を押しつけようと暗躍する支店長。四面楚歌の半沢には債権回収しかない。夢多かりし新人時代は去り、気がつけば辛い中間管理職。そんな世代へエールを送る痛快エンターテインメント小説。(「BOOK」データベースより)

 

言わずと知れた2013年版の大ヒットテレビドラマ『半沢直樹』の原作となった作品の第一弾です。

わたしはドラマを見なかったので詳しくは分からないのですが、本書はドラマの第一部「大阪西支店編」の原作だそうです。

でも、あまりに『半沢直樹』の評判が良いので、その後に放映された同じ池井戸潤の『下町ロケット』を原作とするテレビドラマ『下町ロケット』を見たのですが、話題になるのも当然の出来でした

 

バブルも華やかなりしころに産業中央銀行に入行し、大阪西支店融資課長として赴任していていた半沢直樹ですが、支店長の浅野の指示で融資をしたものの回収不能になってしまいます。

浅野支店長は当然のごとく半沢に責任を押し付けます。しかしながら、そこで黙ってしまう半沢ではなく反撃を開始しますが、そのためには何とか債権の回収を図るしかないのです。

 

本書はまさに痛快経済小説という言葉がピタリとくる内容でした。また、ドラマ版の面白さも推して知るべしでしょう。

普通の人間が権力者(強者)に対し反旗を翻し、困難に直面しながらもそれを乗り越えて自らの主張を押し通す、その様はまさに痛快活劇小説以外の何物でもなく、本書もまたその形式が当てはまる話であって、勧善懲悪の物語なのです。

ましてや、そこに「銀行」という一般人の知らない職域の情報が盛り込まれ、更に銀行の業務を通して経済の仕組みまで透けて見え、経済の仕組みの基礎的な知識まで教えてくれるのですからこれが受けないわけはない、というのが素直な印象でした。

経済の仕組みまで教えてくれるという点を除いた「痛快」という点では、今人気の小説で言えば佐伯泰英の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』にも通じると言えるのかもしれません。

市井に暮らす浪人が与力や幕府の実力者、ひいては将軍にまで知己を得、悪漢を懲らしめるという展開は本書に通じるものがあると感じます。

 

 

また、経済の面での痛快小説というと、私としては獅子文禄の『大番』ということになるでしょうか。

田舎から上京した青年が、相場の世界で自分の腕一本でのし上がっていくその物語は実に痛快でした。